任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十九話 修羅場に紅葉

天地山の頂上。
この日も、まさの姿が、ここにあった。

何も考えず、ただ、景色を見つめているだけだった。
風が、まさの頬を撫でる。
鳥が飛び交い、戯れた後、去っていく。
それでもまさは、ただ、景色を見つめていた。



地山一家の屋敷。
応接室に、春樹の姿があった。ソファに腰を掛け、何やら深刻な表情をしている……。

「まだ、無理なんじゃ?」

地山一家の親分・地山が優しく声を掛ける。

「これくらいは、まだ序の口ですよ。それよりも、本当に、
 お任せしてもよろしいんですか?」
「えぇ。まさちゃんの事は、天地に頼まれてましたからね」
「天地に?」
「えぇ」

目を瞑り、何かを思い出す地山。



 あいつだけでも、生きて欲しい。阿山組に狙われても
 まさだけは逃がすつもりだ。…まぁ、あいつの事だがら、
 俺を守ろうとするだろうけどな……。



天地と食事をした時に、酒に酔った勢いで、天地が口にした言葉。
もう、大切な者は、誰も失いたくない…。

この世界で息子を亡くした天地だからこそ、口に出来る言葉。
阿山組が狙ってくる事は、あの日から解っていた。
阿山の息子の命を奪った日から……。


「地山さん」
「ん?」
「天地山……。原田に任せますから。だから見守ってあげてください」
「心配なさるな。まさちゃんは、何に対しても全力を尽くす奴だから。
 自分の力以上の物を発する男ですよ。天地が拾わなかったら
 私が拾っていたでしょうね」
「…この地域では、原田の腕は…」
「まさちゃんの親父さんから…いいや、桂守が居た頃から…かな」
「…桂守?」
「真北さんなら御存知でしょう…敏腕刑事なら、名前も聞いたことあるでしょう?」
「えぇ。殺しの世界では、神のような存在だとか…」

…そっか…どうりで、桂守という言葉に反応するわけだ…。

春樹は、小島家で見た桂守のことを考えていた。殺しの世界で神的存在の桂守一族ということで……。

「その桂守も、小島の手によって葬られたらしいからのぉ。殺しの世界じゃ
 小島家の人間は、厄介者なんだろうな。まさちゃんにとっても…」
「もう、終わりですよ」

殺られたら、殺りかえす。
そのような繰り返しは、どこかで歯止めを利かさないと、終わりが無い。
復讐という名の下で、命を奪う行動は……。
春樹は、拳をグッと握りしめる。まるで、飛び出しそうな『何か』を抑えるかのように……。

「阿山慶造の思いを達成させるために、協力しろ…あの小島が
 私に言った言葉ですよ。自分の親を殺した男に復讐をした後に」
「その言葉に素直に従ったんですか?」
「従わないと、こちらが殺られるところでしたからね。…一度、見てみますか?
 恐ろしいまでの、小島の表情を。首を縦にしか触れない雰囲気でしたよ」
「地山さんでも恐れるものがあるとは…驚きですよ」
「その小島とやり合った、まさちゃんの腕の方が恐いですね。…っと、そんな
 まさちゃんを説得した真北さん…あんたが一番恐ろしいんだろうな」
「そんなこと…ありませんよ」

そう言って、湯飲みに手を伸ばすが、傷の痛みが襲ってくる。顔を歪めた春樹を見ていた地山は、本当に心配する。

「まさちゃん、呼びましょうか?」
「いい。原田の心の痛みに比べたら、これくらいは、蚊に刺されたような
 もんですよ。しかし…よく決心したよな…原田は」
「あれだけ天地を慕っていたのに、こうなるとは…」
「あの時は、引き留めるのが精一杯でしたよ」

お茶を飲み干す春樹は、ソファにゆっくりと、もたれかかった。

「どうして、原田を引き留めた? 原田も敵だろ?」
「天地組は、私にとって、関係ない連中ですよ。慶造の何かが
 私に、そうさせたのかもしれませんね。まぁ、私自身、真子ちゃんに
 刃を向けた原田が許せなかったんですけどね」

真子の名前を口にした途端、春樹の表情が綻んだ。

「おや? 娘さんの父親は、あなたですか? そういや、真北さんの
 事件から、暫くしてからですよねぇ、姐さんのご懐妊の噂は。
 やはり……」
「そうだったら、どうしますか?」

