任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二話 危険な香り?

天地山に春が訪れた。
山の麓にある一軒家。そこに男性と女性、そして、子供が尋ねてくる。男性が呼び鈴を押した。

「はぁい。……親分」

ドアを少しだけ開けて顔を出したのは、この小屋で療養中の原田まさだった。

「どうだ?」

呼び鈴を押した男は、天地龍征という男で、天地山一体を仕切っている天地組という極道組織の組長だった。療養中の身である、まさの様子を見に尋ねてきたのだった。
まさは、天地を招き入れようとドアを大きく開けた時、女性と子供に気が付いた。

「……親分、こちらの方は?」
「ん? …あ、あぁ。まさは初めてだったな。牧野里沙(まきのりさ)さんと
 牧野かおりちゃん」

里沙とかおりは、ゆっくりと頭を下げていた。

「この子が、息子同然に育てたという原田さん?」
「あぁ」
「初めまして、原田まさです。あの、親分…」
「この四月から、この先にある所に住む事になったんだよ。
 まぁ、ちょっと事情があってな。心を癒せるなら、ここがいいと
 俺が薦めた。でな、お前が、暫くここに居ると言ったら、
 挨拶するって…言ってだな…」
「そうですか。宜しくお願い致します」

まさは、深々と頭を下げる。

「お入りになりますか?」
「いいや、俺は、向こう」

そう言って、指を差した方向は、里沙が住むと言った場所。
まさは、天地の想いを悟ったのか、それ以上、家に招こうとはしなかったが……。

「ん? …かおりちゃん、なぁに?」

まさは、服を引っ張られた事に気付き、目をやると、自分の腰辺りまでの背のかおりが、まさの服を掴んで見上げていた。優しく声を掛けるまさに、かおりは、笑顔で言った。

「まさ兄ちゃんも来る?」
「えっ、いや、私は……」
「ママ、駄目?」
「う〜ん…」
「…里沙ぁ、まさの事、かおりちゃんに、どう説明してんだ?」
「親分から聞いた印象そのまま…」

里沙と天地の言葉のやり取りで、二人の仲を把握するまさ。
これは、自分が一緒に行くと……。
しかし、かおりが、まさの服を離そうとしない。

「じゃぁ、かおりちゃん」
「なぁに?」
「一緒に遊ぼうか。裏庭にね、綺麗な花が咲いてるよ。観たい?」
「ママ、いい?」

かおりは、ちょっぴり嬉しそうに微笑みながら、里沙に尋ねる。

「親分、まさちゃんの体調は…」
「私なら、大丈夫ですよ。ただ、仕事が出来ないだけですから」
「お仕事お休み?」

かおりが尋ねる。

「お休み」
「何してるの?」
「……う〜ん…」

まさは、返答に困り、天地に目をやった。天地は、まさに送られた目をそのまま、里沙へと向ける。

「かおり、まさちゃんは、お医者さんを手伝ってると言ったでしょう?」
「そっか。…ねぇ、ママ」
「まさちゃん、よろしいかしら?」
「構いませんよ。かおりちゃん、行こうか!」
「やったぁ!」
「夕方には、自宅の方へお連れしますが、よろしいですか?」

まさは、天地と里沙に尋ねる。

「俺が、帰りに寄るから、その後にしろ」
「かしこまりました。では。お気を付けて」

かおりと一緒に裏庭へと駆けていくまさを天地は優しい眼差しで見つめていた。

「お聞きしていた通り、素敵な青年ですね」
「あぁ。怪我さえ治れば、また、向かうだろうけどな」
「それは、医学の方? それとも、殺しの仕事?」
「どっちもだ。……で、いいのか?」
「あら、敢えてお聞きになるの?」
「…それもそっか。しっかし、大きくなったなぁ」
「親分が初めて逢ったのは、かおりが六ヶ月の時でしょうがぁ。
 あれから何年経ったと思ってるの?」
「数えた事無かったなぁ。………それより、まさの奴、子供を扱うのが
 慣れてるなぁ。医学関連で習ったのか?」
「元から備わっているんじゃないの? かおりって人見知り激しいんだから」
「それは、お前が、まさのことを話していたから、まさとはすんなり
 打ち解けたんだろ?」
「そうかもしれませんね。……親分と私の仲…まさちゃんに言った?」
「いいや」
「まさちゃんて、勘が鋭いのかしら?」
「仕事柄、人の心を読めるのかもしれないな。観察力は鋭いからな」
「かおりを任せて大丈夫だったかしら…あの子…わがままだから…」
「大丈夫だろ」

