任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第五部 『受け継がれる意志編』
第十話 秘密

だから停めろと何度も言っただろがっ!!

病院のベッドの上で抑制されている慶造が怒鳴った言葉。修司は、その怒鳴り声が耳から離れないまま、春樹の後を追いかけるように動いていた。
春樹は、たった一人で敵対関係の組事務所へ足を運ぶ。しかし、何事も起こさずに事務所から出て来る。

……どうしてだ?

不思議に思いながらも、春樹に気付かれないようにと追いかけていく修司だった。

別の事務所へ入っていった春樹。修司は、その事務所の玄関が見える場所で待機しようと辺りを見渡した。

「…って、何してるんだよ、小島」
「見張り」
「…………何でここに居る?」
「考えつくことだからさ。恐らく、ここに来るだろうなぁ〜と」

隆栄は壁にもたれる。

「ここ……最近、龍光一門に鞍替えした組」
「………ということは、慶造が恐れている事になりそう…だと?」
「そゆこと」
「それなら………」
「ちゃぁんと手は打ってあるから、安心しろ」
「できん!!!」

突然、オーラが変わる修司。
春樹が入っていった事務所内から、銃声が響き渡った途端、ガラスが割れる音、物が破壊される音などが、続いて聞こえてくる。

「……いくらなんでも、真北さんの立場でのあれは…」
「だから、大丈夫だって。手を打ったと言っただろ?」

軽い口調で隆栄が言う。

「………………小島…まさかと思うが……」
「正解ぃ〜」

ガツン!!

修司の拳が、隆栄の頭に落っこちた。



「はぁ〜〜」

大きく息を吐きながら項垂れ、首を横に振る春樹。
その間にも、人を殴るような鈍い音が響いていた。
悲鳴が聞こえ、その後に物が割れる音がする。

「あのなぁ」
「はい?」

返事をしながら振り返ったのは、人を殴り終え、服を整える栄三だった。

「俺の仕事」

短く言う春樹に、栄三は微笑んでいた。

「先程言いませんでしたか?」
「何度も聞いた。だから、俺に対する栄三の答えは?」
「これなんですけど……」
「これって……」

栄三が指を差す所。そこには、気を失った男達が床にゴロゴロ横たわる現場…………。

「俺に始末書書けってか?」
「先手必勝。俺が居なかったら、それこそ……」

春樹が行っていた事。

「まぁ、そうだけど………ったく…」
「約束事は守ってまぁす!」
「もういいぃ〜」

あまりにも場違いな雰囲気で応える栄三に、春樹の怒りはいつの間にか納まっていた。

「一応、呼んでおくよ」

そう言って、春樹は懐から電話を出し、連絡を入れる。
その時、床に転がっている男が動き出す。春樹はそれに気づき、おもむろに蹴りを入れる。
男は壁に後頭部をぶつけ、再び気を失った。

わちゃぁ〜〜、先手打ってて、正解だな、こりゃ。

栄三は煙草に火を付けながら、春樹の行動を横目で見ていた。


赤色回転灯に囲まれた事務所の裏口から、春樹と栄三が出てきた。

「次は?」

栄三が尋ねる。

「知らん」
「冷たぁ〜」

春樹は、煙草に火を付ける。ふと人の影に気付き顔を上げた。
春樹の目は、少し向こうの通りを歩いていく人物に釘付けだった。

「真北さん?」
「後はいい。小島さんと猪熊さんと一緒に本部に戻っておけ」
「御存知でしたか」
「まぁな。…お前の嫌ぁ〜な所に寄って帰る」
「わっかりましたぁ〜お気を付けてぇ〜。お嬢様が待ってますよ」
「うるさい。さっさと行けっ」
「はいはい」

栄三は、離れた場所に居る隆栄と修司の所へと駆けていった。三人は、春樹に一礼して去っていく。

おっと、こうしちゃいられん!