何か意味ありげに微笑む春樹。

「この世界を揺るがす事でしょうね。…阿山慶造の怒りが目に浮かぶ」
「はっはっはっは。そうですね」

春樹の笑い声に、自分の考えは間違っていると確信した地山だった。
阿山の娘は、生粋の血を引く極道。

先が楽しみだ。

阿山組四代目は、極道界に荒波をもたらす存在だと考える地山。
誰もが望んで、この世界で血を流していない。
ただ、自分が進む道に邪魔な存在の者を除去するだけの行動。
流した血は、無駄だとは思わない。
しかし、後に襲ってくる恐ろしい何かが、心を締め付けている。
それを取り除きたいが為に、心を和ませる場所を探し行き着いた所が、この天地山だった。地山が来た頃、すでに天地組はあった。
仏でもあり、鬼でもあると噂される天地組が守る土地…天地山。広大な自然が広がるこの山を巡って、血生臭い出来事もあった。土地を荒らそうと進入してくる奴らには容赦ない攻撃を加えていた。
その後に訪れた平穏な日々。
それが、阿山組四代目の誕生と共に、二分する。
阿山慶造の意見を受け容れるか否か…。
それによって、この日までの過ごし方が違っていた。
地山は天地に対して、口が酸っぱくなるほど、阿山慶造の意見を伝えていた。しかし、天地自身、思う事があるのか、それを頑なに断っていた。

迎え撃つまでだ!

力強く言い切った天地。その言葉の後には必ず…

最期は、大切な者に頼んである。

その大切な者の手によって、最期を迎えた天地。春樹から聞いた天地の最期の姿。

とても穏やかで、幸せそうだった。

地山は、お茶を一口飲む。

「原田は、今日も頂上ですか?」
「そうだな。仕事の後や心を落ち着かせたい時は、いっつも頂上だ。
 その時は誰も近づけない。近づいたら、それこそ……」

地山は、ナイフが飛んでくるという仕草をした。

「そうですか…」
「おや? もしかして、行こうと思ってましたか?」
「その通りですよ。私もゆっくりしたいですからね」
「真北さんなら、大丈夫でしょう。…天地に対しては、そうでしたから」
「私は、天地の代わりですか?」
「まさちゃんは、そのつもりかもしれませんよ」
「それは、困ったなぁ」

春樹は、頭をポリポリと掻きながら、口を尖らせて一点を見つめる。

「さてと」

気を取り直したのか、春樹は立ち上がり、服を整えた。

「帰るのか?」
「あぁ。大切な娘が待ってるからね」
「…………あんたの娘じゃないだろが」
「………。…そうだった……まぁ、慶造から俺が頼まれてる事だし…」
「頼まれたというより、自ら望んで…じゃないのか?」

春樹は何も言わない。

「あんたがのめり込む程の娘さん…逢いたいものだな」
「それは、無理かもな」

そう言って微笑んだ春樹は、軽く手を挙げて、応接室を出て行った。静かに閉まったドアを見つめる地山は、ため息を付く。

……とは言ったものの、出来るかなぁ〜、わしに…。

頭を抱える地山。
まさのことは、天地から詳しく聞いている。
体の事を…。



春樹は、地山一家の屋敷から出た足で、天地山に向かって行った。
一度だけ、まさと一緒に向かった天地山の頂上。
帰る前にもう一度、あの景色を目に焼き付ける為。
そして、
まさに挨拶をしに……。



天地山の頂上。
いつまで経っても、まさは、景色を見つめていた。

雲が流れる。


春樹は、木の陰で、景色を眺めるまさの後ろ姿を見つめていた。

警戒心の欠片も無いなぁ、本当に。

そう思いながら、一歩踏み出した。

「あまり無理して動くと、治りにくくなりますよ」

景色を見つめたまま、まさが言う。

「本能だな」

体の事を必ず口にするまさに、春樹は呟き、まさの隣に立った。

「俺に対して、警戒しないのか? 地山さんから聞いたぞ。
 ここに居る時は、誰も寄せ付けない…ってな」
「あなただから、警戒は必要ありませんよ」
「俺だから?」
「あなたは、親分にとって、敵じゃありませんから」

