第五部 『受け継がれる意志編』
第七話 新たな世界の入り口に…。
山本家では、この日、葬儀が行われていた。たくさんの人が訪れ、故人を見送っている。
学生服を着た芯は、無表情で喪主席に座っていた。
「芯くん」
声を掛けられ顔を上げる。そこには、広瀬と樋上が立っていた。
「広瀬さん…樋上さん……」
「これからも、俺達を頼ってくれよ」
「いつも……ありがとうございます」
そう応えるのが精一杯の芯。 芯は不思議に思っていた。
兄の春樹が縁を切り、出て行った後、それまでの生活を無いモノとして過ごしていたはず。なのに、この半年程、昔の知り合いが、こうして側に居る。 鈴本が亡くなってからは、更に増えていた。 まるで、守ってくれているように。 やくざの世界の事。いつ襲ってくるか解らないから。 鈴本は、そう言っていた。 現に何度か襲われている。そのたびに、鈴本たちが守ってくれた。 その中に、広瀬の姿もあった。 一体……。
芯は鈴本達の任務の事は知らない。 知っているのは、母の春奈だけ。 春奈は、その事に関しては、何も触れなかった。ただ、
父・良樹に対する敬意なんでしょうね。 そういう思いは、永遠に続くものだから…。
そう語るだけ。
それなら、なぜ、広瀬さんは……。
その答えを語らぬまま、春奈はこの世を去っていった。
お母さん………。
芯は、春奈の遺影を眺める。 読経が遠くに聞こえるようだった。
静けさが漂う山本家。 芯は、何することなく、ただ、母のお骨の前に座っているだけだった。
「お母さん……どういう事ですか?」
芯は、思い出す。 母の最期の言葉を……。
芯は、学校を早退して、急いで病院へと駆けてくる。走ってはいけない廊下を、全速力で走り、そして、春奈の病室へとやって来た。 そこには、朝、元気に見送ってくれた母の姿ではなく、すぐそこに、死に神が来ているような、そんな雰囲気を持つ母が、横たわっていた。なのに、芯の姿を見た途端、春奈は微笑んでいた。
「し……ん」
「お母さん!!」
芯は、春奈に駆け寄り、手を取った。 血が通っているのかいないのか…。温もりを感じない春奈の手を、芯は強く握りしめた。
「すぐに……良くなりますよ…」
芯の言葉に、春奈は首を横に振る。
「芯……ごめんね…」
「えっ?」
「でも………もう、大丈夫だからね……。心配しなくていいから…。
これからは……好きに…生きなさい。…芯の思うように生きていきなさい」
「お母さん……何を……!!!」
春奈の目から、涙が溢れ、そして、流れ出す。
「俺……」
「……芯………ありがとう……」
春奈は微笑んで、目を瞑った。
「…お……かあ……さ……ん?」
「好きに生きろとは…どういう事ですか?」
芯は春奈の遺影に問いかける。
「……自分で考えろ……ということですね……」
大きく息を吐く芯。伏し目がちになり、口を尖らせ、何かを考え込んでいた。
春樹は、山本家の近くに立っていた。 葬儀の間、ずっと見つめていた。 見送りの時は、影から見守り、心で手を合わせていた。 知り合いの人達と一緒に帰ってきた芯の胸には、大事そうに抱えられている白い箱が…。 それを目にした時、思わず駆け寄りそうになった。 春樹の姿に気付いていた滝谷が、目で『駄目だ』と訴えている。 春樹は、背を向けて、グッと堪えていた。 すっかり暗くなったのに、家に灯りが付く気配がない。 芯の考える事は解っている。 恐らく、一人で悩んでいるのだろう。 駆け寄りたい。 側に寄って、抱きしめてやりたい。 しかし……。
