第四部 『絆編』 第三十五話 過ぎゆく時間に心が和む 阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川。 この日、奥の方にある一室がとても賑やかだった。料亭に来る客は、その賑やかさが気になるのか、従業員に尋ねる始末。 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」 「今日も楽しみにしてますよ。会社で色々とあって…ねぇ」 「心得ました」 「………。賑やかですね」 「あっ、すみません…その……奥の部屋でパーティーが…」 「そういや、去年のこの日も賑やかだったような…」 「昨年も尋ねられましたよ?」 「……思い出した。……ちさとさんの娘さんの誕生日だ」 「はい。二歳になりました」 客は、部屋に通され、席に着く。 「お誕生日プレゼント…今年こそ用意すると言ったのに、忘れていたよ」 「お気になさらずに。…その、今…そのプレゼントの事で、もめてます…」 「プレゼントでもめる?! もらえるものは、もらっておけばいいのに?」 「みなさん、そうおっしゃるんですが……」 従業員の男性は、困ったように頭をポリポリと掻いていた。 四代目が…ねぇ〜。 「では、ご用意させていただきます。失礼致しました」 従業員は、部屋を出て行った。 廊下を歩き出すと、先程よりは、静かになったが、話している内容は変わっていない様子……。 「小寺様、お部屋にお通ししております」 厨房に連絡する従業員。料理人は準備に取りかかった。 「四代目、まだもめてるのか?」 「あぁ。いる、いらん…もらっておけ、いらん…その繰り返し」 「まぁ、お礼するのも大変だもんな…飛鳥兄貴、限度を知らんから…」 「昔っからな…。金銭感覚、桁外れだし…」 そんな話をしているところに、笹崎が顔を出す。 「口を動かすのは構わないが、手を止めるなと何度も言ってるだろがっ!」 「す、すんません!!!」 笹崎は、大きく息を吐き、椅子に腰を掛けた。 「奥の部屋は、次をご用意しますか?」 料理人が声を掛けるが、笹崎は、ギロリと睨むだけ。 「まだいい。呼ばれてからにしろ。…ちさとちゃんが来ると思うから」 「かしこまりました。……で、四代目は…」 「まだもめてる。慶造さんは、昔っから、頑固だから…。飛鳥も飛鳥だ。 娘にもらったからと、それ以上の品物を用意するから…」 「は、はぁ…兄貴……昔から…」 「よくそれで、組長をしてるよなぁ〜。湯水の如く、金を使ってるだろな」 もう知らん…というような表情で、笹崎は項垂れた。 料亭の奥の部屋。 沈黙が続いている。 「………。飛鳥……持って帰れ」 慶造が静かに言った。 「一度差し出した物は、引っ込められません!」 「あのなぁ〜」 「四代目にお渡しするんじゃないんですよ? 真子お嬢様にです」 「真子は、まだ、二歳になったばかりだぞ? これは、早すぎる」 「早すぎません!」 「いいや、早い!! なぁ、真北」 「って、俺にふるなっ!」 「真子の事は、お前に任せているだろがっ」 「お前が父親だろ?」 飛鳥と慶造の言い合いが、いつの間にか真北と慶造の言い合いに変化する。 ったく…またですかぁ…。 どうやら、同じようなやり取りが、何度か繰り返されていた様子。 側に居る修司や勝司は、呆れていた。 「笹崎さんが、出て行った気持ちが解るよ…」 修司が呟く。 「……って、修司っ」 「ん?」 「真子とちさとは?」 「笹崎さんが出て行った後、すぐに出て行ったぞ」 「…………そうか………。だから、飛鳥」 「無理です」 「ったく……。