任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第三十話 春樹の行動に待ったはできぬ?

新たな年がやってきた。
初めて新年を迎える真子に、かわいい服を着せるのは……春樹だった。

「う〜ん、かわいい………」

自分の顔が緩むのが解る春樹は、呟くようにそう言って、真子を抱きかかえて、後ろを振り返った。

「どうですか?」

そこには、ちさとが立っていた。

「かわいいですね〜」

ちさとが応える。

「それにしても、真北さん」
「はい?」
「この服は…」
「真子ちゃんへのお年玉ですよ。駄目でした?」
「いいえ。ありがとうございます」
「うん、これを機に、真子ちゃんの服は私が選びましょう」
「……真北さん」
「はい」

真子をあやす春樹の返事は、突拍子もないトーン…。

「そこまでしなくても…」
「いいじゃありませんか。真子ちゃんの事は、私が慶造に頼まれたんですよ。
 娘に服を買うのは、当たり前でしょう」
「………真子の好みというのがありますからね。物心が付いたときは
 真子に選ばせてください」
「それまでは、私ですね」

春樹の言葉が弾む。
益々酷くなっていく、春樹の真子へのベタっぷり。
それには、訳があった。
誰かに嫉妬させるため…。

しかし、その誰かは……。
年が明けてから、毎日のように、組関係の人物と逢っている。新年の挨拶も兼ねていた。行動を共にしている勝司も、少しずつではあるが、貫禄が付いてきた。

「今日も、あの人は、遅いのかしら…」
「一週間は遅くなる日が続くと言ってましたよ。年を追う毎に忙しくなるよなぁ」
「そうですね。…あの人が四代目を継いだ頃は、ここまで巨大な
 組織じゃありませんでしたから…」
「慶造の思いが通じているのかいないのか…。もしかしたら、
 誰もが血を流す事を望んで、阿山組の傘下になってるのかもな」
「困りますわ……」

ちさとの表情に寂しさが表れる瞬間だった。

「すみません…そんなつもりじゃ…」
「本当の事ですから、気にしないんですが、…やはり……」

春樹の腕の中に居る真子をちらりと見るちさと。

「そうですね。私も頑張りますよ」
「無理はしないでくださいね」
「……いつもありがとうございます。………。私が、もし……」

もし、極道だったら、俺が慶造の跡を継ぐのにな…。

それは、出来ない事。
ちさとの寂しげな表情を見るたびに、春樹は、そういう想いがわき出てくるのだった。
それは、真子が成長するにつれ、別の感情へと変わっていくのだが…。

「ちさとさん、今日こそ、出掛けますか?」
「しかし、修司さんは…」
「小島さんに頼んで、栄三を呼んでるんですよ」
「……栄三ちゃんですか……」
「心配ですか?」
「いいえ。心強いですよ。だけど、栄三ちゃん……」
「ん?」
「この時期は、ひっきりなしにデートしてるんだけど…」
「ひっきりなし?!」
「…美穂さんが、新年を迎えるたびに、言うんですよ…」

噂の美穂が、ちさとの部屋にやって来た。

「おめでとぉ〜さん。ちさとちゃん、真北さん、そして……真子ちゃん!
 …って、また、真北さんが抱きかかえてるし…」
「いいじゃありませんかっ! それより、小島さんに頼んでいたけど…」
「ごめんなさい、真北さん。…栄三……ここ一週間程帰ってないの…。
 いつも以上に酷すぎるわ…」
「……そうですか…」
「なので、和輝さんに来てもらったけど…」
「…いつもいつも…すみませんっ!!!!!」

なぜか、和輝に平謝りする春樹だった。


「いってらっしゃぁい」

美穂が一台の車を見送っていた。
阿山組本部の門を出て行った高級車。それは、春樹運転の車だった。助手席には和輝が座り、後部座席には、真子を抱きかかえたちさとが座っていた。
向かう場所は……。

「本当なら、私一人で大丈夫なんですけどね、慶造があまりにも
 心配するから…栄三ちゃんなら大丈夫だと思ったんですが…」
「私で役に立つのかは解りませんが…。栄三さんは、この時期、
 毎年帰って来ないんですよ」
「神社の出店とか…ですか?」
「こっちです」

