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第二部 『三つの世界編』 第十五話 外出 高級車が、東京駅のロータリーに次々と到着する。後部座席のドアが開き、一人の男が降りてきた。その男に続くように他の車からも男達が降りてくる。 最初に降りてきた男は、未だ降りてこない誰かを待っていた。 「……？？？」 不思議に思い、車の中を覗き込む。 「どうした？」 『慶人が動かないぃ』 「慶人？？？？」 最初に降りてきた男・慶造は、中々降りてこない息子に手を差し伸べる。そして、抱きかかえた。 「楽しみにしてただろ？」 「うん」 慶人は、何かに恐れている。 それは、駅を行き交う人々の多さだった。慶造の服をギュッと握りしめ、肩に顔を埋めた。ちさとが車から降りてくる。 「慶人、大丈夫だからね」 慶造の肩に顔を埋めながら頷く慶人は、ちらりと周りの様子を見る。 たくさんの人が行き交う…。 やはりこわいのか、再び顔を埋めた。 「こりゃ、先が大変だな」 「そうね…。でも、大丈夫でしょう」 ちさとは、慶人の頭を優しく撫でた。 「猪熊、後は頼んだぞ」 側で辺りを警戒している修司に声を掛ける慶造。 「あぁ。それより、ほんとに大丈夫なのか？ 小島だけでは心配だぞ」 「あのなぁ、猪熊ぁ、俺だけちゃうやろが」 少し離れた所で、自分の息子二人とはしゃいでいる隆栄の耳に修司の言葉が届いていたのか、ズカズカと近づいてくる。 「栄三ちゃんと健ちゃんと一緒になってはしゃぐ奴は、心配だぞ」 「山中だって居るだろが。それに、霧原さんも居るんだから」 「お呼びですか？」 自分の名前を呼ばれて素早く近寄ってくる勝司と霧原。 「じゃぁ、行こうか」 「はっ」 「………って、なんで、小島が仕切ってる！！」 「ええやん〜」 そう言いながら、自分の息子達と楽しそうに歩いていく隆栄。それに続くのは、慶人を腕に抱いている慶造と慶造に寄り添うように歩くちさと、その三人を守るような雰囲気で歩いている勝司と川原、そして、霧原は、少し後ろを歩いていく。 そんな妙な集団を見送る修司たち。 「なんか心配だなぁ〜」 修司は呟いた。 「まぁ、勝司が居るから、大丈夫でしょう」 飛鳥が、応える。 「それより、向こうには連絡してるんだろうな」 「はい。到着予定時刻にはホームに出迎えるとのお話です」 「少人数だろうな？」 「その辺りは、ぬかりなく…」 「何事も起こらなければ、いいんだけどな…」 「はい」 「四代目が戻られる前に、片づけられるものは、片づけるぞ。いいな、お前ら」 「はっ」 慶造達を見送りに来た阿山組組員達は、修司の言葉に素早く反応する。そして、車に乗り込み、東京駅を去っていった。 新幹線に乗る慶造達。それぞれが席に座り、くつろぎ始めた頃、新幹線は駅を離れていった。 初めて見る景色に目を奪われている慶人。先ほどまで怖がっていたのは、どこへやら。思いっきりはしゃいでいた。窓側の席に座り、窓ガラスに額をぴったりと付けて、外を見つめていた。 「ママ、電車、電車！！」 「もう少ししたら、街を離れるよ。そしてね、途中で大きな山が見えるから」 「やま？」 「富士山」 「うん！！」 慶人の隣に座るちさとは、ちらりと車内の様子を見る。慶造と隆栄が深刻な表情をして、何かを話し込んでいた。どうやら、これから行く先での行動を打ち合わせている様子。その二人の話を川原が、聞いている。 「ちさとさん」 勝司が声を掛けてきた。 「はい」 「何か飲物を用意致しましょうか？」 「慶人、喉乾いてる？」 ちさとが声を掛けるが、慶人は外の景色に夢中だった。 「う〜ん、慶人は、必死だわ…。まだいいわ。ありがとう。勝司さんも ゆっくりなさってね」 「ありがとうございます。後ろに居ますので、何かございましたら、 お声をお掛け下さい」 「はい。