第四部 『絆編』 第十三話 心の奥底に眠る思い 小島家・リビング。 ソファに座る慶造、そして、春樹の前にお茶が差し出された。 「…あ、ありがとう」 そう言うのが精一杯の春樹。 ソファの周りには、小島家の地下で働く男達…それも、殺人容疑で指名手配されている者達が、立っている。 まるで、春樹を囲むように……。 警戒する春樹は、余裕を失っていた。 傷は、かなり良くなっているものの、激しい動きと強い衝撃には、まだ耐えることはできない。それに、体がなまっている…。 殺し屋の世界…裏の世界で有名だった桂守一族の男…桂守。 殺し屋としては腕が良く、目に留まらぬ動きをすると言う噂を耳にした事がある。 かなり古くから手配され、目を付けられている男だが、今、目の前の姿は…。 桂守の隣に立つ男は、通称・和輝。 見た目は穏和で、明るい雰囲気だが、敵を前にした時の動きは、まるで、忍者…。 そして、光治と言う男は、密売を主に活動をしていた。 取引先を突き止め、そこへ張り込むが、光治の姿は全く現れず、取引は終了している事が多かった。 それは、光治の動きが、通常の人間の目には留まらなかったという事だった。 その時の資料を思い出す春樹は、自分の記憶を更に探る。 恵悟は、何を考えているか解らない男で有名。敵味方関係なく付き合いをし、情報を流す男。 しかし、とある男の策略にはまり、この世を去ったと言われるが、密かに起こる事件の影に、恵悟の手口に似た犯行があったことから、手配されていた。 春樹は、慶造の後ろにいる男を見つめた。 殺人、窃盗の常習犯と言われる男だが、ある日を境にぷっつりと正体を消したと言われる男…吉川だった。 無表情で仕事をこなしていく男・霧原。 先程、この屋敷の塀を飛び越えて出て行った。 その他にも、色々と闇の情報が頭に入っている春樹。 それらは、すべて、優雅から頂いた情報だが、その情報には、ここに居る男達の事が詳しく書かれてあった。 まさか、優雅の奴…。 「…それで、阿山の親分。私に話というのは、…この男達のことか?」 「そうだ」 「手配されている男達が、これだけ揃っていれば、それこそお手柄だが、 そうじゃないようだな。…何が目的だ?」 「阿山組の情報収集は、ほとんどが、この方達が行っている」 「それで?」 「あんたも知っての通り、表で生きていけない人たちなんだ」 「そうだな。…あの爆発に巻き込まれなければ、あの地位のまま、 この男達を逮捕出来るよなぁ」 「影で動くのが、この人達の仕事になっている。だけどな、いつまでも そのままだと……俺が嫌なんだよ」 阿山?? 隆栄は、慶造の言葉に耳を傾けていた。 「そこでだ」 「ん?」 「あんたの特殊任務の方で、なんとか出来ないかなぁと思ってな」 「なんとかとは…もみ消せとでも?」 「そういう規約があるんじゃないのか? 特殊なんとかというやつ」 「それは、命を奪わないという行動の下で行われることだ」 「これから、かなり役に立つと思うが…どうだ?」 慶造は、にやりと口元をつり上げた。 断れば、どうなるか…解ってるよなぁ〜。 慶造の表情には、そういう意味が含まれていた。 春樹は、慶造の心が解っていた。 「慶造さん、それは…」 桂守が声を発する。 「我々は、表では行動できません。すでに、真北刑事が知っているように 手配されている身分なんです」 「いつまでも、そのままじゃ…」 「ここで……生涯を終える…」 「それは、私が許さない」 慶造が言った。 「私の…想いの一つ。誰もが陽の光の下で過ごせること。それが 当たり前のこと。…こんな裏の世界で生きてるなら、陽の光は 必要ない…そういう奴が多いだろうが、…桂守さんたちは、 そりゃぁ、確かに人の命を奪ってきた。だけど、今は? 私が四代目になってからは……奪っていないでしょう?」 ……阿山、知っていて言うのか? 「それに、表に出た方が、情報を収集しやすいと…そう思ってる。 …間違っていますか? …真北刑事。この人達の力を御存知か?」 「………なんとなく解るよ。親分さんの口振りからね」 「あんたが、特殊任務に就いたなら、更に必要だと思うが…どうだ?」 「この男達を、利用しろ…と?」 「あんたたち警視庁では、調べられない所にも顔を出せる。…それに、 すでに利用している者もあるだろうからなぁ」 「あぁ、そうだな。どこから仕入れる情報か気になることもある。 …しかしだなぁ、もみ消すには、数が多すぎる…」 「あんたなら…真北春樹なら、大丈夫だと思って、俺は、こうして ここに連れてきたんだが……」 言葉尻に含まれる意味。それこそ……「断れば先がない」……。 「あのなぁ〜」 春樹は、大きく息を吐き、ソファにもたれかかった。 「食えん男だな。今の俺の体で、そして、この状況。どう考えたって 俺の不利だろがっ! …ちっ。はめられた…。俺が完全回復していたら ここには、連れて来なかったんだな?」 「…いいや。それでも連れて来て、同じ事を言っている」 「何を考えている…阿山…」 隆栄が静かに尋ねる。慶造は、ゆっくりと隆栄に目線を移し、そして、優しく応えた。 「お前の事だよ、隆栄」 「……慶造………」 隆栄は、言葉を失った。 お前、俺の事を…俺の思いを知っていたのか…。 隆栄の思い。それこそ、慶造が春樹に頼んだ事そのものだった。 地下の男達を表に出す。 いつかきっと…そう思っていた。しかし、自分の体は……。 グッと拳を握りしめ、感極まる隆栄。 その時だった。 「ところで、小島」 「…ん? …なんだ?」 「健ちゃん、どうしたんだ?」 「………あのなぁ、急に話しを切り替えるなっ!」 そう応えたものの、隆栄は、事の次第を話し始めた。 健は、駅の切符売り場の前に立ち止まった。 運賃表示板を見上げるが…。 あっ、お金が…。 その時、誰かが走り寄って来た。 「って、…健……はぁはぁ…あの…なぁ…」 「兄貴…」 栄三が息を切らして座り込む。 「お前、なんで息切れてないんや…」 「生活習慣の違い」 「うるさい」 そう言いながら、抱えている鞄を健に放り投げた。 「!!!」 持って行くなと言われた鞄…。 「持って行け」 「でも、親父…」 「いいから。……霧原は?」 「……えっ? 霧原…来てるん?」 「先に行くと言ったんだけどな…」 「…姿、見せられないかも」 駅には、警官がうろついていた。 栄三は、辺りを見渡す。そこかしこに、私服警官の姿もあった。見た目は、普通の人たちと変わらないが、栄三と健には、解っていた。醸し出されるオーラは、刑事そのものだった。 「なるほど…な。……でも、これじゃぁ、健。補導される…」 「だから、私が必要でしょう?」 「霧原っ!」 いつも動きやすく、ラフな格好をしている霧原。しかし、今、ここに現れた姿は…。 「………なぁ…」 栄三は、必死で何かを堪えている。 「はい?」 「……様になってるけど……、…似合わねぇ」 「えっ?!」 「ほんとだ…」 先程まで、愁いに満ちた表情をしていた健。霧原の『父親風』の格好に笑いがこみ上げていた。そして、栄三と健は、お腹を抱えて笑い出す。 「あっはっはっは!」 「ぎゃははは!」 「えっ?! えっ?!! 何か可笑しいですか??」 「すまんすまん。ただね、いつもの姿を見ていたらさ、その姿が…ね。 な、健」 「うんうん。兄貴と同じ」 「やはり、変装は難しいですね…。影でするほうが…」 照れたようにポリポリと頭を掻く霧原だった。 「……あぁ、おっさん。そいつに声、掛けてみ」 「…?!?」 突然、栄三に声を掛けられ、首を傾げる『私服刑事』。栄三の言葉が聞こえていたのか、目深に帽子を被って切符を買おうとしていた男が振り返る。 