春樹は先程釘付けになった男を追うように走っていった。


「真北さん、どこに?」

隆栄が息子に尋ねる。

「たぶん、処理かな」
「署か」
「四代目には?」
「俺が伝えておくよ」

修司が言った。

「よんろしくぅ〜」

ったく、親子揃って同じ口調で応えるなっ。

と思いながらも修司は、その場を去っていく。




春樹は、一人の男を追いかけていた。
付かず離れずの距離を保ちながら、春樹は男に付いていく。
男は、一つの高級マンションの玄関に向かって歩いていく。そこで立ち話をしている主婦達と笑顔で会話を交わした男は、オートロックのマンションへ入っていった。
春樹は、マンションの玄関の前を歩く。その時、主婦の会話が耳に入ってきた。

「確か、もうすぐ高校二年生だよね、芯くん」
「両親を亡くして、一人暮らしだって。大変だよねぇ。
 男の子の一人暮らしって」
「彼女、居るのかな?」
「あの顔よぉ〜居るでしょ!」
「そうだよねぇ〜。かわいい所もあるし、かっこいい所もある」
「常に優しく素敵な表情で話してくれるから、こっちも心地良いし」
「でも、一人の時、寂しそうな表情をしてるよね」
「常に笑顔を見せてくれるけど、なんだか心配ですよねぇ」
「でも、芯くんの笑顔って、心が温まるわ〜」
「…格闘技……たくさんこなしてるんでしょ? 見えないよね」
「そうよねぇ〜。…ということは、怒ったら、凄いのかもしれないわよぉ」
「だから、みんなに優しいのかな。うちの主人にも見習ってほしいわぁ」
「もしかしたら、ボディーガード……向いてるかもぉ」

春樹の耳には、主婦達の言葉が残っていた。


一人の時、寂しそうな表情をしてる……。


芯……無理してるんじゃないのか?






その日は雪が降っていた。
真子が春樹の部屋をノックして、ドアを開ける。

「まきたん、ゆきぃ〜」
「はいはい。どうしました?」

春樹は、真子を抱きかかえて廊下に出てくる。

「ゆき、ふってるの!」
「……ほんとだ…。珍しいですね、もうすぐ三月なのに」
「こうえん、いく!」
「今は駄目。雪降ってるから」
「…ゆきであそぶ!」
「庭なら、許可しましょう!」
「やった! まきたん、はやく!!」

庭には、うっすらと雪が積もっていた。真子は、雪の上に足跡を付けて楽しんでいる。春樹は、楽しそうな真子を守る感じで、見つめていた。

「ねぇ、まきたん!」
「はい」
「こうえん…あぶないの?」
「雪で転びますよ」
「………パパのおみまいは?」
「慶造は、来週には退院しますよ」
「おけが……ひどかったの?」
「私のせいですよ」
「また…けんか?」
「はぁ、…すみません……」

って、これで、八回目だな、…真子ちゃんに責められるのは…。

頭をポリポリと掻きながら、空を見上げる春樹。
ふと、何かが頭の中を過ぎる。

そういや…芯にも……。

春樹は、服を引っ張られて、目線を下げる。真子が、服を引っ張っていた。

「まきたん」
「あっ、はい」
「ゆきのおはなし、して!」

真子の無邪気な表情が、そこにあった。

「では、そこに座ってぇ〜」

春樹の言葉に、真子は嬉しそうに縁側に腰を掛ける。春樹は、靴を脱ぎ、縁側にあがる。そして、真子の靴を脱がせて、窓を閉めた。

「やだ、あけてて」
「はい」

真子の言葉には、素直な春樹。
扉を開け、真子を膝の上に乗せて、雪にまつわるお話を語り始めた。




慶造が入院している病室。
慶造は、窓の側に立ち、外の景色を眺めていた。

「その後は?」

静かに尋ねる慶造。

「全く外に出る気配が無く…」
「それで?」
「黒崎の姐さんと息子の命を奪った奴らは、すでに、真北さんの
 例の場所へ。そして、その奴らを促したと思われる龍光一門の
 一派も、………その…」
「先手を打った小島親子によって、潰された……か。…ふぅ〜」
「慶造?」

慶造から少し離れた場所に、修司が立っていた。

「ん? あ、あぁ…本当に厄介だなぁと思ってな」
「そうだよな。まさか、新たな敵が出てくるとは…。黒崎との抗争で
 痛手を負った所を襲うつもりだろうな。そして、一気に全国制覇…」
「そっちじゃなくて、小島親子」
「………はぁ?!」

慶造の言葉に呆れる修司。

「いや、その……慶造?」
「真北の行動よりも先に…なぁ」
「はぁ、まぁ…………」
「真北も、そのつもりだったんだろ?」
「そこまで聞いてない」
「……修司」
「ん?」
「…今、何してるのか? 心配してるんだろ?」

