第三部 『心の失調編』 第九-k話 嬉しい拳。 阿山組の医務室。 「あっはっはっは!!」 慶造は、大笑いをしていた。 「笑い事じゃないっ! もう少しで、剛一を…俺…」 「前々から言ってただろが。お前は熟睡していたら、更に危険だと」 「身をもって解ったよ」 「しかし、怪我で済んでよかったな」 慶造は、腕を消毒され、注射される。 「そりゃぁ、剛一くんだもん。修司くんの攻撃を避けたんでしょ?」 美穂が言った。 「そのようだったよ」 「今日は、元気に登校したの?」 「休ませた」 「その方が賢明だな。…で、今日は?」 「八造に頼んでいたみたいだな」 「いいのか? 八造くん、慶人を嫌ってるだろ」 「焼き餅らしいな。ほら、剛一が慶人くんと仲良く話すだろ。 それを見ていて、嫌なんだとさ。兄貴を取られそうで」 「まだ、理解するには難しいか」 「まぁな。解っているけど、心が追いつかないらしいな」 「まだ子供だからな」 「あぁ。…でも、八造は、猪熊家を抜けるつもりだよ」 「まだ、尾を引いてるか…」 慶造は、寂しげな表情をする。 「大丈夫さ」 「そういう修司もだろうが」 「…慶造の気持ちが解るよ。…本当に、あの歳で耐えるなんて、 すごいよ…」 「幼い中で、記憶も薄れていたらしいからな。それが幸いしただけさ。 この歳で、そうなると、恐らく俺は……」 自分の手を見つめる慶造。修司は、それ以上、その話をしなくなる。 「それにしても、慶造、お前は無事だったんだな」 「ん?」 「俺、何度も、慶造の側で熟睡してたろ」 「まぁな」 何かを誤魔化すように返事をする慶造だった。 「修司、今日も頼んでいいか?」 「任せておけって。…美穂ちゃん、小島は?」 「あの人ったら…栄三と喧嘩しちゃって…。ついでに健とも…」 「ついでに?」 「激しい親子喧嘩に桂守さんたちまで巻き込まれてね…」 疲れを見せる美穂。 「何が原因だよ。滅多に怒らないだろ?」 「それがね……あの子の…これ…」 美穂は、小指を立てた。 「女? それがどうしたんだよ」 「栄三ったら、取っ替え引っ替えするもんだから、女の子の方が 怒っちゃってねぇ」 「そりゃぁ、怒るよな。小島だって、美穂ちゃん一筋だからなぁ」 慶造が言った。 「私が、目一杯怒ったからね。浮気は許さん!!!ってね」 「栄三ちゃんの彼女は違ったのか?」 「曜日毎に女の子を変えてたみたいでね。それがばれて、女の子達が 争っちゃって…。それを栄三が見てるだけだったらしいのよ。 それを隆ちゃんが偶然見てしまったらしくて…。栄三を怒鳴ってる時に 健が来て、健の顔を見た途端、未だに許してない事を持ち出して…」 「えらい荒れてるな」 「そこに桂守さんが顔を出して、栄三に教えた事を怒鳴っちゃって…」 「小島に何かあったんか?」 「解らないのよぉ、それが。ここんとこ荒れてるのよねぇ〜………あっ」 「ん? 何??」 何かを思い出したように声を挙げた美穂に、慶造と修司は、顔を見合わせる。 「慶造君が原因だ…」 「お、俺??! なんで?」 「荒れてるのって、慶造君が、風邪で寝込んだ日からだもん」 「……って、ここ数日で荒れるか…?」 「きっと、慶造君に触れられないからだろうなぁ」 「…………!!!! 俺らは、そんな関係じゃないっ!!!」 慶造は、何故が、焦っていた。 「け、慶造?!?」 突然の行動に驚く修司。 「触れるって、…あのな…」 「いっつも拳か蹴りをもらってるでしょ。あれが無いからだと思う」 「……はぁ? …あっ、そ、そっちか…」 ホッとする慶造。 「慶造、何を考えていたんだよ」 「あっ、いや、何も」 「嘘付けぇ。お前の焦りようは、その関係って感じだったぞ。…まさか…」 「…違うっ!!!!!」 慶造は布団を引っ被った。 暫く沈黙が続く。 慶造が布団から顔を出した。 「修司」 「ん?」 「修司の行動な…」 「熟睡のか?」 「あぁ。