任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


最終部 『任侠に絆されて』
任侠に絆されて (10)

残してくれたものは、俺だけじゃなかった。


阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川。
この日もいつもと変わりなく営業中。
隣にある組の事件は世間に知れ渡っているのだが、世間のような騒ぎになっていない為、客足は途切れていない。
いつもと変わりない感じなのだが、一つだけ、いつもと違うものがある。
それは……。



達也が厨房へとやって来た。
その途端、厨房で働く料理人達が一斉に振り返る。

「おやっさんは?」

その声に、達也はそっと首を横に振るだけ。
ため息が漏れる厨房。

「…こらこらぁ。そんな表情で、お客さんが喜ぶ料理を
 作ることできないだろぉ。ほらほら、笑顔、笑顔っ」
「はいっ!」
「まずは……」

この日の予定を告げる達也。
その表情は料理長として、とても凛々しいものだった。
しかし、心は……。



料亭の奥にある部屋。
その部屋こそ、春樹や芯、そして、慶造が時々足を運んでいた部屋。
その部屋の中に、灯りも付けず、部屋の中央にあぐらを掻いて座り込んでいる男が居た。
男は、少し上を見つめていた。

………。

一点を見つめたままの男・笹崎。
心にポッカリと穴が空いたように、気が抜けたような表情をしている。
微かに動く唇。

け・い・ぞ・う・さん…。

笹崎が見つめる先には、慶造達と過ごした日々が納められている写真が飾ってあった。
慶造だけでなく、ちさとの笑顔も輝いている写真。
笹崎の頬を、一筋の涙が流れ落ちた。



笹崎の部屋の戸が静かに閉まる。
戸の前で俯くのは、笹崎の妻・喜栄だった。

あんた……。

喜栄は足取り重く、客室へと向かっていった。
接客する姿こそ、女将の姿。
その差がとても激しすぎる。
笹崎、そして、喜栄の様子を気にしているのは、本部の食堂で働く料亭の料理人だった。本部の食堂へ戻った時、それとなく、向井に、笹崎の様子を伝えていた。

「そうですか…」
「あぁ。…涼、どうする? 真子お嬢様…いや、組長のこれからの
 行動を考えると、涼は一緒に大阪に行くんだろ?」
「そのつもりだけど…でも、おやっさんの事が心配だよ。
 もしものことを考えてしまう。…俺はこれからを見つめたい。
 組長が決意した事を見届けたいし、それに協力したい。
 だけど、おやっさんが……心配だよ…」

向井の表情が暗くなった。

「…伝えない方が…良かったか?」
「いいや、出発する前に知った方が良かったよ、ありがとう」

そう言って向井は目を瞑る。
そして、

「さぁてと。組長には力の付く料理を作らないとね!」

気を取り直したような表情をし、目を開けた。

「涼…」
「ん? 俺が落ち込んでも仕方ないからさ」
「…そうだよな…」
「ほらぁ、早くしないと間に合わないですよ」
「あぁ」

向井に促されて、料理人は仕事に取りかかる。
……と促したものの、向井自身も気になっていた。
笹崎が慶造の事を語る時の表情は、とても輝いている。
慶造が無事に過ごすことを見届けるのが、生き甲斐だとも言っていた。
なのに、慶造が……。

思わずため息が漏れる向井。だけど、すぐに気を取り直す。

俺が落ち込んでいたら、駄目だっ!

そして、料理に取りかかる。
が、その手は止まる。
再び、動き出す。…が……(の繰り返し)。

おいおい、涼ぅぅ〜。
あの日以来だな…。

向井の妙な動きに気付く料理人達は、向井の心境を悟っていた。
あの日以来。
それは、阿山組に来ることになった後、その向井の行方を捜していた向井の両親のことを春樹から聞いた日のこと。その時は、まだ、料亭の見習いだった。必死で働く向井は、全く失敗することはしなかった。なのに、春樹からの言葉で、単純な失敗を連発。笹崎に怒られ、飛び出してしまった。
料理人達は、その日の再来かと、半ば心配しながら、向井を優しく見守っていた。



ところが、その日、向井の心境は、真子に知られてしまった。
真子が向井に尋ね、向井から笹崎のことを耳にする。
向井以上に、真子が落ち込んでしまった…いや、真子が自分を責め始める。

自分のことしか、考えていなかったっ!!!!!