今年限りだぞ、解ったな」 「来年は、解りませんよ?」 「もういい。真子が喜べば…の話だけどな」 慶造が引き寄せた大きな箱には、プレゼント包装されていた。少し重ための物。 「三輪車は、必要ないと思うけどなぁ」 慶造は、ブツブツ言いながらも、包装紙を取り除き箱を開けた。 中には真新しい三輪車が入っている。それを取り出し床に置く。 襖が開き、真子が入ってきた。 「真子ちゃんお帰りぃ〜」 真子の姿を見た途端、直ぐに抱き寄せる春樹。真子は、春樹の期待に応えるように飛びついていた。 「まぁたん、おはなし、おわったの?」 「終わったよ。続き、食べようか?」 「ささおじしゃんに、いったよ。すぐくるって…!!!!」 春樹の肩越しに見えたピカピカに光る物。真子の目も輝き始める。 「まぁたん、ありぇは?」 「飛鳥おじさんからのプレゼントだよ」 そう聞いた途端、真子は春樹から離れ、飛鳥の前に立つ。 「あしゅかおじさん、ありがとうごじゃいます」 深々と頭を下げた。 「お誕生日、おめでとう」 飛鳥も同じように深々と頭を下げていた。 「真子ちゃん、乗ってみる?」 「うん! …これ、にぃわで、のるやつ?」 「それで公園まで行ってもいいよ」 「やった! まこ、ほしかったの…みんなもってるから」 ほぉら、四代目、早くないでしょぉ? というような目で飛鳥が訴える。 ドスッ…。 鈍い音が、聞こえた。 「お持ち致しましたよぉ」 笹崎が料理を持って部屋に入ってきた。襖を開けた時、飛鳥の眼差しに気付き、昔のように、飛鳥の背中を見えない速さで、軽く(?)蹴り上げていた。痛さでしかめっ面になる飛鳥。 おやっさん!! うるさい! 目で会話をする元組長と元組員。流石、阿吽の呼吸……。誰もが思った瞬間だった。 「おや、真子ちゃん、それは?」 三輪車にまたがっている真子に気付いた笹崎が、優しく声を掛ける。 「あしゅかおじさんからぁ」 「ほぉ〜!! 真子ちゃん、廊下走ってみる?」 笑顔で語りかける笹崎に、真子は首を横に振る。 「これはね、にぃわでのるの。だから、このまま…ながめる ろうかはしったら、きずちゅくもん」 子供の言葉じゃない……。 笹崎は、そう思いながらも、真子の頭を優しく撫でる。 「冷めないうちに、食べてくださいね」 「はい! いただきます!」 そう言って、真子は三輪車から降りようとするが、上手く降りられず、足を引っかけて転んでしまった。 顔面から着地………。 「!!!」 「!?!!!」 「真子っ!!」 「真子ちゃん!!!」 「お嬢様!!!!!!!」 誰もが慌てて手を差しだし、声を出す。 泣き出すかに思えたが、真子は、むっくりと起きあがり、ぶつけた額に手を当てていた。 「…いたい………」 な、な、泣かない…………ん??? 真子は、何事も無かったように、自分の席に座り、スプーンを手に取った。 「いただきます」 慣れた感じで料理を口に運ぶ真子。誰もが、真子の行動に驚き、動く事を忘れている…。 真子の額は、すりむいて真っ赤になっているのだが…。 「慶造さん……つ、次の料理……用意します」 「あ、あぁ…」 静かに部屋を去っていく笹崎。 誰もが気を取り直して、席に着き、料理を口に運び始める。 「真子ちゃん」 「あいっ!」 春樹の呼びかけに元気に返事をする真子。 「お薬……」 「もう、いちゃくないもん!」 真子の言葉で、春樹は真子の額に目線を移した。 傷が、消えている…。 えっ??? 確かに、真子の傷は治りが早い。しかし、それは、真子が大きくなるにつれ、早くなっていた。 一体、何が……。 「………ちさとさんは?」 