それは出来ない…。
芯………。
春樹は、意を決して、山本家に背を向けて、去っていった。
春樹が去って直ぐに、山本家に灯りが灯った。
『真北家之墓』
春樹は、花を添え、線香を上げる。そして、手を合わせた。
お袋……。
春樹は、二ヶ月前の事を思い出していた。
春樹は、出先で連絡を受け、すぐに何処かへ向かって行った。 向かう先は、春奈が運び込まれた病院。知り合いに会っても大丈夫なように、サングラスを掛ける。
春奈の病室へ隠れるように入っていく春樹。 春奈は、ベッドに横たわっていた。側に居る担当医が、春樹に一礼し、話しかけてきた。
「もう、長くありません。…芯くんは、先程連絡したところなので、
間に合うかどうか…」
「……間に合いますよ。…母が……そうしますから」
春樹は、微笑んでいた。
「廊下に居ますので」
そう言って、担当医は静かに病室を出て行った。 春樹は、春奈の側に座り、そっと手を取った。
「お袋……聞こえてるか?」
グッと握りしめる春樹。それに応えるかのように、春奈が握り返して来た。
「……春樹………。やっぱり、来た…んだ」
「…お袋………!!!」
春樹は、感極まって、春奈を抱きしめる。
「ねぇ、春樹」
「はい」
返事が震える。
「…約束……守ってくれる?」
「嫌です。私は……」
「守りなさい」
「お袋…」
「……芯…一人になってしまうから…」
「芯の事なら、私は、この任務に就く前から……」
「…それなら、安心だけど……。……ねぇ、春樹」
「はい」
「いつ……芯に打ち明けるの? あの子は、未だに…」
「言いそびれてます。…でも、いつかきっと…」
「その時…芯が…怒らなかったら………いいんだけどね…」
弱々しく、春奈が言う。
「もしかして、芯は、慶造に対して怒ってるんですか?」
「そうね…。教師を目指す事を辞めるかもしれない程……ね」
はきはきと話す春奈。それには、春樹は驚いていた。 危篤だと聞いたのに……。
ドアがノックされ、担当医が入ってきた。
「春樹くん、芯君が、玄関に来たそうですよ」
「ありがとうございます」
春樹は、立ち上がる。その手を掴んだ春奈。
「お袋……」
「……春樹……」
「任せてください」
春奈は何度も何度も頷いた。
「芯には……好きなように……生きてもらうからね…、春樹…」
「えぇ」
「それが、例え……あんたと同じ道を選んでも……」
「えぇ…。そうなっても、私は芯を守りますよ。だから、安心して……」
「春樹……」
春樹の頬を一筋の涙が伝い、春奈の手に落ちた。
春樹……。
「無茶…するな」
春奈は、力強く言う。春樹は、そっと頷き、春奈の手を放す。そして、素早く病室を出て行った。
春樹……。約束は、守ってね…。 死ぬなよ…春樹っ!
春奈の思いは、病室を後にし、芯が廊下を走ってくる間、影に隠れていた春樹に届いていた。 暫くして、芯の叫び声が聞こえてくる。
お袋………!!!!
