第六部 『交錯編』
第十一話 春樹、窮地に陥る!
真子と慶造がレストランで楽しい時を過ごした後、とんでもない事態に陥ってしまった。
レストランを出てきた慶造達を狙う男達。辺り構わず銃弾を浴びせていた。 しかし、慶造には、影で守る男が居る事を、男達は知らなかった。 次々と倒されていく男達。 その中の一人が、慶造達とは違う場所に目を付けた。
レストランの駐車場近くで身を潜める八造と八造の腕の中で守られている真子。その二人に気付いた男は、そこに向かって駆け出した。そして、銃口を向け、引き金を引いた。
「八造っ!」
「八っちゃん!!」
銃声と共に、八造の体が赤くなった。 男は、更に引き金を引く。 その銃弾は、八造の近くで、弾かれた。
えっ?
八造を見つめていた慶造達は、目を疑った。 八造の肩越しに見える小さな手。それが、赤く光っていた。 男は、またしても引き金を引いた。 しかし、銃弾は、八造の側で弾かれた。
銃声。
慶造が、男に向けて引き金を引いていた。
「慶造、お前っ!」
「じゃかましっ!」
春樹の言葉を遮るように、慶造が怒鳴る。そして、八造に銃を向けた男に向かって走り出し、後頭部に蹴りを入れ、男を気絶させていた。 男が動かなくなった事を確認した慶造は、八造に振り返る。
「八造くん…?」
よく見ると、八造の右肩は、真っ赤に染まっていた。
「撃たれたのか?」
慶造がゆっくりと近づきながら、尋ねる。 八造は、首を横に振った。
「血が……出てるぞ」
慶造の言葉に、八造は何も応えない。 春樹や修司、そして、隆栄も駆け寄ってきた。
「八造くん?」
「八っちゃん…どうした…。辺りは納まったぞ…」
隆栄が話しかけた時だった。八造の右肩に、真っ赤に光る手が現れる。それが、八造の肩をしっかりと掴んだ。その手の爪は、鋭く伸びている。
「…光……」
八造の肩に、その爪がめり込んでいく。 春樹が慌てて、その手を掴んだ。そして、八造の肩を見つめた。 何かに鋭く斬られたような痕が付いていた。 八造の体が震える。 それと同時に、春樹が掴んでいた手の赤く光る物が消え、普通の人間の手に戻った。
「すみません……私の力不足です…」
八造が言うと同時に、地面に座り込んだ。 振り返るその目は、途轍もなく恐ろしいものだった。
「赤い光……八造くんの怒りのオーラには弱いようだな…」
春樹が呟くように言った。
「しかし、まさか、こんな時に…」
春樹は八造の腕の中で、穏やかな表情で眠る真子を抱きかかえた。そして、慶造に振り返る。
「そうしてくれ」
目を見ただけで、春樹の言いたい事が解った慶造は、即答した。 春樹は、真子の耳元で何かを呟いた。
「処理は、俺に任せて、慶造達は、去ってくれ」
「…真北……誰が運転するんだよ」
「猪熊さん、お願いしていいですか?」
「私は構いませんよ」
「お願いします」
そう言って、腕に抱えた真子を慶造に託した、まさにその時だった。
「危ないっ!!」
タイヤのきしむ音に気付き、春樹が叫ぶ。そして、慶造達を押しのけた春樹の体が、宙に舞った。
「真北ぁぁっ!!!!!!!!!」
道病院にある病室。
美穂が、カルテに何かを記入しながら、ため息を付く。
「あの…美穂さん……」
ベッドに横たわる人物が静かに呼ぶ。
「何かしら?」
冷たく返事をする美穂は、ベッドに横たわる人物を睨み付けた。
「あのね、真北さん。その怪我は、いつ?」
「ほんの二時間前です」
「で、どちらに行くつもり?」
「その……真子ちゃんが心配するかと思って…」
「それで?」
「退院許可を……」
恐る恐る尋ねる春樹に、美穂の怒りが炸裂した。
「〜〜〜っっっ!!!!! って、あのねぇ、真北さん、
あんたは、一体何を考えているんですかぁぁぁぁっ!!!!」
病室のドアが震える程、美穂が怒鳴っていた。
「真子ちゃんの事」
恐れを知らないという素振りで、春樹が応えた。その応え方は、まるで誰かを見ているようで…。
「栄三との付き合い、止めた方がよろしいんじゃありません?
