第三部 『心の失調編』 第十一話 『隆』、マジになる?! 修司の目の前を風のように、まさが通り過ぎた。 修司が気付いた時には、まさが、慶造に向かってナイフを振りかざしていた。 くそっ、間に合わないっ!! そう思った時だった。 修司の側を何かが横切った。それは、まさの視野を遮るように、広がる。 「!!!!!!」 まさの動きが停まった。 飛んできたものに目をやる。それは、オレンジ色のコートだった。 風に舞って、ひらひらと地面に落ちていく…。 「…あんたの相手は、この俺だ…」 何かを楽しむか様な口調で、隆栄が言った。まさは、素早くその場から離れ、警戒する。 「小島…」 「猪熊、何やってんだ! さっさと行けっ!」 「うるせぇ。てめぇは…」 「ここは、俺に任せておけって。その体じゃ、無茶だ。それに…」 隆栄は、慶造をちらりと見る。 「まだ、熱が下がってないだろが。動きで解る。だから、言っただろ。 治ってからにしろって。延期出来そうだったんだぞ」 「今更なんだよっ」 「いいから、行け!」 今まで耳にしたことのない隆栄の声。修司は、慶造を守るように立ち上がり、そして、隆栄に言った。 「ちゃんと迎えに来いよ」 「わかってるって。お前こそ、しくじるなよ」 「うるさいっ。じゃぁ、頼んだぞ」 「あぁ」 修司は、その場に残ろうと踏ん張っている慶造を無理矢理引っ張って、去っていった。 まさは、去っていく二人を見つめている。その目は、慶造を捉えていた。 まさが走り出す。 しかし、それに追いつくような感じで、隆栄も走り出した。 シュッ!!!! 「おっとっ! 走りながら攻撃かよ!」 今にも、まさの腕を掴みそうな時だった。まさは、走りながらも隆栄にナイフを差し出していた。寸前で避けた隆栄は、勢い良く飛び上がり、まさの腰に飛びつき、地面に倒した。 そこは、坂道。隆栄とまさは、そのまま坂道を転がり落ちていった。 大きな木にぶつかって、二人は停まった。 「いってぇ…。思いっきり腰を打ったぞ…。俺をクッションに使うなっ!」 そう言った隆栄の目の前を光る物が横切った。 頬を伝う生ぬるいもの…。 「……あのなぁ…」 隆栄は、目の前に立つ、まさを見上げた。 まさは、無表情で、そこに立ち、隆栄を見下ろしながらナイフの先を、ゆっくりと向ける。 隆栄の背中を汗が伝う。 あの時と同じだ……!!!! 「原田…?」 「俺の名は…原田まさ。天地組の殺し屋だ…。知らなかったのか?」 まさは、静かに語り出す。 「殺し屋の噂は耳に入っている。…俺が言ってるのは、あの時の 医学生か…ということなんだけどなぁ」 「阿山組四代目の側近…小島隆栄…ふっ。噂通りだな」 「噂?」 「命の危機にさらされても、軽い口調を叩く…。四代目も、こんな いい加減な側近をおいてるとは…阿山の力も、その程度か」 「…俺は、何を言われても気にしないけどな……阿山の事を 悪く言う奴は………」 隆栄の醸し出す雰囲気が、がらりと変わる。 「……この世に…居ないんだけどなぁ〜」 「!!!!!!」 隆栄のオーラに反応するかのように、まさが、身構え、そして、ナイフを素早く横に動かした。 キン!!! 金属同士が激しくぶつかり合う音と同時に、火花が散った。 「それで、一流の殺し屋…ね。……俺を倒さないと、先に進めないぞ…」 まさが握りしめていたナイフが、離れた地面に突き刺さった。 「なるほど…その腕には、そのナイフを納めるものを巻き付けてるのか。 それが、ガードの役目をしてるわけだな…」 まさの袖が切られ、腕に仕込んでいる物が見えていた。 隆栄の手には、いつの間にか、日本刀が握りしめられていた…。 「…カムフラージュか…」 まさが呟くように言った。 「まぁなぁ〜」 「本当に、軽い口調で話すんだな…。