春樹は、拳を握りしめ、そして、壁を一発殴る。 ゆっくりと歩き出した春樹。その背には、哀しみと怒りが込められていた。
春樹が殴った壁には、ひびが入っていた。
春奈がこの世を去って二ヶ月が経つ。 哀しみを打ち消すかのように、春樹は仕事に没頭していた。 慶造が停めても、ちさとが優しく声を掛けても…。 そして、今。 心が落ち着き、こうして、墓前へとやって来ることが出来た。 仕事をしながらも、芯の様子は毎日のように伺っていた。 まるで、何かを忘れたいかのように…。
「お袋……。ゆっくり、親父と過ごしてください。後の事は
私に任せて。…芯の事も……」
そう言って、春樹は去っていく。
春樹が去って直ぐに、誰かがやって来た。 学校帰りの芯だった。手に花を持ち、線香も持っている。そして、真北家の墓前にやって来た。
「あれ?」
既に花と線香が添えられている事に、芯は驚いていた。
「…………滝谷さん…かな……」
そう思いながらも、芯は線香を上げ、花を添える。
「お母さん! 落ち着きましたから。ご心配をお掛けしました。
今学期も、成績はトップでした! この休みは思いっきり
体を鍛えて、これからの事に備えておきます。どこまで
鍛えられるのか、挑戦です。見てて下さい、お母さん」
芯の表情は輝いていた。
「あっ、それと、……一人では、あの家は広いので引っ越しました。
目指す大学の近くに…。その…広瀬さんが、探して下さったんです。
知り合いの方が、管理をしているそうで。…住み心地が良くて、
心も和みそうな所です。広瀬さんは、いつまでも見守って下さるんですが、
そろそろ、俺……独り立ち出来そうなので、断っておきます。
いいですよね、お母さん」
凛とした姿で、芯は言い切った。
「では、これで」
芯は去っていく。
春樹は、山本家の前で呆然としていた。 表札が外され、人が住んでいる気配も無くなっていた。
えっ……?
春樹は、足音に振り返る。二軒隣の奥さんが、春樹の姿を見て、歩み寄ってくる。
「山本さんなら、引っ越しましたよ」
「引っ越し? 昨日は確か…」
「今日、急に。恐らく、芯くん一人じゃ広いと思ったんでしょうね」
「あの……行き先は?」
「それは告げなかったわ…。きちんと挨拶をしただけで…。本当に
しっかりとした男の子ですよね。今時の高校生じゃ、あのように
しっかりとしてませんよ。…春奈さんの育て方、見習いたいわ…」
「そうですか…」
どこに……。
「あの…芯くんの身内の方?」
「昔の知り合いです。…芯君が、小さい頃の…久しぶりに…と思ったんですが…。
そうですか、引っ越されましたか…」
「お役に立てなくて…ごめんなさい…」
「いいえ。ありがとうございます」
春樹は、深々と頭を下げて、去っていった。
夏が来た。
毎年恒例になってしまった行事……それは……。
「真子ちゃん……余程、気に入ったんでしょうね」
「そうですね」
「毎年ですか?」
「さぁ、それは、真子の事だから、解らないけど……」
「言いそうですよ…あれは……」
春樹とちさとは、とある場所を見つめていた。 そこは、メリーゴーランド。 今年も真子の誕生日プレゼントは、遊園地に来る事だった。 もちろん、昨年同様、栄三の案。 メリーゴーランドでは、栄三と真子がはしゃいでいる。またがる馬が上下する度に、栄三が真子に何かを言っている様子。そのたびに、真子が大笑いしていた。
「栄三さん……真子の前では、我を忘れてますね…」
「それでも仕事はこなしてる……何を考えてるんだか…」
「真子を守る事しか考えてないんでしょうね」
「任せていて良いのかな…」
「大丈夫ですよ」
ニッコリ笑って、ちさとが応えた。 真子が出口から駆けてくる。
「ママ! まきたんといっしょに!」
「ジェットコースター?」
「うん! まこ、えいぞうさんとみてる!」
「じゃぁ、真北さん、行きましょう!!」
張り切るちさとに、春樹は苦笑い。
「何よぉ〜もぉっ! あれくらいは大丈夫でしょ? ほら、早く!」
「…っちょ、ちょっと、ちさとさぁん」
強引に手を引っ張られて、春樹はジェットコースターの乗り場へ。
「……???? まきたん、つかれてるの?」
真子は、栄三を見上げて、尋ねる。
「いいえ。真北さんは、ちょっと苦手みたいですね」
「ジェットコースター?」
「あの高さですよ」
「たかさ………」
真子は、見上げる。しかし、真子には何だかさっぱり解らない。
「わかんない」
「もう少し大きくなったら解りますよ」
「もうすこし…まつぅ〜!!」