そう言って、和輝は小指を立てていた。

「女?!」
「女癖が悪いんですよ。桂守さんの教えもあって、更に栄三さんの
 女性への本能でしょうね。…中学生になるや否や……本当に…」
「そう見えないよな…」

春樹は、息を吐いた。

「まぁ、仕方ないか」

呟くように春樹が言った。
車は左に曲がり、とあるお寺の前に到着した。

笑心寺。
阿山組が懇意にしているお寺だった。寺の名前からして解るように、『心から笑えるように』という意味が込められている。そして、この年から、住職が新しく就任していた。その挨拶も兼ねて、本来なら慶造と一緒に来るつもりだったが……。
春樹達は、本堂へと足を運び、新しい住職に挨拶をした。

「慶造さんからお聞きしてますよ。恐らく、このメンバーで
 来るんじゃないか…とね」
「……慶造、来たんですか?」
「通り道だったので、挨拶だけでしたが」
「そうですか。真北です。そして、ちさとさん、真子ちゃんです」
「この子が、真子ちゃんですか。慶造さんのお話よりもかわいいですね」

住職の言葉に、春樹とちさとは、口をあんぐり…。

「あ、あの………」
「挨拶だけと言っておきながら、真子ちゃんの話は、たっぷりとしていきましたよ」
「ったく…」

親馬鹿…。

「かわいい服を着て、更にかわいらしさが増してますよ」

住職は微笑んでいた。

「ありがとうございます。…その…」
「はい。準備は出来ておりますので、こちらに」
「お願いします」

本堂へと入っていく春樹たち。
本尊の前で、少しばかりの読経を聞いた後、墓前へ向かって歩いていく。
阿山家の墓には、すでに、花と線香が添えられていた。

誰が…?

「今朝、男の人が二人来てましたね。…見るからに極道でしたが…」
「そうですか…」

ちさとが、新たに線香を立て、手を合わす。その様子を少し離れた所で、真子を抱きかかえた春樹が見ていた。和輝が、そっと春樹の背後に立ち、耳元で何かを告げた。

「ありがとう」

和輝は、軽く一礼して、姿を隠す。
ちさとと住職が戻ってきた。

「今年もお世話になります」
「御自愛なされよ」

住職は春樹に手を合わせて、軽く拝む。
春樹とちさとは、住職に一礼したあと、寺を後にする。
長い階段を下りながら、春樹がちさとに尋ねた。

「あのお墓には、山中の親父さんも?」
「私の父と母も一緒です。…あの人が、そうしろと言って、
 先代の住職にお願いしたんです。家族だから…と…」
「慶造らしいな」
「あの人…今朝もここに立ち寄ったのかしら…」
「ん?」
「花と…線香が…」
「それは、黒崎兄弟だそうです」
「えっ?」
「…ちさとさんの父と母が、阿山家の墓に入っているのなら、
 黒崎兄弟が線香を立てるのも解る気がするよ」
「あの人とは、敵なのに、私に対しては、違うのかしら…」
「考えられますよ」
「そうですね…」

これを機に、昔のように仲良く…。

そんな想いを抱きながら、ちさとは真子を抱きかかえて、車に乗った。
階段で話したっきり、ちさとは何も話そうとせず、眠る真子を抱きかかえたまま、車の外を流れる景色を見つめていた。
春樹は、その昔、自分の父が書き残していた文章を思い出していた。
ちさとの実家と黒崎家は親しい間柄だった。しかし、その間を割ったのは、阿山家だった。それは、慶造とちさとの恋心が火を付けた事。二人は、そんなつもりは無かったが、黒崎家の兄弟は違っていた。
ちさとの結婚のことで狂ってしまった竜次。
最愛の弟の身を案じての脅威的な行動に出る兄の黒崎。
弟の思いを遂げる為には、慶造の命を奪いかねない事も解っている。
それを何としても止めたい春樹は、更に忙しくなるかもしれない一年の行動を予想していた。
車は、阿山組本部の門をくぐっていった。