慶造が尋ねる事は、真子の事。

「思いっきりなぁ。パパの怪我酷いの? って心配顔でなぁ」
「だから、真北が動かないんだな」
「かもなぁ〜」

修司は窓に歩み寄り、外を見つめた。

「ほんと、こんな時期に雪って、珍しいな」

修司が言った。

「あぁ」

静かに応える慶造だった。




春樹に物語を語ってもらっていた真子は、膝の上で眠ってしまった。

「眠りましたか……」

真子を見つめる春樹の目は、どことなく寂しそうに感じる。
そっと目を瞑った時だった。

「そのままだと、風邪を引きますよ」

ちさとが声を掛けてきた。

「ん?…あ、あぁすみません。真子ちゃんに物語を語っていたら、
 私まで寝入ってしまうところでした」
「何も窓を開けてまで…」
「この時期にうっすらとが珍しいんでしょうね。せがまれました」

春樹は、膝の上の真子に目線を移した。ちさともそれにつられるように真子を見つめる。

「すっかり眠ってしまったのね」
「えぇ」

優しい眼差しで真子を見つめ、頭を撫でる。

「…何か、悩みでも?」

春樹の雰囲気がいつもと少し違うと感じたちさとが、優しく尋ねる。

「いいえ、何も。部屋へ連れていきます」

春樹は真子を抱えたまま立ち上がり、ちさとの部屋に向かって歩き出す。



真子をベッドに寝かしつけ、優しく布団を掛ける春樹は、やはり、どことなく寂しい眼差しをしていた。

「真北さん、話してください」

ちさとは、春樹の目を見て力強く言った。春樹は、戸惑う表情を見せ、ちさとから、目を反らす。
春樹にしては、珍しい行動。
暫くして、春樹が静かに語り始めた。

「真子ちゃんに、物語を語っているとき…思い出してしまったんですよ」
「何をですか?」
「歳が離れた弟のことですよ。幼いときに父を失って、そして、俺が父親代わりに
 育ててました。…だけど、俺は……」
「まさか、あの事件の後、連絡をしていないとか…」
「はい…俺は、死んだことになってますから」

春樹は、ベッドの下に座り込み、ちさとを見上げた。

「…真北さん……知らなかった…あなたは、家族が居ないとおっしゃったわ」

ちさとは、驚いたように尋ねる。

「あの時、やくざ相手にするんだから…それくらいは、用意しておかないと…。
 敵の家族まで容赦ない鉄拳を降り注ぐでしょう? だから、私は、ここに出向く
 前の日に、家族とは縁を切りました。ですから…一人なんですよ」

寂しく語る春樹の横に腰を下ろすちさと。

「ごめんなさい…。真北さん…それで、真子に優しかったんですね。
 その…弟さんと重ねて…」
「それは、ありませんよ。真子ちゃんは、真子ちゃんですよ」

ちらりと振り返る春樹。そこには、真子の寝顔が輝いている。

「……高校生になりました。時々、様子を見に行ってますよ。
 元気にしてます。幼い頃は、病気がちでしょっちゅう入院していたのに、
 今は、健康の塊のような感じですよ。俺を目指して、格闘技を始めて…」

春樹は、思い出に浸るような感じで話していた。

「真北さん、どうして、弟さんに打ち明けなかったんですか?
 すごく、心配しておられるのでは?」
「時期を逃してしまいましたよ。それに、この世界で生きている限り、
 母や弟に迷惑を掛けてしまう…。だから、言えなくて…」
「その…お母さんは?」
「…すでに…」
「そうでしたか…」

凄く寂しそうな表情になる春樹。

えっ?

ふわっと何かに包み込まれた春樹は、驚いたように顔を上げる。

「無理…なさらないでください…。悩み事は、内に秘めていては、
 毒なのよ…。だから、真北さん…」

ちさとが春樹の頭を優しく包み込んでいた。

「ちさとさん…?」
「真北さん、泣きそうだわ…」
「泣きませんよ。みっともない…」

その声は震えていた。

「いつか、打ち明けられる時が来ると…いいですね。
 きっと喜びますよ」

ちさとの声が、春樹の心に染み渡る。

「…ちさとさん!!!」

春樹は、優しく語りかけるちさとに思いっきりしがみつき、そして、ちさとを押し倒した。

「…ありがとうございます…」

春樹は、泣いていた。


ふと顔を上げた春樹。

「真北さん…?」

春樹は、押し倒したちさとを見つめていた。ちさとも、春樹を見つめ、優しく微笑む。
自然に体が動く春樹。ちさとの唇にそっと口づけをした。
ちさとは、春樹の行動に応えるように腕に力を入れた。
春樹の唇が、ちさとの耳元へ移動する。そして、首筋から胸元へ。
いつの間にか、ちさとのシャツのボタンは外れ、胸元が露わになっていた。
春樹の手が、ちさとの胸の脹らみをそっと包み込む。