……栄三ちゃんたちは？」 「健ちゃんが車内見学と言って、栄三ちゃんと霧原さんの三人で散歩してますよ」 「勝司さんもなさったら？」 「私は、何度も乗ってますから…。慶人くんもお連れしましょうか？」 「う〜ん。慶人は、外の景色に夢中だから、いいわ。それに動き回ると あの人が心配するから」 「そうですね」 「私は、学生の時に二度行ったっきりなんだけど、勝司さんは何度も？」 「はい。母と一緒に」 「十年前と変わりないかしら…」 「ビルが増えてますよ。それに街も賑やかになっています」 「楽しい所もお伺いできるのかな…。…旅行と言ってるけど、実際は 違うでしょう？ 松本さんの様子と関西の視察でしょう？」 「は、はぁ…」 その話は内緒だと四代目に言われたけど…御存知でしたか…。 誤魔化したような返事には、そのような思いも含まれていた。 「慶人くん！」 先頭車両から散歩をしている栄三たちは、自分たちの席がある車両へとやって来た。慶人たちの側を通るとき、声を掛ける栄三。慶人は、振り返る。 「探検しよう！」 「たんけん？」 「じっとしててもつまらんで」 「ママも」 「慶人ぉ、俺たちだけで遊ぶんだよ」 「ママも一緒じゃなきゃ、やだっ」 「山中さん、いいのかな？」 栄三が勝司に尋ねる。 「大勢でウロウロすると、他のお客に迷惑ですよ」 勝司が応える。 「それもそっか。じゃぁ、慶人くんだけ。…ねぇ、お父さん」 栄三は、慶造達の深刻な雰囲気はお構いなしで声を掛ける。 「なんだよ」 冷たい返事をする隆栄。それには、なぜか、霧原が慌てていた。 「栄三ちゃぁん〜」 「栄三、あまりはしゃぐな。周りに迷惑だろうが」 「はしゃいでないよ。慶人くんも連れて探検したい」 隆栄は、慶造を見る。 「阿山、どうだ？」 「霧原さんが居るから、大丈夫だろ。慶人、行くか？」 優しい眼差しで慶人に話しかける慶造。しかし、慶人は、ちさとの服を掴んだまま、慶造を見つめるだけ…。 「ちさとも一緒じゃないと嫌ってか。…栄三ちゃん、また後に頼むよ」 「はぁい。じゃぁ、行ってきます！！ 霧原さん、行こう！」 「は、はい。…すみません、隆栄さん」 「あまり目立つなよ」 「はっ」 霧原は、隆栄に一礼して、栄三と健を追いかけていった。 「すまんな。あいつなりに警戒してるんだよ」 隆栄は、書類をめくりながら、慶造に言った。 「修司にも言ってるがな……」 「子供には、こっちの世界の事をさせるな…だろ？」 慶造の言葉を遮るように隆栄は言う。 「あ、あぁ」 「解ってるって。栄三も解ってるから」 「ったく…小島も修司も俺に何を求めてるんだよ」 「さぁねぇ〜」 ドコッ……。 鈍い音が車内に響く。 慶造の拳が隆栄の腹部に突き刺さっていた。 「そのふざけた口調、やめろ。力が抜ける」 「その方が、阿山には丁度いいんだよ。…それでな…」 隆栄の心遣いに慶造は柔らかい表情になっていた。そして、隆栄の話に耳を傾ける。 「やま！！ ママ、大きなやまだよ！！」 「あれが、富士山っていうんだよ。日本一高い山」 「ふじさん…。すごぉい！！」 慶人は感動しているのか、目を潤ませていた。 その景色は、直ぐにトンネルに遮られる。 「なくなった…」 寂しそうに言う慶人は、座り直して、ちさとに振り返る。 「ママ、おおさかは、何があるの？」 「食べ物がおいしいと言ってたかしら。それと、おもしろいって」 「どこかいくの？」 「お城を見に行くと言ってたよ」 「おしろ？」 「小島さんと栄三ちゃんと健ちゃんが一緒だけど…」 「ママは？」 「お父さんと一緒」 「けいともぉ」 「慶人には、退屈だと思うんだけど…。栄三ちゃんと健ちゃんが楽しい事を してくれるよ。それでもママと一緒がいい？」 慶人は考え込む。 今まで何度か栄三と健と三人で遊んだ事がある。その中で、時々、『誰にも内緒。』という言葉があった。