任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十五話 始まり

緑豊かな東北地方。 自然も美しいこの場所、天地山。暫く大人しかった天地山付近も、ここ数年、極道たちの縄張り争いが、あちこちで激しく繰り広げられていた。

天地組。
殺しの世界では、右に出る者が居ないだろうと言われている程の腕を持つ原田まさ。天地組の幹部でもある原田まさは、天地組には欠かせない人物。
敵対する組の者が、天地を狙おうなら、この原田の攻撃で命を落とす事もある。
その天地組が今、敵として重視しているのは、関東に組を構える阿山組と懇意にしている鳥居組だった。以前は、それ程、重視することは無かったが、ある日をきっかけに、阿山組は、鳥居組と手を組んでしまった。
ある日…。
それは、原田まさが重傷を負った、あの事件のあった日のこと。
関東に乗り出した天地組が起こした抗争。
その抗争で幼い命が奪われた。
それから数年。
鳥居組の動きが激しくなったことで、天地は少し苛立ちを見せていた。
そこに飛び込んできた情報…。
それが、これからの天地組を揺るがす事になるとは……。


天地組組本部の屋敷。
まさが、廊下を歩いていた。
夏でも涼しい天地山だが、今年は、全国的に猛暑と言われている。その影響もあり、珍しく暑い日々が続いている為、まさは、半袖に半ズボンというラフな格好をしていた。
まさが向かう部屋…それは、天地の部屋だった。

「親分、お呼びですか?」
「まさ…仕事だ」

ゆっくりとした口調で天地が言う。
そういう時は、決まっている。
『殺し』の仕事の話だ…。

「…前のようなことは、嫌ですよ」

今の状況を把握している、まさは、天地の言いたい事が解っている。

「…どこに行くつもりだ?」
「鳥居の所でしょう? ただでさえ、あの組は仕掛けているので
 近づきにくいんですよ。正面から行く方が…」
「阿山組だ」
「えっ?」
「…何を今更…という雰囲気だな」
「はい」
「阿山組さえ壊滅すれば、鳥居の動きも停まるだろ」
「それはそうですが、今の阿山組を狙うのは…」
「お前一人で、あの巨大化していく組を狙うのは難しい。それは
 俺も解っている。…だがな、その組織が一度、形を潜めた時が
 あっただろ…」
「……確か、長男を失ったあの時…」
「あぁ。お前が再起不能に陥るかと思われた事件だ」
「……親分……まさか…」
「そのまさか…だ」
「阿山慶造を、ですか?」
「阿山家の血筋を絶やせ」
「えっ?」
「…確か、ガキが生まれるとか聞いたな…」
「……そこを…ですか?」
「そうだ」

静かに応える天地。それには、まさが珍しく反抗する。

「…それには、従えません」
「ん?」
「狙ってくる者に対しては、抵抗ありませんが、何もしない者へは…」
「まだ、根に持っているのか」
「あの事件は、忘れられませんから…」
「…早く忘れろ」
「親分…」

天地は、まさの迷いに気付いていた。それでも、天地の言葉は変わらない。

「仕事だ…まさ」
「……狙いは、阿山慶造だけにします」

まさの言葉は、天地の怒りに火を付けた。

「まさぁ…誰にモノを言っている? お前をここまで育てたのは、誰だ?」

天地は、まさの胸ぐらを掴みあげ、睨み付けた。

「あなたです…」

即答するまさを放り出すように手を放した天地。まさは、背中から壁にぶつかった。

「いいな、命令だ」

それ以上、何も言えなくなるまさは、唇を噛みしめ、そして、ゆっくりと頷いた。

組長室を出て行った、まさは、勢い良く歩いていく。廊下で京介とすれ違う。

「兄貴、珈琲入りました! ……???」

京介の姿すら目に入っていないのか、まさは、そのまま屋敷を出て行った。

「兄貴…?」

まさの行動を不思議に思った京介は、まさを追いかけて行く。



まさは、天地山の頂上から下界の素晴らしい景色を見下ろしていた。
その表情は、とても柔らかく…。

「兄貴!」

追いかけてきた京介が、後ろから声を掛けた。その途端、何かが京介の頬をかすめて飛んでいく。

「!!!」
「…来るな…」

ちらりと振り返るまさの表情は、怒り…。
京介は、頭を下げて、その場を去っていく。

再び景色を眺め始めた、まさ。殺し屋とは思えない、柔らかな表情になっていた。
しかし、その目は、哀しみに溢れている……。

自分をここまで育ててくれたのは、天地。
あの日以来、天地の言葉には逆らわず、天地の期待以上に行動をしていた。
しかし、それは、同業者か、天地や自分を狙ってくる輩にだけ。
なのに、今。全く関係のない者の命を奪えと…。

