任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十五話 殺し屋の行動範囲

慶造の部屋。
慶造は、お茶を飲みながら、書類に目を通す。
向かいに座る春樹を、書類越しにちらりと見た。
春樹は、煙草を吸い終えたのか、灰皿でもみ消すところだった。
灰皿は、てんこもり…。

「なぁ、真北」
「ん?」
「……吸い過ぎ」
「あん?」

新たな煙草に火を付けながら、春樹は返事をした。

「…で、お前は、何してる?」
「お前の監視」
「はぁ?」

春樹は、ふんぞり返る。

「……真北、お前……嫌いなんだろ、こういうのん」

慶造は、書類をぴらぴらとさせた。

「体を動かす方が好きなんだよ」
「それなら、道場に行くか?」
「道場?」
「猪熊の指導で、組員や若い衆を鍛えてるんだがな、
 まだ、お前の力量、見てないからさ。…威嚇だけだろ?」
「相手は?」
「…乗り気か?」
「相手によるけどなぁ。…慶造、お前か?」
「お前と互角だろが」
「そうだった。慶造より強い奴は、居るのか?」
「それを聞いてどうする?」
「別に、どうもしないが…。なんとなく」
「日本刀を持たせたら、山中の右に出る者は居ないな。
 その他は、猪熊と小島だ。…猪熊の息子も指導に来るけど、
 猪熊のような力は無いな」
「…で?」
「……で?」
「だから、俺の力量を見る為に、誰とやるんだ?」

慶造は、煙草に火を付けた。煙を吐き出した後、春樹を見つめる。

「格闘の方が得意か?」
「仕事柄、一通りは身につけてる」
「じゃぁ、やるか?」
「……その前に、関西勢の情報は?」
「…ほんまに、目を通してないだろ。俺から聞くのか?」
「駄目か?」
「自分で読めっ」

春樹の目の前に書類を放り投げる慶造。

「ちっ」
「藤組が復帰したと同時に、川原組との抗争が再び始まったらしいな。
 水木組と谷川組が、争い始めた。まぁ、水木のバックには、青虎が
 付いているらしいが、その青虎は、水木に任せっきりで、他の地区に
 手を伸ばし始めたようだな。……中部とここを飛ばして、いきなり
 東北だ。何を考えてるのか、さぁっぱり」
「気まぐれだろ」

春樹の言葉に、慶造は、ぽんと手を叩き、納得する。

「なるほど」
「そういう所は、小島家の地下の人間に頼まないのか?」
「これから、新たな人生を歩み始める人たちに、頼めないだろ?」
「身に付いたものは、そう簡単に抜けないからな」

春樹は、男達の本能を気にしていた。

「まぁ、それはそうだけどな。…あの人たちは、もう…」
「そうだな。…で、桂守と和輝が小島の世話に残って、他の連中は
 各地に散らばったって訳か。…それぞれ、大切な人が居たというのは
 本当だったんだな」
「見張っていたのか?」
「まぁな。だけど、姿は見つからず。…そりゃあ、あんなところで
 過ごしていたんなら、見つからないわなぁ」
「情報収集に時々だけど、外に出てたのになぁ」
「あんな動きをする人間を、俺達のような普通の人間が
 目に留める事できないだろ」
「それもそっか」

春樹の眉間にしわが寄る。

「くくく…」

笑いを必死で堪える慶造。

「どうした?」
「真北、本当に苦手なんだな、そういうのん」
「職場でも苦手だったよ」
「どうしてだ? 目を通すだけだろ」
「知らんのかぁ? 始末書を書き上げるのって、しんどいぞ」
「……質の悪い刑事だったんだな」
「慶造ぅ〜お前なぁ」

険悪なムードが漂いそうになった時だった。
ドアがノックされた。

『四代目、時間です』

修司がやって来る。

「慶造、予定あったのか?」
「厚木だよ」
「…新たな武器か?」
「そうだろうな」
「やはり、手を切るのは難しいか?」
「まぁな。被害が拡大するまえに、手は打ちたいけどな」
「チャンスを待ってる…ってとこか」