その内緒事は、なぜか楽しいことばかり。慶人はそれを思ったのか、首を横に振った。 「えいぞうにいちゃんとけんちゃんといっしょがいい！」 その声は弾んでいた。 新幹線が新大阪のホームに到着する。ホームを滑るように入ってきた新幹線の降り口の所に少し強面の男が五人立っていた。ドアが開き、降りてくる客を見つめる男達。その一人が、深々と頭を下げた。 「お疲れ様です」 「元気そうだな、松本」 「はい。四代目もお元気そうで…。ちさと姐さん、慶人くん…大きくなりましたね」 「まつもとぉ〜」 慶人は、懐かしい顔を見て、駆け寄り、男の足にしがみつく。 迎えに来た男の一人は、関西で建設業を営み始めた阿山組組員の松本だった。 「ようこそ、大阪へ。阿山の四代目」 「川原さん、直々にお迎えとは、驚きましたよ」 松本と一緒に居る男は、阿山組幹部の川原の親戚にあたる関西の川原組組長・川原だった。同じように迎えに来た三人の男は、慶造達の荷物を手に取る。 かなりの人数が階段を下りていく。そして、改札を出た。 ロータリーでは、慶造達を待っていたのか、高級車が列を連ねていた。慶造達は、素早く乗り込み、駅を後にする。 川原組長が乗る車の後部座席には、慶造と隆栄が乗っていた。助手席に座る川原組長が、慶造に話しかける。 「なるべく隠密に行動をしとるんやけど、水木組がかぎつけよった」 「まぁ、水木組は情報通ですからね。こちらの動きも見張っていたというのが 正解でしょう。…で、何か言ってきたんですか？」 慶造の代わりに隆栄が応える。 「観光やと応えたら、あっさりと引き下がりよった。姐さんとご子息も 一緒ということが、信用性を上げたんやろな」 「すっとぼけは変わらずか」 慶造が呟くように言った。 「しかしまぁ、あのガキんちょが、いっちょ前になりよったなぁ。 光良（みつよし）も今や幹部…か。笹崎親分はご健在ですか？ 確か、本部の隣に料亭を開いたんですよね」 川原組長は、しみじみと話す。 「相変わらずですよ」 「そちらにお伺いしたときは、食したいですよ」 「笹崎も喜びますよ」 「本来の目的なんやけど…」 川原組長は、静かに語り始めた。 慶造の乗る車の直ぐ後ろを走る車には、ちさとと慶人、そして、勝司が乗っていた。助手席の組員は、ちさとたちに気を配りながら、大阪の話をしていた。その後ろを走る車には、栄三と健、そして、霧原が乗っていた。栄三と健は、運転席と助手席の組員に楽しい話をしていた。その話に大笑いしている二人の組員だった。 先頭を走る車には、松本と川原、そして、迎えに来た組員が乗っていた。久しぶりの再開に話が盛り上がる松本と川原。組員も時々話に混ざっていた。 車は、川原組組本部に到着した。組員達の出迎えの中、慶造達は、本部の建物へと入っていった。 「ほな、俺たちは別行動な」 隆栄が、慶造に言った。 「慶人を宜しくな」 「はいよ」 慶造は、慶人の前にしゃがみ込み、優しく語りかけた。 「後で、パパに話してくれよ」 「うん。いってきます！」 元気よく返事をする慶人は、隆栄、栄三、健、そして、霧原の四人と一緒に観光に出掛けていった。 「では、ご案内致します」 松本が言った。 「書類だけじゃ解らない所が多いからなぁ。松本、頼んだぞ」 「はっ」 松本は、自分の事務所へ慶造達を案内する。そして、仕事先の様子を伝えていた。もちろん、川原組長と川原も同行していた。ちさとと勝司もその後ろを付いていく。 大阪城の近くへとやって来た隆栄たち。自然の美しさに見とれていた。隆栄は、慶人を抱きかかえていた。 「お城、見に行こうか、慶人くん」 「うん」 お城に向かって歩いている時だった。 ふと視野に入った集団に警戒する隆栄。 「霧原、四代目に伝えてこい」 そう言われて霧原は、隆栄が見つめる先に目をやった。 