二羽の鳥が、戯れながら飛んでいく。
雲が流れる。

いつの間にか、空が赤く染まっていた。
その空を見上げる、まさ。

「仕方…ないか……」

まさは、何かを決心して、踵を返す。
山の斜面まで歩いてきた時だった。
木の陰に人の姿があることに気付く。
その陰に近づき、まさは、優しく声を掛けた。

「京介、帰るぞ」

寂しげに俯いて座り込んでいた京介は、少し居眠りしていたのか、まさに声を掛けられて慌てて立ち上がった。

「は、はい!」

ちらりと、まさを見る京介。
まさの表情は、とても穏やかだった。
まさは、歩き出す。

「お待ち下さい!」

急いで追いかけていく京介は、歩きながら、まさの前に何かを差し出した。
それは、先程、投げたナイフ…。
まさは、ちらりと京介を見た。
京介の頬には、うっすらと赤い筋が付いていた。

「悪かった…。一人で考えたかったんだよ」

そう言いながら、ナイフを受け取り袖にしまい込む、まさ。

「私の方こそ…申し訳御座いませんでした」
「手当て…必要ないな。…きちんと避けろよ」
「すみません…」

恐縮そうに言う京介に、まさは微笑んでいた。
そして、二人は山を下りていった。





阿山組組本部は、なぜか、ひっそりとしていた。
それもそのはず…。


春樹の車が、道病院の駐車場に停まった。素早く降りてきた春樹は、その足で、建物へと駆け込んでいく。
向かう先は産婦人科。
廊下を曲がった時だった。
そこには、強面の男達が立っていた。

「……ったく」

春樹の姿に気付いた強面の男達は、一礼する。
阿山組組員だった。
組員達の奥に続く廊下には、一人の男が立っていた。春樹は、そこへ向かって歩いていく。

「真北」

そこは、分娩室の前だった。

「慶造、…入らないのか?」
「…入れないだろ……。それに、ちさとの苦しむ姿は見たくない…」
「お前なぁ」
「こればかりは、男の出る幕ではないだろ!」
「そうだけどな、側に居るだけでも、心強いって」

春樹は、遠い昔を思い出しながら、慶造に言った。

「うるさい!」

慶造は、苛立っているのか、春樹に八つ当たりをする。

「ったく…」

慶造の表情を見て、春樹は笑っていた。

「時間は?」

春樹が尋ねる。

「…そろそろだと思うんだけど…」

慶造が言った、その時だった。

オギャーオギャー……

赤子の泣き声が廊下まで聞こえてきた。
慶造の動きが停まる。

「慶造!!」
「あ、あぁ……」

顔を見合わせた春樹と慶造は、分娩室のドアを見つめる。
助産婦が、ひょっこりと顔を出し、手招きした。
春樹と慶造は、その手に招かれるように、分娩室へと入っていく。


分娩室では、ちさとが、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いていた。

「…ち、ちさと…」
「あなた…女の子よ」
「…そ、そうか…」

少し躊躇った感じで返事をした慶造だったが、その顔は、ちさとの腕の中の赤ちゃんを見て、すごく緩んでいた。

「こんにちわぁ〜、パパですよぉ〜」

慶造は、そっと手を差し伸べ、赤ちゃんを抱き上げる。

「真北、ほら」

春樹に嬉しそうに見せる慶造。その表情こそ、子供を喜ぶ父親の顔だった。春樹は、そっと赤ちゃんを覗き込んだ。

「真北のおじさんだよぉ〜」

そう話しかけた春樹の表情も緩みっぱなし……。

「あのねぇ、二人とも…緩みすぎ…」

手伝いをしていた美穂が、呆れたように声を掛け、慶造の腕から赤ちゃんを取り上げる。
赤ちゃんは、ちさとの腕の中へ…。
ちさとは、赤ちゃんを見つめながら静かに口を開いた。

「女の子よ。……この子には…血で争う世界で育って欲しくないな……」

ちさとの切ない声は、慶造だけでなく、春樹、そして、美穂の心にまで響いていた。

抗争で、慶人を失った…。

そのことは、ちさとの心に残ったまま。
母の怒りは、報道関係へと向けられた。その事を未だに悔いている慶造は、ギュッと拳を握りしめる。
その事件の時は、まだ、阿山組と関わっていなかった春樹は、それぞれの思いを知っている。
春樹は、勇気づけるかのように、慶造の肩にそっと手を置いた。

