任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十四話 新たな動き

阿山組本部の庭にある桜の木。
この年も見事に咲き、組員達の心を和ませている。
その桜の木の下で、ちさとと春樹が話し込んでいた。

「真北さんって、耳が良いのかしら?」
「ほへ?!」
「あの射撃場は、防音壁があるはずですよ」
「扉の開くタイミングが良かったんでしょうね。俺が通った時に
 良いタイミングで」
「真北さんの気持ち……。あの人から聞きました」
「……そうですか…」

そう言った春樹からは、何か吹っ切れた雰囲気が醸し出されていた。







春樹は、医務室に運ばれていた。
目を覚まし、天井を見つめる。

無理…か

「まっきたさぁ〜ん」

怒りを抑えたような美穂の口調。春樹は思わず布団を引っ被った。

「って、こらぁっ!」

美穂は布団を引きはがす。

「それでも医者かっ!」

あまりに恐い美穂の雰囲気に、春樹は思わず声を荒げる。

「医者ですよ!! 何度も言ったでしょうがぁ!! あれ程、無茶をするなと。
 …どうして…慶造親分の怒りを買うような言動を? …慶造親分の
 思い…知ってるのに…解ったんじゃなかったの?」

春樹の思いに気付いている美穂は、優しく問いかけた。

参ったな…。

春樹は、苦笑い。

「お見通しですか…」
「…慶造親分…言ってたよ。……死にたがってるって…そうなの?」

すごく心配そうな眼差し。春樹は、大きく息を吐く。

「あいつらの分まで、生きてやる。…そう思ったけど…でも…無理だよ」
「真北刑事…」
「やはりな…ここが苦しい。あいつらの事を考えると…それこそ…。
 どうすればいい? どうすれば、償える? 俺が誘ったんだぞ…俺が
 守らなければならなかった…。守れなかった…それよりも、反対に…
 俺が…守られてしまった」
「あなたの為。そうだと思うけど…。無茶をする真北刑事のことが心配で
 その真北刑事の思いを守りたくて…真北刑事自身を守りたい。
 その為には、自分の命なんて…。まるで、こっちの世界と一緒だね」

美穂の言葉で、春樹は何かに気が付いたのか、急に顔を上げる。
その表情は驚きに満ちていた。

「何処の世界で生きていても、誰もが思う気持ちでしょ? 真北刑事だって
 その命を捨ててまで守りたいもの…あるんじゃないの?」

…あるさ…。…あるに決まってるだろ…。

口を一文字にする春樹。そして、唇を噛みしめた。

「守り守られ。そんな思いをしないでいい世界…難しいでしょうね。
 でもね、これだけは言える。残された者の気持ちを知ってるなら
 そのような思いは、もう、誰にもして欲しくない…って…」

美穂は、春樹を寝かしつけた。

「慶造親分もちさと姐さんも…修司くんだって、私だって…。
 失ったものがある。だから、その思いを知っている。真北刑事も
 その思い…知ったでしょう?」
「…あぁ…」
「その為にも、これからの生き方を考えないと…死に急ぐことだけは
 絶対にしないで欲しいな。……哀しむ者が居るでしょ? ほら、あの
 任務を薦めに来た刑事さん……えっと……鈴本さん」

そうだった…。

「そうですね…。俺には、哀しむ者が居ましたね…」
「暫く安静にしててね。これ以上、傷を増やしたり、体に無茶をしたら
 …私以上に、ちさと姐さんが怒るからねぇ〜」

いつの間にか、ちさとを出汁に使う美穂。
ちさとの事を口に出せば、春樹が大人しくなることを知っていた。春樹自身も、その言葉には弱くなっている事に気付いている。どうしてなのか、自分にも解らないが、ちさとだけには、心配掛けたくない…そういう思いは強かった。

「明日一日…寝てる方がいいですか?」
「よくお解りでぇ。そうしててね。でも、明日から一週間、病院に勤務だから、
 その間は、修司くんか、医療班の誰かが診ることになってるよ。それでも
 いいなら、暴れていいからね。じゃぁねぇ、お大事に」