それは、敵を油断させる 作戦なんだな…。解った……」 「何が解ったんだ?」 「手加減…するなってことだな」 「なにっ!!!!!」 目の前に居た、まさの姿が消えていた。隆栄は、突然の事で、一瞬戸惑ったが、まさの気配を察知する。 まさは、遠くの地面に突き刺さった自分の武器を手に取り、戦闘態勢に入った。 ちっ! 隆栄は、日本刀を握り直す。それと同時に、目の前に、まさの姿が現れた。 「…って、うわっ!!」 隆栄は、体中に痛みが走る感覚を暫くして感じた。 目の前に、まさの姿。 まさは、ナイフを持った両手を広げ、不気味な程の笑みを浮かべながら、隆栄を見上げていた。 痛みを感じたと同時に、隆栄の体から血が噴き出した。 …うそ…だろ……。 隆栄は、その場に跪く。 「次だ…」 まさが静かに告げる。隆栄は、まさを見つめた。 シュッ…。 まさが両手に持っていたナイフは、目にも留まらぬ速さで袖に消えた。 まさは、一歩踏み出す。 「中途半端だな」 そう言いながら隆栄が立ち上がった。 「!!!!」 まさは、驚いたように振り返る。それと同時に、何かが空を切った。 キン!!!!! 「…ほんと…素早いな」 「不意打ち……」 「油断するからだ」 「くっ!!!」 隆栄が振り下ろした日本刀の気配に気付き、まさは、袖にしまい込んだナイフで、その日本刀を受け止めていた。日本刀の刃が、まさの首筋に近づいてくる。 まさは、力一杯、日本刀を押し上げた。 「!!!!」 まさの腹部辺りを真横に日本刀が動いた。 まさは、避けるように後ろに下がったが、腹部を軽く切りつけられていた。 目の前の隆栄を見上げるまさ。 隆栄の周りに不思議なオーラを見た。 ……このオーラ……。 何かを思い出したような表情をする、まさ。隆栄は、まさの表情の変化に気が付いていた。 ナイフを握り直すと同時に、まさは、高く飛び上がった。 上?! 隆栄は、見上げた。しかし、そこには、まさの姿は無く…。 キン!! 背後から迫る何かに反応し、隆栄は、振り向き様に日本刀でガードに入った。 まさのナイフが、そこにあった。 ナイフの場所こそ、急所に当たる場所だった。 「医学の心得が無いと、ここは狙えないよな…。その為なのか?」 「…あなたとは、争いたくは無かった。…あの時の……」 あの時…? まさの動きが停まる。それと同時に、隆栄は、蹴りを炸裂する。しかし、それは、まさの体に当たらず……。 「ったく、ちょこまかとぉ〜っ!! ……で、また消えるっ!!」 隆栄は、まさの姿を下がるように辺りを見渡す。しかし、姿は見えず…。 すぅっと日本刀を降ろす隆栄。そして、目を瞑り、何かに集中した。 そこか…!!! 隆栄は、しゃがみ込み、地面に体を転がした。転がる隆栄を追いかけるように、まさの蹴りが追いかけてくる。 まさは、隆栄の体目掛けて倒れるような体勢を取り、隆栄の体にナイフの先を向けた。 「うっ!!!」 隆栄の拳が、まさの腹部に突き刺さる。 まさは、そのまま真後ろに倒れた。 隆栄は、立ち上がり、まさを見下ろす。 「形勢逆転…だな」 隆栄が、静かに言った。 「それは、どうだか…」 そう言うと同時に、まさは、飛び跳ねるように起きあがり、隆栄の体を切りつける。 隆栄の体から、血が噴き出した。 そこは、右腕。 日本刀が、地面に突き刺さった。 隆栄の腕を伝うように、真っ赤な物が、地面に滴り落ちていた。 「……もう、握れないな」 「…さぁどうだろうなぁ」 そう言って、隆栄は、地面に突き刺さった日本刀を左手で取り、目にも留まらぬ速さで、まさの目の前に突き出した。 「お前……」 その時、ふと過ぎる、遠い日の事。 隆栄は、突然、戦意を失った。 それを見逃すわけがない。 