その時になって、部屋にちさとが居ない事に気付く春樹達。 「真子、ちさとは?」 慶造が慌てて尋ねるが、 「おちぃごと」 「仕事?!」 「おきゃきゅさん、きたの。みじゅさわおじさん」 「水沢さん?」 「うん」 ったく、ちさとはぁ〜。 慶造は、ちさとの行動に呆れながらも、真子の食べっぷりを眺めていた。 「真子、まだ食べるのか?」 「おいちぃもん」 ニッコリ笑う真子の表情を見て、誰もが心を和ませていた。 真子が生まれて二度目の誕生日パーティー。それは、慶造達でひっそりと行われていた。あまり組員と接触させないようにとの気持ちから。しかし、真子の誕生日は、阿山組の者なら、誰もが知っている事。誕生日プレゼントと称して、二歳の子供には不釣り合いな商品を持ってくる幹部達。 それは、慶造の目を引くためでもあった。 その事を解っている慶造、そして春樹。物に釣られて、感情が左右されると思われている事に対して、不満を抱く。だからこそ、飛鳥に言ったように、頑なに断っているのだった。 真子は、次に運ばれてきた笹崎の料理を口に運びながら、飛鳥にもらった三輪車を見つめていた。まるで、そこに自分が乗って、走り回っているのを想像しているかのように……。 本部の庭では、真子が三輪車に乗って、走り回っていた。その様子を……。 「真子ちゃん、そろそろお部屋に入るよ」 真子を優しく見守っているのは、春樹だった。 「やだ! もっと!」 「真子ちゃん、約束しただろぉ」 「まだ、にょる!」 「真子ちゃん!」 真子のわがままな言葉に、春樹の強い言葉が返ってくる。 楽しそうに乗っていた真子は、ペダルをこぐのを止め、シュンとなる。 「三輪車に乗るのは、二十分と約束したよね」 春樹の言葉に、真子は頷く。 「もう三十分を過ぎてるけど…」 「…ごめんなさい…」 ふくれっ面になる真子の頭を、春樹は優しく撫でた。 「ちゃんと約束は守らないとね」 「はい」 「今日は、もう家から出たら駄目」 「………やだ……」 短く言って、ふくれっ面になる真子。そんな真子の頬を両手で押さえる春樹。真子は、その勢いで息をブゥ〜と吐き出してしまう。その時の唇の震えが、真子の笑いを誘ってしまった。 「きゃははは!!! まぁたん、もっと!!」 そう言って、真子はふくれっ面になる。春樹は、真子の期待に応えようと、真子の膨らんだ頬を両手で押さえた。 またしても、息を吹き出した真子。唇の震えが楽しい様子。 新たな遊びを覚えたか…。 真子と春樹の様子を窓から見つめていた慶造は、フッと笑って会議室へと向かっていった。 お風呂場。 ドアの向こうで、真子と春樹の賑やかな声が聞こえていた。 「真子ちゃん、ばんざい」 春樹に言われて両手を挙げる真子。春樹は、真子の体を洗い始めた。 「ねぇ、まぁたん」 「はい」 「パパは?」 「慶造は、まだ仕事ですね…。真子ちゃん、前向いて」 向きを変える真子。 「まぁたん、おしぎょとは?」 「慶造と交代ですよ」 「あした?」 「明日ですね」 「ママも?」 「ちさとさんは、笹崎さんの所ですよ。真子ちゃん、行きますか?」 「おじゃみゃしたら、だめだもん」 「真子ちゃんなら、みんな喜びますよ」 「まこは、おへやでおりゅすばんするもん」 「じゃぁ、慶造に絵本の事を頼もうか?」 「うん!」 「新しいのを買ったから、それを読んでもらおうねぇ」 「ありがと、まぁたん!」 「真北です」 「……ま……ま……まきたん!!」 真子の言葉に春樹は、ずっこけた。 この日から、真子は、春樹の事を『まきたん』と呼ぶようになってしまった。 時の経つのは早いもので、あっという間に、冬が来る。