任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第七話 白銀の世界

慶造は、書類に目を通していた。そして、サインをして、次の書類を手に取った。
その行動が止まり、意識が何処かへ…。

「四代目?」

側に立っていた勝司が呼びかける。

「ん? …あ、あぁ…すまん」
「お嬢様なら、今頃、天地山に向かう列車に乗り換えた所でしょう」

勝司の言葉に驚いたような表情をする慶造。

「すみません、違いましたか?」
「お前も言うようになったな」
「!! 申し訳御座いません!!!」
「気にするな。真子の事を思ってくれる奴が居るだけで、
 俺は嬉しいからさ」
「お嬢様の笑顔が戻って、安心しました」
「あぁ。真子が、俺の事を知っていたとは、驚いたけどな」
「栄三が教えていたとは…」
「あの親子は、本当に良いのか悪いのか…解らんな…」

慶造は、大きく息を吐く。

「それで、山中」
「はっ」
「例の資料は未だ揃わないのか?」
「あと一日、時間を頂きたいそうです…」
「真北の帰る日が、遅くなればいいのになぁ〜」
「なりますよ。恐らく、原田が放さないでしょうから」
「あのなぁ〜。原田は、真子には優しいけど、真北が側に居るなら、
 思うようには過ごせないだろ」
「そうですね」
「ほんと、真子が絡むと真北も原田も、人が変わるんだからなぁ」

そう仰る四代目もですよ。

と勝司は言いたかったが、グッと堪えていた。

「勝司も一緒に行かなくて良かったのか? 毎年、楽しんでいたろ?」
「私は、四代目に付いていきますから」
「真北に何か頼まれたのか?」

勝司の顔が、ちょっぴり引きつる。

「もう一息だなぁ〜勝司も。顔に出さないようにしろよ」
「はっ。努力致します…」

慶造は、書類に再び目を移す。しかし、意識は何処かに飛んでいく……。

四代目ぇ〜。気になるなら、付いていけば……。

言いたい言葉をどうしてもグッと飲み込む勝司は、慶造を再び呼ぶ。

「四代目」
「あっ、すまん……集中できんな……ほんと」

そう言って立ち上がる慶造。

「あの…どちらに?」
「いつものとこだ」
「はっ」
「山中」
「はい」
「それらをまとめておけ。それを俺に報告」
「御意」

慶造は部屋を出て行った。

……って、これだけをまとめるって……。

慶造が目を通さなければならない書類は、かなりの量。はいと言った手前、勝司はまとめなければならない。
しかし、勝司には苦にならない仕事。慣れた手つきでまとめ始めた。


慶造は屋敷の奥にある廊下を歩いていた。突き当たった壁の側にある柱に手を伸ばし、隠し扉を開ける。そして、中へと入っていった。
隠し扉が閉まり、壁に戻った。

何かに集中するために、隠し射撃場に入るのが癖になっていた。
乱れる心を隠すためでもあった。
慶造は愛用の銃を構え、そして、的を撃つ。
何かを忘れるかのように……。





コトコト揺れる列車がトンネルに入る。乗務員が毛布片手に乗客に近づいた。

「お持ち致しました」
「ありがとうございます」

そう言って受け取ったのは、八造だった。八造は毛布を広げ、真北の膝枕で眠る、真子の体に優しく掛けた。

「今朝は早く起きましたから」
「そうだな。まぁ、あれだけはしゃいでいたら、そりゃぁ、なぁ」

天地山に行く日が近づくに連れ、真子の心は弾んでいた。それが、日々の時間にも現れていた。そして、出掛ける前日のはしゃぎっぷりったら、春樹が疲れるからと言っても聞かないほど。いつもの睡眠時間の半分で、真子は出発した。

トンネルを抜けた途端、車内は明るくなった。
八造は窓の外を見つめる。

「これですか。お嬢様がおっしゃった…眩しい別世界の事は」

窓の外は、一面銀世界だった。

「心を白紙に戻す…。そういう意味も含まれてるんだよ」

春樹は、真子の頭をそっと撫でる。

「まさの奴、真子ちゃんの為に楽しい事を用意してると言ってたが、
 何をするつもりなんだろうな」
「それは来てからのお楽しみだそうですね」
「何を考えているのか、さぁっぱり解らん」

