第五部 『受け継がれる意志編』
第一話 今年の誕生日プレゼントは…
朝〜。
いつものように朝日が昇り、街を照らし出す。人々が動き始める頃……。
小島家は、いつも以上に賑やかに……。
「あぁのぉなぁ〜。栄三ぅ〜、お前なぁ」
「ええやんかぁ。お嬢様のお願いやねんもん」
「そうじゃなくて、まだ早いってことだろが」
「早くないぃ〜」
「早いっ!」
「早くないっ!!!!」
隆栄と栄三が言い合いしている所へ、美穂が顔を出す。
「御飯出来たよぉ〜ん。………早かった?」
「早いぃ〜っ!!」
時刻は、朝の五時半……。世間では、早いと言われる時間帯の朝食だった。
「仕方ないでしょぉ〜。今日は、午前は本部で午後は病院なんだもん」
「一日の掛け持ちは疲れるから、やめておけと言ってるだろ?」
隆栄が美穂に言う。
「平気だって」
「あのなぁ〜」
「気にしない、気にしない! それよりも、栄三ちゃん、本当にするん?」
「しますよ。お嬢様のお願いだもん」
「……私はいいけど……慶造君が何と言うか…」
「真北さんが付いてるなら、反対はしないでしょ」
「まぁ、そうだけど、………あんたが付いていく事が…ねぇ」
「お袋ぉ〜〜っ……」
俺って、そこまで信用ないんか?
栄三は項垂れる。
「お前まで、一緒になって楽しむなよ」
「解ってますよぉ〜」
念を押さんでも……。
ふくれっ面になりながら、美穂が用意した朝食を口に運び始めた。
栄三が、二階の部屋で支度を整えている頃、リビングでは美穂と隆栄が話し込んでいた。
「信じてるくせに」
美穂が静かに言った。
「まぁな。でも、あいつの事だ…。心配だろ?」
「どっち? 仕事の方? それとも…」
「腕もまだまだだろ?」
「それなら、慶造君だけでなく、真北さんもお二人の側には
近寄らせないでしょ?」
「まぁ〜、そうだけどな。………あいつの手は…血で染めたくないからさ」
「大丈夫ですよ。慶造君も思ってる事ですから」
「……早く…復帰したいよなぁ」
「あのねぇ〜。思うように動かないのに、無茶しないの。それこそ…」
「阿山の足手まとい…ってか?」
「そうよ!」
いつになく、強く言う美穂。
「………美穂ちゃん……」
「……本当に……無茶しないでよ……。…隆ちゃん…」
美穂は、ソファに座る隆栄の後ろから抱きついた。
美穂ちゃん……。
栄三が二階から降りてくる。
「お袋ぉ〜行くでぇ」
リビングのラブラブな二人を見て、肩の力を落とす栄三。
「先に行こか?」
「一緒に行くって言ったでしょっ!」
「…はいはい」
「…隆ちゃん、今日の予定は?」
「いつもと一緒」
「今日は遅くなるからねぇ」
「美穂ちゃんこそ、無茶するなよぉ」
「はぁい。行ってきまぁす!」
美穂の明るい言葉に、隆栄は軽く手を挙げて見送った。 美穂と栄三は、阿山組本部へ揃って出掛けていく。
隆栄は、ソファにドカッともたれかかった。そこへ桂守がやって来る。
「おはようございます……えらい早起きですね…」
桂守は、いつもの時間に起きてきたのだが、すでに小島家の人間は日常生活を始めていた事に驚いていた。
「今日はなぜだか、みんなで早起きだったんだよ」
隆栄は立ち上がりキッチンへ向かう。そして、珈琲を煎れ始めた。
「新たな動き…あったのか?」
「今のところは、ございません」
「そうか……」
煮え切らない口調の隆栄に、桂守は疑問を抱く。
「何か…悩み事でも?」
「あん? …あ、あぁ………。どうやったら、若さを保てるのかなぁと思ってな…」
「また…それですか…。何度も申してますように…」
「千人殺した時の何とやら…だったっけ?」
「はい。私は死ねない体ですよ」