その日の夜、真子は春樹に笹崎のことを伝えた。
もちろん、春樹自身も笹崎のことを心配していた。
慶造の手紙にも書かれてあった事。

俺のことで、笹崎さんが追いかけてくるかも知れない。
だから、真北から伝えて欲しい。




春樹は、笹崎の前に座り、慶造からの手紙を見せた。
読み終えた笹崎は、しばらくの間、動かなかった。
そっと顔を上げた笹崎は、春樹を見つめた。

「この内容……本当に…」
「慶造は、これからのことを考えて、そう望んだんです。
 だからこそ、竜次との対決に迷いは無かった。そして、
 俺にこれからを託して、去っていった。俺には、真子ちゃんを
 守る義務がある。…いや、特殊任務に就いた時点で、
 これからの世界を見守ることを背負ったんです。
 真子ちゃんが築き上げようとする世界を支える為に、俺は…」
「そこまで考えていたんですか…」
「気が付いたら、考えている自分が居ました。だから、笹崎さん」
「……本当に、春樹君は、良樹さんに似ている……」
「親父に?」
「えぇ…」

そっと返事をした笹崎の目から、滝のように涙が流れ始めた。

「慶造さんが残したもの。…私は、しっかりと見守らなければ
 なりませんね。……いつまでも落ち込んでいては、真子お嬢様に
 申し訳ないですよね。………実は、私…慶造さんを追いかけるべきなのか
 凄く悩んでいました。本来なら、既に、この命は無いはず。それなのに、
 こうして、好きな世界へ放り出されてしまい、戻ることも許されず、
 見守ることだけだった。……辛くて、寂しい思いばかりだったんですよ」
「笹崎さん…」

春樹は笹崎を見つめていた。

「これからも、見守るべきなんですね。…慶造さんが残した世界。
 そして、真子お嬢様が目指す世界を」
「えぇ。お願いします」
「……しかし……」

一瞬、明るい表情に戻ったかに思えた笹崎だが、何かを思い出したのか、再び生きる気力を失ったような表情に戻ってしまった。

「…真北さん……」
「どうされたんですか? …むかいんが心配していますよ」

春樹の言葉で我に返る笹崎は、

「…もしかして、五代目にまで…影響していますか?」

本来の笹崎だった。
ほんの少しの言葉と表情から、あらゆる状況を推測し、本当のことを当てる笹崎の鋭い感覚。それは、失われていない様子だった。春樹の表情が少し和らいだ。

「その通りですよ。…実は、真子ちゃんに頼まれたんです」
「……そうでしたか…。私の様子を…ですか?」
「いいえ、これからの事です」
「これからの…事?」
「大阪へ行くのに、むかいんを連れて行くことですよ」
「大阪…ですか…。それは、一体……」

少し明るい表情になった笹崎に、春樹はこれからの行動を事細かく 語り始めた。



「先を急がないで下さい。そして、これからの真子ちゃんの行動を
 見守っていただけませんか?」
「真北さん……」
「そして、…俺の話し相手……止めないで欲しい…」

春樹の言葉に、一縷の光を見たのか、笹崎の表情が明るくなっていく。

「失っても、心に生きている……か」
「えぇ。…あいつと過ごした日々は、しっかりとこの胸に、そして、
 笹崎さんの胸にも刻まれてますからね」
「…そうですね。……真北さん」
「はい」
「涼には、しっかりと五代目を支える料理を作り続けろと
 伝えてください」
「かしこまりました。伝言、確かに承りましたぁ」

春樹の笑顔に釣られて、笹崎も微笑んだ。
二人の会話を廊下で聞いていた女将は、笹崎が元気を取り戻した事を感じ、うっすらと涙を浮かべていた。

「ところで、五代目は?」
「実は…大阪に発つ前に、心残りを消す…と強く言って……」

春樹は、ちょっぴり困ったような表情で笹崎に言ったのは……。




栄三の車が、道病院の駐車場に停まった。
その途端、真子が車から降りてきた。そして、車から中々降りてこない男に手を差しだした。

「ほら、行くよ」

真子に促されて、躊躇いがちに車を降りたのは、八造だった。

「だから、くまはちを連れてくるのは嫌だったんですよぉ、組長」

呆れたように口走りながら、運転席から栄三が降りてきた。

「私の行く所に、くまはちの姿あり!でしょう? 付いてくるのは
 当たり前じゃない! それに、これから逢う人物に怒られるのは
 くまはちでしょう? 連れてこないと駄目でしょうがっ!」
「すみません…組長」

真子の言葉に、栄三はふてくされたように応えた。

「えいぞうさん? そんなに嫌なら、まさちんを邪険に扱ってまで
 名乗りでなかったら良かったでしょう? まさちんが不機嫌に…」
「私だって、くまはちの事が心配ですし、今回の件は、俺にも
 責任がございますから…」

いつになく真剣な栄三に、

「…ごめんなさい……」

真子は暗い表情になってしまった。

「あっ、いや、その……組長……」

栄三は焦った。

「くまはちの気持ちも解るけど、これは五代目として言わないと…。
 だって、私が大阪で過ごすためには、一番必要だから……。
 大切な息子さんをお預かりするんだから、ちゃんと伝えないと…」

自然と五代目の威厳が現れた真子。

一体、誰が、このような事を教えた?