お祭り好きの阿山組(というか、隣の料亭の主人が祭り好きなのだが…)は、忘年会と新年会で、大いに騒ぎまくる。 それ程、今は、平和な時間が流れている極道界。 各地で小さな争いはあるものの、抗争まで発展する事は無かった。 それには、全国を飛び回ったままである栄三の力も働いている。 栄三の情報を元に、春樹の行動も関わっていた。 誰もが慶造の為…そして、これから生きていく子供のため……真子の為の行動。 ちさとと真子が、自然豊かな雰囲気のある庭で遊んでいた。お気に入りの三輪車に乗っている真子。 「ママ、まきたんは?」 「お仕事終わらないみたいだわ…」 「いそがしいの?」 真子は首を傾げる。 「そうなのよねぇ〜。真子、寂しい?」 「…さみしい…。まきたんのおはなし、いっぱいききたい」 「今度、頼んでみようね」 「うん!」 真子は嬉しそうに三輪車で走り始めた。 「真子、ゆっくり走らないと危ないよ」 「だいじょうぶだもん」 真子は、ちさとに背を向けて走り出す。 その時だった。 真子の視界が急に暗くなった。驚いた真子は、足を止める。 「だぁれだぁ」 その声に聞き覚えがある真子は、自分の目を覆っている手をそっと掴んで、嬉しそうな声で応えた。 「まきたん!」 春樹は真子から手を放し、そして、真子の前に姿を現した。 「あったりぃ〜。よく解ったねぇ〜真子ちゃん」 「すぐにわかるもん」 真子は、とびっきりの笑顔で、春樹に言った。その笑顔が……。 「…駄目だ……」 春樹は、真子の肩に手を置いて、俯いてしまう。 「真北さん、どうされました???」 春樹の急な行動に、ちさとが慌てて声を掛ける。 「…真子ちゃんの魅力に…負けました…」 「真北さんったら!」 「冗談ですよ」 「よかったぁ。私、嫉妬しましたよ」 ちさとは、悪戯っ子のように微笑む。 「嬉しいことです」 春樹は優しい眼差しでちさとを見つめ、そして、真子を抱きかかえる。真子は春樹の首に腕を回してしがみつく。 「あのね、あのね、まきたん」 「なんでしょうか?」 「おしごと、おわった?」 「暫く休暇ですよ」 「じゃぁ、おもしろいおはなし…して!」 「いいですよぉ〜。たぁっぷりしましょう。…っとその前に」 真子を抱きかかえたまま振り返る春樹。その目線は、ちさとの後ろの方に移される。ちさとは、春樹の目線に気付き、振り返る。そこには、一人の男が立っていた。 「栄三ちゃん。お帰り。もう、いいの?」 「ちさとさん、やっとお許しでましたぁ〜」 長い間、阿山組から離れ、全国を股に駆けて行動していた栄三だった。栄三は、ちさとに一礼した後、春樹の側に歩み寄った。 「真子ちゃん、大きくなったねぇ〜〜」 と優しく声を掛けるが………。 「……???? ……真北さん、俺……睨まれてませんか?」 栄三が言ったように、春樹の腕に抱えられている真子は、栄三の姿を見て、思いっきり睨んでいた。 「真子ちゃん、栄三だよ? 忘れた?」 「…まこ……しらないもん……」 あらら………。 栄三が阿山組を離れた頃、真子は未だ、一歳にもならない歳だった。それから約二年。成長段階にあった真子の記憶には、残っているはずもない、栄三の事。 「真子ちゃんが小さな頃、よく遊んだんだけどなぁ〜」 優しく声を掛ける栄三だが、真子は、なぜか警戒している。 「本当に……忘れているというか……」 「ごめんなさいね、栄三ちゃん」 「いいんですよぉ〜これから、たっぷり時間ありますから。 真子ちゃん、ほら」 手を差し出す栄三。真子を抱きかかえようとするが、真子は頑なに拒む。 「…栄三……お前の面だ……恐すぎる…」 「えっ?! そんなこと、無いはずですよ…。