「!!!!」 「!!!!! あっ!!」 振り返った男は、どうやら刑事達が捜していた人物だったようで、男は、刑事の表情を見て、見つかったと思ったのか、いきなり改札に向かって走り出した。 「待てっ!!」 待てと言われて待つわけない。 男は、改札をすり抜け、駅構内へと駆け込んでいく。張り込んでいた私服刑事たちも、追いかけていった。 その様子を、ただ、見つめている栄三達。 「流石、栄三さんですね。周りのオーラを感じ取るとは…」 「そうでもしないとさ…霧原…、落ち着けないだろ?」 「…ありがとうございます。……その…」 霧原は健に振り向き、言いにくそうな表情をする。 「親父から?」 「はい」 「そんな事しなくても、俺、一人で出来るのに…」 「解っております。ですが、様子を伺うことくらいは…」 「いいよ。勘当されたし……それに、帰る家がない方が、俺も がんばれるから。…だから、親父に言っといてくれるかな…。 絶対に、頂点に立ってみせるから…。だから……無理するなって」 「健…」 「兄貴も、無茶するなよ」 「いつもと変わらんけどな」 「だって、兄貴、親父の代わりだって…そう言ってただろ。…何か遭って、 親父と同じようになったら…俺…」 「健」 「ん?」 「俺らの事考えるな。これからのお前の行動に、支障が出たら困るだろ。 勘当されたんだからさ…。お前の好きなように、生きていけ」 「兄貴…!!」 感極まったのか、健は栄三に抱きつき、胸に顔を埋める。 「俺……頑張るからさ…」 「あぁ。…その代わり、霧原…連れて行け」 「………言ってることが矛盾〜」 「コンビで…なんて、無理なのか?」 「霧原と?」 「あぁ」 「…って、栄三さん、何を言ってるんですかぁ」 「……いいコンビだと思ったけどなぁ」 「無理ですよ。健ちゃんに迷惑掛かりますから。…私の身は…」 「暫くは、公の場に顔を出さないだろ。そのうち、良い事あるって」 「…まさか、桂守さんが言っていた考え…俺達の事…。 …四代目は、あの男に実行させるつもりなのでしょうか?」 「恐らく、その話と違うかなぁ。家に来てたのは」 「…法律的に消されても、人の心には残ってますよ…」 「そんなことを覆すくらい、できますって。だから…」 「栄三さん……」 霧原は、健を見る。 先程まで不安に満ちた目をしていた健。 飛び出してきたものの、一人では、やはり不安だったようで……。 何かに期待するような目に変わっていた。 「霧原…いいのかな…」 「私は…お断りできる立場じゃありませんので…。健ちゃんが望むなら」 「じゃぁさ、霧原」 「はい」 「俺とコンビで、頑張ろう!」 「健ちゃん…」 「…どう?」 霧原は暫く考え込む。 桂守から、健を追いかけるように言われて、追いかけてきた。 しかし、その先のことは、聞いていない。 「桂守さんには、俺から言っておくから」 栄三が静かに言った。 「…健ちゃん。…一緒に行きましょう」 「うん!」 子供らしい口調で返事をした。 改札の辺りが騒がしくなった。目をやると、先程逃げていた男が連行されていく様子が見えた。乗客達は、テレビの世界でしか見た事のない光景に目が釘付けだった。 しかし、栄三達は、全く興味がないのか、再び話を続けていた。 「霧原の荷物は無いけど、大丈夫か?」 「私は、この身一つで充分ですよ」 「後で、取りに来るか?」 「いいえ。もう、戻りませんから…健ちゃんと一緒で」 「そう伝えておく。絶対に……頂点…立てよ」 「立ってみせる!」 健の言葉は力強かった。 「じゃぁ、兄貴。連絡するから」 「しなくていいよ。健がテレビ画面に現れるのを待つからさ」 「そっか…じゃぁな、兄貴!」 「あぁ」 霧原が切符を買い、健に一枚渡す。そして、深々と一礼し、健と改札を通っていった。 健は振り返りもせず、ホームに入ってきた電車に乗る。 