春樹の体温を肌に直接感じるちさとは、春樹に体を預けるような感じで、全く抵抗しなかった。


体の芯を突き抜けるような衝撃を感じ、ちさとは、気を失う……。




春樹は、目の前に力なく横たわるちさとを見つめていた。そして、ちさとの体を愛しむように腕の中に包み込んだ。

「真北……さん……」

ちさとが呟く。

「もう少し……いいですか?」

春樹がちさとの耳元で呟いた。ちさとは、そっと頷く。
何かにとりつかれたように、春樹は、ちさとを抱いていた………。




外は、再び雪が降っていた。
外の寒さと違い、体が火照っている春樹は、ちさとの側に座ったまま、シャツのボタンを留めていく。腰に回されるちさとの腕。春樹は、ちさとをそっと抱きかかえ、真子の隣に寝かしつけた。そして、ちさとの服を整えて布団を優しく掛ける。
ちさとが目を覚ました。

「…すみません、ちさとさん………そんなつもりは……」

照れたような感じで春樹が言う。

「気になさらないで下さい…。少しは……楽になったかしら?」
「…は、はぁ……はい」

はにかんだように返事をする春樹は、急に胸ぐらを掴まれ、引っ張られた。

えっ?!???

口を塞がれた春樹は、目を見開いて驚いていた。
ちさとが、唇を寄せていたのだった。
ちさとを慌てて引き離す春樹。ちさとは、クスッと笑っていた。

「…いつでも…相談してね」
「ありがとうございます」

春樹は、部屋を出て行った。
ドアを閉め、その場に立ちつくす春樹は、一点を見つめる。そして、両手を見つめ、ゆっくりと歩き出した。

俺……一体…。
まだ…感触が残ってる…。
………ちさとさん……。

自分の部屋に入った春樹は、ドアに鍵を掛け、ドアにもたれ掛かるように座り込み、頭を抱え込んだ。

何してんだよ……俺はっ!!!!!!!




「衝動は……抑えられなかったわ…」

ちさとは、自分の手を見つめて呟いた。
春樹の体温、そして、筋肉質な体。
優しく貫かれた感覚と、体に染み渡るような温かさ。

真北さん………。


真子が目を覚まし、隣に居るちさとに気付いて声を掛けてきた。

「…ママ…?」
「ん? 目、覚ましたのね」
「まきたんは?」
「お部屋に戻ったわよ。何かあるの?」
「まきたん…さみしそうだったの…。どうしたのかな…。」
「真子…」

ちさとは、真子を抱きしめる。

「もう大丈夫よ。真北さん、元気だから」
「まきたんと…なにかあったの?」

真子は、無邪気に尋ねる。ちさとは、幼い真子には言えない事に、戸惑っていた。

「まきたん、げんきになったのなら、あしたもおはなししてくれるかなぁ」
「そうね。素敵なお話してくれるでしょうね。…真子ぉ」
「なぁに、ママ」
「真北さんの悩み、早く解決できたらいいね。…早く解決させてあげたいね」
「うん。ママ」