以前の真北さんは、そんな口調で、そんな雰囲気で話したりは
しなかったわ……。まるで、栄三を見てるようで…嫌だわ…」
「…美穂さん、本当に、俺は大丈夫ですから」
「全身打撲。なのに、退院するわけ? …今は痛み止めが効いてるけど
それが切れたら、どれだけ痛いか、想像できるでしょう?」
「それでも……。…慶造の叫び声で、真子ちゃんが目を覚まして、
俺が運ばれる間、ずっと心配顔をしていたから…」
「嫌だ……その記憶…あるの?」
恐れる感じで、美穂が尋ねる。
「うっすらとだけど……」
「…………こわっ!」
身を引く感じで美穂が言った。
阿山組本部
慶造と真子が朝食を取っていた。二人は、何話す事無く、黙々と箸を運んでいる。 時々だが真子は、ちらりと慶造を見ていた。
「真子、おかわりか?」
慶造が尋ねると、真子は首を横に振る。
「……何か言いたい事でも…あるのか?」
慶造は解っていた。 真子が何かを言いたい事が…。しかし、真子は、それをグッと堪えている。 慶造は真子を見つめ、優しい眼差しを向ける。
「真北は未だ動けないから、お見舞いは美穂さんの
許可が下りてからじゃないと駄目だよ」
「…でも……」
「真北とたくさん話をしたいなら、真北がある程度回復しないと
真北に負担が掛かるだろ?」
「………そんなにひどいんだ……」
真子の声が震えた。今にも泣き出しそうな、そんな表情を浮かべている。
「あっ、その……真子…。怪我がひどいのは確かだけど、
命に関わる程じゃないから……」
焦る慶造。
「それなら…どうして、お見舞い……駄目なの?」
「………真子を見た途端、体を動かそうとする事が解るから。
傷を悪化させるかもしれないだろ? だから、真北がある程度
回復してからの方が、俺としても良いと考えてるんだが…。
真子……どうする?」
真子は暫く考え込んでいた。そして、口を一文字に結び、慶造に目をやった。
「美穂さんの許可…いつもらえるんですか?」
「あと三日は、駄目だろうな」
「……その時は、パパも行くの?」
「俺が行ったら、真北が嫌な顔をするだろうなぁ〜」
「どうして、嫌な顔をするの?」
「真北の事か?」
真子は頷く。
「う〜ん、そうだなぁ〜。俺が無茶な行動ばかりするからだろうな」
「……まきたん…困らせないようにしてね…パパ」
「なるべく…な」
短く応えた慶造は、運ばれてきたデザートに手を伸ばした。
「真子、今日の予定は?」
「八造さんにお勉強をみてもらうことになってます」
「しっかりみてもらえよ」
「はい!」
元気よく返事をした真子は、慶造と同じようにデザートに手を伸ばしていた。 にっこりと微笑む真子を見て、慶造も微笑んでいた。
真子がふくれっ面で、慶造を見つめていた。 慶造は、あらぬ方向を見つめている。
「パパ……真子と一緒に行くのが…嫌なの?」
「…急な仕事が入っただけだよ」
「約束…したのに……」
「ごめん…真子…」
慶造が謝っても真子はふくれっ面のままだった。
はぁ〜やれやれ…。
困ったように頭を掻いている慶造の視野に飛び込んできたのは、八造と栄三だった。
「私の代わりに、八造くんと栄三が一緒に行く事になった。
なっ、八造、栄三!」
挨拶もそっちのけで、急に声を掛けられた八造と栄三は、きょとんとしたまま、頷いた。
「え、えぇ…そうですよ、お嬢様」
八造が応える。
「は…はぁ? …四代目ぇ〜、どういうことでしょう…」
その場の雰囲気を悟れないのか、栄三がこっそりと尋ねてくる。
「真北の見舞い」
「あぁ…それですか。お嬢様」
「はい」
「お袋から、許可もらったのは、昨日でしょう? なのに…」
「お父様が渋ったのっ!」
そう言って、真子はプイッとそっぽを向いた。