俺が付いてるだろが。

春樹の力強い思いが、慶造に伝わる。
慶造は、そっと頷き、気分を切り替えるように、ちさとの頭を優しく撫でる。

「名前、決めないと…な」

慶造が、そっと声を掛ける。

「女の子の名前は、私が決める事になってるの」

ちさとの声は弾んでいた。

「実はね…ふふふ! もう決まってるの」

ちさとは、そう言って春樹をじっと見つめた。

「な、何か?」

なぜ、見つめられているのか解らず、照れたような表情をする春樹。

「真子。女の子だったら、真子と決めていたの。真北さんの名前を頂いてね!」
「ち、ちさとさん?!! な、なぜ、私の……」

そう言いながら、春樹は照れたように頬を赤らめている。

「…真北…嫌なのか?」
「そうじゃなくて…なんで、その…名字…」

そっか…。

慶造とちさとの思いを悟る春樹は、それ以上、何も言わなかった。

「…真子…。阿山真子…か。……ふふふ。真子ちゃぁん、パパですよぉ〜」

慶造は、早速、赤ちゃんの名前を呼ぶ。

「真子ぉ〜、真子ちゃん! 真子!」

嬉しそうに、何度も何度も呼んでいた。
温かな雰囲気に、心を和ませる春樹。

更に忙しく…なるか…。

春樹は、生まれてきた子供の為に、慶造を子育てに専念させるつもりでいた。
そうすれば、この世界も少しは落ち着くだろうと…そう思っての、これからの考えだった。
しかし……。



阿山組組本部。
一台の車が、門をくぐり玄関先に停まった。
ちさとが、真子を優しく抱いて、車から降りてくる。そのちさとの後ろには、春樹がまるで、父親のように付き添っていた。そんな春樹に違和感を感じない組員達。元気に出迎えの挨拶をした。

「お帰り…」

そこまで言った時、春樹が手を挙げる。
ハッとする組員達。

あ、赤ちゃんが…泣く……。

ゆっくりと頭を下げる組員達の光景は、なんだか、異様に思える春樹とちさと。
二人は微笑みながら、玄関を通っていった。

ちさとは、自分の部屋へ入っていく。
部屋に用意された赤ちゃん用のベッドに、真子をそっと寝かしつける。少し遅れて春樹が、荷物を持って、部屋に入って来た。

「ちさとさん、こちらで、いいですか?」
「ありがとう、真北さん。…ほんとに、すみません…」
「気にしないで下さい。…それにしても…慶造は、どうして、この日に
 仕事を入れるんだよ…。ったく」
「照れているんですよ」

優しく応えるちさと。

「そうでしょうが、慶造が父親ですよ。なのに、私が任されて…」
「真北さんの方が、似合ってますよ」
「そりゃぁ……子供は好きですからぁ。ねぇ、真子ちゃぁん」

ベビーベッドに寝かされた真子に声を掛ける春樹。そんな春樹を見つめるちさとの目は、とても温かく…。

「あの人よりも、父親みたいだわ…。…真北さん」
「はい」

返事をしながら振り返る春樹。…その表情は……とても…。

「ふっふっふ…真北さん、崩れすぎですよ」
「へっ?! …あっ…」

顔を整える春樹は、改めて返事をし直す。

「なんでしょうか、ちさとさん」
「これからも、お世話になります」

ちさとは、深々と頭を下げた。
本当に、巨大組織・阿山組四代目姐には、見えないちさと。任侠界から、脚を洗ったと噂されるのも、解る気がした春樹は、力強く応える。

「ご安心を。私が…付いてますよ」
「はい」

輝く笑顔。それは、春樹の心をキュンとさせる。


真子が生まれ、そして、本部へ帰ってきてから、ほとんど毎日、春樹が、ちさとに付きっきりで、真子の世話をしていた。
真子には、普通の暮らしをして欲しい。
そんなちさとの願いから、組の者をなるべく近づけないようにしていた。