優しいのか冷たいのか、さっぱり解らない口調で春樹に告げた美穂は、そっと医務室を出て行った。
春樹は、ドアが閉まった途端、脱力感に襲われる。

駄目だ…マジで…やばい…。

春樹は、そっと目を瞑り、眠りに就いた。



ちさとが、医務室に顔を出す。
春樹は、大人しく眠っていた。
そっとドアを閉め、側に居る慶造をギッと睨み付ける。慶造は、慌てて目を反らす。

「目を反らすなら、ちゃんと…」
「あがぁ、もぉ〜。解ったって。反省してるから」
「本当に……」

今にも泣き出しそうな表情をするちさと。

「……ったく…」

慶造は、ちさとをそっと抱き寄せる。

「心配するなって。気を付けるから」
「それなら、どうして…あんなことを?」
「なんとなく…」
「なんとなく?」
「あいつの力を試したかっただけだ」
「それで、どうなの?」
「安心だ」
「…慶造さん?!」

慶造の言った『安心』の意味が解らないちさとは、首を傾げる。そんなちさとに微笑む慶造だった。







春樹は、桜の木を見上げた。
一枚の花びらが、ひらひらと舞っていく様子を春樹は目で追う。

「もう、落ち着かれたみたいですね」
「えぇ。ご心配をお掛けしました。もう、大丈夫です」

春樹の笑顔が輝いていた。
ちさとは、思わず頬を赤らめた。

「美穂さんから聞いたんですが、その……」

ちょっぴり言いにくそうな表情で、春樹が話し出す。

「はい?」
「お子さんの事…」
「そうでしたか…。…私が守られちゃったの…慶人にね!」

微笑みの中に哀しみを感じる春樹は、言おうとした事を躊躇ってしまう。

「その…何か?」

ちさとは、不思議そうに首を傾げた。

「もう、よろしいんですか?」
「何がでしょう…」
「お子さん…。次のお子さんは…」
「…同じ道を歩ませたくありませんから…」
「親分さんが、暴走し始めたのは、その日からだとも聞きました。
 本能が抑えられていたのは、お子さんがおられたからじゃ
 ありませんか?」
「そうかも…しれません。…だけど…」
「あいつに、暴走を停めてくれと言われました。だけど、あいつの
 暴走は恐らく誰も停められないはずだ…。…この、俺でも…」
「真北さん…」
「それなら、過酷だけど、失いたくないものを増やせばいい…。
 俺は、そう思う。…ちさとさん、どうですか?」
「それは…」

躊躇うちさと。

「この話は、強引に進められませんが、私は、その方が良いと
 思いますよ。…子供って、かわいいですからね」

真北の表情が綻んだ。

「子供…好きなんですね」
「えぇ」
「心強いかな…」
「えっ?」

ちさとの言葉は、春樹の心に響いていた。

心強いって…?

「あっ」

ちさとは、そう言って、舞い落ちてくる花びらを手のひらに取った。

「そろそろ、ピンクの絨毯が出来るころかしら?」
「そうですね」
「ありがとうございます」

ちさとが言った。

「はい?」
「あの人の気持ちに応えてくれて」
「小島家の…ことですか?」
「えぇ。…あっ、もしかして、あの人を警視庁に連れて行ったのは…」
「あの日の仕返しですよ」
「…真北さんって、恐いぃ〜」
「あっ、いや、その……」
「冗談ですよ。たまには、いいと思います」
「そうですね」
「……あの人を……宜しくお願いします」

ちさとは、深々と頭を下げる。

「ちさとさん、頭を上げて下さい…。それに、私は…?!」

ちさとは、泣いていた。
なぜ泣いているのか、解らない春樹は、思わず、ちさとを抱き寄せてしまう。
春樹の胸に顔を埋めるちさと。その仕草に、春樹は驚いた。

ちさと…さん?

躊躇いがちに春樹は、ちさとの頭に触れ、そして、優しく撫で始めた。

「大丈夫ですよ。任せてください」

春樹の言葉は、ちさとの心に響いていた。




春樹は、とある場所に佇み、一軒の家を見つめていた。

『行ってきます!!』
『こら、芯!! 忘れ物っ!』
『わぁっ。ありがとうございます! 行ってきます!』

その家から、芯が元気よく飛び出していく。春奈が、見送りに出てきた。
笑顔が輝く春奈。その春奈が、振り返った。

「…春樹…」

春樹は、深々と頭を下げた。


春樹は山本家の客間に通された。お茶を差し出され、春奈が前に座った。

「調子は?」
「だいぶ…良くなりました。もうお聞きだと思いますが…」
「えぇ。…まさか、あの人と同じ道を歩むとは…」
「考えられたことでしょう?」
「そうね…。春樹が刑事になると言った時に…」