昔と変わってません」 「真子ちゃんにとっては、恐いのかもな…震えてるから…」 「えぇ〜。そんなぁ〜。これからは本部での行動が多いというのに、 こんな仕打ちはないでしょぉ〜。俺…寂しいやんかぁ」 「……笑顔見せたら、大丈夫だろな」 春樹が、ボソッと言った。 「笑顔…ねぇ…」 次の日の朝から、栄三の奇妙な行動が始まる。 朝、顔を洗った後、鏡の前で何やらニヤニヤ……。その様子をたまたま見てしまったのは、栄三の母である美穂だった。 栄三の行動に、持っていたタオルをバタバタバタ…と落としてしまう。その音で、栄三は振り返った。 「ってお袋っ!!!」 「栄三……何してるの……あんた…。おかしな薬使ってるとか…」 哀しい目をする美穂に、栄三は慌てて説明する。 「ちゃいますって。真子お嬢様に嫌われないように、笑顔の練習 してるだけですよ!!」 「真子お嬢様とは、赤ちゃんの頃から遊んでたでしょう?」 「今のお嬢様には、俺の記憶は無いみたいで、恐い人になってる…。 俺に対して、すんごい警戒するからさぁ」 「それで、笑顔の練習……。……じゃぁね」 何も観てませんと言いたげな態度で、美穂は去っていった。 「って、お袋っ! 勘違いしたままやないかっ!!」 栄三の嘆いたような怒鳴り声が、小島家の家に響き渡っていた…。 リビングでは、隆栄がくつろいでいた。 「あなた、また徹夜したんですか?」 「ん…まぁな」 珈琲を一口飲む隆栄。 「あまり夜更かしすると、また悪化しますよ」 「もう、すっかり元気だぞ」 「それでも油断は禁物ですよ!」 「解ってるって。…で、阿山は今日も真北さんと出かけるのか?」 「そうですね。再び悪化してるようですし、それに、例の会議も まだ三回目。慶造くんの嫌気が差したような表情に、親分衆も 呆れ顔…だそうよ」 阿山組の様子を淡々と話す美穂に、隆栄は驚いていた。 「……美穂ちゃん、その話…」 「栄三から」 「って、栄三の奴、もう、阿山の側に居るのか?」 「そうみたいよぉ」 「あんの馬鹿…。阿山の足を引っ張らなければいいけどな…」 「慶造君、感謝してるみたいよ」 「………阿山が可笑しくなる前に、停めてやれよ、美穂ちゃん」 「解ってますって。じゃぁ、行ってきまぁす!!」 美穂は、リビングを出て行った。 「美穂ちゃん、どっちだよ!」 『本部ぅ』 今日の勤務先は、本部。美穂は張り切って仕事に出て行った。 暫くして、リビングに栄三が入ってくる。 「親父、復帰は?」 「来週」 「四代目には?」 「内緒」 「ほな、行ってきます」 「迷惑掛けるなよ」 「解ってるって」 そして、栄三も出掛けていった。 一人寂しくソファに座る隆栄は、急に立ち上がり、キッチンへ歩いていく。 俺の朝飯ぃ〜。 すっかり忘れられていた様子。 真子と真子を抱いている春樹、そして、その隣を歩くちさと。その後ろには栄三が歩いている。三人と小さな一人は公園へと向かって歩いていた。 春樹の肩越しに見える栄三をじっと見つめる真子。栄三は、辺りを警戒しながら歩いている。 視線を感じたのか、栄三は、春樹の背中に目をやった。 ………睨んでる……?! 真子が春樹の肩越しに、目だけを出して、栄三を睨んでいた。真子の仕草に気付いた春樹が、優しく声を掛ける。 「真子ちゃん、どうした?」 「えいぞうさん、たのしそうじゃないもん」 「えいぞうぅ、笑顔は?」 真子の言葉で、栄三が醸し出すオーラに気付く春樹。慌てて声を掛けた。 「できませんよ」 辺りに漂う異様な雰囲気に気付いている栄三。 