春樹の予想は当たってしまう。
黒崎組の攻撃が始まったのだった……。

更に巨大化しそうな阿山組を阻止するため、黒崎自身は手を下さないが、黒崎の命令は、黒崎組傘下の組にまで達していた。
下っ端の組同士の争いが激化していく。その一方で、厚木総会が、銃器類を売りさばき、新たな武器を作り出す。血で血を争う日々が続く中、慶造の周りの者達は、こっそりととある行動に出始めていた。




小島家の玄関のドアが開き、一人の男が出てきた。
小島隆栄。
殺し屋・原田との闘いで傷つき、再起不能と言われ、歩く事すら困難なはずのこの隆栄が、少し足を引きずりながらも、家を出て、とある場所に向かって歩いていた。
着いた場所は花屋の前。隆栄は、花屋の娘と親しく話しながら、何かを頼んでいた。
話の中にある仕草に、両手を広げる仕草があった。
隆栄は、何を企んでいるのだろうか……。

会計を済ませた隆栄は、ゆっくりとした足取りで自宅に向かって歩いていた。
その時だった。
背後に迫る気配に警戒する。

「隆栄さんっ!!!」
「…なんだ、桂守さん…どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもございません!! こっそりと抜け出さないで下さいっ!」
「どれだけ復活したのか、確かめたかっただけだ。…それよりも
 どうして、俺がここを歩いていると解った?」

隆栄の尋ねる事に、桂守は上を指さす。

「現役というか……いつまでも若いですね、桂守さんは」
「のろいですよ」
「のろい?」
「千人殺せば、永遠に生きる…そう言われましたから」
「……架空の世界ですか?」
「現実ですよ」
「………さてと」

今の話は聞いていないというような表情をして、隆栄は歩き出す。

「あっ、隆栄さん!!」
「帰りますよ」
「無理なさらないで下さい!!」

まぁ、誰も信じませんけどね。

そう想いながら、隆栄を追いかける桂守。二人は、楽しく話ながら、小島家へと向かって歩いていた。



修司が、一人の男に強烈な鉄拳を見舞う。
男は、ばったりと後ろに倒れていった。

ふぅ〜。

息を整え、とある場所に目をやる修司。そこには、慶造と勝司の姿があった。二人は、親しくしている組事務所で新年の挨拶を終え、出てきた所だった。

気付いて…ないよな…。

修司は、右腕にハンカチを巻いて、その場を去っていった。
慶造はため息を付く。

「どうされました?」

組の親分が慶造のため息に気付き声を掛ける。

「ここんとこ毎日出てるからなぁ」
「そうでしたか。新年早々、倒れられたら困りますよ。わしんとこも
 やっと、あんたの意見を受け入れた所ですからなぁ。まぁ…
 跳ねっ返りもおるけどなぁ」
「それを抑えるのが、あんたの力量だな」
「言えてますなぁ。じゃぁ、気をつけて」
「そういう、あんたの方が危ないんじゃないのか?」
「ん?」
「いいや…それじゃぁ」

勝司が車を回して来る。慶造は軽く手を挙げて、後部座席に乗り込む。親分が見送る中、車は去っていった。


車の中。
やはり慶造はため息を付いた。

「四代目、お疲れですか?」
「…あの組も終わりだな…と思ってな」
「えっ?」
「修司が見張ってなかったら、恐らくあそこで終わっただろうな」
「猪熊さん…またですか?」
「あぁ。…本部に戻るぞ」
「この後の予定は…」
「少し遅れても大丈夫だろ……車停めろ」
「はっ」

慶造の急な言葉に、勝司はウインカーを上げて、道の端に車を停めた。車が停まると同時に人影が近づいてきた。慶造はドアのロックを解除し、ドアを開けた。車に乗り込んできたのは、和輝だった。

「様子は?」
「切り傷だけなので、気にするなという伝言です」
「そうか。この後、付いててくれるか?」
「はっ」

和輝は、スーツに素早く着替える。そして、組員を装っていた。

「……いつ見ても、すごいですね……早着替えは…」
「これも、桂守さんの技です」
「桂守さんには、本当に驚かされるよ…」

慶造は、どかっと座り直す。

「残りの組事務所の周りは、すでに片づけております」
「ありがとう。……小島…どうしてる? 回復は…」

気にしていないような素振りを見せているが、やはり隆栄の事は気になる様子。和輝に会うたびに、こっそりと尋ねる慶造だった。

「少しずつしか無理のようで…」
「そうか…」

和輝の『嘘』を見抜けない慶造。和輝は、慶造よりも隆栄に仕える身。隆栄の言葉に素直に従って、慶造の身辺を警護したり補佐したり……。なので、隆栄の言葉には逆らわない。