その後ろ姿は、とても輝いていた。 がんばれよ、健。 栄三は、去っていく電車を見つめた後、ポケットに手を突っ込み、そして、一歩踏み出した。 俺も、がんばるか…。 栄三は走り出した。 まるで、何かの目標に向かって……。 「あっ……」 そして、思い出す。 「おかんに挨拶…………忘れてた…」 もちろん、その夜、美穂が思いっきり拗ねたのは、言うまでもない……。 とある学会が開かれている会場。 その会場に、一人の男が姿を現し、ドア付近に立ち、舞台を見つめた。丁度、誰かが発表を始める所だった。 「それでは、黒崎竜次さんからの発表です……」 白衣を着た竜次が現れ、研究内容を発表し始めた。 ドア付近に立ったのは、黒崎竜次の兄・黒崎徹治だった。舞台の上で淡々と話す竜次を見つめていた黒崎は、会場を出て行った。 会場からは、大きな拍手が聞こえていた。 その音を背に受けながら、黒崎は、関係者控え室へと向かっていく。 『黒崎竜次様控え室』 黒崎は、ノックをして入っていった。控え室にあるソファには、一人の男が横たわっていた。 「四代目…」 控え室に入ってきたのは、先程まで舞台の上で発表していた竜次…。 「……崎…、どういうことだ?」 黒崎の言葉で、舞台で発表していた男は、口を噤む。 「お前が竜次に成り代わってまで、舞台に立つのは…」 「すみません…。竜次様は、ここ数日の研究で体調を崩されまして…。 どうしても、この学会には出席すると申されたので…」 「ひどいんだろ?」 「はい。こちらに到着した途端に…」 「そうだろうな。俺の気配に気付かない程、熟睡………竜次?」 竜次の体調が気になり、ソファに寝転ぶ竜次の側に寄った黒崎。 竜次は息が荒く、汗びっしょりになっていた。 脈が速い…。 黒崎は、嫌な思いが頭を過ぎる。 「崎…竜次は何を研究している?」 「不治の病…それを治すとおっしゃって…」 「祖母の…あの病を治す…お前……本気だったんだな…。しかし、 この症状は……」 黒崎は、竜次を抱きかかえた。 「崎、この後も、あるんだろ?」 「はい。食事会を予定してます」 「竜次は、連れて帰る。後、頼んだぞ」 「私も…」 「いいや、お前まで抜けるのは……。それに、竜次が怒る…だろ?」 「そうですね…。四代目、お願いします」 「あぁ。暫くは、竜次の代わりを務めてくれ。これは厄介だからな」 「はっ」 竜次を抱えた黒崎は、控え室を出て行った。幸いにも、周りには誰も居ない。黒崎は、裏手に待たせてある車に素早く乗り込んだ。 「急げ」 黒崎の言葉と同時に、運転手はアクセルを踏み込んだ。 「……兄貴…」 「気が付いた…か」 「発表…」 「崎が、代わってる」 「そう…か……。何してるんだよ…」 「お前が発表すると聞いてな、見に来たんだよ」 「内緒だったのにな…崎のやろぉ〜」 弱々しい声で、竜次は話す。 「ここんとこ、連絡もよこさんと、何をしてるのかと思ったら…。 いつからだ?」 「一ヶ月前…。血液検査で見つけた…。おばあちゃんと同じなんだな…俺…。 …ちょうどいいだろ? 俺が実験体になれるからさ…だから、頑張って…」 「自分の体に試しても…。だからって、何もそこまで……ちゃんと喰ってるんか?」 「………忘れてた…」 「ったく…」 呆れたように項垂れる黒崎。 「研究に没頭したら、食事すら忘れるんだからな…。お前の悪い所だぞ。 研究もいいけど、体を壊したら、元も子もないだろが」 「すまん〜」 「熱…あるぞ。暫くは寝ておけよ」 「すること…あるぅ〜」 「俺が続きをしてやるから」 「兄貴…忙しいだろが」 「暫く時間があるぞ」 「だって…阿山んとこ、刑事が…」 「どうやら、あの爆発で記憶を失ったらしいぞ。自分の身の上すら 覚えてないらしいな。