あぁ〜あ、四代目ぇ〜。何も渋る事は、ないでしょうがぁ。
うるさいっ。お前の情報の方が大切だろが。
例の…。
あぁ。
……すみません……。
栄三と慶造が、そんな会話をしている間、八造が真子に優しく声を掛けて、機嫌を直そうとしていた。
「私が御一緒致しますよ」
「パパも…」
「急な仕事が入ったそうです。栄三も一緒に行きますが…」
「…そっか…運転する人居ないもんね。…栄三さん、お願いします」
真子に声を掛けられ、慶造に促されるように背中を押された栄三は、勢いで返事をしてしまう。
「はい!! お任せ下さいぃ!」
そして、真子と八造を後部座席に乗せ、栄三が運転する車は本部を静かに出て行った。 車が見えなくなるまで見送った慶造は、大きく息を吐いて振り返る。 そこには、勝司と修司が立っていた。慶造に一礼する。
「ったく……。あれ程、無茶な行動はするなと言ったのにな…。
厚木の野郎…。真北が動けない事を知った途端、これだから…」
困ったように頭を掻きながら、会議室へと向かっていった。 春樹が入院し、動けない事を知った途端、厚木は、予てより抑えていた敵対関係に向かって、目を覆いたくなる程の攻撃を仕掛けていたのだった。 まるで、慶造が計画したかのように……。 会議室に入ると、得意満面な表情で、慶造を待っている厚木が居た。慶造は、呆れ顔で席に着く。 重々しい雰囲気の中、会議が始まった………。
「お嬢様、それは慶造さんが照れてるだけですよ」
運転席に座る栄三が、ルームミラー越しに真子に言った。
「どうして?」
「それは、秘密です!」
ウインクをして、真子に応える栄三。
「まきたんの怪我…だいぶ良くなったの?」
「そうですねぇ〜お袋が言うには、起き上がる事が出来るようになった…
しかし、動き回るのは未だだそうです」
「やっぱりひどかったんだ…」
「そうですね…今まで以上に……」
春樹を狙った車は、春樹の体を宙に飛ばした後、地面に着地する前にバックし、再び春樹を轢いていた。意識あるまま横に転がり身を守ったものの、体への負担は想像を遙かに超えるものだった。流石の春樹も、動けずに居た。 心配そうに見つめる真子の眼差しを感じながら、意識が遠のいていった……。
栄三運転の車が、道病院の駐車場に停まった。 真子は待ってましたと言わんばかりに、車から降りてきた。真子を守るような感じで、八造が付いていく。
「病室は三階ですよ」
「階段で行く!」
「はっ」
真子と八造、そして栄三が階段を昇り、春樹の病室へとやって来た。 春樹の病室は、なぜか騒がしかった。 不思議に思いながら、そっとドアを開けると……。
「だから、真北さんっ!! 勝手に動くから、悪化するんです!」
白衣を着た男が、大声で怒鳴っていた。落ち着かせようと看護婦が白衣の男の腕を掴んでいる。
「充分寝たっ! 休養取った。だから、動けるっ」
白衣の男の声よりも大きな声で怒鳴ったのは、ベッドに座っている春樹だった。その春樹の体を抑え込む感じで美穂が立っていた。
「動いた結果が、これですよ!!」
「五月蠅いっ! それは、院長の引き留め方だっ! 何も足をかける事…」
そこまで言った春樹は、ベッドの下の方で何かが動いた事に気付き、目をやった。
「?!?!?………!!」
「ほへ?!?」
白衣を着た男…道病院の院長は、白衣の裾が引っ張られた事に気付き、目をやった。 そこには、目一杯怒った表情の真子が立っていた。白衣の裾を握りしめる手が震えている。そして、睨まれている…。
「真子ちゃん、こんにちは!」
美穂が声を掛けたが、
「………るな……。…まきたんを……いじめるなっ!!!!」
美穂の声を遮る感じで、真子が怒鳴った。
ぎょっ!?!