春樹は書類をまとめ、立ち上がる。

「どこに行く?」

煙草をもみ消しながら、慶造は尋ねた。

「ここに居ても喧嘩を吹っ掛けるだけだからな」
「ちさとは、料亭で手伝いだぞ」
「……俺が隣に行っても、何の役にも立たないか…」
「一緒に来るか?」

慶造の言葉に、春樹は、にやりと微笑んだだけだった。





大阪・橋総合病院。

「あがぁ〜ったく!」

嘆く男が一人居た。

「院長、次の患者が来ます!」

看護婦が伝える。

「ったく……どう見ても、これは…」

切り口は、原田の手口だろぉ〜。

「原田は?」
「明日まで休みですよ!!」
「呼べ!」

看護婦は、まさに連絡を入れるが…。

「連絡取れません!!」
「事件の場所は?」
「キタとミナミです」
「……やくざの抗争が、ここまで影響するとはな…」

周りを見渡すと、外科の患者のほとんどが、やくざ風の男達。

「…院長…いくらなんでも、これでは…」
「警察には、知らせてるから」
「後で、何か言われたら、それこそ…」
「それよりも、原田は、どこだよ!」

雅春の怒鳴り声が、橋総合病院に響き渡った…。




雅春が探している、まさは、本来の仕事の真っ最中だった。

キン!!

銃弾が地面に転がる。

「ほんまに、はじきよる…」

片手に愛用の武器を持ち、静かに立っている、まさに、銃口を向けたまま、呟いたのは、須藤組組長の須藤だった。

「……で、天地組が、俺を狙っとるっつーことか?」

須藤の言葉に、まさは、口元をつり上げるだけ。

「まぁ、ええ。兎に角、わしは、お前らの行動には文句言わん。
 そやけど、この大阪を血で染めようとする奴は、俺が許さん…」

須藤は、もう片方の手にも銃を持ち、二丁拳銃で、まさに狙いを定めた。

「手を…貸そうと言ってるんだが……」

まさが、静かに言った。

「わしらの縄張り。余所もんは、黙っとれ! ほんまに、ここを荒らしよって!
 お前が姿を現したから、それぞれが穏便に過ごしとったのに、
 再び、荒れ始めたろが! …これが、目的やったんか?」
「さぁ、それは。…私は、ただ、青虎の様子を伺っていただけですよ」
「ほんなら、なにか? 青虎の奴、またしても勇み足か?」

呆れたような表情をして、須藤は銃を降ろした。須藤の行動に、戦意を失った事を感じたのか、まさも武器を袖にしまいこんだ。

「おとなしゅうしとったのに、あいつ、これが目的やったんか?」
「あなた方で阻止はできないんですか?」
「それこそ、真っ赤に染まるだろ。……原田…だったか?」
「はい」
「お前……青虎を消せるか?」
「容易いですが、それには、親分の許可が必要です」
「天地に頼めと?」
「はい」
「…出来へんなぁ…。しゃぁないか」
「しゃぁない?!」
「原田」
「はい」
「俺を殺せ」
「はぁ?! それは、簡単ですが、理由は?」
「更に血の海にする為だ」
「私にとって、簡単なことですが、理由もなく…」
「関西が大人しくなったのは、俺の行動があったからこそ。
 その俺が居なくなれば、組同士でやりあうやろ。そうなら
 青虎の目的も阻止出来るやろ?」
「あ、あの…須藤さん?」

須藤の訳の解らない言葉に、流石のまさも、しどろもどろになる。

「…命の奪い合い…そんなことを繰り返したって、何の意味もない。
 簡単なことだろ、命を奪う事は」
「そうですね」
「そんな簡単なことをしてもな、おもしろくもないやん。だから、わしは
 難しい事を……命を粗末にするなと…敢えて強調した」
「確かに…難しいことですね」
「殺し屋に言われとったら、せわないな」
「はぁ…」
「それでだな…まぁ、鎮めたのは、結局は、暴力だったけどな、
 こうして、平穏無事に過ごしていたんだよな。……その均衡が
 崩れ始めたのは、青虎の内紛。現組長の気質を誰もが知っていた。
 恐らく、全国制覇を目指すだろうと…」