そう言って振り向いたまさの表情は、とても穏やかだった。
まるで、心の闇が取り除かれたような…。

「原田…」

春樹は、言葉を失った。
噂を聞いていた殺し屋からは、全く想像出来ない、優しさ溢れる温かさが伝わってくる表情。
今までに見た事がない表情に、少し警戒していた春樹は、何も言えなくなる。

「どうされました?」
「…い、いいや、何も……。……俺が天地にとって敵じゃないって、
 お前らの世界じゃ、俺のような人間は、敵に当たらないのか?」
「敵とは、命を奪いに来る奴のことですよ。警察は、そのような事は
 絶対にしないでしょう? 私たちが仕掛けた事に対しては、
 かなりの圧力を掛けてくるでしょうが、そちらから仕掛けるような事は
 決してしない。…だから、敵じゃないんですよ」
「それは、国の下で働く者だけだぞ。…俺は違う」
「それでもあなたは、刑事ですよ」
「そう言ってくれるのは、原田だけだ。…同じ刑事でも俺のことは、
 刑事とは言わなかったのになぁ〜」
「オーラですよ。私が感じる…刑事のオーラ。…まぁ、確かにあなたは、
 そんじょそこらの刑事とは違ったオーラを持ってますけどね」
「どんな?」
「誰も寄せ付けない……」
「まぁな」

そう言って、春樹は景色を眺める。

「戻られるんですね」
「あぁ」
「…娘さん……」
「気にするなって。…いつか、この景色を見せに来たいな…」

雲が流れる。

「原田」
「はい」
「お前が、真子ちゃんをここに招待してくれるか?」
「私がですか?」
「あぁ」
「出来ません…俺は、娘さんを…」
「助けてくれたんだろ?」

春樹は、優しく微笑んだ。
その微笑みは、まさの心に残っていた『しこり』を取り除く。

「……約束…します。…いつになるか解りませんが、必ず…」
「必ず…だぞ」
「…はい」

二人は、自然に身を任せるかのように、景色を見つめ始めた。

いつか、必ず……。

何かを決意したかのように、まさの表情が輝き始めた。

「さてと」

春樹は、背伸びをして、景色に背を向けた。

「お送りしますよ」
「いいや、原田が動くのは…」
「車の中でしたら、誰にもばれませんよ」
「そうだけどなぁ」
「気になさらずに」

そう言って歩き出しす、まさ。春樹は呆れたような表情をして、まさの後を追って歩き出す。

「原田」
「はい」
「冬…雪は凄いのか?」
「ここは雪国ですよ」
「そっか」
「何か?」
「スキーが楽しめそうだなぁと思ってなぁ」
「スキー、なさるんですか?」
「まぁ、時々だけどな」
「楽しんでましたよ」

懐かしむかのような表情をする、まさを見て、春樹は優しく応える。

「これからも、楽しめるだろうなぁ」
「……えぇ…」

春樹と話しながら、山を下りていくまさは、ほんの少し前に天地と話していた事を思い出していた。




まさ運転の車が、天地山最寄り駅に到着する。

「お気を付けて」

まさが静かに言った。

「お前こそ…気を付けろよ。そして、待ってるからな」

春樹の言葉は力強い。今のまさにとって、何よりも心強いものだった。

「はい」

しかし、そう返事するのが、精一杯。春樹はドアを開けて車を降りた。その真北の服を掴む、まさ。

「ん?」
「真北さん…あいつ……」

まさが何かに警戒するような感じで、一点を見つめていた。春樹は、その目線に合わせて、振り返る。
そこには、一人の男の姿があった。
まさは、その男から醸し出されるオーラに反応していた。体の奥に眠らせた本能が、危険信号を発してた。真北を守ろうと身を乗り出そうとする、まさ。
それは、自然な行動だった。しかし、それを停めたのは、春樹だった。

「大丈夫だよ」
「あいつは確か……和輝と言う男……」
「よぉ知ってるなぁ。その通り」
「奴は…」
「忍者のような動きをする殺し屋…だろ?」
「は、はい…。し、しかし………」

まさは口を噤む。それは、和輝が春樹に深々と一礼したからだった。

「そゆこと」

春樹は、軽くウインクをして、自分の服を掴むまさの手をそっと握りしめた。

「そのオーラを感じないように、努力せぇよ」
「真北さん……」
「阿山組の事は、おいおい話してやるから。お前はお前の事をしろ。
 じゃぁ、ありがとな! また来るよ」