そんな話をしながら、里沙の自宅へ向かって歩いていく二人。自宅に到着し、玄関へと消えていった…。


「まさ兄ちゃん、綺麗だね」
「この花はね、温泉が湧く場所にしか咲かないんだよ。だから、ここに
 こうして、綺麗に咲いてるんだ。もっとたくさん咲いてる所に行く?」
「うん!」

まさは、かおりと一緒に、裏庭から少し離れた場所へと向かっていった。
そこには小屋が建っていた。その小屋から出てきたのは…。

「兄貴。歩き回って大丈夫ですか?」

湯川だった。

「満、何してんだよ」
「あっ、いや、親分が、くつろげるようにしておけっておっしゃるから…」
「くつろぐ? …って、ほんまに温泉掘ったのか?」
「はい。俺の何かが、ビビビッと反応した場所を掘ったら、このようにぃ」

湯川は、小屋のドアを開け、まさとかおりに中を見せた。
そこには、温泉が湧き出し、湯につかれるようになっていた。

「良い香りだなぁ」
「はい。明後日には、ちゃんと入れるように致しますので、もう暫く
 お待ち下さい」
「…って、親分の為じゃないのか?」
「兄貴の為にです。怪我にも良い成分ですから」
「…俺のため?」
「親分と兄貴だけです」
「かおりも入るぅ〜」
「かおりちゃんも里沙さんも入れますよ」
「やったっ!」
「…………満」
「はい」
「お前、かおりちゃんを知ってるのか?」
「先程、挨拶に…」
「……なるほど。……で……」

まさは、湯川の耳元で何かを言った。湯川は、思いっきり首を横に振っていた。

「本当か?」
「本当です!!! 親分は、スナックの姉さんだけですよ。姉さんは親分の子を
 欲しがったので、仕方なくだそうですが、もう、子供は……そうおっしゃってます」
「…そうか…安心した」

まさは、側に居るかおりが天地の子かもしれない…そう思っていたのだった。
かおりは、天地と兄弟杯を交わした男の子供で、里沙とは、かなり昔からの知り合いだった。
里沙の夫は、事故で亡くなっていた。

「ねぇ、湯川さん」
「はい」
「温泉、楽しみにしてるね!」
「はい。それまで、良い子でいようね」
「はぁい!」

まさは、湯川を怪訝な目で見つめていた。

「どうされました、兄貴。傷の具合でも…」
「違う。…お前という男が解らなくなってきた」
「ほへ?!」

湯川は首を傾げる。

「子供の扱い…慣れてるんだな」
「そりゃぁ、幹部や組員の子供の面倒見ていたら、慣れるってもんですよ」
「…そう見えない所が、お前らしいといやぁ、お前らしいけどなぁ」
「兄貴、それ、どういうことですか?」
「さぁな。…じゃぁ、かおりちゃん、さっきのお花は、向こうにたっぷりあるよ!
 ママに持って帰る?」
「いいの? お花、死んだりしない?」
「死なないようにおまじないしてあげるからさ」
「うん! まさ兄ちゃん、お願いします!」

湯川は、まさを怪訝な目で見つめていた。

「どうした、満」
「兄貴の方が、扱い慣れてる…それも……女以上に……!!!」

ドコッ……。

まさとかおりは、歩き出した。
小屋の前に、腹部を抑えて座り込んでいる湯川を残して…。

兄貴…ひどすぎますよ……。子供の前では…駄目ですって…。

と言いたいものの、口に出来ない湯川だった。


その日から、まさとかおりは、一緒に遊ぶようになっていた。
かおりは、まさをお兄さんのように慕っていた。家に帰ったかおりは、その日、まさと何をしたのかということを楽しそうに話していた。そんなかおりを見て、里沙は心を落ち着かせていく。
夫が死んだ時は、後を追おうとしていた。しかし、かおりの笑顔を観る度に、それを留まった。
どうしようか悩んでいた時に、天地が心配して会いに来た。
涙が止まらなかった里沙。
そして、天地の好意に応えるかのように、天地山へとやって来たのだった。
自宅の窓から見える天地山。
見上げる度に、心が和む。
まるで、自分を守ってくれるかのように……。