真子は、ちさとの胸に顔を埋めた。

「まきたんのにおいがするよ、ママから…」
「えっ?!!!!」

ちさとは、焦った。
まさか、移り香を真子にかがれるとは……。

「パパには、ないしょね」
「真子!!!!」

ちさとは、突拍子もない声を張り上げ、起き上がってしまった。真子は、無邪気に笑っているだけだった。




次の日、春樹は、何かを忘れるかのように激しく動き回っていた。

どう…接すれば…。
いつものように振る舞えない……。

鋭い目つきで、一点を見つめている。
見つめる場所から、一人の男が出てきた。

「行くぞ」
「はっ」

春樹の後ろで控えていた、特殊任務の刑事達は、春樹の言葉と同時に、一斉に動き出した。



春樹の行動を耳にした入院中の慶造。

「もう知らんっ」

冷たく言って、布団を引っ被る。
伝えた修司と隆栄は、やれやれと言った表情でお互い顔を見合わせた。


真子は、ふくれっ面になっていた。

「真子ちゃん〜」

ちさとが優しく声を掛けても、真子はふくれっ面のまま。

「真北さん、急にお仕事入ったって言ってたの」
「おはなし…」
「ママがしようか?」
「まきたんが…いい…」

今にも泣きそうな真子。そこへ、栄三が登場。

「真子ちゃぁん、遊びに行こう!………あらら?」

栄三が楽しく声を掛けても、真子はふくれっ面のまま。

「……ちさとさん、もしかして……」
「真北さんが仕事で出掛けたから……」
「その真北さんから連絡あったんだけどなぁ〜真子ちゃん」

その言葉を聞いた途端、真子の目が、爛々と輝いていた。

「えいぞうさん、まきたんのおはなし!」
「暫く……帰られないから、真子ちゃんのお相手を
 私が頼まれました」

恐る恐る言う栄三。しかし…………。

「………まこ、ひとりであそぶ……」

そう言って、真子は庭に出て行く。そこに置いている三輪車に乗り、一人寂しく走り回り始める。

「あちゃぁ〜。もしかして、俺、真子ちゃんに嫌われてるのかな…」

栄三が呟く。

「……………私のせいなの」

聞こえないくらいの声で、ちさとが言った。

「姐さん…??」
「私、隣に居ますから、真子の事をお願いします」
「はい」
「暫く、機嫌が悪いと思うけど、栄三ちゃんなら、大丈夫よね!」

ニッコリ微笑んで、ちさとは去っていった。

「姐さぁ〜〜ん、機嫌の悪いお嬢様は、本当に大変なんですよぉ〜」

栄三の嘆きは空しく、ちさとの姿は、既にそこになかった。
ちらりと庭に目をやる栄三。
真子は、一心不乱に、三輪車をこいでいた。

ったく、真北さんが悪いんですよ!!

プクッと頬を膨らます栄三だった。





梅の香りが漂う頃、春樹は真子と河川敷に来ていた。土手に腰を掛け、空を見上げる真子。

「まきたん、あれは?」
「飛行機雲」
「ひこうき? おそらをとんで、まささんところにいくぅ!」

真子が嬉しそうに言った。

「飛行場…無かったはずですよね……ちさとさん」

春樹から少し離れた所に立っているちさとに、声を掛ける。

「そうですね」

優しく応えて真子の隣に座る。

「真子、飛行機に乗って、何処か出掛けようか?」
「でかけるっ! …どこに?」
「真北さん、海外には?」
「あっ、私は、その……」
「ん? …あっ!!! ごめんなさい。……真北さんは高いところが…」
「こうしょきょうふしょ? …えいぞうさんからきいた! まきたんは、
 たかいところが、こわいって!」

栄三のやろぉ〜〜っ……。

拳がプルプル震える春樹。

「どうして?」

無邪気に真子が尋ねてくる。

「そうね。私…真北さんに尋ねた事、ありませんわ…。
 どうしてなの?」
「昔…小学生の頃に、高いところから落ちてしまって…」
「木の上から?」
「学校の校舎の三階から…」
「何をしていたの? 怪我…無かった?」

心配そうに、ちさとが尋ねる。

「もちろん、怪我しましたよ。…その……小学校の
 ガキ大将に思いっきり押されたら、窓が開いていて、
 そこから、下に落ちましてね……」
「………もしかして、その後……」
「先生に怒られて、両親が呼ばれて、目一杯しかられました」
「……駄目ですよ、仕返しは」
「反省してます。…その時からですね、高いところが苦手なのは」