「………思えないよ。生き物だけに限らず、寿命というのがあるだろ?」
「ありますけど………。耳に…したこと御座いませんか?」
桂守は隆栄の差し出す珈琲カップに手を伸ばす。
「……不思議な光の話ですよ」
「不思議な光? ……特撮映画か?」
「いいえ。実際にあるお話です。…傷を治す光ですよ」
「どっかの宗教か?」
「関係ありませんよ」
「…まさか、桂守さんは、その光で傷を治してもらったとか?」
「それに近いですね。…命を救われた…とでもいいましょうか…」
「それで?」
「その光にまつわることですよ。…光の能力で生き返ったものは
千人殺すと永遠の命を与えられる…」
「桂守さんは、千人の命を手に掛けたんですか?」
「隆栄さんの父で千百十一人目の予定でしたね」
「そんなに? ……って、……桂守さん……おいくつですか?」
「秘密です」
にっこり笑って応える桂守を観て、先程の話を信じられなくなった隆栄は、大きく息を吐いて、
「夢物語……。真子お嬢様が喜びますよ。他にありますか?」
「絵本でしたら、真北さんが、たっぷりと……」
「そうだったな」
隆栄は、椅子に腰を掛け、痛む腕をもんでいた。それに気づき、桂守がマッサージを始める。
「やはり、先日…」
「誰にも言うなよ……」
「心得てます」
隆栄の腕を静かにマッサージする桂守。先日の事件を思い出していた。
いつものように慶造が勝司と出掛ける。その二人を影で見守る修司。その日の慶造の行動を知っている隆栄は、敵の動きを見張っていた。 そこへ黒崎組の傘下である武闘派組織が仕掛けてきた。 修司だけでは、相手の動きを阻止出来ず、体を張って慶造を守ってしまった修司。それを気にする慶造へ、更に刺客が向かっていく。そこへ、勝司の日本刀が炸裂。それらを知った隆栄が駆けつけ、動けない体を無茶してまで、敵を倒していった。
もちろん、慶造に怒鳴られた隆栄。 それっきり、慶造は隆栄を本部へ呼ぼうとしなかった。 その代わりに、栄三が毎日顔を出す。
「ふぅ〜」
隆栄がため息を付いた。
「その光の能力って、存在してるのか?」
「私が殺し屋として生きていた頃は、存在していましたね。
しかし、今はどうなんでしょうか……科学が発達している昨今、
そのような摩訶不思議な出来事は、夢物語にされてますね」
「……桂守さんの小さい頃って、世間はどんな様子だったんですか?」
質問内容を変えて、桂守の素性を探ろうとする隆栄。桂守は隆栄の策略に気付いていながらも、優しく応えていた。
「髷を結っている人が大勢居ましたねぇ」
その言葉に、隆栄は、口に含んだ珈琲を吹き出してしまった。 小島家のキッチンに、珈琲の霧が漂っていた………。
静けさが漂う猪熊家。
玄関に向かって駆けてくるのは、前髪が立った中学生くらいの男の子だった。門をくぐり、玄関の扉を開けた。
「お帰りなさい」
玄関先に立っていたのは、三好だった。
「おはようございます。…あれ? 今日は早いですね」
「なぜか早く目が覚めたので、こうして…」
「ということは、親父………退院?」
「今日の予定ですよ。迎えに行きますので、用意させてもらってます」
「兄貴達は?」
「剛一さんは、すでに大学へ。武史くんと修三くんは、庭に。
志郎君と章吾くんは、まだ寝てます。正六ちゃんと七寛くんは
洗面所ですね。…八造くんが居ないので心配してましたよ」
「僕の事は気にしないで下さい」
そう応えて靴を脱いだのは、朝のトレーニングの為に河川敷まで走りに行っていた猪熊家の八男・八造だった。
「朝のトレーニングは、いつもこの時間に?」
「朝日が昇ると同時に起きて、出掛けてますよ」