里沙は、ふと時計に目をやった。
午後七時を過ぎていた。
いつもなら、帰ってくる時間。しかし、今日は日が暮れても娘が帰ってこない。

まさか…。

心配のあまり、ドアを開けて、まさが居る家の方を見つめている。
そこには、まさが、かおりを抱えて走ってくる姿があった。

「まさちゃん」
「す、すみません…遅くなりました…。その……」

まさは、腕に抱えるかおりの腕を里沙に見せた。
包帯が巻かれていた。

「怪我…したの?」
「申し訳御座いません!!!」

まさは、頭を下げる。

「実は……」
「転んでガラスに手を突っ込んじゃったの。まさ兄ちゃんが、治してくれた!」

まさの言葉を遮るように、かおりが言った。

「あれ程、気を付けなさいと言ってるでしょう! まさちゃんに迷惑掛けて!」
「ごめんなさい…」

恐縮そうに首を縮めていた。まさは、かおりを地面に降ろした。

「かおりちゃん…」
「じゃぁね、まさ兄ちゃん。暫く、動かしたら駄目なんだよね」
「そうだよ。明日、もう一度診察しないと駄目だから…」
「待ってるから。じゃぁね!」

かおりは、笑顔で自宅に入っていった。

「すみませんでした…」
「ったく、あの子は、もう少し落ち着かないと駄目ね…」
「違うんです…その……」

まさは、自分の腕に仕込んでいる武器を里沙に見せた。

「実は、これで…」
「えっ?」
「腕に付けているこれに気付かれて…。見せてと袖をめくられたんです。
 その時に……。本当に、申し訳御座いませんでしたっ!!!」

深く頭を下げるまさの視野に、里沙の震える拳が見えていた。
まさは、殴られる覚悟を決めていた。
しかし…。

「…まさちゃん」
「はっ」
「頭…上げて」
「いいえ、それだけは…」
「いいのよ。あの子が無理にしたことでしょう?」
「それでも…」
「約束して」
「はっ」
「仕事以外では、それ…外しておくこと」
「えっ?」

まさは、里沙の言葉に首を傾げた。
思っていた事と違う言葉だったからだ。

「まさちゃんの仕事は知ってる。殺し専門だってね。だけどね、今は、
 …かおりと遊んでいる時は、違うでしょう? 優しいお兄ちゃんなんだから。
 仕事以外の時は、今回のような危険な事が起こるから…。だから…」
「その…かおりちゃんに怪我をさせてしまったことは…!!!」

バシッ!!!!

顔を上げたまさの頬に、里沙の平手が決まった。

「これで、許してあげるから。だから、仕事以外は、付けないでね。
 まさちゃんの事だから、普段でも狙われると思ってるんでしょう?
 だから、付けてる…そうでしょう?」
「はい。確かにそうです。いつでも、親分を守れるように…」
「武器が無くても素早い動きが出来るんでしょう? それなら、心配ないじゃない!」
「しかし…これは、体の一部になっておりまして…」
「…私の言う事、聞けないの?」

そう言った里沙の表情は、まさにとって、凄く恐く……。
それは、母としての怒り……?

「聞きます!!」

思わず、そう返事をしてしまった。

「それにしても、あの子、まさちゃんをかばうとはねぇ〜。これは、
 まさちゃんに惚れてるぞぉ。どうしてくれるのぉ、まさちゃぁん、責任取ってね!」
「…は、……ほへっ?!???!!!」
「冗談よ!」

驚くまさの背中を思いっきり叩く里沙。

「…っっ!!」

まさの体は、未だに耐えられず…。

「ご、ごめんなさいっ!!! まさちゃん、大丈夫?!?」

まさは、その場に座り込んでしまった…。



まさは、天地山の頂上でくつろいでいた。
この日から、かおりは学校に通い始めた。
毎日のようにかおりと遊んでいたまさは、寂しさを感じ、こうして、頂上に来ていたのだった。
足音に振り返る。

「京介」
「兄貴、体調、よろしいようですね。安心しました」
「…ん…ありがとな」

そう言って、再び景色を見つめるまさ。

「どうした、来いよ」

まさから少し離れた場所に立ったままの京介に声を掛けるまさ。京介は、ゆっくりとまさの側に近づき、腰を下ろす。

「素敵な景色ですね。緑が心を和ませます」
「そうだな…」
「温泉、どうですか? 怪我にも良いと聞いてますけど…」
「京介も入るか?」
「私は入れませんよ。兄貴の為の温泉ですから」
「気にするなって」

