任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第十二-a話 心の声を素直に聞く

猪熊家・道場。
八造が中央に立って、入り口を見つめていた。
そこから、入ってくる人物を待っていた。
あの日、自分を倒した相手を待っている。

今度こそ、絶対に倒してやる。

道場の外が騒がしくなっていた。
八造は耳を凝らして、その声を聞く。
何かに反応するかのように、八造は道場を飛び出していった。

「八造!」

剛一が、八造の姿を見て叫ぶ。

「剛一兄ちゃん、どうしたの? まさか、お父さんに?」
「四代目は無事。親父も無事だ。…だけど、小島さんが…」
「えっ?」
「…そして…ちさとさんが狙われて…」
「ちさとさんが?」
「慶人君が…」
「…慶人……が?」

八造は家を飛び出す勢いで走り出す。それを停めたのは、剛一だった。

「兄ちゃん、慶人…どこだよ。俺、待ってるんだよ!! 今度こそ、
 負けないから…今度こそ、倒してやるんだからっ!!」
「慶人君は、ちさと姐さんを守って…重体だ…」
「うそだ……うそだぁっ!!!!!!!」




哀しい出来事から三日が経った。この日、慶人の葬儀が密やかに行われていた。
八造は、待っていた。
倒したい相手…慶人を…。

修司が、道場の入り口から、中の様子を伺っていた。

「八造、毎日待ってるんです」

剛一が静かに言った。

「慶人君は、今頃、二人に見送られて、…春ちゃんの所に行ってるよ」

修司の声は震えていた。

「親父…」
「八造、知ってるんだよな。慶人君の死を」
「えぇ。…それでも、待つと言って…」
「…八造には見えるのかな…。この世に居ない人物が…」
「それは、解りません。でも…」

八造が、気合いを入れて、体を動かし始めた。
力強い拳が突き出される。
素早い蹴りが、高く上がる。
回し蹴りの連続の後、逆拳を向けた。

「!!!!」

それを停めたのは、修司だった。

「八造、そんな弱い拳じゃ、慶人君を倒せないぞ」
「……俺は、倒せないままです…。お父さん……」

八造の頬を涙が伝い、床に落ちた。

「どうして、人は死ぬんですか? どうして、命を奪おうとするんですか?」

八造は、母の春子のこと、そして、慶人のことを言っていた。

「人だからだ。それが解っていても、しなければならない時がある」
「命を奪って良いとは…思えません」
「あぁ。…だから、慶造…四代目は頑張っている。…なのに……」
「それでも我々…猪熊家の人間は、阿山家の人間を守らないと
 いけないんですか?」
「阿山家の人間は、猪熊家にとって、命よりも大切だからな。阿山家が
 あるからこそ、猪熊家…俺達が、こうして、生きているんだ」
「俺…嫌です…。もう、誰も失いたくありません。知っている人…みんな…」
「八造…」
「だから、俺…もっと、もっと強くなって…親父を倒して、この家を出る」
「あぁ。そうしてくれ。…俺だって、お前達を失いたくない。慶造だって、
 言ってくれる。もう、守るな…と。だから、阿山家との関係は、俺の代で
 終わらせる。その為に、慶造の思いを遂げさせる…そうしてやるから」
「お父さん…。慶人……お母さんと仲良くしてるかな…」

子供らしい口調で、八造が呟く。修司は、八造を抱きしめ、そして、優しく応えた。

「あぁ。春ちゃん、子供好きだからな…。楽しんでるよ」
「…そっか…お母さんも慶人も寂しくないなら……いいや」
「そうだな…」

八造を抱きしめる修司は、こみ上げるものを堪えていた。

慶造……。



阿山組本部・ちさとの部屋。
ちさとは、部屋の隅に座り込み、一点を見つめるだけだった。
慶造は、ちさとの部屋の前に来るものの、声を掛ける勇気も出ず、そのまま去っていく。
暫くして勝司が、ちさとの部屋をノックし、優しく声を掛ける。

「姐さん、お食事の用意できました。……姐さん?」

返事が無いことを気にしてドアノブを回す。鍵が掛かっているのか、ドアは開かなかった。

「こちらに置いておきます」

勝司は、ちさとの様子を伺いながら、その場を去っていった。

勝司が持ってきた食事は、手も付けられずに片づけられる。ちさとの事を心配した勝司は、慶造に相談する。

「…解った」

慶造は、ちさとの部屋へやって来る。

「ちさと、開けてくれよ。…顔を見せてくれ」

優しく声を掛けても、ちさとの反応は無い。慶造は、それ以上何も言わずに、そっと去ってしまう。そして、その足で、庭の池の前にやって来た。
あの日、はしゃぎすぎて、足を滑らせ、池に落ちそうになった慶人を支えるかのように、手を差し伸べた慶造。その慶造が池に落ちてしまった。
慶造の姿を見て、楽しそうに笑う慶人。