…あれ、俺は避けてたからさ。…というより、無意識に避けてたらしいよ」 「無意識に…らしいって…」 「小島が言ってた」 「小島が?」 「あぁ。修司は、眠っている間、近づく者を無意識に攻撃するらしい。 隣に眠る慶造は、無意識のうちに、それを避けてるぞ。ってな」 「……って、まさか…」 「小島な…眠ってないんだよ。あいつは仮眠程度でいいらしいよ。 それでな、修司と俺の寝る姿を見ていたら、そんな行動してたってさ」 「俺、慶造にまで攻撃してたんだな…」 「避けてたらしいけどな」 「そうだったのか…」 修司と慶造の会話を聞いて、美穂は何かを思い出す。 「あっ、そう言えば…」 「ん?」 「隆ちゃん、時々嘆いてた」 「嘆く?」 「夜ね、一緒に寝てる時」 『阿山と猪熊の側では絶対に寝たくない。 あいつら、無意識のうちに体が動いてるからな。 知らずに側に寄ると、怪我する』 「…そう言ってたよ。まぁ、実際に、何度か怪我してたみたいだけど」 「…あららぁ……」 慶造と修司は、困ったように項垂れた。 「まぁ、それで、いいんじゃない」 「どうしてだ? 実際、剛一君…」 「それは、剛一くんの醸し出すオーラが、そうさせるだけで、ほら、 ちさとちゃんも春ちゃんも、何も無かったんでしょう? 安心だと思うよ」 「そういや、そんな話、聞いた事ないな…」 修司が言った。 「ちさとから、聞いてないな…」 「ほらね」 「…だな…」 慶造は、安心したように頷いた。 「まぁ、これからは、気を付けないとな。剛一にこれ以上怪我を して欲しくない」 「もう、大丈夫だろ。……ということは、剛一君たちにも備わってないか?」 「………可能性はあるよな…」 「今度、調べておけよ。慶人が危ない」 「そうだな。…調べておくよ。…おっと、時間だな。じゃぁ、今日も ゆっくりと休めよ。そして、明日に備えておけ」 「あぁ」 「美穂ちゃん、頼んだよ」 「任せなさいっ!」 美穂の元気な言葉を聞いて、修司は医務室を出て行った。 「…で、美穂ちゃん」 「ん?」 「いいのか、自宅」 「いいのよ。きっとあの人が、怪我して、ここに来るだけだから」 「誰にやられるんだよ」 「栄三と健に」 「はぁ? 二人にやられるって、小島、そんなに弱かったか?」 「隆ちゃんって、実戦以外には、本気出さないでしょぉ」 「そうだな」 「だからなの。恐らく……」 医務室のドアが急に開き、隆栄が飛び込んでくる。 「美穂ちゃぁ〜ん、治療してぇ〜〜」 「…ね、言ったでしょ…」 「ほんとだ…ひでぇ姿…」 「栄三と健…二人して、か弱い父親を滅多打ちするんだからぁ」 美穂に泣きつく隆栄。 服はボロボロ、口元から血を流し、そして、目の周りを青く腫らしていた。 「くっくっく……あっはっはっはっは!!!」 慶造は、突然笑い出す。 「阿山ぁ、何も笑う事ないだろがっ!」 「そりゃ、お前の教育だな。親に手を挙げさせるとは…なぁ」 「いいんだよ。あいつらが、本気になっても、俺がこれだけだしさ。 まだまださ」 「そうやって、息子の強さを確かめてるんだな。…親馬鹿」 「ほっとけ。……で、今日もか?」 「明日に備えてだ。だいぶ良くなったよ。ありがとな」 「………」 「なんだよ」 「……だから、美穂ちゃん。阿山に、どんな薬を飲ませてるんだよ。 お礼言うなんて、阿山じゃないぃ〜」 「小島ぁ〜!!!!」 ドカッ!!! 「…うん………これ…これを待ってたんだって……」 「うわっ、すまん、小島っ!! 小島ぁっ!!!」 慶造の拳を腹部に受けた隆栄。 息子の栄三と健の攻撃で、弱っている所に強烈な拳。 流石の隆栄も、その場に崩れてしまったのだった。 「小島ぁ、しっかりしろぉ!!!」 慶造の心配する声を耳にしながら、隆栄は、嬉しさを噛みしめていた。 (2004.4.28 第三部 第九話 続き K UP) Next story (第三部 第九話 続き M) |