その時、春樹とちさとを乗せたジェットコースターが走り出した…。
ちさとの表情を見つめる栄三。 慶造の前に居る時よりも、明るく輝いているように見えていた。
「えいぞうさん」
「はい?」
「さみしそうだよ?」
真子は、栄三の足にしがみつき、顔を埋める。
「お嬢様?」
「どうしたの?」
「何がでしょうか」
「さみしそうな目…してるから…」
お嬢様……。
栄三は、真子の心配げな表情を見て我に返る。そして、優しく微笑んで、真子を抱きかかえた。
「そうだよぉ〜。私もあのような、ちさとさんの笑顔を
側で見たいですから…」
「じゃぁ、こんどは、えいぞうさんとママがいっしょ…だめ?」
「それは、真北さんに怒られますからねぇ」
「まきたんのママだもんね。パパがおこるけど!」
「えぇ」
「えいぞうさんには、まこが、わらってあげる!!」
そう言って、真子はニッコリと微笑んでいた。
お嬢様……。
栄三は、真子をギュッと抱きしめてしまった。
早く大きくなって下さい…。
「………………………栄三」
低い声が、栄三の背後に響く。 ピクッとした栄三は、恐る恐る振り返る。 そこには、怒りの形相で春樹が立っていた。 栄三は、慌てて真子を地面に降ろし、ピシッと立つ。
「……何を考えていた…? あ?」
「なぁんにも…」
「真子ちゃんを力一杯抱きしめて…」
「何も考えてませんって」
「………否定する所が、怪しい……」
あちゃぁ〜〜。
冷や汗を掻く栄三。
「ねぇ、ママ」
「なぁに?」
その場の雰囲気を変えるかのように、真子がちさとに話しかける。真子は、ちさとを引っ張り、耳元で何かを告げた。ちさとは、笑っている。
「ちさとさん??????」
春樹と栄三が、首を傾げた。
「うふふ……栄三ちゃん、一緒に何か乗ろうっか?」
「えっ?! えっ?!????」
「どれがいい?」
ちさとは、栄三と腕を組み、歩き出した。
「って、姐さん!! 今日は、お嬢様のぉ〜」
「いいの!! 真子には真北さんが居るから。ほら、行くよ!!」
「……って、あのぉ〜、ちょ、ちょ!!!」
ちさとの強引さに、女に手が早いと言われる栄三でも、参ってしまう。 なぜか、しどろもどろになっている。 あたふたとしている。 そんな栄三を強引に連れて行くちさと。 唖然としている春樹の服を真子が引っ張る。
「まきたん、まこも、なにかのるぅ〜」
「真子ちゃん、ちさとさんに何を言った?」
春樹は、真子を抱きかかえながら優しく尋ねる。 真子は、ニッコリと笑って、
「ないしょ!!」
元気よく応えた。
ちさとと栄三は、お化け屋敷から出てきた。 ちさとは、しっかりと栄三にしがみついている…。
「恐いなら、誘わないで下さいよ!!」
「いいでしょぉ〜。入ってみたかったんだもん〜」
「耳……痛いです…」
「我を忘れて…叫び過ぎちゃった!」
照れたように首をすくめるちさとを見る事が出来ない栄三。
お嬢様……何も、急に……その…。
真子がちさとに告げた言葉が解った栄三。 ちさとの楽しむ姿を見て、栄三は喜んでいた。
「お嬢様と真北さんは、どこに行ったんでしょうか…」
「気にしない! 次、何に乗る?」
「姐さん、その……腕…」
「…あらら……ごめんなさい」
慌てて離れるちさと。
「もし、私が、姐さんに手を出したら………」
「真北さんの鉄拳と慶造さんの拳が炸裂……かしら?」
「そうですよね…」
「そのつもりなの?」
「いっ?!???? 姐さん…………」
「栄三ちゃん、一体どうしたの?」
「えっ?」
「真北さんもだけど……この頃、みんな……変わったな……」
ちさとは、寂しげに言ってベンチに座った。
姐さん…。
栄三は、ちさとを守るような感じで側に立つ。
「どう言えばいいのかな…。黒崎さんとの事で…」
「……確かに、黒崎組と抗争が始まりそうな雰囲気です。
そんな時期に、こうして、外出するのも危険だと解ってます。
だけど、真子お嬢様には、関係ありません。だから…」
「………真北さんに振り回されてるの?」
「それも…あります。だけど、真北さんは、一人でなさる事が多い。
その事に気を配ってもいます。…真北さん、このところ動き回って
休んでいる所を見た事ありません」
「えぇ。毎日のように真子に会いに来るけど、仕事ばかりだわ…」
「………口止め……されてます」
「そうでしょうね…」
ちさとは、栄三を見つめた。
「栄三さん」
「はっ」
「真北さんのこと、お願いしますね」
「姐さん……俺の仕事は…」
「私と真子を守る事。…だけどね、真子が哀しむ事は嫌でしょう?