俺の事は、慶造に言うなよ…。驚かせてやるんだ。

そう言われていたら……。

すみません…四代目…。

恐縮ながらも、和輝は『嘘』を付く。
車は、次の組事務所の前へ到着した。組員が出迎える中、慶造と勝司、そして和輝は、事務所の敷地内へと入っていった。






ここは、演芸場。ベテランから若手までの漫才師が芸を見せる日。
この日、新人が初舞台に立つということで…。
大部屋は、出番が来た者や既に芸を終えた者の行き来が激しく、時折聞こえてくる観客の笑い声も加わって、すごく賑やかだった。
そんな中を、一人の男が何か大きな物を抱きかかえて入ってきた。

「おぉい、健ちゃぁん」
『はいなぁ』

奥の方で何かをしていた健が顔を出す。健は下積みの頃から師匠の側から離れず、この演芸場には、毎日のように足を運んでいた為、新人ながらも関係者やベテランの芸人さんとは親しい仲。

「何? もう出番?!」
「ちゃう…これ……」

男は、健の前に大きな物をどっかりと置いた。

「?!???!!! なんや…これ」

それは、パチンコ屋の開店の時によく見掛けるような大きさ。本物の花がたっくさん付いている。むせかえる程の花の香りに、誰もが振り返る。

「なんやこれ…って。健ちゃんと霧原ちゃん宛やん」
「ほんまや……何々? 『健様へ、あなたの想い人より』…?!
 『霧原様へ、いつでも観てます!』…?!」
「すごぉ〜! ファンなんやろな」
「もう、ファンがおるんやぁ。今日が初舞台やろ?」
「…ほんと…ファンの力って恐いですね。感謝しないと…」

静かに言う健は、気が付いていた。花の中には、健の実家近くでしか見る事が出来ない花が混ざっている。もちろん、その花は、ある人物しか手にする事が出来ない種類。
じっと見つめる健に、健とコンビを組んで初舞台に立つ事になった霧原が声を掛けてくる。

「……一体、どこで情報を…」
「口が軽い男なら、知ってるよ」

そう応えた健の声は、少し震えていた。

「健ちゃん、霧原ちゃん、準備してやぁ」
「はいっ!」

元気よく返事をした健と霧原。健は目の前の大きな花束の中から、一輪の花を手に取り、衣装の胸に挿す。そして、霧原と大部屋を出て行った。

舞台袖には、健と霧原の師匠が立っていた。二人は、深々と頭を下げる。

「いよいよだなぁ。思いっきり楽しんで来いよ」
「はい。では、楽しんで来ます!」

健と霧原の活き活きとした声が重なった。
そして、お囃子が聞こえる中、二人は舞台へ飛び出していった。たくさんの拍手の中、二人のコントが始まった。



小島家。
隆栄がリビングでテレビを観ていた。そこには、健と霧原の姿があった。二人のコントに、会場は笑いっぱなし。その声が耳に飛び込む隆栄は、照れるように笑っていた。
健の胸元に光る花に気づき、隆栄は思わず画面から目を反らした。

やっぱし、入れるんじゃなかったか…。

勘当したと言っても、息子は息子。
本当は誰が贈ったのか解らないようにしておきたかったが、健が飛び出したあの日、心から見送ってやれなかった事を悔いていた。

がんばれよ。いつでも観てるからな。

そういう想いも込めて、その花を入れた隆栄。健の胸元に付いている事で、健の気持ちが解った隆栄。
すする珈琲が、しょっぱく感じていた。

この日、健と霧原のコンビは新人賞を取った……。





梅の花が咲き乱れ、桜の花が蕾む頃。
阿山組本部の奥にあるリビングは、組内の雰囲気とは別に、何やら笑いが聞こえてくる……。

慶造と春樹が、間隔を置いてソファに座り、テレビを観ていた。
お笑い番組………。
春樹は、テーブルの上にある湯飲みに手を伸ばし、お茶をすする。慶造が座り直した。
お囃子が聞こえてきた。