栄三と八造は、呆気に取られてしまった。
真子が歩き出す。

「って組長! お袋が働く道病院でも、危険ですから!!
 お一人での行動は〜」
「だったら、早く来なさいっ」
「お待ち下さいぃ!!」

栄三と八造は、真子を追いかけて駆けだした。



階段を昇りながら、栄三は真子に語りかける。

「組長、何度も申し上げてますが、笑顔ですからね」
「解ってるよぉ、もう」
「涙は本当に、禁物ですから」
「もぉ、解ってるって」

ふくれっ面になりながら、真子が栄三に返事をする。
そんな二人に付いていく八造の足取りは、階を上る度に重くなっていく。


とある階に到着した。
真子と栄三、そして、八造は、とある病室へ向かって廊下を歩き出した。




修司は、窓の外を眺めるのが飽きたのか、それとも疲れが出たのか、ゆっくりとした足取りでベッドへ戻ってきた。腰を掛け、ゆっくりと寝転び、そして、布団を被る。
この日も何することなく、ただ、ベッドから降りて窓まで歩き、空をぼんやりと見上げて、ため息を付き、そして、ベッドへ戻ってくるという行動を繰り返しているだけだった。
傷は完治していない。
その傷よりも深く大きい傷は、治る見込みがないもの。
フッと息を吐いて、修司は目を瞑った。

慶造………。

呼ぶ名前は、あの日から同じ。
伝える思いも変わらない。

俺…どうすれば…。

そのまま、眠りに就く修司だった。




修司の病室のドアが、そっと開いた。

「眠ってるみたいだよ」
「そうですね」
「どうしよう。起きるまで待った方がいいね」
「しかし、いつ起きるか解りませんよ」
「そうだけど…でも…傷、重かったんでしょう?」
「そうお聞きしました」

ドアが静かに閉まる。
廊下には、真子と栄三、そして病室から少し離れた所に、八造が立っていた。

「…くまはち、こっちにおいでよ」
「いいえ、私は、こちらで。それに、組長が気にすることは…」
「そう冷たく言う癖に、一番気にしてるのは、くまはちでしょぉ。ったくぅ。
 ご飯も喉を通らないほど気になるんだったら、お見舞いに来れば
 いいでしょぉ。これから、大阪で過ごすことになるのに、私の前では
 平気な顔をして、いつもと変わらないから…」
「ですから、何度も…」
「…くまはち、本当はどうなの? 小島のおじさんからの言葉をえいぞうから
 聞いた途端、顔色が変わるくらい心配なんでしょぉ」
「私たちは、仕事を失えば、生きている意味がございません。だから…親父…」

バシッ!

「うわっ、すまん。遅かった」

真子の手を掴み挙げる栄三。
八造の頬に伸びた手に気が付き、阻止しようとしたが、真子の手は、既に八造の頬を叩いていた。
八造は、真子から目線を反らしている。
真子は、栄三に掴まれていない手で、八造の胸ぐらを掴み挙げ、自分に引き寄せた。

「くまはち、いい加減にしないと…私、怒るよ?」

組長、すでに怒ってるのですが……。

栄三は、そう思いながら、真子と八造のやり取りを何故か、おもしろがっている…。

「組長…私は、こちらで、待ってます。…親父と顔は合わせられないんです」
「解ってる。だけど、こんな時くらい、顔を見てもいいでしょう?
 えいぞう、どう思う?」
「私に、聞かないでください」
「…えいぞうぅ〜、私、怒るよ。…離しなさい」

真子の言葉で、手を離す栄三。そして、ため息を付いた。

「組長」
「なに?」

返事は冷たい…。それでも、栄三は、話し続けた。

「くまはちの気持ちも察してあげてください。くまはちは、組長と親父さんの
 どちらかを選ぶなら、組長を選びますよ。…くまはちの家系は、そういう
 教えの下で生きているんです。組長が、選んだ道は、そのように、
 血の繋がりよりも強い絆で結ばれている世界なんです。だから、組長。
 察してあげてください。お願いします」