何を思ったのか知らんが、そのまま組に残って 阿山と行動を共にしてるらしいぞ」 その刑事……あの真北だろ? やくざを目の敵にしてる…」 「そうだな。…そんな心配より、お前の心配だ」 竜次を見つめる黒崎の眼差しは、すごく温かい。 「兄貴…」 「ん?」 「やっぱり、俺がするぅ」 「一日寝てろ。その間は、俺がしてやるから」 「黒田に……」 「解った」 竜次は、目を瞑る。 「そうだ…」 「まだ、あるんか? さっさと寝ろ」 「新しい……文献見つけた…。まだ研究段階なんだけどさ…」 「なんだ?」 「不思議な光で……傷を治すって…」 「夢物語だろ」 「それ……薬に使えたら……いいな…って」 「だから、竜次……。…って、寝言か…。ったく、…ほんまに…」 心配させやがって…。 弟を見つめる、その眼差しは、とても優しかった。 そのような眼差しをした男が、もう一人……。 春樹は、学校の近くで歩みを停めた。 その学校では、この日、入学式が行われていた。 時計を見る春樹。 時刻は、十一時半を回った所だった。 校門前が賑やかになってきた。どうやら、入学式が終わり、家族達が帰る様子。門の前で写真を撮る家族が、集まり出す。それぞれが、交代に写真を撮り、そして、帰路に就く。 !!!! 一組の母と子が現れた。 芯と春奈だった。二人の姿は、周りの家族よりも輝いていた。 芯……お袋……!! その二人を守るように二人の男が姿を現す。 鈴本と滝谷だった。鈴本がカメラを持ち、芯と春奈の輝く姿をカメラに納める。 芯の笑顔が輝いていた。 春奈は嬉しそうに芯を見つめる。その眼差しこそ、とても温かく…。 その様子を見つめる春樹の眼差しも温かかった。 三組の家族が現れた。翔、航、そして、薫の家族だった。それぞれが、親しく話し始める。そして、鈴本のカメラに四組の家族が納まった。子供達は、それぞれが、戯れじゃれ合い始め、母親たちは、世間話に花を咲かせている様子。 芯、おめでとう。これからも見守ってやるからな。 春樹は、そっとその場を去っていった。 芯が急に振り返る。 「芯、どうした?」 翔が声を掛けた。 「ん? いいや、何も。…ちょっと…懐かしいものを感じただけ」 「懐かしいもの?」 「…兄ちゃん……あの世から…来てくれてたのかな…」 芯が呟いた。 芯が振り返った先こそ、春樹が立っていた場所だった。芯の言葉に、春奈と鈴本が目を合わせる。 二人は、春樹の気配を感じていた様子。 宜しくお願いしますよ、鈴本さん。 任せてください。 二人は、目で会話をしていた。 芯は、天を仰いで何かを伝えている様な素振りを見せる。 「芯、帰るよ」 春奈が言った。芯は、春奈に笑顔を見せ、元気よく返事をする。 「はい!」 少し離れた場所に停めていた車に乗り込む春樹。その車には、慶造が乗っていた。 「どうだ?」 「無理だな」 「…しゃぁないなぁ〜。行きたくないけど、行くか…」 「料亭に呼べばいいだろが」 「あまり出入りすると、それこそ、怪しまれるだろ?」 「そっか。…すまんな」 「これからは猪熊と行動しろ」 運転席の修司が慶造の言葉に反応する。 「四代目、それは…」 「俺は山中を連れて回る。それなら安心だろ?」 「そうですが…」 「まさか、お前も嫌なのか? 警視庁〜」 ふざけた口調は、隆栄に似ている…。 「気にはしないけどな」 「それなら、いいだろ」 「そちらの方のご意見はぁ?」 修司の口調も何となく隆栄に似ているような…。 修司の言葉で、慶造は隣に座る春樹に目をやった。春樹は物思いにふけっていた。 「おい、どうした?」 心配した慶造が春樹に声を掛ける。 「ん? いいや、何も」 「それならいいが、体調が悪いなら、言ってくれよ。お前は倒れるまで 動くみたいだからな。…ったく、美穂ちゃんに怒られる俺の身にも なってくれよなぁ」 「知るかぁ。