慶造は、池の中を見つめた。
水の中には、何も居ない。
鯉を飼おうと慶人と話していた。慶人は嬉しそうに笑った。

「もう、飼わなくていいよな…慶人」

慶造は、側にあったバケツで、池の水をすくい、外に流し始めた。池の水は、どんどん減っていく。浅くなった池の水は、バケツですくえなくなる。

「……くそっ!!」

慶造は、バケツを池に向かって投げつけた。
その勢いで、バケツは割れた。

……天地……許さねぇ…。

慶造の何かが、弾けた………。




小島家・リビング。
栄三が、新聞に目を通していた。片手には、煙草がはさまれている。

「兄貴ぃ〜。…って、また吸ってる」

健がリビングにやって来る。

「うるせぇ」
「……親父、助かったんだろ。何をかりかりしてるんだよぉ」
「これだよ」

栄三は、健に新聞を投げつける。健は、上手い具合に受け取り、栄三が見ていた箇所に目を通した。

「二大組織の抗争? 幼子が犠牲…って、なんで、載ってるん?」
「知るかっ。…ちゃんと桂守さんが停めたはずだ。なのに……。
 もしかしたら、天地組の仕業かもしれないな…。奴ら…許せねぇな」

怒り任せに煙草をもみ消す栄三だった。

「兄貴、どうするん?」
「親父に万が一の事があったら、俺が……動く。これは、阿山組とは
 関係ないことだからな」
「じゃぁ、俺も手伝うぅ」
「…って、健!! やばいことだって解ってるんだろが」
「解ってるよ」
「お前には、夢があるだろうが。その為にも、俺がやろうとしてることは…」
「兄貴の居る所には、俺も居るってこと」
「あのなぁ〜」
「…俺だって、兄貴以上に腹立ってるんだからな。親父をあんな目に遭わせて
 そして、姐さんを狙った…その姐さんを守って慶人くんが死んだ…。
 許さないんだからな…」
「…健」
「なんだよ」
「お前は、俺より質が悪いんだから、やめとけ」
「俺もやるっ!」
「健」

栄三の声に、健は首を縮める。

「だって、俺……」
「あがぁ〜、もう、解ったから。そんな面すんなって」

今にも泣き出しそうな健の表情に、栄三は参ってしまった。

「親父の様子…見に行こうか」

その場の雰囲気を切り替えるように、栄三が言った。

「うん」
「お袋、ちゃんと休んでるんかな…」
「どうだろ。休み無しかもしれないよ」
「そうだな…医者は休んでられないって、言ってたもんな」
「言ってた」

栄三と健は、出掛ける用意をしながら、話していた。

「姐さん、どうしてるんだろう…」

栄三が呟いた。

「四代目…動くのかな…」
「暫くは動かないと思うよ。怪我人が多かったからさ。人数も減ってるだろうし」

健の言葉に栄三が優しく応える。

「……これから、どうするんだろ…」
「さぁな」

栄三は、惚けていた。
これからやることは、一つ。
報復……。
栄三の血が、騒ぎ始めていた。




天地は、一仕事を終えた後、東北の組本部に帰ってきた。そして、疲れた体を癒すために、寝室へと入っていく。

「天川」
「はっ」
「まさから連絡は?」
「兄貴から連絡は未だです。京介が約束の場所で待ってるようですが、
 まだ姿を現さないそうです。……もしかしたら…兄貴…」
「それはないさ。まさは約束した。必ず戻ると…」

天地は信じていた。
息子同然のまさが帰ってくる事を…。


京介は、あの日、まさと待ち合わせの約束をした場所に車を停め、まさを待っていた。
あの日から、三日は経っている。あの場所も現場検証を終え、静かになっていた。人の血で真っ赤に染まっていた地面も綺麗に洗い流され、何事もなかったような様子になっていた。
阿山組の幼子が犠牲になった。
そういう報道が流れていた。
しかし、京介は、そんなことに興味を示さず、ただひたすら、まさの帰りを待っていた。

「兄貴……」

もしかしたら、倒れたのかもしれない。
そう思った京介は、車を走らせ、まさと別れた場所へとやって来る。しかし、そこには、人の気配すらなかった。

忘れて、家に…?

京介は車に乗り込み、まさのマンションへと向かって車を走らせた。




ちさとが、部屋から出てきた。そして、食堂へと足を運んだ。
そこにあるテレビでは、ワイドショーが流れている。
もちろん、阿山組の事を語っていた。
ちさとは、画面に釘付けになる。
スピーカーから聞こえてきた声に、反応した…。

ちさとは、資料室へと足を運ぶ。そこには、数え切れないほどの新聞や週刊誌などが山積みされていた。どれも違う出版社の物。それらの表紙は、ほとんどが、同じ言葉で飾られていた。
ちさとの手が震え出す。

資料室を出てきたちさとは、とある場所に向かって歩いていく。
そこは、慶造の別室。
その部屋の床の間に飾られている物を見つめるちさと。
唇を噛みしめ、何かにとりつかれたように、飾られている物を手に取った…。


しとしとと、雨が降り始めた…。



(2004.5.16 第三部 第十二話 続き UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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