照れたように春樹が言う。

「でも、あのくらいの高さは大丈夫でしょう?」

ちさとは、空を指さしていた。

「高すぎです」
「そうですね」
「ママぁ〜」
「はい」

春樹とちさとの会話に割り込むように真子が呼んだ。

「わたし、さんぽする」
「じゃぁ、ママも」
「ママは、まきたんと。わたしは、えいぞうさんと」

またしても、真子は気を遣う…。
真子は、離れた所で警戒している栄三に向かって手を振った。真子の仕草に気付いた栄三は、急いで駆けつける。

「なんでしょうか?」
「まこ、さんぽする!」
「かしこまりましたぁ。では、真北さん、ちさとさん、失礼します」

栄三は、真子と手を繋いで、土手を降りていった。

「…って、こらっ、栄三っ!!!」

焦ったように春樹が呼ぶが、栄三は後ろ手を振るだけだった。

どうぞ、素敵な時間を〜。

なんとなく、そんな風に取られる雰囲気。

「ちっ」

舌打ちをして、春樹は俯いた。

「あら、二人っきり…耐えられませんか?」

ちょっぴり意地悪っぽく、ちさとが言った。

「あの日は、本当にすみませんでした」
「もしかして、後悔してるのかしら? それなら、怒りますよ!」
「…後悔は、してません。むしろ…嬉しかった」
「えっ?」
「……ちさとさん……好きです」

春樹の言葉は唐突。ちさとは、硬直していた。

「くっくっくっく……ちさとさぁん」
「は、はい」
「…硬直するなら、あの時、拒んで下さっても…」
「…私……真北さんも好きだから……できなかった…」

ちさとの言葉に、春樹の方が硬直してしまう。

「男と女ですよ。突然…という事もありますし、それに…
 あの時は、真北さん……我を忘れておられたわよ」
「……本来の…私ですよ」
「だから、我を忘れていたと言ったでしょう?」

にっこり微笑むちさと。

「真北さんは、真子の前だけ、和らぐでしょう? 真子が居ないときは
 気を張りつめて…。私の前でもそうでしょう?」
「…張りつめていないと、あの時のように、抱いてしまいますから」

春樹の本音だった。

「栄三ちゃんから聞いていたけど、本当に女性に手が早いのね…」
「……ちさとさぁん〜」
「あら? 本当の事だったんだ」

またしても、意地悪っぽく言うちさと。

「…もう、抱きませんよ」
「私は、いつでもいいですよ」
「できません」
「慶造さんに遠慮してる?」
「…慶造よりも先に逢っていれば、良かった……」

春樹は、そう言ったっきり、何も言わず、川の側で楽しそうにしている真子と栄三を見つめていた。

「真北さん…」
「はい」
「…いつも、誰にも言わずに出掛けていたのは、弟さんを
 見守るために?」
「そうです。…弟……闘蛇組の手によって、未知の麻薬を
 打ち込まれてしまったんです。…それは、俺が父の跡を継いで
 刑事を目指す事になったから」
「真北さんのお父様は、闘蛇組の何を掴んだの?」
「それは、まだ解りません。ただ、未知の麻薬を使うような
 連中です。闘蛇組の後ろには、恐らく大きな組織が付いている。
 俺は、そう考えている。……世界的に行動する大きな組織が…」
「そのような組織に、一人で立ち向かうつもりだったの?」
「父が、そして、鈴本さんが、一人で立ち向かっていたんです。
 二人に出来て、私に出来ない事はありません」
「慶造さんの手を借りる事は、どうしても出来ないんですか?」

ちさとの言葉は、とても優しく春樹の心に響いていた。

「出来ませんよ。……慶造には、真子ちゃんだけでなく、
 あなたが居るから…」

春樹は、ちさとを見つめた。

「真北さん………」

グッと沸き立つ思い。二人は、それを抑え込むように目を反らす。目を反らした先には、真子と栄三の姿があった。背を向けている真子達に気づき、春樹とちさとは、再び見つめ合う。
そして……。
そっと唇を寄せ合った。

「真北さん」
「はい」

ゆっくりと離れた二人は、真子達を見つめた。

「闘蛇組は、やくざよ。…私たちの仕事でしょう?」
「いいえ。やくざを壊滅させるのは、我々刑事の仕事です。
 一般市民を脅かすような奴らは、一網打尽ですよ」
「…無茶…なさらないで……」

真子の為に……。

ちさとは、春樹の肩に額を付ける。その行動に驚いた春樹。

「ちさとさん?」

ちさとは、それっきり動かなくなる。

「…!!!! …お疲れなら、言って下さいっ!!出掛けるなんてこと
 しませんよぉ!! ちょっと、ちさとさん? ちさとさん!!」

ちさとは、春樹の肩にもたれかかったまま、寝息を立てて眠り始めた。

「ちさとさぁん!!!」

春樹の声は心地よく、ちさとの心に届いていた。



(2005.1.6 第五部 第十話 改訂版2014.11.21 UP)







任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第五部 受け継がれる意志編」  TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.