いつになく、真剣な眼差しで話す栄三。真子は、八造から手を離した。

「…解った。私だけで逢うから。…くまはち…心配するなよ」

真子の言葉に、八造は、頭を下げるだけだった。
真子は、修司の病室へ入っていった。



修司は、眠っていた。真子は、そっと近づき、ベッドの側にある椅子に腰を掛ける。

おじさん…。よかった……。

真子の目は、潤んでいた。



修司は、懐かしい気配を側に感じ、目を開けた。

「…ちさとちゃん?」

視野に飛び込む人の姿。修司は、横を向いた。

「…お、お、…お…ご、五代目っ!!」

慌てたように起きあがり、ベッドの上に正座する修司。
突然の行動に驚いた真子は、目を見開いていた。そして、その目から、涙が零れる。

「思ったより、元気でよかったです……おじさん」
「五代目…このたびは、襲名式に出席できず…」
「おじさん。具合は、どう? 傷…痛みませんか?」
「五代目……」

こんな私のことを……。お嬢様に向ける顔すらない…こんな私に…。

修司は、それ以上、言葉に出来なかった。
真子の言葉が、修司の心に突き刺さる。
傷口に刃を立てられた思いだった。
だが、それは同時に、何かに優しく包み込まれるものでもある。
修司は、戸惑ってしまった。

「小島のおじさんから聞いたの…。おじさんの気持ちを…」

小島のお節介野郎……。

「どうして、…どうして、あんなことを?」
「すみません…慶造を…守れなくて…、なのに、私は、このように…」
「違う。それを責めてるんじゃないの。…どうして、死のうとするの?
 助かったんだよ? おじさんは、助かったんだから」
「五代目。私は…」
「…お父様は、それを望んでないと思うよ。…私も…小島おじさんも」
「解っております。だけど、私が生きてきた世界は…」
「そんなもの、私が変えてみせる。…絶対に、変えるから…。
 だから…おじさん。生きてください。…お父様の為に、生きてください。
 …私の為に……私の為にも、生きてください!」
「お嬢様……」

これ以上、知っている人を失いたくない…。

真子の頬を滝のように涙が流れていた。修司は、真子の涙を止める術を知らない。
思わず、周りの気配を探っていた。

「栄三ちゃん、八造!」

その声で、栄三が病室に入ってくる。
八造は、ドア付近に立ったまま、病室内の様子を見ていた。

「組長。笑顔で話すとおっしゃってませんでしたか?」

栄三が、真子の前にしゃがみ込み、頬の涙を手で優しく拭う。

「そう…だったん…だけど…ね、無理…だった…。だって、おじさん……。
 おじさん……。泣いてるんだもん……。泣いてるから……うわぁん!!」

先ほど、廊下で見せていた姿は、何処へやら。ここに居るのは、五代目ではなく、一人の少女だった。

「おじさん、泣かした…」
「…って、栄三ちゃん、あのなぁ」

女の涙には、修司も弱い。

「組長、泣かないでください。おじさんが戸惑ってるでしょうがぁ」

優しく声を掛けるが、栄三の声が耳に入っていないのか、真子は、泣きじゃくっていた。

困ったなぁ。

その時だった。
八造が、栄三の腕を掴み、その腕の中から、真子を奪い取り、抱き上げた。
真子は、八造の首に腕を回し、しがみつく。そして、肩に顔を埋めてしまう。

「泣かないで下さい。組長が泣いていると、みんなが心配しますよ。
 親父も心配します。だから、泣かないでください。大人は、自分で
 自分の気持ちに整理をつけることができます。組長こそ、無理してますよ」
「…これ以上、みんなを失いたくないのに。…折角、生き残ったのに。
 粗末にしようとするのは…許せなくて。そう思った私自身が、もっと、
 もっと許せなくて…。おじさんの気持ち、解る。お父様を守れなかったことを
 悔やんでるって。だけどね、だけど……」

八造は、真子の頭を優しく撫で、そして、柔らかい声で、真子に言った。

「ありがとうございます」
「何もしてないのに…お礼…」
「組長は、親父を責めてもいい立場ですよ」
「どうして、責めるの?」
「先代を守れなかったんですから」
「くまはちなら、どうなの? 私を守れなかったからって、おじさんのように…」
「私は、死にませんよ。組長を守る人間ですから。体を張って…」
「嫌だ。そんなの…」
「私は、これから、組長を支えていかなければいけません。五代目となった今、
 更に危険も増してます。偽名を使って、大阪に行くことになりましたけど、
 それでも、危険な目にも遭うかもしれませんよ」