まさは、突然、水を得た魚のように、素早い動きを見せ、隆栄の体を斬りつけた。 修司は、慶造の体を木陰に隠す。そして、辺りを警戒した。 「修司、みんなは、どうだ?」 「あいつは、慶造を狙っていただけだ。組員達は、軽傷のはずだ」 「斬りつけられていたぞ」 「あれは、出血が酷く見えるように切ってるだけだ」 「なぜ解る?」 「まぁ、腕の腱も切ってるだろうけどな。追いかけてこないように」 そう言って、修司は、慶造に振り返る。 「慶造」 修司は、懐から薬を取り出し、慶造の傷口に塗った。 「俺より、お前だろが」 修司の手から薬を取り上げ、慶造は、修司の傷口に塗った。 「あまり、血を流して欲しくないからな…」 お前の血は……。 「いいんだよ。春ちゃんは、たくさん残してくれたから」 「そうだな…」 慶造は、フッと笑みを浮かべた。 「……小島は大丈夫なのか?」 何かを思い出したように、慶造が言った。 「いつもの通りだろ」 「でも、今回の相手は、かなり厄介だぞ」 「本気になるだろうな」 「…なぁ、修司」 「ん?」 「……なんで、俺を停めた?」 慶造は、修司の行動を疑問に思っていた。 慶造が、飛び出そうとすれば、それを引き留めるかのように、目の前に体を動かしていた。向かおうとするたびに、修司が慶造の視野を遮っていた。 「…これ以上、お前の手を血で汚したくないからさ」 「誰の手も汚したくない」 「解ってる。…慶造の思いを知っているから、あいつらも 手を出さなかったんだ」 「守りを強化させていたのか…」 「まぁ、そうだな…」 「修司…」 「なんだよ」 ドカッ……。 慶造の拳が、修司の腹部に突き刺さる。 「……やっぱり、熱が上がっていたんだな。効かないぞ」 「…ちっ…」 慶造は、何かを誤魔化すかのように、修司から目を反らした。 「長引いてるな…風邪」 「まぁな」 「フッ…慶人くんの為か」 「あぁ。三日も寝てただろ。慶人が責任を感じてな…」 「そうだろうなぁ。だからって、無理することないだろが」 「…すまん…」 「素直だ…やっぱり、やばいんだな…」 修司の言葉に、慶造は苦笑いするだけだった。 追われて身を隠している二人とは思えない雰囲気で、話し込んでいた……。 駅前通り。 たくさんの人が行き交う時間帯。その中をちさとは、慶人の手を引いて、歩いていた。二人の後ろを勝司が歩いている。 「慶人、笹崎さんに作ってもらおうね」 「うん! ちゃんと覚えたっ!」 ちさとと慶人、そして、勝司は、駅前商店街にあるレストランへ足を運んでいた。慶人が、学校の友達から、おいしいレストランの話を聞き、その話を、ちさとに楽しくしていた時のこと。 みんな揃って、たまには外で… しかし、慶造の立場もある…。 そこで、慶人は、とある『作戦』を思いつき、本部から少し離れた駅前の商店街まで、やって来たのだった。 「おいしかったね。笹崎おっちゃん、作れるのかなぁ」 「笹崎さんは、何でも作れるから、慶人が話したら、すぐに 作ってくれると思うよ」 「楽しみにする! お父さん、喜ぶかなぁ」 そう言った時だった。慶人は、何かを思い出したように勝司に振り返る。 「ねぇ、勝司兄ちゃん」 「はい」 「お父さんの帰りは、何時になるの?」 「夕方とお聞きしてますよ。夕ご飯は一緒に食べるそうです」 「…風邪…大丈夫なの?」 「慶人、お父さんは元気に出掛けたでしょう?」 「でも…」 慶人は、歩みを停めた。 「慶人?」 ちさとは、慶人の前にしゃがみ込み、慶人の顔を覗き込んだ。 「ったくぅ〜。お父さんは大丈夫よ。美穂さんが言ってたでしょう?」 「だって…大人の嘘…」 ……ギクゥ…。 ちさとと勝司は、慶造に口止めされている事を慶人に悟られている事に驚いていた。 