須藤は、大きく息を吐いた。

「だがな、表立っての行動を慎んでいた。それは、俺が居るからだ」
「それなら、あなたを失っては、いけませんよ」
「おい、原田」
「なんですか?」
「お前、…殺し屋のくせに、なんちゅう事を言ってるねん」
「はぁ?」

須藤の言葉が、やっぱり理解出来ない、まさは、呆れ返っていた。

「こっちが呆れるわい」

須藤が言った。

「あなたを消して、その後は誰が?」
「俺の息子が居るやろ。跡目教育も終わったことだしな」
「……水木の息子と、事ある毎に喧嘩してるのに?」
「あれは、犬猿の仲っつーんやろ。俺と水木は仲良いんやけどなぁ」
「息子さんは、あなた以上に頑固じゃありませんか?」
「そうだな」
「それで、私は、あなたの命を奪っていいんですか?」
「あぁ」

まさは、袖口から素早く出したナイフを手に取り、刃先を須藤に向けた。

「では、お言葉通りに……!!!!」
「…!?!??」

須藤の目の前に居た、まさの姿が消えた。
突然の事で、須藤は、目を見開いていた。

「須藤!!!」

水木が、駆けつける。

「水木……」
「くそっ、ほんまに、素早いな…」

水木は、手にした銃を懐にしまいこむ。

「…何しに来た?」
「お前が、天地組の殺し屋に狙われていると情報が入ってな」
「誰にも知られてないのにな」
「あほ。俺んとこの情報網、知っとるやろ」
「なるほどな」
「怪我、無いか?」
「俺は無い…って、お前、谷川とやり合っとったんちゃうんかい!」
「それがな、急に戦意を失ったらしいわ」
「はぁ?」
「原田の奴…俺ら全滅を図ってたらしいな」
「……まさかと思うが…」
「手足の腱を全て切断されて、出血ひどいまま、橋総合病院直行。
 まぁ、うっとこの組員もそうやけどな」
「って、お前、やばいんちゃうんか?」
「そうやで」
「それなら、なんで、……お前なぁ」
「俺とお前の仲だろが」

素敵に微笑む水木。

「そうだな…」

それに応えるような表情をする須藤だった。

「ところで、青虎は?」
「東北に向かった」
「…はぁ?」
「あいつがおったら、谷川とのやり合いに支障が出るやろ。
 だから、向かわせた…が正解やな」
「お前、その間に…」
「向こうが、その気やから、こっちもお礼っつーことや」
「知らんぞ…」
「ん? 何が?」
「…橋総合病院の院長……、めっさ恐いらしいやん。……あの真北刑事を
 手玉に取るほどの男って聞いたで…」

須藤が、呟くように言った。

「真北刑事…か…。阿山組の事件で…な…」
「…わしら、逢わんで良かったんちゃうか」
「なんでぇ?」
「やくざを目の敵にしてたやろ」
「そら、職業上…」
「関係なかったらしいで。…闘蛇組…事実上解散に追い込まれたやろ」
「裏金動いてるやろな」
「あの組の事や…考えられるよな…」
「……調べとこか?」

水木が言った。

「頼んだで」

須藤が、小さく言った。

「さてと。行こか…」

気を取り直したように、須藤が言う。

「そうやな」
「院長に挨拶…しとかな…。それより、その武器、どうした? 消音か?」
「そうや。それなのに、あいつ、気付いたんか…」
「不思議な男やで」
「要注意人物やな…。…で、なんで、関西におるんや?」
「さぁな。天地の気まぐれちゃうか?」
「さよか…」