「そこまで鍛えて…」
「…将来の為。…そして、親父の為ですよ」
力強く応えて風呂場に向かう八造。洗面所の所で六男の正六と七男の七寛にあったのか、挨拶を交わしていた。
……何か、兄弟という挨拶じゃないよなぁ……。
そう思いながらも三好は、修司の退院準備を始めていた。そこへ、武史と修三がやって来る。
「手伝いますよ」
「いいえ。私で大丈夫です」
「俺達の親父ですよ」
「私にとっては、大切な人ですから。それに修司さんの世話は
私の生き甲斐ですからね」
「いつもありがとうございます」
穏やかな空気が流れる所に聞こえてくる声……。
『うわぁん!! 八造が殴ったぁ〜っ!』
『八造、やめろって!』
『うるさいっ! 俺に悪戯するからだっ!』
『うわぁん!!』
あちゃぁ〜〜…。
項垂れる次男の武史と三男の修三。武史が洗面所に向かって行く。
「相変わらずですね、七寛くんは…」
「八造が気に入らないのか、好きなのか…常にチョッカイを出して
八造に殴られて、あのように……」
「いつまでも泣き虫ですね」
「困ったもんです」
武史が、七寛を慰める声が聞こえ、風呂場に入った八造に怒鳴っている。
「剛一さんが居たら…」
「八造と修羅場ですね…」
「出掛けていて正解…か」
三好は再び準備に取りかかった。
遊園地の前に高級車が二台停まった。後ろの車から一人の男が急いで降り、前の車のドアを開ける。
「いいのよ、栄三ちゃん。ドアは自分で開けること出来ますから」
「しかし…。次からは、そう致します」
ドアを開けた男は、栄三だった。そして、少しふくれっ面になりながら、ちさとが車から降りてくる。そして、ちさとが車の中の誰かに手を差し出した。降りてきたのは、真子だった。
「真子ちゃん、ここが、遊園地だよ。いろんな乗り物があるからね」
ちさとが声を掛けると、ゲートの向こうに見える乗り物を観て、真子ははしゃぎ出す。
「ゆうえんちぃ!!!」
ちさとと真子の所へ、助手席から降りてきた春樹が声を掛ける。
「真子ちゃん、行こか」
そう言って真子を抱き上げる春樹。
「うん!」
爛々と輝く目をした真子を見て、春樹の表情は、綻ぶ。そして、ゲートに向かって走り出した。
「あっ…」
栄三が慌てたように声を発する。
「真北さんが居るから、大丈夫よ。…しかし、これは…ね」
ちさとは、少しふてくされた顔で、ちらりと振り返った。ちさとの後ろには、栄三だけでなく、阿山組の組員が、五人、付き添っていた。
ボディーガード。
「仕方ありません。四代目の命令です」
「そうね。この時期に出掛けるなんて…」
「しかし、お嬢様の誕生日プレゼントですから。四つになりましたか」
栄三は、優しく微笑んでいた。
「本当に、栄三ちゃんは、真子のお願いを聞くんだから…」
「真子お嬢様が、どうしても行きたいって…あの爛々と輝く目で
見つめられたら………思わず……はい」
「ありがとう」
「…今夜は、笹川で?」
「どうだろう。真子が疲れて眠ってしまったら無理だわ」
「明日になりますか?」
「恐らくね」
そんな話をしている二人に、ゲートをすでにくぐっていった春樹が声を掛けてくる。
「おぉい!! 早く来いよ!」
「はぁい」
優しく返事をするちさと。
「行きますよ」
「はい。…おい」
「はっ」
栄三の声に素早く反応する阿山組組員達。 いつの間にか、組員を支持出来る立場になっている栄三。それは、ボディーガードとしての力量が物を言っていた。 ちさとと栄三から少し離れて組員達は付いていく。ゲートをくぐったちさとと栄三に話しかけてくる真子。
「ねぇ、ねぇ!! えいぞうさん、ママ。ゆうえんち、はじめて?」