春樹は、静かにお茶を飲む。

「変わってませんね」
「変わったわよ。…芯…一人で頑張ってる。前以上にね」
「芯の表情、明るくなった」
「心は未だだよ」
「…そうですか…。お願いします」
「春樹こそ…未だに引きずってるね」
「時間が掛かると思います。周りに悟られないように奥に…秘めます。
 忘れませんよ、あいつらのことは…。その為にも、俺は…」
「約束だからね」
「……はい?」
「私の前から、去らないって…」
「…えぇ。覚えてます。…お袋…忘れてませんよね?」
「何を?」
「俺は、死なないってこと」
「…そうだった。あんたは、死なないんだった」

潤んだ瞳の中に安堵の思いを感じた春樹は、優しく微笑んでいた。

「安心した」

春奈はそう言って立ち上がり、棚の引き出しから何かを手に取り、春樹の前に差し出した。

「??? これは?」
「本当はね、鈴本さんにお願いしようと思ったんだけど、春樹の方が
 早かったから、渡しておく」

差し出された封筒の中身を確認する春樹。
そこには、写真が一枚入っていた。

「来てたでしょ?」

その写真こそ、芯の入学式の日に門の前で撮ったもの…。

「本当は、会場に入りたかったんですが、間に合いませんでした」
「どう?」
「嬉しいですね。これからが楽しみですよ」
「私もだよ」

春樹と春奈は微笑み会った。

「見守ってよね……春樹…」
「お袋……」




春樹は、一人歩いていた。
母の笑顔で見送られ、その時に知った母の思い、そして、体調。
それでも、春奈は、最愛の息子達を見守っている。
強い想い。
春樹は、その想いを感じながら、足は自然とある場所に向かっていた。
草原が広がる場所。
そこは、刑事として生き始め、窮屈に感じた時、春樹が心を和ませる為に、見つけた場所だった。
春樹は腰を、そっと下ろした。
風が、頬を撫でる。

見守って…か…。

春樹は、煙草に火を付けた。
煙が風に乗っていく。

「ここは禁煙だぞ」

その声に、くわえ煙草のまま振り返った春樹。
そこには、慶造と修司が立っていた。

「…なんだよ」

春樹が言った。

「それは俺の台詞だ。…ここで何をしてる?」
「俺の憩いの場所だ。お前は来るな」

慶造の言葉に対して、春樹は冷たく言った。

「だから、それは、俺の台詞だと言ってるだろが。お前なぁ〜。
 俺の憩いの場所を汚すな」
「なんだと?」

慶造の言葉に、春樹は立ち上がる。

「ここな…もうすぐ、家が建つんだよ」
「その草原に…か? 素敵なのにな…」
「知っていて、ここに居るのか?」
「何を?」
「ここは、阿山組の縄張り」
「…なるほどな。それで………って、それなら、自然を…」
「都市開発ってやつだ。国に言ってくれ」

寂しそうに言った慶造は、春樹の隣に腰を下ろした。

「そればかりは、手が出せないな…俺の好きな場所なのにな…」

慶造は、寝転んだ。

「お前も寝転べよ。気持ちいいぞ」

気持ちいい。

春樹は、青い空を見つめた。
鳥が飛び交う。

雲が流れた。

二人は、何話すことなく、寝転んで心を和ませていた。

「なぁ…」

慶造が口を開く。

「…ん?」
「いつ、見つけた?」
「…ここか?」
「あぁ」
「……お前らの事を調べている時だ。素敵だなと腰を下ろしてみた。
 心が和むんだよな…。なんでだろな」
「それは、俺も知らないけどな…」

慶造は、隣に寝転ぶ春樹に目をやった。
春樹は本当に心が和んでいるのか、無防備だった。

「無防備だな」

慶造が呟く。

「お前こそな…」

春樹が慶造に振り返った。

「まぁな」
「俺の側で、そんな無防備になるとは…驚きだ。…噂とは本当に
 当てにならないな。…阿山慶造は冷たい男だ…と……。
 だけど、本当は、違っているんだな。…誰よりも温かい」
「…頭…やられたか?」
「うるさい」
「…こっちも同じだ」
「ん?」