軽い口調で話ながら、須藤と水木は、それぞれの車に乗り込み、橋総合病院へと向かっていった。




橋総合病院・雅春の事務室。
雅春は、険しい表情で、目の前に立っているまさを見つめていた。

「俺の言いたい事、解ってるよな」

静かに怒る雅春に、まさは何事も無かったように応える。

「さぼっていた訳じゃありません」
「連絡が取れなかったことを言ってるんじゃないっ。お前の行動だ!」
「私は…」
「待機する。そう言ってたけどな、あの数は無いだろ! お陰で、警察への
 報告も苦労したわい。…知ってる奴も居たぞ…。殺し屋・原田の手口だと」
「そうですか…」
「大阪に居るという情報が流れ始めたようだが…どうする?」
「いつもと変わらないように過ごします」
「……お前の親分は、関西を真っ赤に染めたいだけか?」
「大人しい関西を引っかき回すのが、目的です」
「そっちの世界の事は、俺は知らん。だけどな、俺の手を煩わせるな!」
「すみません…」
「患者は全て、警察病院へ移した。だから、後は診る必要ない。
 …と、言う事で……原田ぁ」

雅春は、急に話を切り替えた。

「なんでしょうか?」
「今日、四件の手術を入れたけど……助手してくれるか? 体調は…」

ドアがノックされ、京介が駆け込んできた。

「兄貴っ!!!!!」
「…京介…あのなぁ〜」
「親分がっ!」
「!!?!」
「青虎の奴…、直接組事務所を狙ってきたそうです」
「…それで、親分は!!」
「大事には至らないそうですが…」
「怪我したのか…?」

まさの言葉に、京介は、そっと頷いた。

「青虎の野郎…」

拳を握りしめるまさ。その拳は、雅春によって、掴まれた。

「この手を……染めるのか?」
「橋…」
「これ以上、染めたいのか!!」
「……それが、俺の育った世界ですから…」
「原田…」

雅春は、手をそっと放した。

「橋?」
「帰るんだろ。…そして、もう、戻ってこない」
「…そうするつもりだけど……!!!」

雅春は、まさの両肩をしっかりと掴んだ。そして、まさを見つめる。

「いいな…これを終えたら、お前は、足を洗え。…絶対に…」
「それは、出来ないと…」
「良い医者なんだから…お前は…。だから…」
「……考えておきます…」
「…連絡……くれよ」
「時間が取れる時になると思いますが…」
「お前が生きている事を知っておきたいから…。もう、知っている奴を
 失いたくない……」
「…橋…。…俺は、死にませんよ。……あっ、そうだ」
「ん?」

少し声が震える雅春。

「帰り道、通るから……橋の思い……ぶつけておくよ」
「原田…お前…」
「手術より、簡単ですよ。…それと……青虎を追いかけて、舞い戻るかも
 しれませんが、…あなたの身の安全の為に、顔は見せませんよ」
「お前の証拠がある患者を診て、お前の事を把握するから、心配するな」
「なんか…すごい会話なんですけど…兄貴……」
「…京介、行くぞ」
「はっ。…橋先生、お世話になりました!」
「京介くんも、体に気を付けろよ」
「ありがとうございます」
「…原田」
「はい」
「軽くでいいからな。…お前の事が心配だ」
「本当に…それだけで、いいんですか? 脅しだけ…」
「狙われたと思えば、少しは反省するだろ?」
「そうですね。では、私なりに、軽くにしておきます」
「……よろしくな…」

雅春の言葉を耳に残して、まさと京介は、事務室を出て行った。
静けさが漂う事務室内。雅春は、寂しさを感じていた。
親友を失った寂しさを紛らわせる為に、まさを誘って、大阪へやって来た。
しかし、今、そのまさまでもが、自分の前から去っていった。

俺は…孤独…か…。

思わず笑みが浮かぶ雅春だった。

ドアがノックされる。

「はい」
「失礼します…院長……!!! ぎょっ!!」

雅春の事務室に入ってきたのは、須藤、水木の関西の親分達。雅春は、須藤達の姿を見た途端、鬼の形相よりも、恐ろしい表情で、入ってきた男達を睨み上げていた。
やくざよりも、凄みがあり……。