『どぉもぉ〜!!』

その声と同時にテレビ画面に登場したのは、健と霧原。二人の姿を見た途端、慶造と春樹は、姿勢を正し、画面に見入っていた。
テレビのスピーカーからは、会場の笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。

『ども、失礼しましたぁ!!』

二人の姿が消えていき、CMになる。それと同時に、春樹は湯飲みに手を伸ばし、慶造は座り直した。
沈黙が続く。

「……笑えよ、慶造…」
「…そう言う真北こそ、笑えって」
「おもしろかっただろ?」
「あぁ」
「それなら、笑えって」
「…お前こそ笑えよ。……おもしろくなかったんか?」
「いいや…」
「それなら…」

慶造と春樹は、お互い顔を見合わせる。

「笑えないよな…、ここでは」

二人は同時に言った。
その通り。
二人の笑い声は豪快。リビングの扉を閉めているとはいえ、その声は廊下から組員や若い衆の部屋まで聞こえる。なぜなら、慶造の呼び出す声にすぐ反応出来るように…。

「それにしても、新人賞を取っただけあるよな、あの二人」

春樹は、そう言ってお茶を飲み干した。

「会場は笑いに包まれていたよ。これからが楽しみだな」

煙草に火を付け、煙をゆっくりと吐き出す慶造。

「結局、霧原さんは、一緒に登場…か。吹っ切れたのか?」
「健が説得したらしいよ」
「流石、家出するだけあるよな」
「それしか生き甲斐ないだろが」
「一筋……か」

春樹も煙草に火を付けた。
煙を吐き出した時、慶造の目線に気付いた春樹は、煙草をくわえたまま尋ねる。

「ん? なんだ?」
「お前の顔がな…」
「俺の顔?」
「うらやましいぃ〜って感じに見えてな…」

慶造は、煙草をもみ消しながら、静かに尋ねる。

「一筋が…いいのか?」
「慶造…」
「刑事か極道か…」

沈黙が流れる。煙草に火を付ける音が響く。煙を吐きながら、慶造が呟いた。

「すまん…刑事一筋だったな…お前は」
「……それは、どうだか…」

春樹は、ソファにドカッともたれかかり、天を仰いだ。

「俺の立場なんか、どうでもいいんだよ。要はお前の思いが
 達成するかしないか…これ以上、真っ赤に染まるかどうかだ」

慶造も春樹と同じような格好になり、天を仰いだ。

「なるように…なるだろ」

慶造の言葉に、春樹は振り返る。慶造も同じように振り返っていた。
フッと笑う春樹は、

「その通りだ」

そう応えて、煙草をもみ消し立ち上がる。

「ちさとと真子なら、修司を引っ連れて散歩中」

一歩踏みだそうとした足が躊躇う春樹。

「ついでに、小島んとこに行っても無駄足」
「?!?」
「今頃、定期検査で出掛けてる」
「……なんやかんやと知ってるんだな」
「俺は阿山組四代目だぞぉ」
「そうだった、そうだった」
「まった、そうやっていい加減な返事をする…ったく。
 お前の本当の姿を知ったら、…ちさとが泣くだろうなぁ」
「おいおいおいおいぃ〜」
「表は目一杯お堅い真面目な刑事。裏を返せば誰もが
 停める事の出来ない程の暴れ好き」
「ほっとけ」
「始末書刑事ぃ」
「うるさい」
「まさか、こっちも凄いとはなぁ」