優しく言う言葉に、真子は何も言えない。

「その為に、私が居るんです」

八造の言葉は更に続く。

「組長を守ること…阿山家の主人を守ること。それは、私たち猪熊家の
 誇りなんです。組長が、私たちを大切に想うように、私たちは、組長が
 大切なんです。…失いたくないんですよ」

八造…お前…。

修司も八造の言葉に耳を傾けていた。
いつになく、長く語る八造を観て、修司は、驚いていた。
自分がここに居る間に、世の中は急速に変化している。
それ以上に、自分の息子が…。

「失いたくないものを失ったら誰だって、哀しいでしょう?
 心の傷が癒えるまで、時間が掛かります。それなのに、
 傷を持った者に、涙を見せたら、もっと傷が深くなりますよ」

八造の言葉で、真子の涙が止まった。そして、ゆっくりと顔を上げ、八造を見つめる。

「…ごめんなさい…」
「それは、親父にお願いします」
「うん…」

真子は、そう言って、修司に振り返り、涙を必死で拭いている。そんな真子の耳元で、八造が呟く。

笑顔ですよ。

真子は、力強く頷き、そして、目を瞑る。
何かに集中しているのが解る八造と栄三は、ただ、真子を、真子の行動を見つめているだけだった。
真子が目を開き、そして、修司を見つめる。
修司は、更に姿勢を正した。

「おじさん」
「はい」

返事をした瞬間、修司の何かが吹き飛んだ。
真子が、優しい笑顔を浮かべていた。そして、温かい声で、修司に語りかけてきた。

「お疲れ様でした。これからは、おじさんの為に…おじさん自身の為に
 生きてください。もう、体を張るような仕事は、終わりですよ」
「五代目…」
「この世界から離れて、そして、静かにお過ごしください。
 そこで、心の傷を癒してください。今まで、本当に、
 ありがとうございました」

真子の言葉で、修司の心に引っかかっていたものが、取れた。

「……五代目……ありがとうございます。その御言葉、
 しっかりと受け取りました」

修司は、ベッドの布団がへこむくらいしっかりと頭を下げていた。
顔を上げた修司の目に飛び込んだのは、笑顔。
真子独特の笑顔…心の闇を取り除くほど、素敵な笑顔だった。

流石だな…八造は。

真子だけでなく、自分の心も落ち着かせた八造に、脱帽する修司だった。





「俺の時代は終わったか…」

退院間近の修司は、隆栄と病院の庭を散歩しながら呟いた。

「だから、俺が言っただろ? 隠居生活しろぉって」
「で、五代目は?」
「しぃっかりと真北ちさととして、大阪で楽しく過ごしてるってさ。
 栄三のやつ、ちゃぁっかりと付いて行きやがった。こっちのことは、
 山中に任せてさぁ」
「それより、小島、お前は何をしてるんだ?」
「今? もっちろん、リハビリ」
「なんで? 隠居生活だろが」
「俺が、じっとしてる質に見えるか?」
「見えないな」
「猪熊、お前もだよ」
「ほっとけ」

修司の照れたような表情を観て、隆栄は安心する。

「すっかりお前だな」
「なんか、吹っ切れたよ」
「なぁ、ほんまに、お前の体を突き抜けたのか?」
「突き抜けたものあったろな。…だけど、慶造は、俺を…
 慶造を守るように立っていた俺を押しのけた。その瞬間だったよ。
 銃弾が慶造を襲ったのは」
「そうだったのか。…阿山らしいな」
「そうだな」
「阿山の血を受け継いだ五代目…。同じような行動を取るだろうな」
「考えられるよ。だから、八造には、きつく言っておいた」
「五代目の言葉より、お前の言葉を聞く。それって、お前の教えに背くぞ」

修司は考え込む。

「……しまった…。…ま、いいか。あいつの意志の問題だな」
「おぉ、いつになく、いい加減な意見だ…」
「じゃかましい」
「こわぁ〜」
「あのなぁ」

二人は、病院の素敵な庭を歩き続けていた…。




あの時失ったものは、途轍もなく大きい。
しかし、これから見つめる世界は、失ったものよりも、
更に、さらに大きいもの。
季節は秋。
真っ赤に染まる様子は、もう見たくない。
でも、心は、空のように澄んでいた。

何かに期待している自分が居ることに、
気が付いた。




(2007.12.8 最終部 任侠に絆されて (10) 改訂版2014.12.23 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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