「てんめぇらぁ〜〜、ほんまに、ええかげんにせぇやぁ!!!」

雅春の怒鳴り声が、病院の建物の壁を揺らした……。



まさと京介は、東京駅に降り立った。

「兄貴、阿山は本部で過ごしているそうです」
「そうか…」
「あの事件以来、本部は厳重に警戒されているようですよ」
「そうだろうな」
「そこへ踏み込むのは…」
「脅すだけだって。お前は、外で待機しててくれ。俺は、中へ入って
 ちょいとばかり、引っかき回してくるからさ」
「……大丈夫ですか?」
「…あぁ」

そして、二人は、レンタカーを借り、阿山組組本部へと向かっていった。



阿山組本部。
夜の静けさが、なんとなく不気味な雰囲気を醸し出す、道路に面した、大きな門…。新たな物に変えてからは、更に不気味さが増していた…。
門番が、交代する。
虫の鳴き声が聞こえる程、静かな夜。
風が過ぎった。

「ん?」

急な風が吹いたのだと思ったのか、門番は、ちらりと振り返っただけで、再び、仕事に集中する。
まさが、塀を飛び越えて、直ぐ側にある木陰に身を隠していた。本部の屋敷に目をやった。
下足番が、そこで待機していた。
人数を確認したまさは、袖からナイフを取り出した…が、すぐに引っ込めた。
玄関先に、若い衆が集まり、整列する。
どうやら、格が上の誰かが出てくる様子。

阿山…か?

まさの表情が険しくなる。
玄関先に姿を現したのは、慶造と修司の二人だった。
二人は親しげに話し込み、時には笑顔を見せていた。そこへ、女性が現れる。美穂とちさとだった。四人は、楽しく話し込んでいた。
身を隠しているまさは、何かを思ったのか、素早く、その場から去っていった。

「……?」

修司が、急に目線を移し、慶造たちを守る体勢に入った。

「修司、どうした?」
「…嫌な気配を感じた」
「…風だろ」
「そうだといいがな…」

修司が見つめる所は、先程まで、まさが身を隠していた木の陰。側にある葉が、風に吹かれたように揺れていた。

「それより、どう? 真北さんのお話」

その場の雰囲気を変えるように、ちさとが言った。

「しかしだな〜」

慶造は、なぜが渋っていた。

「美穂さん、栄三ちゃんに言っててね。猪熊さん、剛一くんたちに…」

慶造の言葉を遮るように、ちさとが話し出す。

「良い返事とは思えないので、あまり期待しないで下さいね」

修司が言った。

「栄三は、きっと、参加するって言うわよぉ。じゃあ、私はこれで!」
「お疲れさま」
「お疲れさん」

美穂は、阿山組本部を出て、帰路に就く。

「私は、戻りますね。まだ、お話されるんでしょう?」
「そうだな。すまんな」
「では、猪熊さん、お休みなさい」
「お休みなさいませ」

屋敷に入っていくちさとに、深々と頭を下げる修司だった。
二人は、玄関から少し離れた場所まで歩き、そこで、立ち話を始めた。
その場所こそ、まさが身を隠していた場所。
修司は、さりげなく、その場に目をやった。
足跡が残っていた。

「…慶造…」

修司の口調で、慶造は、足跡に気付く。
その時だった。

「!!!! 原田まさ?!」

一度感じた事のある気配に、修司は身構え、そして、慶造を守る体勢に入る。
容赦ない、まさの攻撃。
しかし、差し出されるナイフは、慶造の体から、わざと外されている事に気付く。

「…てめぇ〜」

修司が拳を握りしめた時だった。
まさのナイフが、慶造の心臓に目掛けて、突き出された。
刃先を両手で挟み、まさの体を倒すかのように修司は横に転がった。
修司と同じように転がった、まさは、すぐに体勢を整える。