「ママは、お父さんと何度か来た事あるわよぉ」
「ふ〜ん。えいぞうさんは?」
「私も友達と何度も来てますよ」
「ここに?」
「はい。ご案内しましょうか?」
「うん!!」
元気に返事をした真子。そこに、春樹が口を挟んでくる。
「真子ちゃん、返事は『はい』でしょう?」
「…そうでした。ごめんなさい。…はい!」
春樹の言葉を素直に聞く真子。 春樹の『教育』は、すでに始まっていた。 真子に読み書きを教え始めて約一年。ひらがなを読めるようになった真子は、遊園地の看板に書かれている文字を読みまくる。
「メリーゴーランド。……これなら、まこものることできるよね」
「そうだね。真子、乗りたい?」
柵の中を見つめている真子。馬車や馬が上下に動く様子に見入っている。
「……のりたいぃ〜〜」
真子とちさとは、メリーゴーランドに乗っていた。真子は、楽しく笑っている。春樹は、柵に寄りかかって、二人を優しく見つめていた。
「まきたぁん!!」
真子は、元気いっぱいに手を振っていた。春樹は、真子に応えるように軽く手を挙げる。栄三達は、少し離れた場所で、周りを警戒していた。 特に怪しい雰囲気は無いのだが……。
真子が降りて出口に走り出した。出口で待つ春樹に、飛びつく真子。
「楽しかった?」
「うん。まきたんも、いっしょにのろうよぉ」
「私は、体が弱いですから…」
「えいぞうさんは、のらなくてもいいの?」
「栄三はお仕事ですよ」
「そうなの…」
真子は、少し寂しそうな顔で少し離れた場所にいる栄三を見ていた。栄三は、真剣な眼差しで周りを見渡している。ふと真子に目をやった。
真子は、笑顔で手を振っていた。栄三は、優しく微笑み、真子に手を振り返す。
「ありゃ、栄三の奴、微笑んでるぞ」
「仕事中に笑顔…。かなり余裕が出てきたのね…」
「俺の前では、緊張してるのになぁ〜。何がそうさせるのか…」
「不思議なオーラがあるからねぇ〜真北さんには」
「そうですか? …まぁ、いいんですけどね。栄三の腕は安心できるから。
いい加減な雰囲気なのに、本来は、そうじゃないもんなぁ〜」
「あらら、…真北さんに誉められると、栄三ちゃん、益々いい加減に
なりますわよぉ〜。本来の自分を隠すための演技なんですから」
「それなら、黙っておこぉ〜」
ちさとと話し込んでいた春樹は、真子に目線を移した。 真子は、何かを真剣に見つめている。
「真子ちゃん、次は、どれに乗りたい?」
「あれ!」
真子が指を差す場所。そこは、人々の絶叫が聞こえてくる所……。
「…真子ちゃん、それは、乗れないよ」
「どうして?」
「大人が乗るものだからね」
真子が指差したのは、ジェットコースターだった。
「まきたんとママがのるの!」
「えっ…?」
真子は、栄三に抱っこされ、高いところを見上げていた。
「そろそろ出てきますよ」
「うん。あっ、あれ?」
「そうですね」
ジェットコースターには、春樹とちさとが、乗っていた。下で待つ、真子に手を振る二人。
「真子ちゃんは、何を考えてるんでしょうか…」
「さぁ。でも、こうして、乗るのは、久しぶりよ」
「慶造とですか?」
「えぇ。あの人がこの世界に入る前にね、よく来たんですよ。
あの人、あれでも、こういう乗り物には、弱いんですよ」
「へぇ、慶造がねぇ〜」
そして、ジェットコースターは、頂上へ達し、勢い良く下り始めた。悲鳴と共に、ジェットコースターは、去っていく……。
「いっちゃったよ」
「少し経ってから、あそこに戻ってきますよ、行きますか?」
「うん」