誰から、そんな事を教わるのかしら…。 …恐らく、小島さんかと…。 …小島さん、何を教えているんでしょうか…。 さぁ、それは…。 二人は、小さな声で話していた。 「慶人、お父さんが心配?」 「うん。だって、あの時…池に落ちたのは、僕が悪いから…」 「そんなことないよ。あの時、お父さんが池に落ちなかったら 慶人が落ちてたんだよ? 慶人が風邪を引いたら、お父さんが 一番心配するから…」 「…お仕事…休んじゃうよね…。だって、前、風邪を引いた時、 お父さん、ずっと側に居てくれたもん。…でも、その後、 猪熊さんに、思いっきり怒られてたんだよね」 「…誰から聞いたの?」 「小島さん」 やっぱり…。 ちさとと勝司は項垂れた。 「あの…」 少し年配の男性が声を掛けてきた。 「はい」 ちさとが返事をし、振り返る。 「この街に行きたいんですが、ここから直ぐですか?」 男性が差し出すメモを見るちさと。勝司が、その横から覗き込んだ。 「それは、隣町ですけど、電車に乗らないと無理ですね」 「電車ですか…」 男性は、何かを迷っていた。 「どうされました?」 気になったのか、ちさとが尋ねた。 「その…おみやげを買ったら、帰りの電車賃しか無くて…。 どうやら一つ前の駅で降りてしまったようですね…」 「一つ向こうの駅ですが、歩いていける距離ですよ」 「そうですか。どう行けばいいですか?」 「そうですね…」 勝司が、男性に優しく声を掛けながら、男性が行きたい街の方向を指さして、道を説明していた。 ちさとから、少し離れた所で説明している勝司を優しい眼差しで、ちさとは見つめていた。 「ママっ!!」 「えっ?」 慶人の叫び声に振り返ったちさと。それに反応するかのように、勝司も振り返った。 姐さんっ!!! 勝司が走り出した……。 「まだだ…」 隆栄が立ち上がる。 「くそっ!」 まさは、ナイフを振り下ろした。 隆栄の右足を切りつけた。 「…ほら……どうした…息が上がったか?」 隆栄は、まさを挑発するように言った。 それに応えるかのように、まさは、ナイフを下から切り上げる。 隆栄の体を切りつける…。 「それだけ…か?」 何度斬りつけても倒れない隆栄に、流石のまさも、決意をする。 「俺は、標的以外は殺さない主義だ。しかし、あんただけは特別だ。 覚悟しろ…命をもらう」 「……もう、いいだろう? これだけ斬りつければ、気が済んだだろ。 恐らく、覚えていないんだろうな、原田よぉ〜」 「何のことだ? …親父を殺した事か?」 「フッ…覚えていたのか。それなら、なぜ、一発で仕留めない? 俺は、お前の親父を殺した。…お前にとっては、敵だろ?」 「それは…俺の親父が、小島さんを殺したから…、これ以上、命を奪う事は したくない。だから、動けないくらいにしか傷つけてないんだ…」 「そうだろうな。組員は、腱を切られて動けないだけ。出血が酷そうだが、 傷は、それ程深くない。…なら、なぜ、殺し屋なんかを?」 まさは、フッと笑う。 「親分への恩。…あの日から、俺をここまで育ててくれたから……」 先程まで見せていた、殺し屋としてのオーラが弛んだ、まさの表情を見ていた隆栄は、そっと目を瞑り、あの日の、まさの姿と今の姿を重ねて見てしまう。 「安心したよ。…気になっていたんだ。……それはそうと、俺が親父さんの 敵だということ…いつ知った? 道病院で逢った時か?」 「あなたの動きを目の当たりにして、走馬燈のように頭に浮かんできた。 あの日のことを…親父に刃を向けたのに、俺を目の前にした時は、 躊躇っていた。…そう…先程のように…。どうしてだ?」 「もう、繰り返したくない。それに、子供は関係ないだろう?」 その言葉に、まさは、口を一文字にして、そして言った。 「感謝する。