「…須藤組長ですね…」 「まぁ、心配はいらんだろうが、近くをうろついているということは、 須藤んとこにも情報が入ったということだろうな。…まぁ、観光として 歩いている様子だが、向こうもこっちと同じ思いだろうな」 「解りました」 霧原の姿が、素早く消えた。 「お父さん、霧原さんが消えた」 「仕事だよ」 「じゃあ、霧原さんは、お城見学なし？」 「大丈夫だって。すぐに追いついてくるから。ほな、行こかぁ」 何事も無かったように、気になる集団の側を通り過ぎる隆栄たち。その集団の一人が、隆栄の姿に気が付いたのか、親分らしき人物の耳元で何かを告げていた。 「向こうも見学やろ。ほっとけ」 「はっ」 そう言って、親分らしき人物は、同行している妻と子と、その三人を守るように囲んでいる男達と一緒に、隆栄達が向かった方へと歩いていった。 松本の事務所に到着した慶造達は、車から降りる。慶造は、その場に立ちつくし、何かに警戒した。 すぐ側で風が起こり、霧原が姿を現した。 「！！！！！」 霧原の行動に驚いているのは、川原親分たちだった。その行動に慣れている慶造は、霧原の報告に耳を傾けていた。 「大丈夫だろ。ありがとう」 「では」 霧原は、一礼して、姿を消した。 「あなた…」 霧原の行動が気になるちさとが声を掛けてくる。 「須藤親分もお城の見学に来ているそうだ」 「何もございませんよね？」 「大丈夫。お城のあたりは、川原組の縄張りだからね。何か事を起こせば それこそ、藤組の親分のように成りかねないでしょう？ ねぇ、川原さん」 「えぇ。藤の野郎、あの辺りを荒らすつもりで仕掛けよったから。 うちよりも、一般市民の声に負けよったんですわ。まだ三年は出て来んでしょうな」 「その間に、進めておきたいですよ」 「あの…四代目、よろしいですか？」 「ん？ あ、あぁ。すまん。お邪魔するよ。……しっかし、もっと大人しい造りに できなかったのか？」 「あっ、すみません…その…笹崎のおやっさんに助言を…」 恐縮そうに言う松本。その言葉に含まれていた人物の名前を聞いて、慶造は何となく納得していた。 松本の事務所は、周りの建物よりも、ごっつい造りになっていた。まるで、御殿のような……。 「自宅も兼ねております。…で、家内です」 玄関先で待っていた女性を紹介する松本。 「お疲れ様です」 丁寧に挨拶をする松本の妻に、慶造達もつられて一礼していた。 松本の自宅で暫く過ごした後、ちさとは残り、慶造、川原、松本、そして、勝司を引き連れ、川原組長に案内されながら、大阪の街を歩いていた。 ちさとは、松本の妻と色々な話に花を咲かせていた。ちさとが松本の自宅に残ったのは、女性だけの方が落ち着くだろうという、慶造の気遣いからだった。 隆栄達は、大阪城の展望台に居た。そして、大阪の景色を眺めていた。 背後に気配を感じ、ちらりと目だけをやる隆栄。そこには、須藤の家族が居た。隆栄は、気にも留めず子供達を連れて、展望台を一周する。 「こじまさぁん、おなかすいた」 慶人が少しだだをこねたように言う。 「もう？」 「うん」 そう言う慶人だったが、すごく眠たそうな目をしていた。 「慶人くん、眠い？」 「ねむい。そこで寝る」 側にある椅子を指さす慶人。 「いや、そこは、駄目だって。…俺の腕じゃ駄目か？」 「ママの腕がいい」 「さよですか…」 肩の力を落とす隆栄。 「お父さん、あの木陰、気持ちよさそうだけど、どう？」 栄三が、大阪城の下にある大きな木を指さしていた。 「そうだなぁ。気持ちよさそうだな。慶人くん、あそこにしよう」 「…虫が多いし、地面は汚いで」 そう声を掛けてきたのは、須藤だった。 「は、はぁ、そうですか、すみません。ありがとうございます」 「涼しい所で休むんやったら、堀の近くにある大きな石の側がええで。 阿山組の小島さん」 「重ね重ねありがとうございます。……って、須藤さん、何を…」 須藤は、慶人の前にしゃがみ込み、頭を撫でていた。 