一ヶ月が過ぎた。

ちさとの優しさが伝わっているのか、真子には、早くも表情が現れていた。

「かわいく笑うんですね…真子ちゃん」

春樹が真子を抱きかかえながら、言った。

「かわいいでしょぉ」

ちさとが応える。

「……親ばか…」

少し離れた所で、慶造が言った。

「慶造ぅ〜。お前が父親」

そう言って、春樹は真子を慶造に託す。

「…って………真子ぉ」

真子を抱きかかえた途端、表情が綻ぶ慶造。

ったく…。

ちょっぴり呆れたように息を吐く春樹。

女の子を、どう扱って良いか解らん…。

ちさとが退院する前日に慶造の口から出た言葉。
後は頼むと言って、その場を去った慶造に、春樹は呆れながらも、以前、修司と行動を共にしていた時に、耳にした事を思い出した。

慶造は、奥手だからなぁ。特に女性にはぁ〜。

いつの間にか慶造は、真子を高い高いしていた。慌てて真子を奪うちさと。

「あなた、これは、未だ早いわよ!!」
「す、すまん……」

シュンとなる慶造に、思わず笑い出す春樹とちさと。

「…慶造、おもろすぎ…」
「そうよぉ、あなた。ねっ、真子」
「キャッキャッキャ!」

その雰囲気につられたのか、まだ、生後一ヶ月の真子も笑っていた。
そんな真子に驚きながらも、温かな雰囲気に包まれる阿山組。
真子が生まれてから、何事も起こらず、平穏無事で、そして、 幸せな日々。
このまま、続けばいいと思っていた。

それが、突然、暗転する……。




天地組組事務所。
まさは、出掛ける準備をしていた。そこへ、京介と満がやって来る。

「兄貴、お供します」
「京介、満……。解った」

静かに応えたまさは、立ち上がり、二人を連れて事務所を出て行った。


京介運転の車の中で、まさが静かに語り出す。

「お前ら、今日限り、組に顔を出すな」
「…あ、兄貴?!」

驚いたように声を挙げる京介と満。

「今回は、分が悪い。お前達まで守れる余裕がない」
「兄貴が俺達を守る必要は…」
「以前、言ったよな」

まさは、京介の言葉を遮るように話し続ける。

「…足を洗う準備をしておけと。…お前ら、俺を駅まで送ったら、
 そのまま、どこかへ姿を消せ。車のキーは駅に預けておけ。
 無事に戻ってきたら、俺が乗って事務所に帰るからさ。…そして、
 お前達は、やられたと…伝えておくから」
「兄貴……それだと、兄貴は…」

満が慌てたように尋ねる。

「相手は阿山組だ。それに、二度も同じように襲われていたら、
 黙ってないだろな…。天地組の先が見えている…だから…」

まさの言葉が詰まる。

「兄貴…?」
「お前達まで、失いたくない。…お前達には、これから、もっと
 楽しい事をしてもらいたい…生きてもらいたいんだよ」
「…兄貴…それなら、兄貴も…」
「俺は、いいんだ。この手は、血で汚れきっている」
「そんなもの、洗えば、なんとでも…」
「無理だよ。ここには、奪った者の表情がこびりついている」

まさは自分の頭を指さした。

「俺には、もう……」
「兄貴…死ぬ覚悟ですか?」
「簡単にやられる訳にはいかないさ…」

まさの言葉を聞いた京介と満は、それ以上、何も言えなくなる。

「…兄貴」
「なんだ? 京介」
「もし、親分がやられたら…」
「…敵にやられる前に、俺が……。京介も知ってるだろ?
 親分と俺の約束は」
「解ってます。…ですが、…いざと言うときに…」
「…出来ないだろな…」

呟くまさ。
車は、天地山最寄り駅に到着した。

ホームに上がった三人は、電車を待っていた。

「兄貴、やはり…俺…」

そう言う京介に、まさは分厚い封筒を手渡した。同じように、満にも渡す。

「これは?」
「俺からの餞別だ。大切に使えよ」
「兄貴…本当に…」
「気にするな。これからの事を考えろ」
「……兄貴!!!」

まさの力強い言葉に、京介と満は感極まって、まさに抱きついた。

「決して…死なないで下さい…。いつか……どこかで逢いましょう」
「京介…」
「…兄貴……俺、待ってますから…兄貴が元気な姿を見せるのを」
「満…」
「だから……」
「お前ら、これ以上、何も言うな。…元気でな」