怒鳴ると同時に、道院長の太ももをポカポカと叩き始める真子。
「わぁ〜っ、真子ちゃん!!」
「お嬢様っ!!」
「駄目ですよ!!!」
美穂、八造、そして、栄三が、突然の真子の行動に驚いたように声を発した。
「まきたんをいじめるなぁ〜っ!!」
「いじめてませんよ、真子ちゃん」
道院長が声を掛けるが、
「…きらい…。お医者さんなんか…まきたんをいじめるお医者さんなんか
だいっきらいっ!!!」
真子の声が、病室に響き渡った………。
春樹は、ベッドに静かに横たわっていた。そのベッドの上に、ちょこんと座っているのは、真子だった。春樹の頭を優しく撫でながら、春樹の言葉に耳を傾けていた。
「道院長は悪くないんだからね。…私が勝手に動いたから
あのように怒っていただけだから」
「でも、まきたんに怒鳴ったもん…」
「悪い事をしたから、怒られただけですよ」
「どうして、動いたの?」
「真子ちゃんに会いに行こうと思っただけなんだけどなぁ〜」
それは違うな……。
真子と春樹の会話を聞いていた八造と栄三は、同時に思った。 恐らく、厚木の行動が耳に入ったのだろう。その事を問いただそうと勝手に起き上がり、着替えて病室を出ようとしていた春樹は、回診に来た道院長と出くわし、足を掛けられ、抑え込まれて、傷を悪化させてしまった。
「でも…まきたんの怪我をひどくした…」
「う〜ん、確かに…」
時々、無茶な行動に出るからな…院長は…。
美穂から道院長の事を詳しく聞いている栄三は、腕を組み、首を傾げながら、そう思っていた。
でも、真北さんを止めるには、一番良い方法だよな…うん。
勝手に納得する栄三だった。
「だけど、真子ちゃん」
「はい」
「私を思うのは良いけど、人を叩くのは駄目だからね」
「ごめん…なさい……」
真子は、シュンとなる。そんな真子を見て、春樹は思わずギュッと抱きしめてしまい……。 傷を更に悪化させてしまった。
折角お見舞いに行ったのに、春樹の怪我はひどくなる一方な為、その日は、すぐに帰った真子達。 真子と楽しい話をしたかった春樹は、見張りのために残った栄三を睨んでいた。
「睨まないで下さいよぉ」
「うるさいっ。…お前じゃなく、真子ちゃんが残ってくれると思ったのになぁ」
「四代目の事も心配されてますから」
「…やはり、例の能力で?」
「本部の雰囲気ですよ」
「だから、俺が本部を離れるのは良くないと言ってるんだよ!
ったく、厚木の奴ぅ〜。あれ程、抑えておけと言ったのになぁ。
慶造に心配掛けたそうだな。……あの状態は…俺の範囲外だぞっ」
「俺に怒鳴らないで下さいよぉ」
「怒鳴る相手が居ないだろがっ!」
「厚木の場合は、抑え込む事は良くありませんよ。普段から
小さいもので、鬱憤を晴らしておかないと駄目な性格ですからね。
少しずつ発散させておけば、貯まった後の爆発は少なくて
すみますよ」
「それは解ってるがな……」
春樹は口を尖らせる。
「あまり、厚木を抑え込まない方が賢明ですよ」
「お前なら、そうするのか?」
「私じゃなく、四代目のご意見です」
「………そこが、俺と慶造の考えが違うんだよな…生きてる世界が
違うからか……」
ため息を付き、目を瞑る春樹。
「寝ますか?」
「眠れん」
「さよですかぁ〜」
栄三は、春樹のお茶を用意する。
「それにしても、お嬢様は、どんどん嫌いなものが増えますね」
「やくざ…刑事…医者……か…」
「相当応えたでしょう?」
春樹にお茶を差し出しながら、栄三が言った。春樹は起き上がりながら、栄三の頭を叩く。
「何も叩かなくてもっ!」
「口が多すぎるからだ」
「すみません。…でも、どうだったんですか?」