「不器用やなぁ」 そんな時でも、笑顔だろが…と春樹の言葉には、そういう意味が含まれている。 「仕方ありませんよ」 栄三は、ぶっきらぼうに応えていた。 「そんなんじゃ、益々真子ちゃんに嫌われるぞぉ」 春樹は、ちらりと振り返りながら、栄三に言った。栄三は、少しふてくされている。 そして、三人と小さな一人は、公園へやって来た。 公園には、真北たちの他、親子連れや子供達が、楽しく遊び回っていた。 「とうちゃぁく! ……真子ちゃん?」 いつもなら、公園に到着した途端、春樹の腕から降りるのに、この時は違っていた。何かに恐れているのか、春樹の首にしがみついたまま、真子は降りようとしない。それどころか、 「まきたん…こわい…」 と春樹の耳元で囁いていた。真子の意外な言葉に驚く春樹は、優しく声を掛ける。 「大丈夫だよ」 「ううん…こわい…こわい…」 今にも泣き出しそうな真子。その側では、栄三が、鋭い眼差しで、とある場所を見つめていた。真子をあやしている春樹は、栄三の雰囲気に気付く。ちさとも警戒し始めた。 突き刺さるような視線を感じる春樹。 いつもなら、春樹は、それ以上のオーラで追い返すが、今は真子が側に居る。 いつもの雰囲気は、まずいか…。 「真北さん」 栄三が声を掛ける。 私が…。 その言葉に含まれる意味。春樹は、そっと頷く。それと同時に、栄三が動き始めた。 栄三の姿が見えなくなったと思った途端、視線を感じなくなる。 「真子ちゃん、大丈夫だよぉ。ほら、泣かないのぉ」 春樹が優しく声を掛ける。それでも真子は、春樹の胸にしがみついて顔を埋めていた。 「真子、あの雰囲気に反応したのかしら…」 「恐らくそうでしょうね。…驚きましたよ」 「私もです。…やはり、この時期に、外出は…」 「…そんなことないでしょう。栄三の奴、一体どんな手を使って……」 真子が落ち着いた。そっと顔を上げる。春樹が真子に微笑んでいた。 真子もゆっくりと笑顔を見せ始めた。 そこへ栄三が戻ってくる。 「二名。黒崎組の者でした。威嚇だけしておきましたよ」 「……お前の威嚇は……。まぁいい。ほら、今日は栄三の番な」 そう言って、春樹は真子を下ろし、栄三の方へ向けた。 真子は睨んでいる…。 「………真子お嬢様ぁ、どうして、睨むんですか…」 栄三が、とうとう口にした言葉。それには、真子がふくれっ面のまま、応える。 「ママとまきたんのじゃま」 「いっ?!?!????」 その場に居た春樹、ちさと、そして、栄三は、驚いた。 真子の言葉。それに含まれる意味は…………真子には未だ早いはずなのだが…。 「邪魔しませんよ」 「だって、ママとなかよしだもん」 「いや、その……私は、真子お嬢様と仲良しになりたいなぁ」 「まこ…と?」 きょとんとした表情で、真子は首を傾げる。 その仕草に、栄三が参ってしまった……。 「……駄目だ……未来の………」 ガッコーン!!! 春樹の拳が栄三に突き出されたのは、いうまでもない……。 栄三が考えた事。 それは、真子が大きくなった頃の事……。 「手ぇ出しませんって!!」 「当たり前だっ!!!!!」 春樹と栄三のやり取りに、阿吽の呼吸を感じたのか、ちさとは微笑んでいた。そんなちさとの手を引っ張り、引き寄せる真子は、ちさとの耳元でそっと言う。 「えいぞうさん、まきたんと、なかよしだね」 「そうね。ママよりも、真北さんの方が好きなのかもね」 「そっか」 何かに納得した真子は、栄三に笑顔を向ける。その笑顔で、更に栄三は……。 その夜・小島家リビング。 栄三は、頭に出来た、たんこぶを冷やしていた。 「ほんまに、真北さん、真子お嬢様に対しては、更に悪化してますよ」 「仕方ないでしょぉ。