「この子が阿山の四代目のご子息ですか」 「あやまけいとです」 慶人は自己紹介する。 「しっかりしとるなぁ。阿山の教育か？」 「普通だろ」 「…息子と離れて、阿山は川原と一緒…ってとこか。水木の情報も あながち、嘘やないんやな」 「観光ですよ。そう…お聞きしてませんか？」 「しとる。そやけど、家族旅行なら、息子も一緒やろ？ 阿山組、関西進出か？」 「それは、ありませんよ。では、失礼。栄三、健、行くぞ」 隆栄は、慶人を抱きかかえる。 「おっちゃんが言った石んとこで休むん？」 あっけらかんとした感じで、栄三が言う。 「まぁ、そうやなぁ。おっちゃんにお礼言っとこか。おおきにぃって」 「おおきにぃ〜」 栄三と健は声を揃えて、そう言った。そして、展望台を降りていった。 「……くっくっくっく…。あっはっはっは！！！ おもろいなぁ、小島は。 おい、川原に連絡しろ。料亭で歓迎会や」 「はっ」 須藤組組員の一人が、展望台を降りていった。 「…あなた…何を考えて…」 「ええやないか。別にもめてる訳ちゃうやろが」 「ったく…お祭り好き…」 「ほっとけ」 「私は、康平（こうへい）と帰りますよ」 「そうやな。もしもの事があるからな」 「…って、やっぱり危ないんや…」 「お祭りしてたら、とある人物が参加したがるやろが」 「はぁ、そうやった…。水木親分、どこから情報を得るのか解らんけど、 よく参加しに来るもんなぁ〜」 「俺らの喧嘩に康平を巻き込みたないからな」 「はいはい」 冷たくあしらうように妻が応える。 「しかし、阿山は来んやろな」 あの男は、警戒心が強いという噂…。そして……。 須藤は、展望台から下を見る。そこには、隆栄たちの姿があった。少し離れた所に立っている男が、隆栄に近づき声を掛け、一礼する。須藤は、その男に凝視した。 「…あの男……霧原…」 霧原は、栄三と健と笑顔で会話をしながら、隆栄が指さす方へと一緒に歩いていった。 「他人の空似か…。あの霧原が笑顔を見せへんよな。感情の無い殺し屋が…」 「あなた、どうしたの？ 降りますよ」 「ん？ あ、あぁ」 須藤達は、展望台を降りていった。 隆栄は、大きな石を見つけ、その側に腰を下ろす。 「眺めがいいなぁ。それなのに、身を隠すのに丁度いい。…眠ったか」 隆栄の腕の中で、慶人は無邪気な表情で眠っていた。 「親父ぃ、さっきのおっちゃん、誰なん？ 知り合い？」 「ん？ この大阪では、かなり名を馳せる親父だよ。気になったか？」 「別に。怖い雰囲気無かったし、危険な雰囲気もなかったもん」 あっけらかんと言う栄三は、自分の上着を慶人の体に、そっと掛ける。 「そうだよな。でもなぁ、あのおっちゃん、怒ると怖いんやって。なぁ、霧原さん」 「もう、それは、それは滅茶苦茶怖いですよ。この私でさえ恐れたくらいですから」 「霧原さんが、怖いくらいなら、相当だよね」 栄三が言うと、霧原は、少し照れたように微笑んでいた。 「無感情の男が恐怖を感じる…ってか。……って、やっぱり一度仕掛けたんですか？」 「三回ほど…。四度目、向かった時に、小島さんに引き留められて、そして、 今があります。…感謝してます…俺を、あの時の俺を救ってくれたから…」 しみじみと語る霧原。 「今では、やかましい程、感情が豊かですよね。俺、幼い頃、話しかけるのが 怖かったで。霧原さんって、何を尋ねても、応えてくれなかったし…」 「あっ、いや、その…それはですね…」 あたふたと言い訳をする霧原に、隆栄は微笑んでいた。 「感謝してますよ」 呟くように隆栄が言った。 慶造達が、大阪城へとやって来る。 「自然が多いですね」 ちさとが言った。大阪城に行くなら…ということで、ちさとも一緒に来ていた。 「今夜、どうされますか？」 川原親分が尋ねる。 「私は遠慮しますよ。親子で楽しみたいんでね。