春樹は、窓の外を見つめる。
雪が激しく降り始めた。

「八造くんは、雪国は初めてか?」
「はい。学校行事には出席しませんでした。それに、
 ほとんどの日々は訓練に明け暮れて居ましたので」
「真面目な子供だなぁ〜。十六と言えば、俺は……」

急に口を噤む春樹。
春樹が十六の頃と言えば、弟の世話に明け暮れていた…。

「子供育ててたよ…」
「えっ? …やはり、真北さん…女性に手が早いとお聞きしましたが
 まさか、その頃から……」
「ちがぁうっ!! 弟だよ」
「あっ…そ、そうでしたか…すみません…」
「女性に手が早いと言えば、八造君の初体験は…」
「親父と同じで小学六年です」

さらりと応える八造。

「その後は?」
「お答えできません」
「はいはい」

列車は再びトンネルに入った。

「トンネルを抜けたら、もうすぐだ」

春樹が言った。




列車が、天地山最寄り駅に到着した。真子を抱きかかえた春樹と八造が降りてくる。真子は、眠たい目を擦りながら、駅から見える天地山を見つめた。

「八造さん」
「はい」
「あの山が、天地山なの!! そこから見下ろす景色、すごいんだよ!!」

真子の笑顔が、輝いていた。

「楽しみにしております」

八造が優しく応える。

「真子ちゃん、改札を出ますよ」
「はい!! まきたん、歩くから、降ろしてぇ!!」
「はいはい」

真子は地面を踏みしめる。そして、八造の手を引っ張って歩き出した。



改札を出た三人は、一人の男に気が付いた。三人の姿を見て、深々と頭を下げていた。

「お待ちしておりました。お疲れ様です。支配人は急な仕事で
 お迎えに来られなくなりまして、私が代わりを申しつけられました」
「こんにちは、西川さん」

地山一家の元組員・西川は、今は天地山ホテルの駐車場係として働いていた。真子がまさと一緒に居る所を、何度か見掛けている。時々、まさが西川に話しかけている所を真子は見ていた。
その時、まさは、西川の事を真子に紹介していた。

「お嬢様、こんにちは。お元気でしたか?」
「うん……でも…」

真子の表情が少し暗くなる。

しまった……。

真子の身の回りにあった事件を思い出す。いつものように笑顔で挨拶をされたもんだから、西川は、いつものように話しかけてしまったのだった。

「支配人が、首を長ぁ〜〜くしてお待ちですよ。そして、お楽しみの
 企画もございます」

優しい笑顔で話しかける西川を見て、真子の心が少しずつ和んでいく。

「どんな企画か知ってるの?」
「う〜ん、それは…内緒です」
「知りたいぃ〜」
「真子ちゃん、それよりも早く行かないと、まさが待ってますよ」
「はい!」

元気よく返事をした真子。そして、張り切って歩き出した。

「あっ、お嬢様っ!」

八造が慌てて追いかけていく。


西川の運転は、とても安全運転で、真子の眠りを誘う様子。真子は、眠りそうになると、目を覚ますように、頭を振っていた。

「お嬢様?」

見兼ねた八造が声を掛けるが、

「起きてるぅ〜」

そう応える声は、ヘロヘロ…。思わず笑い出す八造に、真子はふくれっ面になった。

「あっ、お嬢様…」

そっぽ向く真子に八造はオロオロ……。

「真子ちゃん」
「はい」
「ホテルに着いたら、お昼寝の時間ですからね」
「やだっ」
「真子ちゃん」
「まささんと遊ぶ!」
「まさは仕事中ですよ」
「支配人は、お嬢様の為なら、仕事そっちのけで……」

運転しながら西川が会話に加わってきた…が、春樹が何故か、怒りのオーラを醸し出していた。ルームミラーで春樹の表情を確認する西川は、春樹の目に言いくるめられてしまう。

まさの仕事に支障があるだろがっ。
す、す、すみませんっ!!!