栄三は、真子を抱っこしたまま、ジェットコースターの終点近くまで歩き出した。 真子は、ジェットコースターが帰ってくるのを、今か今かと待っている。 そして、ジェットコースターが帰ってきた。 真子は、目をぱちくりして、帰ってきたジェットコースターに乗っている客を見つめていた。 ちさとが、春樹にしがみついている………。 そんな二人の様子を視た真子は、微笑んでいた。
春樹とちさとが、笑いながら出口へやって来た。
「おかえりぃ〜!!」
栄三に抱っこされている真子は、大きく手を振っていた。
「ただいま! 真子ちゃん」
「まきたん、たのしかった?」
「楽しかったよぉ〜。真子ちゃん、大きくなったら、一緒に乗ろうか」
春樹は、栄三から真子を受け取りながら、真子に語りかける。
「うん。でも、ママがおこるよ」
「どうして?」
「ママたのしそうだもん」
「楽しかったもん」
ちさとが、真子に微笑みながら言った。
「次は、どこいく?」
春樹の言葉に応えるような感じで、真子は観覧車を指差していた。
「…………。観覧車……ねぇ…」
「うん!」
真子の明るい声に、春樹達は観覧車に向かって歩き出す。
真子とちさと、そして、春樹が乗る観覧車。ゆっくりゆっくり上昇する観覧車の中で、真子ははしゃぎまくっていた。
「うわぁ、たかぁい!!」
「もっと高くなるのよぉ〜。真子、あそこまで高くなるからね」
「たかぁい!」
上昇する中、真子は、周りの景色を眺めて、指を差す。
「あれは?」
「東京タワーよ」
「いきたいな」
「別の日にしましょうね、真子」
「うん! ママ。あれは?」
「ビルかなぁ。たくさんの人が働いてる所」
「ふ〜ん。ねぇ、あれは?」
「…あれは………。真北さん、あれ、何でしたっけ? …真北さん?!」
ちさとの言葉には、打てば響くような感じで即答する春樹。しかし、今、春樹の返事が無い。不思議に思ったちさとは、春樹に振り返った。
「真北さん?」
「は、はい…?」
春樹の声は震えていた。よく見ると、顔色が悪い………。
「真北さん…まさかと思いますが…」
「…何も訊かないでください…!!!」
そう応えた春樹は、ギュッと目を瞑った。 真子達が乗った観覧車は、ちょうど一番高いところを通過する所……。
「まきたん、みてみて! すごくたかいよ!!」
「は、はぁ…」
真子の声に、春樹はそっと目を開けて、下を見る。
「た、た、た、た…高いですね〜」
声が上擦る春樹。それには、ちさとが、大笑いしていまう。
「わ、笑わないで下さい!! ちさとさん!!!」
「真北さんにも弱点があったんですね」
「…ま、まだですか…」
「真子、もう一周したいね」
ちょっぴり意地悪っぽく言うちさと。
「うん」
元気に返事をする真子。
「勘弁してくださいぃ〜」
まだ声が震えている春樹だった。 その春樹の顔色は、地面が近くなるにつれ、戻っていった。
少し息が荒い春樹に栄三が声を掛けてきた。
「何も御無理なさらなくても…」
春樹の『何か』に気付いていた栄三。春樹が観覧車に乗ると言った時点で、停めようと思ったが…。
「真子ちゃんの為には、これくらい…」
「エレベータは周りが見えないから、大丈夫でしょうが、
ここは…ねぇ〜。素敵な景色でしたか?」
と尋ねる栄三の腹部に、春樹の拳が突き刺さる……。
「まきたん、あれは?」
真子が指を差す。そこは、お化け屋敷…。
「恐い所ですが、入りますか?」
「まきたんとママがはいるの!」
「真子……私は苦手だから、嫌だなぁ〜」
「そなの? それなら、まきたんとママでいきたいところは?」
真子は、二人に気を遣っている…。 幼子には解らないはずなのだが、なぜか、二人の事を気にする真子。
「まこは、えいぞうさんといっしょにいる!」