春樹は、まさに微笑み、そして、和輝の側に駆けていった。和輝は、まさに一礼して、春樹と駅の改札に向かって行く。まさは、春樹の姿が見えなくなるまで見送った後、アクセルを踏み、天地山の麓にある小屋に向かって走り出した。

招待しろ…か…。

春樹の言葉を思い出す、まさは、ハンドルを握りしめる手に力が入る。

でも、今は、何も考えられないよ……。

その手に、一滴の涙が落ちた。



「ふぅ〜」

列車の座席に腰を下ろした春樹は、すぐに姿勢を崩した。

「やはり、御無理なさっておられるんですね」

和輝が、そっとお茶を差し出す。

「ん? ありがと。……本当は、誰からだ?」
「隆栄さんだけでなく、桂守さん、そして、四代目と姐さんもです。
 修司さんにも…そして……笹崎さんからも…」

和輝が迎えに来た事を疑問に思った春樹は、誰に言われてやって来たのかを、問いただしていた。和輝の口から出てくる名前の多さに、半ば呆れていた。

「ったく…」
「その傷で向かった事…姐さんが怒っておりますよ」
「大丈夫なんだけどなぁ」
「乗り換えの駅に着くまで、お休みください」
「解ったよ…ちっ」

舌打ちをして、春樹は眠りに就いた。

四代目のおっしゃる通りでした……。

春樹を迎えに行くように言われた時に、付け加えられた慶造の言葉を思い出す和輝は、車掌に毛布を借り、春樹の体に優しく掛けた。





阿山組本部。
一台の車が大きな門をくぐり、玄関先に停まった。組員の一人が後部座席のドアを開けると、車から春樹が降りてきた。

「お帰りなさいませ」

春樹に対しても、大きな声で迎える組員達。春樹は、ちょっぴり嫌な表情をしながらも、玄関をくぐっていく。
その足が向かう所は……。

ちさとの部屋の前に立つ春樹。ドアをノックする手が躊躇っていた。
意を決して、ドアをノックしようとした時だった。
ドアが静かに開いた。

「!!! ちさとさん…」

そこには、ちさとがにっこりと笑って立っていた。

「ただい……っ!!!」

バシッ!!!!!!!

へっ?!?!????

春樹は、いきなり平手打ちをされ、勢いで横を向いたまま、唖然とする。

「ちさとぉっ、お前はぁ〜」

春樹が向いている方向に、慶造と勝司の姿があった。春樹が帰ってきたと聞き、ちさとの部屋に向かったと報告を受け、春樹の無事を確認しようと、ここにやって来た時に、丁度出くわした様子。ちさとの行動を見て、驚いたように声を挙げていた。

「真北は、怪我人だから…」
「解ってても、気が納まらないんだもん」

と言って、ちさとはふくれっ面に…。

「だからって、何も俺と同じ事を…って、真北?!??」
「ごめん…ちさとさん………。そして、ありがとう…」

静かに言って、春樹は自分の部屋に向かって歩いていく。その足取りは、とぉっても重く……。

「あっ、真北さん!!」

春樹は自分の部屋に入っていった。
静かに閉まるドア。沈黙が続く……。
突然、部屋に居る真子が泣き出した。ちさとは、慌てて部屋に入り、真子を抱き上げる。

「ほらぁ、だから言っただろが」

慶造が言うと、ちさとは、真子をあやしながら、慶造にはふくれっ面を見せる。

「いいじゃないよぉ」
「疲れを吹き飛ばそうと、ここに来たのに更に疲れさせて
 どうするんだよぉ〜。後が厄介だろが」
「それは、あなたの行動が悪いんでしょう!」
「あのなぁ〜」

…夫婦喧嘩が激しくなりそうな雰囲気…。

「ちさとさん…四代目…その……真子お嬢様が…」
「うるさい」

ちさとと慶造が声を揃えて勝司に怒鳴る。その声で、更に真子が泣き出した。
突然、春樹の部屋のドアが開き、春樹が出てきた。そして、何も言わずにちさとの部屋へ入ってくる。