「脅しだけだ…。例の事件で、恨みを持つ者が居る事…
 覚えておけ」

まさは、そう言って、塀を軽々と飛び越えて去っていった。
車が急発進する音が聞こえた。
門番が、素早く出て行くが、車は勢い良く去っていく所だった。

「……慶造、怪我……慶造?」

慶造の頬を、一筋の涙が伝っていた。それを素早く拭う慶造。

「すまん…修司…。ちさとの意見、剛一君達に、ちゃんと伝えてくれよ」
「あ、あぁ…」
「お休みぃ」

慶造は、後ろ手を振って、屋敷へと向かっていく。

慶造?

「待てって!」

修司が慶造を追いかけて、腕を掴んだ。

「なんだよ」
「…慶造。あれは、お前のせいじゃない」
「何がだ?」
「さっきの原田の言葉で…」
「………恨まれて、当然だよな…」
「慶造…」
「慶造」

修司の言葉と重なるように、春樹が言った。玄関先に姿を現す。

「どうした? こんな時間に外出か?」
「お前の危機を察して出てきただけだが…無事だったか」
「残念だったな」
「ひねくれもん」

春樹が呟く。

シュッ!

「…っ!! って、あのなっ!」

春樹の頭の上を修司の蹴りが、目にも留まらぬ速さで過ぎっていた。

「真北…お前な、慶造の気持ちを解ってて、そう言うのか?」
「あぁ。そうだ。恨まれて当然だよ。……特に、俺になぁ」
「お前に恨まれる?」
「俺と共に、生きていく…そうだったよな」
「真北……」
「…さっきの奴は?」
「原田まさ。東北にある天地組の幹部で、この世界では
 有名な殺し屋だ。ナイフを武器に使っている」
「ナイフ?」
「あぁ…そっちで目を付けていたのか?」
「細いナイフを使う殺し屋の話は聞いた事がある。確かに
 目を付けていた奴だが、正体は不明だった。…医学の
 心得がある奴だという話も出ていたくらいだ」
「医学の心得…か」
「美穂さん、その方面は詳しいのか?」
「いいや。美穂ちゃんは、仕事一筋」
「そっか」

沈黙が続く。

「なぁ、真北」
「なぁ、慶造」

二人は同時に口を開いた。慶造は、先に話せと、春樹に合図する。

「もう、大丈夫なのか?」
「ん?」
「恨まれて当然…って言葉に対してだ」
「あぁ。…それは、真北…。もう、二度と同じ事件が起こらないように
 お前と共に、生きていくしかないんだよ。…だからさ…こんな俺だけど、
 …真北の足を引っ張るかもしれないけど……よろしくな」
「…お互い、言おうとしたことは、同じってことか…」

なんとなく、悔しいという雰囲気の春樹に、慶造は苦笑いしていた。

「猪熊さん、ちさとさんから聞いたと思うけど、子供達に
 ちゃんと伝えててくれよ」
「…真北さん、あんた、何を考えている?」

修司が尋ねる。

「ひ・み・つ」

軽いウインクで応える春樹だった。





東北にある天地組組事務所。
まさと京介が戻ってきた。

「お帰りなさいませ!!」

若い衆が出迎える中、二人は、事務所の奥へと入っていった。
そこは、組長である天地の部屋。
まさは、ノックをする。

「親分、まさです。ただいま帰りました」
『…まさ……入れ。京介は、そこで待っておけ』

まさが、静かに入っていった。京介は、その場で待機する。


部屋の中では、天地がベッドに横たわり、側に満が立っていた。まさの姿を見て、深々と頭を下げる。

「親分…お聞きしました。青虎が直接…」
「あぁ。油断していたよ」
「……登は?」
「まさと入れ替わりだ。大阪に向かった」
「それだと、大阪は戦場に…」
「まぁ、歩く武器庫と言われてるくらいだもんなぁ」