慶造の言葉に顔を上げる春樹。

「真北刑事の噂は聞いていた。…泣く子も黙る何とやら…だと。
 やくざと聞けば、後先考えず、恐ろしいまでの行動に出る…」
「その通りだけどな…」
「特に…闘蛇組。…なんで、目の敵にしてる?」
「親父を…」
「…そうか」

春樹の短い言葉で、慶造は春樹の思いを察した。

「俺も同じだ。親父の命を奪った奴らを許せなかった…だから
 四代目を継いだ。……無意識だった。だけど……それは、
 俺が望んでいたのかもしれない。…こうして、四代目を
 続けているからな…」
「いつかきっと、暴走する…そういうお前を俺が停める…ってか…」
「そうだ」
「そのための杯か?」
「そうなるな…」
「……って慶造…」

少し離れた所で二人の話を聞いていた修司が口を開く。

「あん?」
「杯って…」
「兄弟」
「……お前…俺に内緒で…」
「大丈夫だって。こいつは、何をやっても死なない体だ」
「あのなぁ」
「…って、お前ら、何の話だ?」

慶造と修司の会話に、春樹が入ってきた。

「おっと。お前は知らないか。話してなかったっけ?」
「だから、何を?」
「阿山家と猪熊家のこと」
「なんとなく、知ってるが、詳しくは…」
「話しておくよ」

そう言って、慶造は、阿山家と猪熊家の関係、そして、ちさとの実家・沢村家と黒崎家の事を更に詳しく話していった。
春樹は、慶造の話に耳を傾けていた。


そして……。

「おぉい、慶造」

慶造の部屋をノックして入っていく春樹。慶造は、書類に目を通している所だった。

「なんだよ、真北。もう少し待てや」
「遅い」
「遅いって、あのなぁ、こんな山みたいな書類に一時間で
 目を通せって、過酷だぞ!」
「いいだろうが。これからのあの人達の為だ。言い出したのは、
 慶造、お前だろ? それくらい、やれって」
「あがぁ〜もぉ」
「そう言ってる間に、進むだろが! ほら、早くしろ!」
「真北ぁ〜てめぇ〜」

お互いの呼び方が、『お前』から、名前に変わっていた。
春樹は、慶造を『慶造』と呼ぶようになったが、慶造は春樹を『真北』と呼ぶ。
『春』という文字を口にするには、心が痛いのだった。
修司の事を考えて…。

「慶造、終わったか?」
「……って、まだ、五分も経ってないっ!」
「ったくぅ。後で来る」
「そうしてくれ!」

春樹は、慶造の部屋を出て行った。そして、すっかり緑になった桜の木を見つめる。

見事だったな…。

今までに見た事のない桜吹雪。春樹は、その様子を眺めて一日を過ごしていた。ちさとが、不思議そうに声を掛けてきた時もあった。それでも、春樹は、桜吹雪を眺めていた。

季節は、梅雨が明け、太陽が眩しい夏が近づく頃。
いつの間にか、阿山組での生活に馴染んでいる春樹だった。





大阪にある、橋総合病院。
そこで働く医学生・原田まさ。いつの間にか指導する立場になっていた。
橋の事務室でカルテの整頓をしているまさに、一仕事を終え、事務室に戻ってきた雅春が声を掛けてくる。

「おぉい、原田ぁ」
「なんですか?」
「お前、今夜は?」
「仕事です」
「それなら、リストから外しておくぞ。…待機していた方がいいか?」
「大丈夫です。…明日一日休みください」
「調べるだけか。…無茶するなよ」
「解ってまぁす」

二人の会話は、日常的に行われている。
まさの仕事。それは、殺しの関わる事。
相手を仕留めにいくのか、相手の事を調べるのか。その仕事の為には、かなりの体力がいる。
そして、まさの持病。心臓に関わる病。
その二つの事を考慮して、一日休みを与える雅春。
休みが欲しいと、まさが言う時は、『標的を調べる』ことだった。一晩中走り回ることになる。
体に負担を掛けないようにと、雅春の心遣い。
待機とは、殺しの仕事をするのかということ。
まさのやり方で、『待機』が必要になることもあるからだった。

命を奪ったように見せかける…。

医学を学び始めて、まさの心に芽生えた思い…命の大切さ。
殺しの世界では有名な原田まさ。右に出る者は居ないと言われている。
そんな秘められた、まさの思いは、まさのことを思う男達だけに知られている…。