その言葉で、春樹は何かに気が付いた。
「栄三……お前なぁ、……真子ちゃんに…何を吹き込んだ?」
「なぁんにも言ってませんよぉ〜」
「栄三ぅ?」
春樹の醸し出すオーラに、思わず構える栄三だった。
シートの上に腰を下ろした春樹とちさと、そして、真子。三人は、笹崎が用意したお弁当を広げて楽しく食べていた。少し離れた場所にあるベンチに腰を掛けて、同じように昼食を取っている栄三と組員達。
「栄三さん、この後の予定は?」
「一日、ここ。…まぁ、今日の事は、あまり公になってないから
お前らだけでの行動だけどな……あっちはどうだろうな…」
「そうですね。…猪熊さんが居ないと、本当に危険なので…。
真北さんもここだと、四代目には、誰が? やはり、おやっさんですか?」
栄三に話しかける組員は、飛鳥組の一人。
「そうやなぁ、飛鳥さんと猪戸さん。そして、厚木だろうなぁ。…厄介かなぁ」
「そうですね…山中さんが加わると、血を見ますね…」
「先日の事もあるからなぁ〜。……もしかして、四代目が素直に
OKを出したのは、真北さんから目を反らすためなのかな…」
「それが本当だと……厄介ですね…」
「いいんじゃないのぉ〜」
慶造たちの身を案ずる組員。その話をしてるにも関わらず、栄三の応対はいい加減…。流石の組員も項垂れてしまう。
「栄三さん……」
「いいのいいの。安心しなさいって」
「栄三さんのその自信は何処からくるんですか?」
おかずを頬張った栄三は、フッと顔を上げる。勢い良く咀嚼をした後、ゴクンと飲み込む。そして、笑顔で応えた。
「内緒ぉ〜」
栄三が目線を移した。そこは、春樹達が居る場所。真子が立ち上がって、栄三に手を振っていた。栄三も笑顔で振り返す。真子の笑顔が輝いていた。
「喜んでおられますね」
組員の一人が言った。
「あぁ。今は本当に外出は難しいからな…。真子お嬢様が
寂しがるだろ? 本当に、良かったよ」
真子四歳の誕生日のプレゼント。 栄三が真子と遊んでいるとき、さりげなく真子に尋ねていた。
誕生日は何が欲しい?
…えっとね、ゆうえんち!
栄三は、真子が欲しいのは『遊園地』だと想い、悩み出す。二人の会話を聞いていたちさとが、応えた。
遊園地に行きたいんだよねぇ、真子。
そこから始まる真子のための栄三の行動。その事は春樹の耳にも入り…そして、今がある。
栄三は、満足そうに真子を見つめていた。 真子は、春樹の膝の上に座り、そこから見える乗り物を指さしながら、楽しく話している。
お嬢様の笑顔………心和みます…。
フッと笑う栄三だった。
遊園地に行くと決まった後、栄三は、この日のために、春樹に内緒でこっそりと動いていたのだった。 その動きを察知されたのか、慶造たちは襲撃を受けてしまった。そして、修司の怪我…。 春樹以上に、栄三が攻撃をしていた事は言うまでもない。 それは、春樹も知っている事。栄三の行動に対して、春樹は怒り心頭。それを抑えて、ここへ来ていた。 栄三への拳には、怒りが籠もっている……。
「さぁてと。次、何に乗る?」
春樹は笑顔で真子に尋ねる。
「えっとね、えっとぉ……おふねのざっばぁん!!」
「おふねのざっばぁん? ………あぁ、急流滑りのことか……
あれは、真子ちゃん…乗る事出来たかなぁ」
「大人と一緒なら、大丈夫のはずですよ」
「そうだな。…真子ちゃん、誰と座る?」
「えいぞうさん!」
「……………なんで、栄三なんですかぁ〜〜……」
真子の応えに項垂れる春樹だった。
「落ちますよぉ! しっかり握るんだぞぉ」
「は、はいっ!」
真子の返事と同時に、乗り物は急流を滑っていく。
ザッバァァァァン!!!!!