真北さんは、怪我をしていても、それを悟られないように振る舞うから。
真子の前では常に笑顔で、それでいて、危険を察知しても、それを
悟られないように、振る舞っているから…。だから、真北さんのことを
守る…それは、真子を守る事に繋がるの。…栄三さん」
「………任せて下さい。…これでも腕には自信がありますからね」
栄三はウインクをする。
「……口止めかぁ〜」
ちさとが嘆くように言った。
「もしかして、四代目に頼まれてましたか?」
「えぇ。あの人が一番心配しますからね。あの事件からずっと…」
「はい。四代目からも、きつく言われてますよ」
「…栄三さん……」
「はい」
「個人個人で、口止めされてるのね?」
「あっ、その……はぁ〜、はい……。お嬢様からも…です」
「…悪い事だけは、教えないでくださいね」
「反省してます……」
項垂れる栄三だった。
真子は大きな風船がたくさんある場所で遊んでいた。春樹も真子と一緒に遊んでいた。風船に腰を掛けると、ふわふわと浮く感じが、真子を楽しませている。何度も風船に座り、弾んで遊んでいた。 真子が乗っている風船が割れる。 真子は、驚いたように目を見開く。
「大丈夫か?」
「びっくりした…………」
「…真子ちゃん……ふふふ……おもしろい顔ぉ〜」
「………まきたんの…いじわるぅ!!!」
真子は差し出してる春樹の手をぽこぽこと叩いていた。
「御免御免。私もびっくりしたんですよぉ!!」
「もっと、あそぶ!」
「それが、帰る時間が迫ってるんですけど……」
「……もっとぉ〜」
「真子ちゃん、時間を守る約束してるよね」
「……はい。……ママとえいぞうさんは?」
「二人っきりで、たぁっぷり楽しんでいる事でしょう」
春樹の言葉には、嫌味がたっぷり含まれているが、未だ五歳の真子には、解らない大人の事情。首を傾げるだけだった。
「それなら、コーヒーにのる!!」
「解りましたぁ」
「また、ぐるぐるする!!」
「……目が回るから…止めて下さいね…」
「する!!」
「……はい……」
諦めたように返事をした春樹だった。
春樹と真子は、コーヒーカップに乗って、ぐるぐると回っていた。 組員の一人が、栄三とちさとを連れてやって来る。
「ありがとう」
ちさとの言葉を聞いた組員は、一礼して去っていく。
「あらあら、真北さん、目が回ってるわよ……」
ちさとが言った。
「お嬢様にせがまれたんでしょうね。お嬢様…笑ってます…」
コーヒーカップを回しすぎて、目を回した春樹は、天を仰いでいる。真子は、グロッキーの春樹にお構いなしに、コーヒーカップを回している。春樹が真子に何かを言ってるのだろう。真子はキャッキャと笑っている。 そんな二人を憂いの眼差しで見つめているちさと。
「姐さん。やはり、考え直した方が…」
「いいのよ……。真子は、未だ、この世界に染まってないから。
それに、真北さんも…」
「私は、あの二人には付いていけませんよ…」
「栄三ちゃんも染まってないでしょう?」
「今は未だ…。でも、これからは、解りません。私は親父の代わりに
…親父の為に……」
「…小島さんの心を裏切らないでね…お願いだから…」
「姐…さん……」
ちさとの決意は固い様子。 真子の事を春樹に託す。 そして、自分は……。
足取りもおぼつかない感じで、春樹が出口にやって来る。真子が一生懸命に春樹の手を引っ張っていた。