俺の体だ、俺の好きのようにさせろって」 「今は、お前だけじゃないんだからな」 「怪しい言い方だな」 「お前に何か遭ったら…ちさとが心配するからな」 静かに言う慶造。 「猪熊の気持ちが解るよ」 「はぁ?! なんだよ、突然」 「自分の事は、後回しにする…。お前の心配をする猪熊や ちさとさんの気持ちを考えてるのか?」 春樹の言葉に、慶造は何も応えず、窓の外を見つめる。 目に飛び込む景色こそ、警視庁の建物。 「俺…車で待ってていいか?」 「それは無理だろ。先日の依頼の書類が出来てるだろうから、 確認とサインがいる。お前が直接逢ってサインしろよ」 「あのなぁ〜……ちっ」 舌打ちをする慶造だった。 車は、裏手側の厳重な警戒の下にある扉から中へと入っていった。 阿山組本部・庭。 春樹は、大きな桜の木を見上げていた。見事に咲いた桜。その姿に魅了されていた。 「素敵でしょう?」 「ちさとさん」 ちさとが声を掛けてきた。ゆっくりと庭に降り、春樹に近づいてきた。 「魅了されました」 春樹の言葉に、ちさとは微笑んだ。 「すっかり元気になられたんですね」 「ありがとうございます。後は、もっと体力を付ける必要がありますね。 ここに居て、いつ襲われても平気なように」 「それ以上、強くなられても」 「まだまだですからね」 「あら、知ってますよ。慶造さんとやり合ったんでしょう?」 「何のことでしょうか?」 「誤魔化しても…無理ですよ」 そう言って、ちさとは春樹の腹部を突っついた。 「いてっ!」 「ほらっ」 腹部を抑えて痛がっていた。 それは、春樹が特殊任務に就き、小島家の地下の男達の事を頼まれた次の日の事。 慶造からの話を鈴本に伝え、その後、本部内を歩き回っていた時だった。 「銃声…」 微かに聞こえる音に、春樹は耳を澄ませる。 確かに銃声が聞こえている。しかし、その音はすぐに消えた。 気のせいか…。 そう思って庭に向かおうとした春樹は、別の方向から歩いてくる組員とすれ違う。お互い睨み合い、そして、分かれる。 「……こっちに…部屋あったか?」 組員が通った後の残り香に、鳥肌が立つ春樹。 火薬…? 組員が歩いてきた方へと向かう春樹。廊下を曲がると、そこは行き止まり。目の前には壁がある。 春樹は職業柄、辺りを調べ始めた。 特に変わりはない。 ん? 何となく気になる柱。 春樹は、柱を調べ始めた。 木が少しずれた。 春樹は、その木をゆっくりとずらしていった……。 「なんだ…これは…」 春樹は、ボタンを押した。 壁がスゥッと開き、その奥に廊下が続いていた。 その奥から微かに聞こえる銃声。春樹が一歩踏み入れようとした時だった。 「何…してる?」 その声に振り返ると、そこには慶造が立っていた。先程すれ違った組員も居た。どうやら、春樹の行動を不思議に思い、慶造に伝えた様子。急いでやって来たのか、慶造は少し息を切らしていた。 「微かに聞こえる銃声と、そいつから匂う火薬。もしかしたら、この奥には 射撃場があるのか?」 その言葉に、慶造は、後ろの組員を蹴り上げる。 「あれ程、言ってるだろうがっ!」 「すんません…」 「その行動…俺の考えは間違っていないんだな」 「その奥には何も無い。お前には関係ないことだ」 「…ほぉ〜。そりゃぁ、俺達が捜しても見つからないわけだな。 ここに隠していたんだろ」 「それがどうした?」 「…どうした…だと?」 春樹は拳を握りしめ、いきなり慶造を殴りつけた。 「!!!」 「四代目っ! …てんめぇ〜」 組員は、春樹に拳を差し出した…が、春樹は、その拳をいとも簡単に跳ね返し、組員に蹴りを入れる。 ドカッ! 壁まで飛ばされた組員は、背中を強打したのか、その場に座り込んでしまった。 その光景を見ていた慶造は、春樹の胸ぐらを掴み上げる。 その勢いはすさまじく、流石の春樹も思わず弱気になってしまう。 「な、なんだよ!」 