まさは、景色を眺めていた。

「兄貴」
「ん?」
「かおりちゃんと遊びまくって疲れたんじゃありませんか?」
「いいや。仕事に比べれば、楽だって」
「そうですね。でも、学校が始まったので、日曜日だけになりますね。
 寂しいですか? ……!! すみません」

まさの肘鉄が、京介の腹部に突き刺さる。

「兄貴、凶暴になってますよ…」
「うるさいっ」
「すみません……」

二人は、静かに景色を眺め始めた。







春樹の怪我は、すっかり回復し、走り回っていた。
署に戻った春樹は、その日の報告書を書き終え、そして、帰る用意をし始めた。そこへ、司がやって来る。

「先輩っ!」
「ん? どうした、富田。事件か?」
「違います! 先輩と同じ時間に上がりなので、その……」

言いにくそうな表情をする司に、春樹は優しく微笑んだ。

「相談なら、聞くぞ」
「それに近いんですが…その……。親父が先輩を招待しろといって…」
「招待?」
「あの時のお礼だと…」
「あれ程、断っただろうが。あれは…」
「それでも…お願いします」
「断る。…すまんな」
「でも…」

春樹に断られても煮え切らない雰囲気の司。そんな二人の様子を伺っていた鹿居が、声を掛けてきた。

「真北、行ってあげろよ。時間あるんだろ?」
「鹿居さん。しかし、私は、招待されるような事は…」
「だからぁ、世話になってる人に挨拶したいだけだろって。
 気にせずに、行って来いよ。…それに……」

鹿居は、春樹の耳元で、そっと告げる。

「阿山組が側にあるんだろ? 張り込むにも丁度いいかもな」
「鹿居さん……私は、それが嫌なので…。そういうことに
 自宅を使うのは、後々何か起こった場合に…」
「気にしない、気にしない。ほら、行けよ。それにたまには気を抜く事も
 大切だろ?」

鹿居は微笑みながら、そう言って、去っていく。

「って、鹿居さんっ!! …ったく…」

困ったように頭を掻く春樹は、司をちらりと見る。

「あがぁ〜、解ったよっ! 今からか?」

うるうるとした目で、春樹を見ていた司は、嬉しそうに首を縦に振っていた。



春樹は、司と一緒に富田家へと向かって歩いていく。
角を曲がった時だった。

「…ん?」

道をふさぐ程、大勢の人だかりが出来ていた。

「親父」

司の声で人だかりの一番前に居た人物が振り返る。

「司。お帰り」
「どうしたんですか。あれ程、そのような事はしないと…」
「馬鹿。隣の料亭の前だろが」
「あっ、そうですね…すみません。…で、何を?」
「こちらのご主人にも協力をしていただこうと……って、そちらは?」

高級料亭・笹川の前に集まっていた住民の中に、司の父の姿もあった。父が言うように、料亭の主人・笹崎に何やら深刻な話をしに来たようで…。司に、その話をしようとした父は、司の側に居る春樹に気付いた。

「真北先輩です。今日、やっと時間が取れたので、こうして…」
「初めまして。真北春樹と申します」

春樹は、丁寧に挨拶をする。父親も同じように挨拶をしていた時だった。

「富田さん。司ちゃんは、もしかして、心強い人物を連れてきた?」

住民の一人が言った。

「違う違う。こういう運動に、刑事が加わるのは良くないだろ。
 いつもお世話になっているから、連れてこいって言ってあったんだよ。
 たまたま、こういう日に重なっただけだ」
「なんだぁ、がっかりだな。…それで、ご主人、どうですか?」

住民が、笹崎に声を掛ける。
その笹崎の目線は、春樹に向けられていた。
まるで、懐かしむような、安堵感を覚えるような、そんな感じだった。

「あっ、すみません。しかし、私は…」
「そうおっしゃらずに、お願いします。あなたのような妙な威圧がある方が
 一緒だと、こちらとしても、本当に力強いですから」
「それでも…。…困ったなぁ…」

笹崎は困った表情をして、腕を組んだ。
春樹は、住民の様子を見て、司の父の尋ねる。

「もしかして、立ち退き運動ですか?」
「えぇ。最近の阿山組の行動には目に余るものがありますから。
 それに、先日、銃弾が撃ち込まれたんですよ。それもありまして…」
「そうですか。…それで、その料亭の主人に何を?」
「一番危険な場所に料亭を構えておられるので、協力願えないかと
 そう思いまして…」