慶造は小指を立てている。

「黙れ」
「……ちさとに…手ぇ出すなよ」
「出すわけないだろが」
「真子にも手を出すな」
「それは解らん」
「真北ぁっ!」

拳を振り上げる慶造だった。

「嘘だって!! でもよ…」
「ん?」
「真子ちゃんの成長…楽しみだよ」
「それは、俺もだよ」

振り上げた拳をゆっくりと下ろしながら、慶造は言った。

「さてと」
「ん? だから、ちさとも真子も…」
「お前の気持ちを解った事だし」
「ほへ?!」
「俺は暫く留守にするけど……いいか?」
「………なんだよ突然」

なぜか不安になる慶造。

「なぁに変な顔してるんだよ。大丈夫だって。お前の為」
「俺の…ため?!」
「あぁ。親子水入らずの時間を少しでも増やしてもらおうと
 思っての行動だよ」
「…真北…お前…」
「俺ばかりが真子ちゃんと接していたら、俺の事を父親と
 思ってしまうだろが。だからだ」
「俺の気持ち…解ってて…言うのか?」
「その通りだよ。俺だって、この手で何度も危険な事をしてる。
 そんな俺が真子ちゃんを抱きかかえてるんだからさ」
「俺とお前は違うだろ…」
「父親は、お前。俺はお前に変わって育てるだけだろ?」
「…真北…」
「何を躊躇ってるんだよ。……俺が出掛けるのは、仕事だって…」
「?! …任務かよ」
「まぁな。天地組との抗争で、阿山組の行動に目を光らせている
 関西の動きが激しくなったらしくてな。…青虎組の跡目争いも
 兼ねてるらしいよ。それが発端となってるのかいないのか、
 更に西の四国や中国、そして、九州地方まで、動き出したんだよ。
 今まで、大人しくしていたんだろ?」
「まぁ…な」
「それに、例の男達の様子も気になるからさ…」

……小島の野郎…、これと言わんばかりに頼んだな…

慶造は言いたい言葉をグッと堪える。

「極道の動きに敏感なお偉い方が五月蠅いらしくてな。
 なぜか俺に回ってきた」
「いいのか?」
「いいんだって。俺、暴れ好きだもぉん」

春樹の言葉に、なんとなく嫌味を感じる慶造だった。

「そこでだ。栄三ちゃん借りてくよ」
「小島の許可が出てるなら、俺は気にしない。…気をつけろよ」
「ありがとな。…その間は、父親だからな」
「…………わかったよ……」

渋々承知したのか、呟くように返事をした慶造。春樹は、そんな慶造に優しく微笑んでいた。

「さぁてと。そろそろ帰ってきた…かなぁ」

そう言いながらリビングを出て行く春樹。閉まるドアの音が、何となく軽快に感じる慶造は、

「ったく、危険な男だな」

呟きながら煙草に火を付けた。






「…真北さぁん」
「五月蠅い」
「休憩ぃ〜」
「電車の中では座ってたろが」
「それでも疲れたぁ」
「体力あるんだろが。ほら、始まったばかりだろ!」
「腹減ったぁ」
「……それは、後」
「活力ぅ」
「気合い入れろ」
「おいしい店、知ってるからさぁ」

ここは、九州の端、鹿児島。春樹の行動は、ここから始まるのだった。
まずは、九州地方で名を馳せる組の親分との顔合わせ。
春樹自身、このような広範囲の行動は初めてだった。
取り敢えず、阿山組の者として逢うことになっている。その為には栄三と共に行動を……なのだが、その栄三は、九州に着いた途端、ばててしまった様子。朝早くに出発し、口に入る食べ物も少なく、栄三は空腹に耐えきれず、鹿児島の土地を踏みしめると同時に訴えていた。