「…橋」
「ん?」
「噂が、耳に入ったけど…」
「なんの?」
「阿山組」

静かに言った、まさの言葉に、雅春の行動が停まる。

「どんな噂だ?」
「新たな行動に出たらしい。…その……どんなに激しく動いても
 咎められないとの噂だ」
「どういうことだ?」
「さぁ…詳しくは知らないが、噂をする者たちの間では、どうやら、あの事件で
 あちらの世界に圧力をかけたという話だ」
「圧力?」
「門の前の事件に巻き込まれたのは、自業自得だと…そう言ったらしいな」
「…なん…だと?」

雅春の拳が強く握りしめられる。

「どうする? あの話は未だ、効力があるけど…」
「お前に依頼することか?」
「あぁ。こないだの酒の席での橋の思い…知ったからさ…」
「…あれは、悪酔いしただけだ。忘れてくれ」
「俺には、本気に聞こえた」
「原田……」
「俺は、親分に、この大阪の状況を伝える仕事がある。しかし、橋。
 あんたの為にも働ける。だから……」
「俺の為に働く…か。それなら、もっと、その腕を磨け」
「これ以上、磨いていいのか? お前の仕事が無くなるぞ」
「それでもいい」
「……やっぱり、本気だろ? 自分でお礼をするってこと」
「原田っ!」

まさは、真剣な眼差しで、雅春を見つめた。

「あんたには、その手を染めて欲しくない…」

人を助ける為だけに、その手を血で染めてくれ。
雅春に対する、まさの強い思い。

「原田…。……でも、それは、まだ先にしてくれ」
「どうしてだ?」
「お前に負担を掛けたくないからさ…」
「…橋……。ありがと」

何か見えない強い物で結ばれている二人。
それは、人の命を預かる仕事をしているからなのだろうか…。

「じゃぁ、今日は、これで」
「今からか?」

時刻は夕方の四時。

「京介からの話だと、須藤や水木よりも、青虎が厄介らしい。
 青虎の情報は、雲を掴むより難しいらしいな。…水木が抑えてる
 可能性があるって。…それは、水木と手を組んでると考えられる。
 水木は、谷川との縄張り争いをしていると聞いてるし…」
「水木と谷川はミナミだろ」
「はい。そのミナミの縄張りと隣の難波の縄張り。それが合併すると
 巨大になりかねない…。親分は、それを気にしてるんですよ」
「関東を通り越して、中部は相手にせず、いきなり関西なのか?」
「えぇ。東北と関西。そうすれば、間にある組が大人しくなるだろう。
 それが、親分の考えです」
「そう簡単にいく世界なのか? 俺には、さぁっぱり解らん」
「それと、須藤の動きも気になってます。大阪城の辺りでは、藤が
 復活したとの話ですね。…川原は、阿山と繋がってますし…」
「本当に詳しいな…」
「京介が調べ上げたんですよ」
「まぁ、そのうち、争いが始まれば、ここに担ぎ込まれるんだろうな。
 もしもの為にって、須藤たちがそれぞれ挨拶に来たくらいだもんな」
「そう言えば、そうでしたね」

二人は、その日の事を思い出す。
周りの様子などお構いなしに、ツカツカと病院内へとやって来た須藤達、関西の親分連中。
醸し出されるオーラに怯むことなく、雅春は迎え入れた。
それは、腕に自信があったこと、そして、もしもの為に側で待機していた、まさの素早さと、そっち方面の腕を知ってるから。

「関西が一丸となって、縄張りを守ると思いますが、それは、
 難しそうですね」
「無駄な血が流れなければいいけどな…」

雅春の呟きが心に突き刺さる、まさ。

「では、明後日に」

その場の雰囲気を変えるように、まさは言った。そして、事務室を出て行く。
静かに閉まったドアを見つめる雅春。

「俺のことまで、心配するな…そう言ったのにな…」

雅春は呟いた。
急患到着のランプが点灯する。
雅春の目の色が変わる瞬間。白衣を着て、そして、事務室を出て行った。

救急車のサイレンの音を耳にしながら、まさは、自分の車で橋総合病院を後にした。
向かう先は、大阪の中心部。
青虎組が仕切る地域の難波だった。一般市民を装って、京介と一緒に難波の街を歩き回る。
街の賑わいが、とても楽しく感じる二人は、行く人々を眺め始めた。
いきなり騒がしくなる一団。まさは、目をやった。
人を殴る音と怒鳴り合う声が聞こえてくる。人の輪の中心を、人の隙間から見つめるまさと京介。