思わず首をすくめる西川だった。


天地山ホテルの駐車場に一台の車が到着した。入れ違うように救急車が去っていく。

「何か遭ったのか?」

春樹が尋ねると、

「ゲレンデで事故がありまして、お客様が怪我を…」

西川が恐縮そうに応えた。

「それで、急な仕事…か」
「はい」

そんな話をしている間に、真子と八造は車から降りていた。
真子が雪を手に取り、八造に見せていた。その雪を八造の頬に雪を当てる。その冷たさに八造は驚き立ち上がった。真子は、ニヤリと微笑み、八造の腕を引っ張りながら、手にした雪を頬に当てようと何度も飛び上がっていた。しかし、八造に頬に届かない。
車から降りた春樹は、八造と戯れる真子を見て、微笑んでいた。

「先程は、すみませんでした」

車から降りながら、西川が言った。

「ん?」
「駅でお嬢様に…」
「話を切り替えてくれただろ。それでチャラ」
「ありがとうございます」
「八造くんのお陰だよ」
「そうですか。…もしかして、真北さん。嫉妬されておられるのでは?」

二人を見つめる春樹の眼差しに、何かを感じた西川は、やんわりと尋ねる。

「まぁなぁ〜……あっ」
「あっ…」

二人が見つめる先。それは、真子が八造を押し倒してまで、頬に雪を当てようとしているところ…。

「真子ちゃん、駄目!!」

春樹の言葉に、真子は振り返った。
その顔は、ふくれっ面……。

「だって、八造さんが…」
「真子ちゃん」

少し低い声で真子を呼ぶ。その時は決まっている。春樹が怒るときだ。真子は首をすくめた。

「…ごめんなさい……」
「八造くんも、倒されないっ」
「すみません…あまりの力に驚きました…」

春樹は、軽く息を吐き、そして、雪を手に取った。

「?!?!??? !! …冷たいっ!!」

真子が叫ぶ。春樹が真子の頬に雪を当てていた。

「もぉ!!」

真子も負けじと、春樹の頬に雪を当てる。そのうち、雪の掛け合いに変わってしまった。

「お二人とも!!!」

八造が止めに入るが、なぜか巻き込まれ……。


雪が降ってきた。
天地山ホテルのロビーからゲレンデ側の窓を見つめる支配人のまさ。

「雪…か。そろそろ到着するはずなんだが…道が混んでるのかな…」

ちらりと時計に目をやるまさは、ちょっぴりため息を付き、玄関を見つめた。
その時、玄関のドアが開く。
まさは、身なりを整え、客を迎える体勢になる。

「いらっしゃいませ………どうされたんですかっ!!!」
「あっ、いや…」
「あはは……」
「………すみません……」

全身雪まみれの姿で、真子と春樹、そして八造が立っていた。なぜか西川まで雪にまみれている…。



タオルで濡れた所を拭く真子達。

「真北さん……こちらに来られた時は、どうして、いつも…」
「知るかっ」

春樹に冷たく言われたまさは、八造に髪の毛を拭いてもらっている真子を見つめていた。その目線に気付き、真子が顔を上げる。

「まささん。こんにちは」
「お嬢様、こんにちは。お待ちしておりましたよ」

静かに話しかけたまさは、感極まったのか、真子を抱きしめた。

御無事で……。

「まささん、まささん」
「あっ、はい」

真子に呼ばれて、顔を上げる。

「こちらは、八造さん。猪熊おじさんの息子さんで、真子の……
 真子のお兄さんなの!」

真子は、気を遣っていた。
まさは、慶造の立場を知らないだろう。そして、八造が真子を守る立場にあることも…。
そう考えて、真子は八造を『兄』として紹介したのだった。

「初めまして。天地山ホテルの支配人・原田まさです」
「猪熊八造です。お世話になります」

八造は、深々と頭を下げた。

「お疲れでしょう。……そして、濡れたでしょうから、
 すぐにでも温泉でおくつろぎ下さい」
「真子ちゃん、そうする?」
「うん!」

真子は、少し離れた所に立っている西川の前に立ち、

「ありがとうございました」

深々と頭を下げていた。

「では私はこれで。目一杯楽しんで下さい、お嬢様」
「はい!」

西川は、まさに一礼して持ち場に戻る。

「まささん」
「はい」
「お仕事は何時まで?」
「お嬢様の為でしたら、お時間を作りますよ。それよりも」
「はい?」
「温泉から上がったら、お部屋の方でゆっくりしてくださいね。
 寝不足でしょう?」
「……そんなことないもん!」
「ゆっくり休んでおかないと、明日、思いっきり楽しめませんよ」
「そっか。うん! …でも、お夕食…一緒がいい」