我が娘みたいにかわいがるんだから」 美穂が栄三のたんこぶを診ながら、応える。 「それにしても、隆ちゃん以上に強烈なもの…頂いたね…」 「手加減無し。特に真子お嬢様に対しては…ね」 「娘をお嫁に出す父親の心境なのかな…」 「それなら、警戒しないとあかんか…」 「あんたの癖を治しなさい」 「?!?!?!???!!!!!!」 非情にも、たんこぶをぶったたく美穂だった。栄三が痛がって床に転がったのは、いうまでもない。 「美穂ちゃん、やりすぎ」 「いいのこれくらいは」 そう言って、リビングを出て行った。 「親父ぃ」 「ん?」 「三日後だけどさ…」 「阿山、出掛けるんだろ?」 「真北さん絡み」 「…闘蛇組か?」 「関連〜」 「……真北さんの事を考えて、阿山の無茶な行動が予想されるなぁ〜。 行くのは、いつものメンバーか?」 「さぁ、そこまでは決まってへんみたいやで」 「さよか…」 そう言ったっきり、隆栄は、黙りこくってしまった。 親父ぃ〜何を考えてるんや? 隆栄の深刻な表情をちらりと見た栄三は、隆栄のこれからの行動を心配していた。 慶造の事になると、躍起になる隆栄。 自らの危険も顧みずに行動に出てしまう。 どうしてそこまで、四代目の為に、動けるんですか? 尋ねてみたい言葉だが、栄三は未だに尋ねる事が出来なかった。 それは、自分でも解らない……。 阿山組本部は、ちょっぴり慌ただしかった。 玄関先で、慶造と春樹が、何やら睨み合っている。 「……本当に連れて行くのか?」 「向こうが誘ってるから…」 「俺は反対だぞ」 「解ってる。…相手が元闘蛇組系だからな…。だからこそ、必要だ」 「……真子ちゃんをあまり世間に知られたくない…」 「それは、俺も同じだ」 「それなら、何故、そういう事になる?」 春樹は、グッと拳を握りしめる。 「相手は足を洗って、一般企業として過ごしているんだぞ。 一応…一般企業だから………」 「慶造の考えは解ってる。真子ちゃんの笑顔まで利用しようと してるんだろ?」 「…お前の為にな」 「お、俺?!??」 慶造の言葉に、春樹は驚いた。 「お前が暴走しないように……そう思っての行動だ。真子の前なら お前はいつも、大人しいからさ…。それに、もう、その手を染めて 欲しくないんだよ……。なぁ、真北、駄目か?」 「………解ったよ…。でも、真子ちゃんに聞いてからだぞ」 「あぁ。解ってる。頼んだぞ」 春樹は、ちさとの部屋へと向かっていった。春樹と入れ違いで栄三がやって来る。 「おはようございます」 「ん? …おはよ。お前も行くんだよな」 「例の組との会食ですよね?」 「そうだよ。真子を連れて行こうと思ってるんだけどなぁ」 「真北さんに、反対されたとか?」 「その通りだ。だがな、真北の暴走を停めるには、必要だよ…」 「…お互いの為…と思いますけど、違いますか?」 「お前も絡んでる」 「さよですかぁ〜」 力の抜けるような言い方に、慶造は項垂れた。 「ったく。力が抜ける」 「すみません。…あっ、そうでした。その……」 栄三が何かを言いかけた時、修司がやって来る。 「慶造」 「なんだ?」 「その……今日、逢う予定の組だけどな、妙な情報が…」 「妙な情報?」 慶造が眉間にしわを寄せた頃、本部の門を、一人の男がくぐっていった。門番達と笑顔で会話を交わした男は、玄関へと向かっていく。 「その……真北さんの怒りに触れそうな…そんな予感が…」 「それは、大丈夫だろ。真子を連れて行くからさ」 「真子お嬢様に危険です。それに、姐さんも…」 「大丈夫だ。