春樹は、笹崎に目をやった。その時、笹崎が振り向き、春樹と目が合った。
春樹は、思わず頭を下げる。笹崎も同じように頭を下げていた。

「……無理かもしれませんよ」

春樹の何かが、笹崎の本性をかぎつけた。
もしかしたら、この人は…。

断っても中々諦めない住民に業を煮やしたのか、笹崎が言った。

「解りました。考えさせて頂きます。しかし、あまり期待はしないで下さい。
 私の立場というものがありますから。今日の所はお引き取り下さい。
 後日、お返事致します」

その言葉に、住民達は、一旦、身を退いた。ゾロゾロと料亭の前から去っていく住民達。その後ろ姿を見て、笹崎は、ため息を吐いた。
それに気付いた春樹は、何かひらめいたのか、司の父に言った。

「この料亭の味は、どんな感じですか?」
「心が和むと言いますか…。疲れが吹っ飛びますよ。そうだ。今日は
 こちらで、夕食、どうですか? ご主人、部屋ありますか?」

司の父の行動は早い。春樹が、ちょっときっかけを与えただけなのに、春樹の考えが解ったのか、父は、笹崎に話しかけていた。

「ございますよ。ご用意致しましょうか?」

笹崎自身にも何か考えがあったのか、直ぐに返事をした。

「どうぞ、ご案内致しますよ」
「親父、いいのか? ここ、値段高いって聞いてるのに…」
「富田さん、それは、私が…」

春樹が応えた。

「ご招待したのは、私の方ですよ。大丈夫ですって。ね、ご主人」
「は、はぁ〜まぁ。…兎に角、どうぞ」

笹崎に案内されて、春樹と司、そして、司の父が料亭の暖簾をくぐっていった。




阿山組本部・会議室。
幹部達が集まり、住民運動について話し合っていた。そこへ修司がやって来る。そして直ぐに慶造の耳元で何かを告げた。

「本当か?」

修司の言葉に、驚いたような声で慶造が聞き返す。

「はい。しかし、先程、住民は去ったようです」
「笹崎さんの応えは、どっちだろうな」
「四代目は、どちらを望んでおられるんですか?」

会議室に集まる幹部の飛鳥が尋ねる。自分にとって、元親分にあたる笹崎の事が気になるらしい。

「飛鳥は、笹崎さんをどう思っている。元は、お前にとって、親分に当たるだろ?」
「そうですが…。おやっさんが、向こうに付くとしたら恐らく考えがあっての
 事だと思います。だって、おやっさんは…」
「一般市民だろ?」
「そ、そうですが……」

慶造の威嚇にも近い言葉に、言葉を濁す飛鳥だった。

「それと、その料亭に富田と刑事である息子と、もう一人、
 料亭に入っていきました。笹崎さんと親しく話しながら…」
「刑事……」

慶造は大きく息を吐いて、背もたれに寄りかかる。そして、深刻な表情で深く考え始めた。
会議室に集まる幹部達は、慶造の表情を伺っていた。
何を発するのか…。

「取り敢えず保留だ。解散」

そう言って、慶造は会議室を出て行った。

「……って、四代目っ!!」

修司が慌てて慶造を追いかけていった。


慶造は、笹崎の料亭に通じる廊下の前に立っていた。そして、廊下の先を見つめている。

「慶造」

その声に、ちらりと振り返った慶造は、壁にもたれ掛かる。

「気になるのか?」

修司が尋ねた。

「まぁな」
「笹崎さんの事は、あまり…」
「解ってる…だけどな…。住民に言われて、悩んでいないかと思ってさ…。
 笹崎さん……俺のことばかり考えるだろ? それに客商売だから、お客を
 大事にする。ということは、一般市民も大切…俺達も大切…。どっちつかずだ。
 断ることで、住民から反感を抱く可能性もあるだろうし…」
「慶造が心配してるのは、最後のことだろ?」
「……あぁ」
「ったく、笹崎さんの事を心配して…」
「悪いか?」
「笹崎さんは、お一人で大丈夫だって。それよりも、俺達の方だろ?
 もし、運動が盛んになったら、それこそ…」
「そうなる前に、片づけるさ…」