「真北さん、大丈夫ですか!!」
ちさとは、慌てて駆け寄っていった。
「……ほへぇ〜〜。……ちぃしゃとしゃぁ〜ん」
………硬直………
あまりにも不似合いな春樹の雰囲気に、誰もがその場で硬直する。しかし、それは、笑いへと変わっていった。
「ふふっふ……あははは!!! もぉ〜、真北さんたらぁ!!」
「すみみゃせん……これ……五回目なので…」
「あっはは……あ…?」
急に笑いが止まる。 コーヒーカップを連続で五回も乗っていた春樹と真子。 春樹は、真子の期待に応えようと、危険を承知で乗った様子。
「だから、停めたんですよぉ、お客さん!!」
係員が、嘆いたように言った。
「乗るだけならまだしも、思いっきり回しているから……」
別の係員が、冷たいタオルを差し出しながら、側のベンチに春樹を座らせた。
「お嬢ちゃんの方は元気ですね」
優しく語る係員に、真子はニッコリ笑っている。
「やはり、若さ…………うごっ………」
春樹の蹴りが、栄三の腹部に突き刺さり、栄三は、真後ろに倒れてしまった。
「まきたんの…かちっ!!!」
無邪気に言った真子だった。
ケーキの上に、ろうそくが五本、炎を揺らして立っていた。 真子は、思いっきり息を吸って、そして、火を消した。
「おめでとぉ〜!!」
火が消えたと同時に、祝杯の声。 阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川の一室で、真子の誕生日パーティーが行われていた。 集まる人物は、もちろん…。
「…真子ちゃん、おめでとぉ〜」
幹部の飛鳥が、猫柄のかわいい包装紙で包まれた箱を真子に差し出した。
「あすかさん、ありがと」
真子は直ぐに受け取る。
「ね、ね、あすかさん」
「はい」
「ねこ?」
真子は、手にした箱を爛々と輝く目で見つめていた。
「お部屋に帰ってから、開けて下さいね」
飛鳥は、真子の耳元に顔を近づける。
「慶造さんが、怒りそうですからぁ」
「はい!」
真子は、微笑んだ。 川原が、真子にプレゼントを渡す。部屋に顔を出した笹崎と女将の喜栄まで、真子にプレゼントを持ってくる。あっという間に増えたプレゼントは、主役の真子の姿を隠す程。 真子は、側に居る春樹と楽しそうに話しながら、プレゼントの箱を見つめていた。そんな二人を見つめているのは、少し離れた場所に座っている慶造とちさとだった。
「ったく…プレゼントはいらん…そう言ってあるのにな」
慶造はふてくされたように言う。
「そう言うなら、みなさんにプレゼント…やめたらどうですか?」
ちょっぴり怒った口調で、ちさとが言う。
「仕方ないだろぉ〜。もらうんだから…」
「そうですね。よろしいじゃありませんか。真子も喜んでますから」
ちさとは微笑んでいた。
「ま、いいか…」
慶造は、料理を口に運ぶ。
「飛鳥」
「はっ」
すぐ側に居た飛鳥に声を掛ける慶造は、近づくようにと指で合図する。
「猪熊と小島は、どうした?」
「あっ、その……」
「まさか、内緒で動いてるんじゃないだろうな…」
「……本部におられます」
「はぁ?」
「その………………」
飛鳥は慶造の耳元で何かを告げる。 慶造は、呆れたような嬉しいような笑みを浮かべ、飲物に手を伸ばす。
「ささおじさん、ごちそうさまでした。あすかさん、ありがとうござました。