「慶造もちさとさんも、子供の前では夫婦喧嘩しないっ!
 するなら、その間は、俺が預かっておくっ!!」

そう言うが早いか、春樹はちさとの腕から真子を取り上げ、そのままちさとの部屋を出て行く。

「って、おぉぉい、真北ぁ〜?」
「どうぞ、続きを」

冷たく言って、春樹は真子をあやしながら、庭に向かって歩いていく。

「…あなた…」
「ちさと……」

二人は同時にお互いを呼ぶ。

「結局…真北さんのペースに乗せられちゃったのね…私たち…」
「そのようだな……」
「あの…」

オロオロしている勝司が声を掛ける。

「ごめんなさい…山中さん。もう大丈夫だから」
「真北さんがおっしゃるように、真子お嬢様の前では…」
「そうですね、あなた…」
「あぁ…」

反省する慶造とちさと、そして、そんな二人に挟まれ、どうすればいいか悩む勝司。

「あの…よろしいんですか? 真北さんにお任せして…」
「いいんだよ。疲れを吹っ飛ばしたいんだろ。じゃぁ、ちさと」
「解っております。あなたこそ、勝司さんに無理させないでね」
「解ってるって。何度も言うな」
「あの…その…」

今度は自分の事で言い争いそうな雰囲気に、やっぱりたじたじ……。

「山中、続きだ」
「はっ」
「がんばってね」

勝司に笑顔で言うちさと。

「ありがとうございます」

深々と頭を下げ、そして、慶造と去っていった。
慶造は、自分の部屋に向かう途中、庭に面した廊下で足を止め、そこにいる春樹と真子をじっと見つめる。春樹は、慶造の目線に気付きながらも、背を向け、真子の姿を慶造の視野から消していた。

「ほんまに、意地悪な奴だな。…まぁ、天地山の方も
 和輝さんの報告通りなんだろうな。後で聞くとしよう」
「はい」

慶造は勝司と共に、自分の部屋へ入っていった。
その様子を背後で感じていた春樹は、やっと泣きやんだ真子を腕に抱きながら、優しく話しかけていた。

「真子ちゃん、元気にしてたかぁ? とぉっても素敵な場所を見つけたよ。
 いつになるか解らないけど…行こうねぇ」
「きゃぁはぁ」
「おっ、行きたいんだなぁ〜〜」

真子の頬を優しく突っつく春樹。真子は更に笑い出す。春樹の腕の中ではしゃぐ真子。そんな真子を見ているだけで、春樹の疲れは吹っ飛び、そして、心が和み出す。

「真北さん…」

ちさとが、そっと声を掛けてくる。

「その…ごめんなさい…」
「身に染みました」

そう言って振り返る春樹の頬には、真っ赤な紅葉が付いていた。

「強すぎますよ…」
「本当に…ごめんなさいっ!!!」

ちさとは、深々と頭を下げる。そんなちさとの目の前に、真子の姿が現れた。ちさとは、そっと真子を抱きかかえる。

「真子ちゃん、元気にしてたんですね」
「えぇ。真北さんを待っていたんですよ」
「本当ですか?」
「栄三さんが居ても、寂しそうだったんだもん」
「…栄三……子供をあやすのが下手なのか?」
「上手なんだけど…、なんだか不安で…」
「健と同じように扱うつもりだったんだな…あいつはぁ」

怒りを覚えそうになる春樹は、真子が振り向いた事で笑顔に変わる。

「ん〜? どうしたのぉ〜真子ちゃん。何かお話しようかぁ?」
「……真北さん……」

あまりにも崩れている春樹を見て、ちさとは思わず声を掛ける。

「…あっ……」

我を忘れていた事に気付いたのか、春樹の表情は、急に凛々しくなる。

「もぉ〜真北さんったらぁ。真子の前だと、本当に〜うふふ」

ちさとは、堪えきれずに笑い出す。あまりにも楽しそうに笑うもんだから、真子まで釣られて笑い出していた。

「ちさとさん、笑わないでくださいっ!!」

なぜか、真っ赤な顔になる春樹だった。



春樹とちさとの声は、慶造の部屋にまで聞こえていた。
修司の代わりとして、慶造の側に付く事になった勝司の教育をしている所。庭の様子が気になるのか、時々中断してしまう。それでも、勝司は何も言わず、慶造の言葉に耳を傾けるだけだった。