ホームに入る電車に気付いたまさは、二人をそっと引き離す。

「途中まで…」

京介と満が言う。

「そうだな。…親分の手の届かない所まで…一緒だ」
「最後の……旅…」

微笑み合う三人。そして、電車に乗り込んだ。




ちさとは、庭で、真子を抱いて、子守歌を歌っていた。
廊下を激しく行き来する組員達。その中に、春樹と修司の姿があった。ちさとは、チラリと二人を見つめる。春樹が、ちさとの目線に気が付いたようだった。
修司が、一礼して、その場を去っていく。

春樹は、深刻な表情で、ちさとに歩み寄った。

「真北さん…まさか…」
「ん? あぁ、すみません。仕事面でしたね。真子ちゃんは、眠ってるのか。
 …かわいい」

春樹の表情は、どんどん緩んでいく…。
頬を撫でていた指が、真子の頬を軽くつついた。

「真北さんはぁ。真子の前だと、いっつも、その表情なんだから」
「かわいいですからね」

春樹は、ちさとに微笑んだ。

「…何が起こったんですか? 猪熊さんの表情からすると…敵が動き出したのね」
「…えぇ。そのようです。恐らく、ここに来るでしょう。でも大丈夫ですよ。私が守ります」
「…真北さん。心強い…ありがとう。でも、無茶はしないでください」
「心得てますよ」

春樹の返事は、力強かった。




月明かりが眩しい夜。
足音も立てずに、走る人影があった。
その人影は、塀を飛び越え、そして、屋根の上を走っていく。


月明かりが、部屋の中まで差し込んでいた。

「明るい月だね、真子。綺麗だねぇ」

部屋の窓際で、真子を抱きかかえて、ちさとは優しく声を掛けていた。
真子は、ちさとに微笑む。

「真子ったらぁ。明日は、真北さん、何をしてくれるのかなぁ。
 今日も楽しかったね。…ほんと、真子の前だと、真北さんって
 刑事に見えないわぁ」

昼間の春樹の表情を思い出したのか、ちさとは、笑っていた。
そんな噂の春樹は…。

慶造と春樹が縁側に腰を掛けて、話し込んでいた。

「なぁ、慶造」
「あん?」

二人は、煙草を吸いながら、夜空に輝く月を見ていた。

「慣れろって」
「無理」
「数だろが」
「そうだけどな…。やっぱり、どう扱っていいか…」
「普通でいいって。…長男の時は、どうだったんだよ」
「慶人? …覚えてないな…。その頃は、外に…」
「お前が父親だろが」
「父親が居なくても、子供は育つ」
「父親も必要だって」
「真北が居るだろが」
「あぁのなぁ〜俺は…」

…という風に、半ば喧嘩腰に子育ての相談(のような内容)をしていた時だった。修司が駆けてきた。

「四代目」
「ん?」
「原田が、忍び込んできました」

修司の言葉に、慶造は立ち上がる。春樹も警戒態勢に入った。

「何処にいる?」
「それが、門番と下足番の間をすり抜けて…」
「更に素早くなったのか…。……って、表から堂々と?」
「門を叩いて、乗り越えてきたらしい」
「……なめてるな…」

慶造は、怒り任せに煙草をもみ消した。

「真北、ちさとと真子を頼む」
「…お前が行け」
「真北は未だ、原田の動きを知らないだろが。俺と修司は、一度
 目の前にしてるから、少しは抵抗できる。…それに、もしものことがある」

そう語る慶造の眼差しは、とても険しかった。

「それなら、俺に…」
「真北、行けよ」
「慶造…」

春樹は煮え切らない。

「真北さん、慶造は私が」
「……解った。絶対に…やられるなよ」
「…真北」
「ん?」
「修司の言葉には素直に従うんだな…」

怒りの矛先を変える慶造。

「…………当たり前だ」

そう言って、春樹は、その場を去っていった。

「あんにゃろぉ〜」
「…って、慶造、狙いはお前だろが」
「それは、解らん。……原田が動いたということは、天地の命令だろ。
 あいつの命令は……子供でも…容赦せんだろが」
「だから、真北さんを?」
「そうだよ」