真子が静かに言った。真子の言葉に応えるかのように、まさは優しく微笑み、真子の頭を撫でる。

「かしこまりました。では、お夕食の時間には、仕事を切り上げます」
「うん!」
「では、お部屋にご案内致します」

まさは、真子と手を繋ぎ、エレベータホールへと向かっていった。少し離れて、春樹と八造が付いていく。
真子は、まさに何かを話している。笑顔が輝いていた。

「真北さん」
「ん?」
「原田まさって、あの?」
「あれ? 猪熊さんから聞いてないのか?」
「天地組の原田の話は、兄貴からも聞いてます。でもあの日に…」
「本当に聞いてないんだなぁ〜。まぁ、天地組の原田は死んだよ。
 あの原田は、このホテルの支配人だ。…真子ちゃんに気付かれるな。
 後で詳しく話してやる」
「はっ」

急に春樹の表情が少し強ばった。
エレベータが到着し、扉が開く。




温泉。
真子と春樹が仲良く湯に浸かっていた。春樹は真子に何かを話していた。八造は二人の様子を伺いながらも、目を反らすように体を洗っていた。

「あっ、八造さんの髪の毛が!!」
「ん? おぉ〜、そうなると、猪熊さんには似てないんだな、八造君」

頭を洗った八造。いつも立っている前髪は、オールバックになっている。

「えっ? は、はい?! あっ」

呼ばれて湯船の方に振り返ったが、真子を見た途端、慌てて目を反らす。

「八造さんも、早く!!」
「はい、すぐに!」

体に付いている泡を流して、素早く湯に浸かる。真子がゆっくりと湯の中を移動して、八造に近づいて来た。

「ねぇ、ねぇ! 八造さん」
「は、はい」

何故か声が上擦る。

「八造さん、スキーできるの?」
「私は、雪国に来るのは初めてなので、スキーはしたことありません」
「真子ね、少しできるの! まささんに教えてもらったの!! だからね、
 八造さんと一緒に滑りたいなぁ〜と思ってるんだけど…」

真子の目は『駄目?』と訴えている。

「コツさえ覚えたら、八造くんは直ぐに滑る事できるよ」
「そんなに簡単なんですか?」
「まぁな」
「真北さんは?」
「俺は、一応滑る事出来るよ」
「出来ますでしょうか…」
「大丈夫だって」
「それなら……」

八造は、ちょっぴり興味を抱いていた。

「じゃぁ、後で、まささんに頼んでみる! 八造さん、いい?」
「はい」

真子の言う事に逆らえない八造は、即答する。

「八造くんは、もう少し湯に浸かっておくか?」
「えっ?」
「真子ちゃんはこの後、寝る時間だから、時間があるだろ?」
「はい」
「のんびりしておけよ」
「しかし…」
「八造さん」
「はい」
「お夕食の時間まで、八造さんの時間を大切にしてください」
「はっ。ありがとうございます」
「よっしゃぁ〜。真子ちゃん、上がるぞ」
「はい! では、八造さん」
「はっ」

湯から上がる真子から目を反らすように、一礼する八造だった。
真子と春樹が浴場から出て行った。その途端、目一杯くつろぎ始める八造。
ふと目をやった所に露天風呂を見つけた。
曇った窓を手で拭き、外を見つめると、湯気の向こうに雪が積もっていた。

風情だなぁ。

八造は、露天風呂に通じるドアを開けて、外に出て行った。肌寒いものの、体は火照っていた。ゆっくりと湯に浸かり、空から降ってくる雪を見上げていた。




部屋に戻った真子は、体が火照っている間に、布団に潜り込んだ。その途端、眠りに就く。春樹は、真子の隣に身を沈め、添い寝を始めた。

俺も眠いんだよなぁ〜。

春樹も眠り始めていた。



夕食の時間。
運ばれてくる料理をじっと見つめる真子は、

「いただきます」

待ってましたっ!と言わんばかりに、箸を運び始めた。真子の右隣には春樹が座り、左隣には八造が座っていた。真子の向かいには、まさが座っている。おいしそうに食べる真子に、春樹達は、優しい眼差しを向けていた。