…真北が居る」 春樹と話していた修司は、玄関先に現れた人物に驚いたように声を挙げた。 「小島っ!」 「四代目」 「小島……もう退院したのか? 確か、悪化して再び入院と 聞いていたんだが……」 「それはございませんよぉ〜。遅くなりましたが、復帰を…と思いまして」 門番や下足番の居る前では、慶造に対しての口調が変わる隆栄。それは、シメしを付ける為。 「すまんな、今日はこれから出掛けるんだよ」 「門番に聞きました。今日は顔見せだけと思いまして。で、どちらに?」 「ん〜本当なら、真子を連れて行きたくないんだけどなぁ〜」 慶造が困った表情になる。 そういや、栄三が言ってたっけ。 隆栄は、栄三が言っていた事を想いだし、話を続けた。 「例の組との会食ですか?」 「あぁ。向こうがな、真子も連れて来いと言ってな。まぁ、その方が こっちも落ち着くかと思ってだな…」 「珍しい。」 「…そうだ、あのなぁ、俺は、お前で慣れてる思ったけどな、 栄三は、また別だよな。」 慶造は急に話を切り替える。 「別?!」 「あの四代目…別とは、何ですかっ!! 俺は、親父とは違うと…」 なぜか、栄三が反論しようとするが…。 「似すぎ。怒るときといい、いい加減さといい……」 「あっ、その、四代目…それは、言い過ぎかと……」 否定しようと栄三が言うものの…。 「本当のことだろが。…まぁ、それが、お前ら親子の良いところだけどな。 …それにしても遅いなぁ。真北ぁ、未だかぁ?」 慶造が、怒鳴る。 「どうされたんですか?」 隆栄が尋ねる。 「出かける寸前に、真子が嫌がってしまってなぁ。ちさとと真北が何を言っても 無駄でなぁ。だから、真北と話し合っていたんだが、俺だけだと、 相手も許さないだろうし…それに、修羅場となりそうだもんなぁ」 その時、栄三がひらめいた。 「四代目、親父が来たことですし、それに、真北さんがご一緒なら、 お嬢様は熱を出したことにして、私たちだけで…というのはどうですか?」 「栄三、あのなぁ、真子は、お前と一緒で小島の顔を覚えてないだろが」 「そうでした……。それなら、猪熊のおじさんも残るということで…」 「……真子を連れて行きたくないのは、本当だからなぁ。…真北に相談かな…」 そう言って、慶造は、奥にあるちさとの部屋へ向かっていった。 その後、修司と隆栄が本部に残り、真子のお守りをさせられる。 そして、出掛けた先で、春樹が想像以上の暴れっぷりを見せてしまった。 「だから、真子が必要だと言ったんだよ!!!」 呆れたように言う慶造は、勝司運転の車で帰路に就く。 「…猪熊さんと小島さん…真子の相手に疲れてないかしら?」 ちさとが上手い具合に話を切り替えた。 「…疲れてるかもなぁ。まぁ、二人とも子持ちだから、大丈夫だろ」 「真子は普通の子と違うから……」 「そうだよな…まぁ、真子が楽しいんなら、それでいいよ。 真子が喜んでいたなら、これからも頼もうかな…」 「真北さんが、怒りますよ」 「怒らせておけっ」 春樹の行動に対して怒りを引きずっている慶造の言葉は、とても冷たい……。 「山中、どうだった?」 「真子お嬢様と庭で鬼ごっこしてました」 「……疲れてそうだな…。小島…完全じゃないよな」 「でも、あそこまで動けるようになっていたのには、驚きましたわ…」 「美穂ちゃんも意地悪だよな…」 「あなたを驚かせようとしたんでしょうね」 「ったく、小島家の人間はぁ〜っ」 怒りの慶造を乗せた車は、阿山組本部の門をくぐっていった。 真子のお守りをしていた二人は………? (2004.10.28 第四部 第三十五話 UP) Next story (第四部 第三十五話2) |