「喧嘩ですかね…」
「怪我人の手当て…しなくても、いいよな」
「今は離れてますよ」
「それでも、ひどかったら、手を出すよ」
「ったく…」

まさと京介は、怒鳴り合う声に耳を傾ける。



「水木…てめぇ〜」
「それは、俺の台詞や! ほんまに…許せんやっちゃなぁ、須藤!」

どうやら、須藤と水木が争っている様子。

「なんだとぉ」
「何が気に喰わん!!」
「てめぇの行動や! 女を何やと思てんねん!」
「俺の事、好いとる女に何をしてもええやろが!」
「あのなぁ〜」
「そんな状態やと、お前、女知らんな?」

その言葉に、須藤の怒りが頂点に達する。水木に殴りかかる須藤。そして、水木も須藤に殴りかかっていた。

「ぼっちゃん、お止めください!!」

側に付いていたらしい男が、須藤に声を掛ける。

「うるさい! 今日こそ、しめたる!」
「わしこそ!」

須藤の言葉に負けない水木。

「龍坊ちゃんも、もう、それ以上は…」
「じゃかましい!! 俺の勝手やろが!!」
「警察が来ますよ!」

その言葉に、それぞれが警察の姿を見つけ、そして、素早く去っていった。
静まりかえる所へ、警察が駆けつけたが、すでに遅し。無駄足を踏む警察だった。



「水木の息子と須藤の息子…でしょうね」

京介が言った。

「あの二人、仲が悪いって、本当なんだな」
「親同士は、杯を交わした仲でしたよね」
「そう聞いてるけどなぁ。…まぁ、親が仲良くても、息子がそうだとは
 限らないからな。…こりゃぁ、あの息子達が跡目を継いだら、
 それこそ、橋が泣きそうな状態になりそうだな」
「無駄な…血…ですか」
「あぁ。…そうならない事を祈るよ。…さてと。準備に入るか」

そう言って、立ち上がるまさは、背伸びをした。

「では、私は、例の場所で」
「あぁ」

街のネオンに姿を消す、まさ。
京介は、車に乗り込み、まさに言われた場所に向かって行く。
まさは、ビルの屋上に立っていた。見下ろす場所こそ、青虎組が懇意にしている店。人の出入りがとても激しい。それ程、人気のある場所だった。
しかし、出入りする人こそ、その世界で生きている人にしか見えない、まさは、ビルの路地裏へ壁を伝って降りていく。そして、さりげなく、店の前を過ぎ去っていった。



ふと感じる気配に警戒するまさ。歩みを停める。
その気配も、同じように歩みを停めた。

気付かれた…か

まさは、再び歩き始める。
その気配も付いてくる。
人気の少ないビルの路地裏に入ったまさ。
まさを追いかけていた三人の男も同じように路地裏へ入っていった。

「?!?!???」

そこは、行き止まり。しかし、入ったはずのまさの姿は、そこには無く…。辺りを見渡す男達は、強烈な痛みを体に感じ、気を失った。
まさの拳が決まった瞬間。
それは、一瞬の出来事だった。

「青虎…気付いたのか?」

まさは、路地裏に入った途端、壁を伝って、上の方へ身を隠していたのだった。
上の事まで気が付くことが無かった三人。恐らく下っ端なのだろう。警戒するまさは、そのまま壁を伝って、屋上へと上っていった。
まさの姿が消えた頃、思った通り、別の男が姿を現した。

「…くそっ!」

そう言った男こそ、青虎組組長だった。
どうやら、天地組の動きを察した様子。
拳を握りしめ、悔しさを現していた。青虎組組長を守るように側に居た男達に、組長は指示を出し、倒れる男達を連れ去っていった。
その様子を屋上から眺めていたまさ。

この夜の出来事は、事件の始まりに過ぎなかった。


関西での組同士の抗争、勃発…。

どうやら、この時のまさの行動が、引き金になった様子。
そうとは知らず、まさは、医学の仕事に没頭していた。



(2004.7.28 第四部 第十四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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