しかし、今は、違う…標的を狙うまでだ…」 「そうか…なら、俺は、阻止する。…覚悟しろよ」 手にした日本刀を握り直した隆栄は、まさの動きに集中する。 まさも、小さなナイフを握り直し、そして、隆栄の動きに集中した。 沈黙が続く。 それは、長かった。 鳥が飛び立った。 それと同時に、二人は体を動かした。 隆栄は、日本刀を下から斬り上げる。 まさは、ナイフの刃先を隆栄に向ける。 斬り上げられた日本刀が、目にも留まらぬ速さで、突き出された。 「!!!!!!!!!」 「!!!!!!!!!」 二人は、目を見開く………。 真っ赤な絨毯を歩く一人の男。 その男が、地面に落ちているオレンジ色の何かを拾い上げ、埃を叩き、そして、身にまとった。 駆け寄ってくる誰かに振り返り、声を掛ける。 自然多い木陰に身を隠していた慶造と修司。辺りの気配を探っていた。 足音に警戒する。 「修司さん…どちらですか?」 その声は、三好だった。修司は、ちらりと顔を出す。三好が、それに気づき駆けてくる。 「敵は去りました」 「そうか。…四代目、落ち着いたようです」 「…小島は?」 「あの殺し屋・原田を倒したようです。四代目と修司さんを 呼んでくるように指示がありましたから」 「ほんとに、原田の動きは、恐ろしいな。…殺し屋として 有名なわけだ。執拗に追いかけてきたからな。…修司、大丈夫か?」 「慶造もだろ。二カ所斬られただろうが」 「大丈夫だって」 「あのなぁ〜」 「あのなぁ〜は、俺の台詞」 「慶造ぅ〜」 「……あの……四代目……」 「あっ、すまん。行くぞ」 「はっ」 慶造、修司、そして、三好は、隆栄の居る方へと歩き出した。 「よぉ〜無事かぁ」 木にもたれかかりながら、慶造達を待っていた隆栄が声を掛けてきた。 「小島、大丈夫か? 真っ赤に染まって…」 「返り血だって。まぁ、しこたま斬りつけられたけどなぁ」 「ったく、お前らなぁ」 「猪熊、早く連れていけ。俺が、後かたづけしとくから」 「お前もやばそうだろが」 修司が言った。 「だぁいじょうぶだって。ほら、行けって。怪我した組員たちは、 病院に行くよう指示を出してるから。元気な奴らで、やっておくよ」 そう言いながら、隆栄は、コートの内ポケットに手を入れる。 「頼んだぞ。三好、小島を手伝ってくれ」 慶造を車の後部座席に迎えるようにドアを開けた修司が、そう言った時だった。 「小島さん、指示を……小島さん?!?」 コートの内ポケットに入れている煙草を手に取り、口にくわえようとする隆栄が震えだしていた。 手から、ぽとりと煙草が地面に落ちた。 「ちっ…」 新たな煙草を取り出そうとした隆栄の体が、スローモーションのように地面に倒れた。 「…隆栄? …隆栄っ!!!!!!!」 ぐはっ……。 大量の血を吐き出した隆栄を見て、慶造が慌てて駆け寄り、手を差し伸べる。 隆栄が、慶造の手を払いのけた、その時、肩に羽織っていたオレンジ色のコートがめくれた…。 隆栄の体には、数え切れない程の切り傷があり、その中の一つは、内臓まで達していた。そこから、真っ赤な物が、どくどくと流れ出ている。 「馬鹿野郎…こんなに……こんなにやられて…いつも通りに 振る舞いやがって……。……さっさと運べっ!!!」 俺より、お前だろが…。 「隆栄、しっかりしろ…目を開けろって」 目…開けてるだろが…。落ち着けって…俺を名前で呼んでるぞ…。 「急げっ。修司、応急手当て頼むっ!」 「解ってる!!」 ……原田……どうしてるかな…。 「隆栄……目を…目を開けろっ!!!!!! 目を開けろぉっ!!!!」 慶造の叫び声が、響き渡っていた。 (2004.5.8 第三部 第十一話 UP) Next story (第三部 第十二話) |