滅多に出る事ないから 少しは、慶人を楽しませてやりたいですから」 慶造が応える。それには、川原親分も驚いたような表情をする。 「しかし、どういう風の吹き回しだろう。宴会するって。まぁ、確かに、 須藤は、宴会好きと聞いてるがなぁ。何も今日しなくてもなぁ」 「小島親子は参加すると思いますよ、仕事柄…」 「ガードなしで、見学ですか？ それでしたら、こちらで場所を用意…」 「大丈夫。どうみても、家族連れにしか見えませんよ」 微笑みながら慶造は、とある場所を見つめる。 そこは、大きな石があるところ。その場所に居る人物に怒りのオーラを送っていた。そのオーラを感じたのか、そこに居る人物は、顔をひょこっと出し、手を振ってきた。 その人物の腕にいる子供も振り返る。 「パパっ！！」 元気に手を振る子供・慶人に、慶造は笑顔で応えていた。 石のところで、周りの景色を眺める慶造達。 「で、四代目。家族だけで？」 隆栄が冷静に尋ねる。その言葉に含まれる思い。 ここは、いわば敵地。その敵地でガードを付けないということは、何を意味するのか…狙ってくれと言わんばかりの行動。隆栄は、いつも通り、ふざけた雰囲気を醸し出しているが、常に辺りを警戒し、様子を伺っていた。ここに来るまでに、何度か異様な気配を感じていた。それらは、すべて同業者が醸し出すオーラ。もちろん、そのオーラを慶造達も感じているが…。 「どこに行くのか、教えてくれよ。すぐに対処出来ない」 「…小島らしくない言葉だな」 慶造は、隆栄にしか聞こえないくらい小さな声で呟いた。 「当たり前だ」 隆栄も小さな声で応え、慶造を見る。その眼差しこそ、慶造の身の事しか考えていないという真剣な眼差し…心強い…。 慶造は、フッと笑い、そして、言った。 「ありがとな」 「霧原を付けておく」 慶造の耳元でそう言って、隆栄は川原親分の側へと歩み寄る。 「あかん、何言うても、無理ですわ。四代目は、頑固……！！！」 隆栄が蹲る。 「川原さん、そろそろ時間じゃありませんか？」 「そうですな。時間にはうるさい奴ですからね」 慶造と会話しながら、座り込んでいる隆栄に目をやる川原親分。 「いつものことやで、おっちゃん」 栄三が応える。 「そ、そうかいな。ほな、栄三くんたちも行くやろ？」 「楽しみや！」 「……で、四代目、ここから親子水入らずですか？」 隆栄は服を整えながら尋ねる。 「あぁ。小島、羽目を外すなよ」 「解ってるって。ほな、目一杯楽しんでやぁ」 そう言って、隆栄は霧原に目で訴える。 頼むぞ。 霧原は一礼して、姿を消した。 「じゃぁ、また後でな、慶人くん。…あれ、ちゃんと渡せよぉ」 「うん！」 そして、隆栄達は、川原親分たちと一緒に石の場所から去っていった。 慶造は、慶人を抱きかかえ、ちさとに振り返る。 「何処行く？ ちさとが、修学旅行で行ったところでもいいけど、覚えてるか？」 「う〜ん、覚えてるけど、今からじゃ、無理だと思いますよ。夕方ですから」 「そっか」 「慶人は何処行きたい？」 「ここでいい」 「ご飯は何が食べたい？」 「お好み焼き」 「おいしいところ、どこだろうなぁ」 「こじまさんが、ここって」 慶人は、一枚の紙切れを慶造に差し出した。慶造はそれを手に取り広げる。 絶句……。 慶造は、紙切れを折りたたみ、懐に入れた。 「あなた？」 「ん？」 「小島さんは、どこをお奨めなの？」 「俺は却下だ」 「？？？？？」 ちさとは、首を傾げる。 リスト上げすぎだ、そんなに食えんって…。 隆栄が慶人に渡した紙切れには、おいしいと噂されるお好み焼き屋が、二十軒ほど記されていた。 慶人に言うよう頼んだな…。 隆栄の妙な優しさを感じながら、慶人を柔らかい表情で見つめる慶造。慶人は、慶造の表情に応えるように微笑んでいた。 「修司が予約してくれた場所があるんだよ。そこで」 「はじめから、そのつもりだったのね？」 