が……。

春樹は、空腹を感じないのか、すでに行動に出ていた。

「真北さぁん」
「なんだよ」

返事に怒りがちょっぴり感じられた。

「九州は、吉川さんが情報を既に収集してますから」
「…その連絡を兼ねての食事か?」
「ご名答ぅ〜」
「ったく…」

ちょっぴりふくれっ面になりながら、春樹は栄三の後を付いていく。
暖簾をくぐると、そこには、サラリーマン風の男が一人待っていた。

「お久しぶりです。その後、お変わりありませんか?」

社交辞令から入る、その男こそ、小島家の地下に住んでいた吉川だった。

「部屋を予約してますので、こちらに」
「……吉川さん、ここ…」

まるで店員のような雰囲気で案内する吉川を不思議に思ったのか、春樹が尋ねた。

「私の店になります。…女房と一緒ですけどね」
「そうでしたか…」

すっかり板に付いている店の主人。
春樹は、酒の席で慶造が呟いた事を想いだしていた。

肩の荷が一つ下りたよ…。

慶造が初めて逢った時から気にしていた小島家の地下の人間。呪縛から解き放した慶造は、男達の『先の事』も気にしていた。表に出た男達は、その世界に溶け込めるのか…。
しかし、慶造の心配を余所に、男達は、すぐに溶け込んでいた。
まるで、待っていた者が居たかのように…。
男達も望んでいたのかもしれない。
いつか、光のある世界に生きる事を…。
男達の過去を消し去る事に協力した春樹も同じだった。吉川の言葉を聞いて、安堵の声を漏らした春樹。それは、その想いから来ていた。

「その後、どうですか?」

席に着き、料理を口に運ぶ前に尋ねる春樹。

「……気にならないと言えば嘘になるかもしれない。…だけど、
 私にだって、できるはずだ…。いつまでもくよくよしていられない」

その昔、人の命を奪う事を商売にしていた。そして、命だけでなく、大切なもの…全てを盗む事も…。それら一つ一つを覚えている吉川は、自分の手を見つめ、話を続ける。

「この手で奪ったものもある。その為に、そいつらが参ったというまで
 がむしゃらに頑張っていきます。償い方は人それぞれです。
 私は、こうして、この九州の土地で、色々な事をしていくつもりです。
 どこまでやれるか解りません。誰にも負けないように…頑張りますよ。
 隆栄さんだけでなく、真北さん…あなたに対しても感謝の意を…」

吉川の言葉を一言一句聞き逃さないように耳に叩き込む春樹。優しく微笑みながらも、辛口は忘れない。

「それなのに、情報に関しては…」
「あっ、いや…それは…その………身に付いた何とやらですね。
 …四代目や真北さんの力になれるなら、容易い事ですよ」
「あまり、無茶するなよ。…その世界の者には顔が知れ渡ってるだろ?」
「世の中に似た顔は三つ。そのうちの一つですよ。何人かとは
 逢いました。そして、言われましたよ。あの吉川か?…とね。
 だけど、笑顔で応えると、似た奴だと言われるだけでした。
 ……もしかしたら、あの地下で過ごした日々に解毒されていたのかも
 しれませんね…。あの頃のオーラを…」
「不思議な雰囲気だもんな小島邸は」

吉川と春樹が真剣な話をしている間、栄三は料理を食べていた。春樹がちらりと栄三に目をやっても、そっちのけ。本当にお腹が空いていた様子。そんな栄三を観て、吉川は微笑んでいた。

「小島家の者の行動ですよ」
「そうですね」

照れ隠し。
自分の事になると、それを避けて欲しいかのように、わざとふざけた振る舞いをする小島家の人間。隆栄だけでなく、息子である栄三もそうだった。そんな行動を知っている吉川と春樹。それぞれが箸を持ち、料理を口に運び、ゆっくりと味わい始める。
春樹と吉川が世間話に花を咲かし始めた時だった。

「…吉川さん、例のあれ…」

腹が満たされたのか、栄三が口を開く。

「例の?」

春樹が首を傾げる。

「そうですね。…真北さん…実は、恐ろしい物が
 密かに出回っているようです」
「恐ろしい物?」

春樹の箸が停まる。

「体に打ち込むと、人間の持つ力を極限まで引き出して
 恐ろしいまでの行動に出てしまうという薬です」
「薬? …麻薬関連か?」
「麻薬とは違います。スポーツ選手の問題になるドーピングというか…
 兎に角、恐ろしいまでの力を発揮してしまうようです。すでに、五人。
 その薬によって、敵対する組を破壊してしまったんですよ」
「……なんだよ、その薬は…」
「…まるで機械人間のような…痛みも怖さも感じない人間になる
 そんな状態になる所から、『サイボーグ』と呼ばれているようですね」
「出所は?」

春樹が気にする薬関連。
思わず身を乗り出してしまう。

「黒崎です…」
「…な…にぃ…?」

春樹の表情が凍り付いた…。



(2004.10.8 第四部 第三十話 UP)



Next story (第四部 第三十一話)



任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第四部 絆編」  TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.