「…すまん…。それでだな……」

慶造の教え、それは、とても厳しく……しかし、勝司は根を上げなかった。
守るべき人の為に……。





秋が過ぎ、冬がやって来た。
今年の冬は、寒さが厳しいのか、すでに暖房が効いているちさとの部屋。
ドアがノックされ、春樹が入ってきた。

「おはようございます」
「きゃぅ!」

真子が、春樹の声に反応し、声を発する。

「おっはよぉ、真子ちゃん。…ママは?」
「うだぁ」

真子は、春樹に抱っこをせがんでいる。春樹は、抱き上げたい気持ちをグゥッと堪えて、ちさとの姿を探す。

「ちさとさん?」
『ちょっと待って下さいね』

部屋の奥から声が聞こえる。そして、すぐにちさとが姿を現した。

「…………ちさとさん、どちらへ?」

春樹は、ちさとの服装を見て首を傾げる。どう見ても、出掛ける格好…。

「散歩ですよ。寒空でも、外の空気に当たらないとねぇ」
「庭で充分だと思いますが…」
「今日は、公園まで行きますよぉ」
「…って、既に決まってるんですね…」

ちさとと話しているうちに、真子に手を差しだしている春樹は、真子が身につけている物を見て、そう言った。

「えぇ。真北さんは午前中、手が空いてると聞いたから」
「聞いたって、慶造からですか?」
「はい。ちゃんと修司さんが付いてきますから」
「あっ、いや…その…」
「影で守って下さるそうです」
「いくら慶造の為だからと、猪熊さんも、そこまでしなくても…」
「修司さんのお気持ちですから。では、御飯を食べたら出発ぅ!」
「…ちさとさん……張り切ってますね…………」
「はい」

ニッコリ微笑むちさとは、久しぶりの外出に心が躍っていた。



春樹が乳母車を押し、ちさとと並んで、ちさと専用の出入り口から出てきた。そのまま、近くの公園へと向かって歩き出す。冷たい風が、二人の頬を突き刺していた。

「やっぱり、寒いわねぇ」
「新年もそこまで来てますからぁ」
「…真北さん」
「なんですか?」
「…前を見ないと危ないですわよぉ」
「見えてますから、大丈夫ですよ〜ねぇ、真子ちゃん」
「きゃはっ!」

春樹の呼びかけに、元気な声を挙げて必ず応える真子。

「やはり、真北さんを父親と思ってるかもしれませんわ…」
「それは無いでしょう。慶造にも、こうなんでしょう?」
「それが…」
「ん?」

ちょっぴり悩んだような表情になったちさと。それが気になったのか、春樹は、公園に着き、ベンチに腰を掛けた時に、ちさとに尋ねた。

「慶造に何かあるんですか?」
「あの日以来……真子の顔は見ても、抱き上げなくて…」
「あの日?」
「東北に向かったでしょう…帰ってきてから……」
「……慶造に何が?」
「人の命を奪った手で、愛娘を抱く事はしたくない……」
「えっ?」
「真子には普通の暮らしをして欲しい。その為には、極道の世界で生きる
 自分の肌は、触れさせたくない…そう言って…」
「…あの馬鹿…勘違いも甚だしいぞ…」
「だから……」
「……それでか…山中さんに厳しくなったのは。まるで自分の片腕として
 扱おうとする勢いだからさぁ。気にはなっていたが…そういうことか…」
「それで、修司さんが、あの人から離れたの…」
「そう言いながら、影で働いてるのは、慶造も知ってるぞ」
「あら、そうなの?」
「危険を察した途端、危険なオーラが消えるからさ…」

春樹は、真子を見つめる。真子は、目の前に広がる景色を見て、楽しんでいる様子。春樹の表情が綻ぶ。

「猪熊さんを追い出したんですか?」
「修司さんは、自ら…。真子の事を話していた時に、なぜか、
 そのような話になって、修司さんが自ら離れていったの…」
「慶造の手を、これ以上、血で染めないため…か」
「えぇ」