慶造は、気を集中させた……。



「真子…寝ちゃったのね。私も眠くなっちゃったぁ」

ちさとは、真子を寝かしつけて、自分も寝る用意をしていた時だった。

トントン

ドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」

不思議に思いながらも、ちさとはドアを開ける。

「真北さん」
「すみません…」

そう言って、ちさとの部屋に入ってきた春樹。その表情は険しく、かなり警戒しているようだった。

「ご無事…ですか?」

春樹が静かに尋ねる。

「…まさか…」
「…天地組の原田が、本部に入り込んだようです」
「えっ……? あの…殺し屋が…? あの人…あの人を!」

ちさとは、何かを思いだしたのか、驚いたような表情で言った。

「猪熊が居ます。原田の攻撃は、見切ったらしいので、任せました。私は、ちさとさんを…!」

そう言った途端、春樹は、一点を見つめて目を見開いた。
春樹が見つめる場所…そこに人影があった。
その人影が静かに動く。
月明かりに照らされた人影。
月明かりが、人影の口元を照らす。不気味につり上がる口元。
恐ろしい程の何かを醸し出している…。
ちさとは、素早く真子を抱きかかえた。そのちさとの前に、春樹が立ちはだかる。

「何の用だ? 天地組の殺し屋…原田…」
「ほほぅ、俺のこと、知っているのか…話が早い。指命は、その子だ」

まさは、春樹の肩越しに見える真子を指さし、そして、攻撃態勢に入った。

「…そうはさせない…」

まさのオーラに応えるように、春樹も攻撃態勢に入った。

睨み合う二人。

先に仕掛けたのは、まさの方だった。
付きだした両手。
その袖口から、細いナイフを素早く取りだし、春樹に斬りつけると見せかけて、春樹の後ろに居るちさとに差し出した。しかし、ちさとまで後少しというところで、春樹に後ろから腰の辺りを抱きつかれ、引き倒される。
春樹は、まさを引き倒すと同時に、俯せにねじ伏せた。

「うっ!!」

春樹の力は、まさの想像を遙かに上回っていたのか、呻き声を上げる。
春樹の左腕が振り上げられたその時!

「真北さん、駄目!!」
「ちさとさん?!」

ちさとが叫んで、春樹の左腕を掴んでいた。

「この子の…真子の…前で…」

ちさとの目は、何かを訴えていた。
その訴えを春樹は知っていた。しかし、春樹は、ちさとに力強く言った。

「解ってます。しかし、こいつは殺し屋ですよ。指令は必ず果たす奴です。
 そんな奴を野さらしにできません。現に、こうして…」
「その人にも…命があります。…同じ人間なんですから…。
 大切にしないと…」
「ちさと…さん…」

なぜ、こんな時にも…?

春樹はちさとの心が解っているだけに、それ以上、何も言えなかった。
春樹は、まさを掴んでいる手を弛めてしまう。
その隙を見て、まさは、素早く春樹の腕を振り解き、立ち上がった。
そして、ちさとに抱きかかえられている真子に向かってナイフを差し出した。

「!!!!!!!」

まさは、目を見開いて驚いた。
目の前には、真子を守るようにしっかりと抱きかかえ、まさに背を向けるちさとが居た。
そして、自分とちさととの間には、春樹が立っていた。
ナイフには、手応えがある。

何を…刺した?

ナイフに目線を移すと、ナイフの先は、春樹の体の中だった。
春樹は、体を張ってまで、二人を守っていたのだった。

「原田ぁ〜。…お前の素早さって…その程度なのか?」

春樹は、不気味に微笑んでいた。
その微笑みに挑発された、まさは、もう一つのナイフの刃を春樹の頬に当てた。そして、ゆっくりと引いていく。
春樹の頬に、一本の赤い筋が走る。
緊迫した状況の中、真子が目を覚ました。

「ま、真子…!!」

まさは、ナイフの先を春樹の頬から真子にゆっくりと向けた。
しかし、その手は、何かを躊躇っているかのように留まったまま動かない。
春樹は、まさの目を見つめた。その目は、何か遠くを見ているような目だった。

「原田…?」

まさは、春樹の声で我に返ったのか、急に動き出す。春樹に刺さっているナイフを抜いた。

ドクッ…。

その瞬間、春樹の体から、どす黒い血が流れ始めた。




阿山組本部内は、慌ただしかった。
門の辺りで見掛けた、まさの姿は、それっきりぷっつりと消えていた。
慶造は、修司に守られながら、本部内の気配を探っていた。

微かに聞こえる物音を耳にした慶造は、顔を上げた。

「慶造?」

慶造の見つめる先。そこは、ちさとの部屋だった。

「まさか…」

修司が言うと同時に、慶造の足は、ちさとの部屋に向かっていた。

ちさと……真子……!!
真北、……守ってくれ! 直ぐに行く!!

慶造の頬を、一筋の汗が伝う……。



(2004.9.8 第四部 第二十五話 UP)



Next story (第四部 第二十六話)



任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第四部 絆編」  TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.