「まぁな。修司が、安全な場所とそこへの交通手段も教えてくれた」 「離れていても、あなたのことを考えているのね。…いつか春子さんに 怒られますよ」 「昔っから怒られてるよ。修司と共にな」 慶造は微笑む。 「慶人、そろそろ行くぞぉ。パパはお腹が空いている！ 歩きなさい」 「はぁい」 慶人は、慶造の腕から降り、自分の足で立ち、ちさとと手を繋ぐ。 「ママ、パパ、おしろにいく？」 「お城？」 「うん。上からみることできるんだよ！」 そう言って、慶人は、慶造とちさとを引っ張るように歩き出した。 「あっ、こら、慶人っ！！ 危ないって！！」 慶造が言っても、慶人は張り切っている。 「喜んでるわね、あなた」 「…そうだな」 「こっちだよ！！」 慶人の元気な声が、響いていた。 製薬会社・研究室。 白衣を着た一人の男が、錠剤がたくさん入った容器を眺めて、不気味な笑みを浮かべていた。 「竜次様」 その声に、目だけを向ける白衣の男・黒崎竜次。 「あん？ なぁんだよ、崎」 「黒崎親分がお見えです」 その言葉を聞いた途端、嫌そうな表情を露わにし、立ち上がる竜次。 「竜次」 「なんだよ、兄貴」 「聞いたぞ…。お前、例の薬を使って、何をしてる？」 「内緒」 ふざけた口調で応えた竜次。黒崎は、大きく息を吐くことで、わき出る怒りを抑えていた。 「女を引っ張り込んで、飽きたら捨てる。…いい加減にしろ」 「…いいだろぉ〜。俺のコレクションなんだからよぉ。何も言うなよ」 「ったく…あまり、周りに知られるな。後で困るのは、俺なんだからな」 「知られないようにしてるって。ご安心をぉ〜」 そう言いながら、研究室を出て行けという感じで、手を振っていた。黒崎と崎は、静かに研究室を去っていった。 「いつまでも、うるさいなぁ、兄貴はぁ〜。さぁてと、……これ、 効き目あるかなぁ〜」 容器を手に取り、中に入っている錠剤が容器に当たる音を楽しむ竜次。 ちさととの事で、自殺を図ってから、一命を取り留めたものの、大切な何かを失っていた。 廊下に出た黒崎と崎は、深刻な表情で、研究室の方を見つめていた。 「兎に角、見張っててくれよ。突然何をするか解らないからな…」 「そうですね。人の奥底に潜んでいる凶暴な面が、突然現れるようですから。 まさか…あの薬に、そのような恐ろしい成分が含まれているとは…」 「まだ、調べている段階だったからな…。取り敢えず、どの薬にも効く 解毒剤を開発中だ。試したいが、竜次の様子じゃ無理だな」 「被験者なら、数名居ます」 「それは、竜次が連れ込んだ女どもだろ？ その為に連れ込んでるのか？」 「さぁそれは…。しかし、その女性たちは、居ても居なくてもいいような そんな経歴を持っているものたちですから。一体どこから、そのような 女性を見つけてくるのか、私どもには、さっぱりわからないのですが…」 「大方、黒田あたりだろ。あいつは、お前と違って、竜次に忠実だからな」 「私もですよ、親分」 「その割には、竜次の様子を事細かく報告してるだろうが」 「それは、私に課せられた義務ですから」 「竜次の世話。…そうだったな。…まぁ、兎に角、頼んだぞ」 「はっ」 黒崎は、その場を去っていった。 崎は、研究室の方を見つめていた。 竜次様…。早く、心を癒してください。 崎の思いが伝わったのか、竜次は、先ほどまで見せていた怪しげな笑みが消え、真剣な眼差しをしていた。 「そうだよな……」 そう呟いて、両手で力強く拳を作る竜次。 「……っくっくっくっく……はっはっはっは！！！！」 突然、高笑いをし、何か嬉しい事を思いついたのか、体を踊らせていた。 竜次の声に驚いた崎が、慌てて研究室へ入り、竜次を見つめる。 竜次様？ 竜次のはしゃぎように、不安を感じ始めた…。 (2004.3.18 第二部 第十五話 UP) Next story (第三部 第一話) |