慶造の目の奥にある何かが強く光っていた……。




高級料亭・笹川の一室。
料理を持ってきた笹崎は、丁寧に挨拶をして、部屋へ入ってくる。

「ご主人も、どうですか?」

春樹が言った。
いつもなら、客に誘われても断る笹崎だが、この日は違っていた。
料理を差し出した後、笹崎は、春樹の前に座った。

「富田さんから、詳しくお聞き致しました。確かに、私もお願いしたいです。
 こういうことは、住民の声から始まります。なので、ご主人…どうでしょうか」
「昔と違い、今は、本当に恐ろしい動きをしておりますからね…阿山組は…」
「ご主人は、隣にあのような組織があること、恐いと
 思った事は、無いのですか?」

春樹が尋ねる事に、笹崎は静かに応える。

「この料亭には、あなたのような方から、隣のような世界の方、
 そして、一般家庭や会社の付き合い、男女のカップル……と
 あらゆる方が、私の料理を食しに訪れてきます。お客様として
 あらゆる方をお迎えします。なので、恐いと思った事はありません」
「しかし、先日のような発砲事件があれば、それこそ、客足に…」
「ご心配、ありがとうございます。しかし、親分さんは、この料亭に
 迷惑を掛けないと…そうおっしゃっておられます。今まで、そのような
 大変な事態は起こってませんし、これからも起こるようなことはないでしょう」
「先の事は解りませんよ」
「真北刑事こそ、どうして、目の敵にされるのですか?」

笹崎は、知っている事を敢えて尋ねる。

「一般市民…それも、弱者を困らせたり、恐怖を抱かせるような輩が
 許せないだけですよ。人は平等…そう言われますが、現実は違います。
 だから、せめて、守る事が出来ない者を守りたいじゃありませんか」
「守りたいもの…ですか」

笹崎は遠い昔を思い出す。
守りたくても守れないものがあった。
だけど、その守りたい者は、一人でやり遂げようとしている…。

これ以上、悩み事を増やしたくない…。

笹崎は、お茶を飲み、そして、静かに告げた。

「真北刑事。申し訳ないが…私は参加致しません。だからと言って、
 阿山組の肩を持つということでもありません。あくまで、みなさんを
 同じ人間として、見守っていきます。ご期待に添えず…」

あまりにも恐縮そうに言う笹崎を観て、春樹は諦めたように息を吐いた。

「そうですか。…解りました。これは強制じゃありませんから、そのように
 恐縮なさらないでください。こちらこそ、ご主人を悩ませるようなことを
 申し上げてしまい…恐縮です。…ですが、ご主人。これだけは
 言っておきます」
「何でしょう?」
「何かありましたら、いつでも私にご相談下さい。あのような輩が
 店で暴れているとか、文句を付けに来たとか…。そのような時は、
 いつでも力をお貸し致しますので」
「…そうですね。何かございましたら、お願い致します」
「お話は、これで。あとは、ご主人の自慢の腕を…堪能致しますよ」

そう言って、春樹は、笹崎に笑顔を見せた。

「私は、仕事に戻ります。どうぞ、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

笹崎は、深々と頭を下げて、部屋を出て行った。
笹崎がドアを閉めた時に、春樹は何かに気が付いた。
笹崎の小指が短かいことに…。

…???

不思議に思い、首を傾げていた所へ、司の父が春樹に話しかけてきた。

「調理中に落としたらしいですよ。なんだか、やくざみたいでしょ?」
「えぇ」
「だけど、笹崎さんの料理を食べていたら、気になる事も吹っ飛びますよ。
 そんな料理を作る人が、やくざとは考えられませんからねぇ」
「そうですね。場所が場所だけに、考えてしまいました。ご主人に失礼ですね」
「気になさらないですよ、笹崎さんは。私だって、尋ねてしまったんですから。
 その小指…とね。色々なお客さんに尋ねられるから、滅多に客室には
 顔を出さないらしいですよ」
「なのに、どうして、あのご主人にお話を?」
「やくざも相手に出来る人だからですよ。だから、心強いと考えたんですがねぇ。
 …私たちも、あのように心を広く持たないといけないんでしょうか…」

春樹は、料理を口に運び、ゆっくりと味わった後、飲み込んだ。
何かが和らいだ感じになる。

「……それでも、やらなければならないこともありますから」

静かに言った春樹だった。



笹崎は、阿山組本部に通じる秘密の廊下の前で立ち止まる。

「お願いします…か。…そんな必要…ないんだけどなぁ」

昔過ごしたなんとやら……だからなぁ。

笹崎は、自分の小指を見つめていた。
フッと笑みを浮かべ、そして、厨房へと向かって歩き出した。

すっかり、板に付いてるんですね…。

遠い昔を思い出す笹崎だった。



(2004.6.13 第四部 第二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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