「俺は殴られるのは一向に構わんが、組員に手を出すな。それだけは、 俺が許さない…」 慶造の手を払いのける春樹は、服を整える。 「撃たれたときの痛み…解るだろ?」 「あぁ、知ってる」 「それなら、どうして…」 「必要だろ。お前だって持っていただろが。それに」 「それに?」 「身を守る為だ。組員には伝えてある」 「それなら、阿山組系の組の発砲事件は、どう説明する? あれは、どう考えても、身を守るようには思えない行動だぞ」 「末端の組織までは、難しくてな」 「…はん…そんな奴が親分か…。命の大切さを訴える奴が そんなことじゃ…先が思いやられるよ。てめぇが一番嫌がってることで 命を落とすだろうな。狙われたてめぇを守る組員がかわいそうだぜ」 「だから、こいつらには、俺を守るなと言ってある」 「そう言われて、守らないとでも思ってるのか? 現に、今、こいつは、 お前の事を思って、俺に殴りかかっただろが。もし、これが、銃を ぶっ放していたら、お前はどうしていた? こいつを叱責するだけだろ。 もし、ぶっ放して、当たり所が悪かったら、お前は、お前の思いを 遂げられなくなるんだぞ? だから…」 「俺は、この手を血で染めた事がある。…そう言っただろ?」 「聞いてないな」 「…俺が跡目を継いだ時だ。…その時は、誰も俺を停められなかったらしい。 だから、俺は、そうならない為にも、お前に…」 「それなら、一生、出てくる事が出来ない状態にしてやろうか?」 「それは困る」 「困る? やはり、そういう場所が嫌なんだな。だから、こうして、奥に隠して 法から逃れようとしてるんだろ。…俺を巻き込んだのは、その意志が 強いからだな? やはり、俺を利用して…」 「あぁ。利用出来る者は、誰でも利用してやるよ。どんな方法を使ってでも 俺は、俺の思いを遂げる…。それに、もう、この手を血で染めたくない」 「ちさとさんの為…にか?」 春樹の言葉に、慶造は、そっと頷いた。 「それなら、ここは、潰せ」 「無理だ」 「ほんとに、お前の言ってる事とやってる事は矛盾してるぞ」 「言っただろが。必要だと」 「必要ない。こんなものを持っているから、相手も出してくるんだろが。 今すぐ、潰せ!」 そう言って、春樹は、スイッチに手を伸ばし、潰そうとする。その手を慶造が捕まえた。 「やめろ」 慶造が言うと同時に、春樹は慶造を蹴り上げた。 それが、慶造の怒りを買った……。 春樹と慶造は、お互い、殴る蹴るを繰り返す。殴られたら殴り返す、蹴られたら蹴り返す。それは、段々とエスカレートしていく。側で観ていた組員は、慌てて立ち上がり、隠し射撃場へと入っていった。 そこでは、修司が、射撃の練習をする組員達の様子を伺っていた。駆け込んできた組員に気付き振り返る。 「猪熊さん、四代目とあいつが!」 その言葉で、修司は駆け出した。 扉付近から聞こえてくる、人を殴る音。そして、壁にぶつかる音。その激しさから、修司は、何が起こっているのか把握した。 「慶造!!」 修司は、拳を差し出した慶造の腕を抱え込む。視野に飛び込む春樹の拳を片手で受け止めた。 静けさが漂う。 「放せよ…修司」 「馬鹿野郎。相手に注意しろって」 「…な…!!!」 修司に受け止められた拳を差し出したまま、春樹はその場に跪く。 「こいつは、未だ完治してないんだぞ。なのに、お前は…」 抱え込まれた腕から伝わる修司の思い。 「修司…痛い…」 「それ以上に、こいつの方が痛いだろ? 体は未だ…それに、心も癒えてない。 それを知ってて、お前は…」 「……すまん…」 修司から解放された慶造は、春樹に手を差し伸べる。 春樹は、差し出された慶造の腕を掴み、睨み上げた。 えっ…? その眼差しに感じた思い…それは………。 (2004.7.24 第四部 第十三話 UP) Next story (第四部 第十四話) |