デザートが運ばれてくる。

「まささん」

真子が口を開いた。

「はい」
「とびっきり楽しい事…教えて!」

爛々と輝く眼差しで、真子が尋ねてきた。

「それは、明後日の夜になります。それまで、楽しみにお待ち下さい」
「明後日の夜?」

二十五日……。

真子とまさの会話を聞いていた春樹と八造は、日付に気付いた。
その日は、クリスマス……。

まさかな…。

まさの考えに気付いたのか、それを否定したいのか、春樹は考えを飲み込むかのように、お茶を口にした。

「真北さん、この後、お時間ございますか?」

まさが尋ねる。

「ん? まぁ、あるにはあるけど、なんだ?」
「お話頂いたものですよ」
「あぁ、あれか。いつでもいいぞ」
「まきたん、お仕事?」

二人の会話が気になったのか、真子が首を傾げながら尋ねてきた。

「まさのお手伝いですよ」
「やっぱり、忙しいの?」
「今年は昨年の二倍に、お客様が増えましたから、忙しいです」
「お仕事の邪魔なら…真子…」
「お嬢様」
「はい」
「お嬢様の為なら、私はお時間を作りますよ。お嬢様と一緒に
 過ごす間にも、お客様に気を配る事できますから」

にっこり笑ってまさが言った。

そんなはずはない。

春樹は言いたい言葉をグッと飲み込んだ。

「だけど、今夜はこれで失礼致します。明日の準備も
 ございますので」
「お仕事、ご苦労様です」

真子が一礼する。

「ありがとうございます。お嬢様と一緒にお食事できて光栄です。
 それでは、失礼致します」

まさは、深々と頭を下げて、レストランを去っていった。

「まささん…かっこいい!」
「益々支配人が板に付いてきたよなぁ。安心、安心」

春樹の本音。
時々表に現れる、昔のオーラ。春樹は気にしていたのだった。

「八造さん」
「はい」
「明日のスキー、楽しみですね!」
「はい。初めてのスキー。頑張ります」
「その後に、素敵な場所に連れて行ってあげる!!」
「素敵な場所??」

首を傾げる八造だった。




次の日。
まさは八造にスキーを教えていた。その様子を真子と春樹は、少し離れた所から見つめていた。八造は、すぐにコツを覚え、一人で滑り始めた。まるで、スキーのプロのように。

「流石、八造君はすごいなぁ。運動神経の塊だ」
「かたまり?」
「スポーツなら、なんでもすぐに身につけるってこと」
「…えっと………朝飯前!!!」

真子の言葉に驚く春樹。

「それも、栄三から?」
「健さん!」

あの二人はぁ〜〜っ!!!

春樹がワナワナと震え出す。

「お嬢様!」

まさがやって来た。

「八造くん、覚えるのが早いので、予定より早く、頂上に行きますよ」
「今から?」

真子の目が輝く。

「えぇ。昼からは雪が降ってきますから、景色が見えませんよ」
「そうなの?」

春樹に尋ねる真子。

「まさが言うなら、そうでしょう。では、行きますか」

優しく応えた春樹は、真子にスキーの板を履かせ、自分も履く。そして、まさと一緒にリフト乗り場へと向かっていった。真子を守るかのように、まさが付いていく。そして、四人はリフトに乗り、頂上へと向かっていった。




長いスキー板が三組、そして、短い板が一組、雪の中に突き刺さっていた。その直ぐ横には、足跡が木の生い茂る中に続いていた。

真子が八造の手を引いて、雪の中を歩いていく。雪の上を歩くのに慣れていない八造は、雪に足を取られながらも、真子に付いていった。

「ここ!!」

真子がそう言った途端、八造は、前を見た。
真っ青な空の下、その一面を真っ白な世界が広がっていた。その壮大さに、八造は言葉を失った。

「凄いでしょう!」
「……はい。……この自然の大きさ、そして、美しい景色…。
 まるで、自分の心が澄んでいく……そんな感じがします。
 何だか、人間がちっぽけに感じます……」
「気に入った?」
「はい。…何もかもが、白紙に戻される気持ちになります。
 そして、これからの活力になります」