天地は体を起こした。

「起きて大丈夫なのですか?」
「ひどくは無いさ。…ただ、俺を守って命を失った者も居る。
 そいつらの葬儀は明日だ」
「そうですか…」
「ところで、まさ」
「はい」
「帰ったと言わなかったか?」
「申しました」
「良いのか?」
「橋は理解してくれました。暫くは、離れると」
「暫く…か」
「まだ、情報は…」
「まさ…」
「はい」

天地の声は、震えていた。

「側に…居てくれ」
「親分…」
「…こいつらだと、頼りにならん」
「そうですか……」

項垂れるまさ。それ以上に項垂れていたのは、天地の側に居る満だった。

「解りました。私でよろしければ、こちらに」
「頼んだぞ。まさが居なかった間の事は、満に聞いてくれ。
 俺が完治するまで、代わりをしてくれるか?」
「はっ」
「満、京介と交代だ」
「かしこまりました」
「では、親分、失礼します。何か御座いましたら………。
 診察しておきましょうか?」
「そうだな」

まさは、慣れた手つきで、天地の容態を確認する。その手さばきをじっと見つめる天地は、微笑んでいた。

親分、久しぶりに…微笑んだ…。

満は、二人の仲睦まじい雰囲気に、心を和ませていた。



まさの部屋。

「毎日、掃除してたのか?」
「当たり前ですよ!! 兄貴が、いつ帰ってきてもいいように…」
「ありがとな」
「はい!!」
「資料は?」
「こちらです」

まさに書類を差し出す満。まさは、その書類に集中する。目を通している間、満は、まさの寝室の用意をし、そして、生活しやすいようにと整えていく。

「親分の傷…、軽くて良かったよ。…ほとんどが、亡くなった
 組員に?」
「そうです」
「満…」
「はい」
「お前は、何とも無かったんだな?」
「私は、その……天地山の方に居ましたので、難を逃れました」
「登は、逆上だな?」
「詳しくは知らないんですが、登の性格からしたら、そうですね。
 一人で追いかけていったくらいですから」
「…手伝った方が、良さそうだな。登の力では、青虎は倒せない」
「兄貴、まさか、今からですか?」
「行って帰ってくるだけだって」
「帰ってきたばかりですよ!」
「だぁいじょうぶだって」

そう言って、微笑むまさ。

「兄貴……」
「あん?」
「なんだか、変わった…」
「変わった?」
「兄貴は、行き当たりばったりという性格じゃなかったはずです。
 今の発言は…」

…げっ…橋の性格が…。

「そ、そうか?」

と誤魔化す、まさだった。



天地の部屋。
京介が、天地の世話をしていた。

「…なるほどな。衰えてはいないんだな」
「はい。向こうに行ったのは、短い期間だったのですが、医学の方に
 力を入れておりました」
「その…院長の補佐は、きちんと出来ていたのか? 迷惑は掛けてないよな?」
「院長が、兄貴に任せる程でした。まだ、医学生の立場なのに…」
「まさは、何に対しても、精一杯頑張る奴だからな…」
「心臓の方も、発作は起こりませんでした。しかし、帰宅前に、
 阿山組へ一喝してきましたし、それ以前に、大阪で一暴れ…」
「ったく、俺の居ないところで、何をしてるのかと思えば…」

呆れたような嬉しいような表情をして、天地は、寝返りを打った。

『親分!!』

満が叫びながら駆け込んできた。

「満、うるさい」

天地が言った。

「兄貴が、登を追いかけて、大阪に!!」
「!!! 今なのか?」

京介が慌てたように尋ねた。

「引き留められませんでした」
「京介、追いかけろ」
「はっ」

京介が駆けていく。

お前だけは失いたくない…。

グッと布団を握りしめる天地。
しかし、京介は一足遅く、まさが乗り込んだ電車を見送るしか出来なかった。
項垂れて戻ってくる京介に、天地は何も言わず、ただ、まさが無事に帰ってくる事を祈るだけだった。



(2004.8.2 第四部 第十五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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