かわはりゃさん、ありがとうござぁました!」
真子は、部屋を出るときに、大きな声で挨拶をする。
「真子ちゃん、お休み」
「おやすみなさい」
そして、真子は部屋を出て行く。 真子の後ろには、たくさんの箱を持った春樹と栄三の姿があった。
「えいぞうさん」
「はい」
「こじまおじさんは、おしごと?」
「いいえ」
「きょう、いなかった…」
「そうですねぇ〜。でも、居ますよ」
「どこ? えいぞうさんのおうち?」
「お嬢様」
「はい」
「これから、楽しい事が待ってますよぉ〜」
「…たのしい…こと?」
真子は、首を傾げる。
…かわいい……かわいすぎる……。
真子の仕草を見て、春樹と栄三は、同じ事を想っていた。
真子は、栄三に手を引かれて、庭先にやって来る。 縁側に真子を座らせた栄三は、手を挙げた。 それと同時に、庭木が明るく輝き始めた。
「お嬢様、お誕生日おめでとう御座います」
そこには、修司と隆栄が立っていた。
「いのくまおじさん、こじまおじさん!! これ、これ!!」
庭木には、色とりどりの小さな電球が付けられていた。まるで、クリスマスツリーの様子。電球は、真子の似顔絵を形取っていた。
「だぁれだ?」
隆栄が真子に尋ねると、
「まこぉ!!!」
真子は元気よく応えた。
「私と猪熊からのプレゼントですよ。喜んで頂けましたか?」
「うん!! えいぞうさん、おりたい!!」
「近くで見るよりも、ここから観た方が、綺麗ですよ」
「ほんと?」
「はいぃ〜」
「じゃぁ、ここでみる!! わーい! すごぉい!!」
真子の笑顔が輝く瞬間。
「ママ、ママ!!」
側に立つちさとの袖を引っ張っる真子。
「すごいねぇ〜良かったね」
「うん!! まこ、そっくり?」
「そっくりだよぉ」
ちさとは、真子を抱きかかえて、庭木を見つめる。
「きれいだね……真子」
「うん」
真子は、ちさとに寄りかかるように頭を動かし、嬉しそうに眺めていた。
「…………年々派手になるよな…真子の誕生日」
慶造が呟く。
「いいじゃないかよ。真子ちゃん喜んでるから」
春樹が応える。 真夜中に、慶造と春樹は縁側に腰を掛け、真子の似顔絵のネオンを見つめながら、酒を飲んでいた。
「嬉しい癖に」
春樹が慶造をからかうように言う。
「ほっとけ」
慶造が酒を飲み干すと、春樹が新たに注ぐ。
「なぁ、真北」
「ん?」
酒を口にしながら返事をする春樹。
「何か遭ったのか?」
「なぁんにも」
「今まで以上に忙しそうにしてるよな」
「まぁな」
春樹は煙草に火を付ける。煙を吐き出し、空を見上げ、
「鍛え直してるだけだ」
ため息混じりに、そう言った。
「それでか…最近、引き締まったように見えたのはぁ」
「そうか?」
自慢げに力こぶを作ってみせる春樹。慶造は、ムニムニと触る。
「おぉすごぉ。…これで殴られたら、たまらんな…。
まさかと思うけど、俺を殴るために……?」
「その通りぃ〜」
春樹は、あぐらを掻いて、軽い口調で応えていた。
「俺も鍛え直そうっと」
おつまみを口に放り込みながら、慶造は笑っていた。 そんな二人を、ネオンの真子が、かわいらしく見つめていた。
(2004.12.18 第五部 第七話 改訂版2014.11.21 UP)
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