八造は、真子に振り返る。その表情こそ、十六歳の少年そのものだった。

「お嬢様。ありがとうございます」

素敵な笑顔で八造が言った。
真子は、一瞬、ドキリとする。慌てて目を反らして、小さく頷いた。
春樹とまさも側にやって来た。

「昔は、俺の場所。しかし、今は、お嬢様の場所だよ」
「そうでしたか…」

八造の表情が、ボディーガードへと変化する。

「だけど、お嬢様に招待された時は、目一杯くつろいでくれよ」

まさが優しく言った。八造は、ちらりとまさを見た。そこには、元・殺し屋の雰囲気は微塵も感じられない、真子を大切に想う男の表情があった。

「はい」

八造が元気よく返事をした。
四人は、大自然に魅了されながら、素敵な景色を眺めていた。

雲が流れる…。


雲が…流れる………。


雪が散らつき始めた頃、真子達は、中腹にある喫茶店へとやって来た。

「いらっしゃいませ!! 真子お嬢様!」
「てんちょうさん! こんにちは!」
「こんにちは。来られていたのは知っておりましたが………。
 猪熊さん…若返りました??????」

真子の側に立っている八造を見て、京介がすっとぼけた言葉を投げかけてきた。

「………京介…お前……それは……ふざけてるのか?」
「支配人…俺、真面目ですよ!!!」
「こちらは、八造さん。猪熊おじさんの息子さんで、私のお兄さん!」
「あっ、そ、そうでしたかっ!!! すみません!!!!」
「…そんなに、親父に似てますか?」
「そっくりですよ。どうぞ、こちらに。何を飲みますか? 真北さんは
 お茶ですね? 真子お嬢様は……オレンジジュースにしますか?」
「うん!」
「真子ちゃん、体が冷えますよ…」

春樹が言った。

「…じゃぁ、温かいオレンジジュース!」

真子の言葉に、一同硬直………。

「あ、あの…お嬢様…」

まさが恐る恐る尋ねる。

「温かいオレンジジュースは…あまり…お勧めしませんが…」
「どうして? 冷たいのは寒くなるなら、温かいのが…」
「真子ちゃん、私と同じお茶にしよう」
「…冷たくてもいい…オレンジジュース……」

静かに言う真子に、京介は元気よく応えた。

「かしこまりました! 体が温まるオレンジジュースに致しましょう!
 八造くんは?」
「私は、珈琲で」
「支配人も珈琲にしますよ」
「あぁ。よろしく」

京介は慣れた手つきで、飲物の用意をする。そして、四人に差し出した。

「いただきます!」
「真子お嬢様。今年も素敵な景色、楽しみましたか?」
「八造さんも気に入ったって!」
「それは良かった。八造くん、いつでも来て下さいね」
「はっ。ありがとうございます」
「あのね、てんちょうさん」
「はい」
「八造さん、今日初めてスキーをしたのに、すっごく上手なんだよ!
 まささんに教えてもらったのは、一時間くらいなのに!」
「そりゃぁ、支配人は、なんと言ってもプロ級ですからねぇ。教えるのも
 得意ですよ。ね、支配人」
「そうじゃないと、支配人してられないからさぁ」

少し砕けた感じで、まさが応えた。

しまった……。

京介と一緒にいると、どうしても忘れてしまう事がある。
自分が支配人だという事を。
恐る恐る春樹を見ると、春樹は優しく微笑んでいた。
その微笑みが、ちょっぴり恐いまさは、話を切り替えるように、京介に店の状況を尋ね始めた。

「真北さん、この店長さん…もしかして…」

八造が、静かに尋ねてくる。

「あぁ。まさの弟分だった男だ」
「それで、不思議なオーラを感じるんですね。…だけど、お嬢様には
 とても優しいですね。…あの温泉の湯川といい…迎えに来た奴といい…」
「地山親分が、まさの為に派遣したそうだよ。誰もが、まさを思い、そして
 真子ちゃんを大切に思う奴らだから、ここは安全だよ。だから、そう
 気を張りつめなくてもいいからな」
「はっ」

真子が、まさと京介の会話に夢中になっている事に気付いた春樹と八造は、そんな会話をこっそりとしていた。
八造には、理解しがたい天地山との関係。
しかし、自分に向ける笑顔とは違い、とても温かく感じる笑顔で、まさと話している真子を見て、
少しだけ、
その関係を理解したのだった。



(2005.3.1 第六部 第七話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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