「キャッキャ!」
水を被った真子は、嬉しそうにはしゃいでいた。
「ぬれちゃったぁ〜」
「濡れちゃったね……」
春樹と真子は、二人だけで、急流滑りに乗っていた。そんな二人を見つめるのは、ちさとと栄三。ちさとは、鞄の中からタオルを取りだした。そこへ、真子が駆けてくる。
「ママぁ〜」
びっしょり濡れた真子の頭にタオルを掛けるちさと。
「ぬれないといったのに、まきたん、おそいんだもん」
「すみません…タイミング………」
「そりゃぁ、ねぇ〜」
何かを言おうとした栄三は、再び腹部に痛みを感じた。 見えない速さで、春樹の拳が突き刺さっていた……。
「暴力反対っ!」
小声で言う栄三に、春樹の鋭い目線が突き刺さる…。 二人のやり取りを観ていたちさとは、クスッと笑いながら、真子の水分を拭き上げた。春樹は、自分のハンカチで濡れた場所を拭いている。
「真子、まだ乗る?」
「ぜんぶぅ〜」
真子のはしゃぎように、春樹達は喜んでいた。
ここまで喜んでもらえるなんて…。
嬉しさを満面に浮かべる栄三、そして、ちさとと真子の『母娘』の様子を見つめる春樹。 真子とちさとの間に自分の姿を思い浮かべていた。 ふと過ぎる思い出。 最愛の弟との時間を思い出した春樹は、遠いところを眺め始める。
芯……元気にしてるのかな…。
もう…高校生か……。早いよな…。
思い出に浸る春樹は、真子の声で現実に戻される。
「まきたん、あれなら、だいじょうぶ?」
「…あっ、は、はい。大丈夫ですよ」
真子も、春樹の何かに気付いた様子……。
「えいぞうさんも、のろうよ!」
「そうですね、乗りますよ!!」
そして、四人は、次の乗り物に乗った。
夕暮れ。 空が紅く染まり始めた頃、一台の車が帰路に就いていた。
車の中。
遊園地で堪能した真子は、ちさとの膝の上に座って、抱きつくように眠っていた。
「真北さん」
「はい」
隣に座る春樹が返事をする。
「ありがとう。楽しかったぁ〜。真子も大喜びだったね」
「そうですね」
「あの人を説得して頂いて…」
「御存知でしたか…」
「栄三ちゃんの言葉だけでは、あの人…無理だもん。それに、
大変な時期だとは解っているけど…真子には、関係ないことだから…。
あまり、真子を閉じこめたくないから…。私達の世界に…」
ちさとは、優しく真子を撫でていた。
「今年の冬こそ、天地山に行きますか?」
春樹の言葉は唐突だった。
「そうですね。真子にとっては、初めての雪になりますね。
原田さん、しっかりと支配人しておられるのかしら?」
「してますよ。すっかり支配人が板についてしまったようですね」
「嬉しいことですわ」
「原田も、真子ちゃんが来るのを待ってるようです。
先日、電話での会話は、真子ちゃんのことばかりだったんですよ」
「真北さんに負けないくらい、子供が好きみたいですからね」
ちさとは、春樹に微笑んでいた。真子は、ふと目を覚ました。そして、ちさとから離れ、春樹に手を差し出した。春樹は、真子を抱きかかえる。
「まきたん…」
そう呟いた真子は、春樹の胸に顔を埋めて、再び眠り始めた。
「疲れちゃったのね…」
「思いっきりはしゃいでましたからね」
春樹は、真子の肩に上着を掛ける。
「こんな姿をあの人が観たら、妬きますね」
「そうだろうなぁ」
「真北さんをお父さんと間違ってるのかもしれないわね」
「案外、父親は二人と思っているかもしれませんよ」
「そうかもしれませんわね」
春樹は微笑んでいた。
「…また、観覧車に乗りましょうね」
「嫌です」
ちさとの言葉に即答する春樹。微笑ましい雰囲気の中、真子は、気持ちよさそうに眠っていた。
夕焼けが輝く道を、春樹達が乗った車が走っていく……。
(2004.11.20 第五部 第一話 改訂版2014.11.21 UP)
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