沈黙が流れる。突然、真子がはしゃぎだす。

「真子ちゃん、どうしたぁ?」
「雪…」

空から柔らかい白い物が降ってきた。それは、瞬く間に数が増える。初めて見る雪に、真子が喜んでいた。

「初めて見るんだねぇ、真子ちゃん。これは、雪だよ」
「うきゅ!」
「えっ?!」
「ほへ?!」

春樹とちさとは、真子の発した言葉に驚いていた。
『ゆき』と言っているように聞こえたのだった。

「真子ちゃん、すごいなぁ〜」

そう言って、春樹は真子を抱きかかえ、空から降ってくる雪を目一杯、真子に見せていた。
雪は、うっすらと積もり始める。そこへ、修司がやって来た。

「ちさとさん、真北さん、そろそろお戻りにならないと…」
「真子ちゃんが喜んでるから、駄目」
「真北さぁん」

春樹の方がはしゃいでいた。

「もう暫く…いいかしら…」

ちさとが修司に言った。

「はい」

笑顔で応える修司。
目一杯はしゃいだ春樹は、真子を乳母車に乗せる。

「戻りましょうか」
「そうですね」

白くなった地面に、二筋の線と三人の足跡が付いていく。真子は、はしゃぎすぎて疲れたのか、乳母車に寝かされた途端、眠ってしまった。

「真北さん、はしゃぎすぎです」
「いいじゃありませんか」

真子の寝顔を見つめながら、春樹が応える。その表情は、やっぱり緩みっぱなしだった。

「…ところで、猪熊さん」

修司に話しかけた途端、春樹の表情が一変する。

「はい」
「慶造のことだけど……」

春樹は、真剣な眼差しで語り出す。先程、ちさとから聞いた事を尋ねていた。
応えにくそうな表情をしながら、修司は、慶造の気持ちを語り出す。そして、修司自身の気持ちも……。

その夜、阿山組本部は、再び修羅場になってしまった……。
誰も停められない慶造と春樹の殴り合い。
止めに入った修司と勝司も怪我をする。意を決して、組員や若い衆が停めに入るが、それも無駄だった。二人の殴り合いは更に激しくなっていく。怒りのオーラが炸裂する。
慶造の拳が、春樹の腹部に突き刺さる。それと同時に、春樹の拳は、慶造の腹部に突き刺さっていた。
お互い、睨み合う。
次の瞬間、殴り合いが再発する。
激しさは、増す一方。
そんな時だった。

「うぎゃぁぁん!! うぎゃぁ!!!」

真子の泣き声が、本部に響き渡った。
その声を聞いた途端、慶造と春樹の動きが停まる。

「慶造…お前が行け」
「それは、真北に頼んだことだろが」
「父親は誰だよ」
「お前でもある」
「俺は、お前の代わりに育てるが、お前の血を引いてるだろが!」
「真北の方が、一緒にいる時間が長いだろ」
「あのなぁ〜。慶造が何と言おうが、真子ちゃんは染まらない。
 ちさとさんが側に居る限り、安心だから」
「………それでも、俺は…」
「……ぶっ倒すぞ…こらぁ……」

春樹が無表情になった。
春樹から、何の感情も感じ取れない慶造。

やばい……。

「わ、わかったよ……真北。お前も一緒に来い」
「なんでだよ」

そう言い争っている間も、真子の泣き声は響いていた。

「いいから、来いっ!」

慶造は、春樹の腕を掴み、強引に引っ張っていく。

「……大丈夫ですか、猪熊さん、山中さん」
「大丈夫だけど…美穂さん…呼んでくれるか?」

修司は、この先の事を考えて、組員に頼んでいた。

「はっ」

組員が、連絡を取りに駆け出したと同時に、二度ほど耳にしたことのある音が、二回、響き渡った。

「わちゃぁ〜〜」
「間に合いますか…?」

修司に尋ねる勝司。

「解らん…俺達で手当てしとこ…」
「そうですね…」

修司と勝司は、音が聞こえた方へと歩き出す。
行き着いたは、ちさとの部屋の前。ドアが思いっきり閉まる所に出くわした。

「よぉ、修司ぃ〜。美穂ちゃん呼んでくれぇ」
「怒られるん、嫌やぁ〜」

慶造と春樹は、そう言うと同時に、バッタリと倒れた。

「慶造! 真北さん!!」

駆け寄る修司は、笑わずにはいられない。

「笑うなぁ〜」

倒れた二人が同時に言う。

「駄目だ…す、すまんな…っくっくっく…あっはっはっは!!!」

お腹を抱えて大笑いする修司。そんな三人を見て、またしてもオロオロしている勝司。
倒れる二人の両頬には、季節外れの紅葉がくっきりと付いていたのだった。



(2004.10.5 第四部 第二十九話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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