「ショックだったよ。…自分が刑事だという事を忘れたいくらいにな」
「くっくっく…」
「笑うなっ」
「本当に参った表情なんですよ、真北さん」
「うるさぁいっ!!」
春樹の拳が、栄三の腹部にヒット………。 栄三が真後ろに倒れたのは、言うまでもない。
春樹が入院してから十日が経った。
この日も真子は、わくわくした表情で春樹の入院先へと向かっていた。もちろん、真子に付き添うのは、八造と栄三の二人。慶造は、真子に誘われても一向に見舞いに行こうとはしなかった。 春樹の怒りを避けるため…。
「ねぇ、八造さん」
「はい」
打てば響くかのように、真子に呼ばれると直ぐに返事をする八造。
「まきたん…いつまで入院なの?」
「一ヶ月は入院しなければならないはずですよ」
「春には……退院するよね…」
「はい」
後部座席の二人の会話に、運転している栄三が加わってくる。
「お嬢様、春に何かあるんですか?」
「桜……まきたんも楽しみにしてるから…」
「そうですね。私も毎年楽しみですよ」
優しく話しかける栄三に、真子は微笑んでいた。
「……でも……」
真子は何かを思い出したのか、急に沈んだ表情になった。
「お嬢様、そろそろ到着ですよぉ〜」
その場の雰囲気を切り替えるかのように、栄三が言うと、
「まきたん…待ってるよね!! 栄三さん、早く!」
「かっしこまりましたぁ!」
真子の言葉に応えるかのように、栄三はアクセルを踏んでいた。
弾む足取りで、真子は春樹の病室に向かっていた。ドアをノックして、ドアを開けると、そこには、大柄の男が四人、春樹を見下ろすかのように立っていた。 ドアが開いた気配を感じ、春樹は男達の間から顔を出す。
「真子ちゃん、待ってたよ」
…春樹が嬉しそうに声を掛けたが、真子は、春樹の側に立つ男達に警戒し、八造の後ろに隠れてしまった。真子の行動に、八造は男達に対して、警戒する。しかし、栄三は違っていた。 気まずそうな表情で、春樹を見つめていた。
「お客さんのようですね。それでは、真北さん。私共はこれで」
一人の男が言った。
「ん…あ、あぁ…すみません」
男達は、春樹に一礼し、病室を出ようと歩き出した。真子達の側を通り過ぎる時、男達は一礼する。八造と栄三は、それにつられるように頭を下げたが…。
「お嬢様っ!」
八造の後ろに隠れていた真子が、一番後ろを歩いていた男のコートの裾を掴み、引っ張っていた。
「ん? お嬢ちゃん、なんだい?」
コートを引っ張られた男は、優しく声を掛ける。
「……おじさん……刑事でしょ?」
真子が静かに尋ねた。
「あぁ。おじさんたちは、刑事だが…」
「……まきたんに……何を聞きに来たの?」
「お見舞いに来た…」
「嘘だ!!」
男の声を遮るかのように、真子が叫んだ。
「真子ちゃん」
「まきたんは、悪くないっ! まきたんを轢いた…狙った人を捕まえて!!
まきたんは怪我をしたんだよ? 動けないんだよ? なのに、どうして…
どうして、捕まえてくれないの? 悪い人を捕まえるのが、刑事の
仕事なんでしょう? …どうして…? どうして…………」
「真子ちゃん、この人達は……っつー!!」
真子の言葉に驚いた春樹は、痛む体に無理をしてベッドから降りてしまう。その途端、全身に激痛が走った。床に蹲る春樹に、その場に居る誰もが驚いた。
そこまで、重傷なのか…。
痛みを知らない春樹が蹲るほど。 八造が慌てて駆け寄った。しかし、八造の脇を小さな何かが横切っていた。
「まきたん!!」
真子だった。誰よりも先に、春樹に駆け寄り、手を差しだしていた。
「真子ちゃん、この人たちは、犯人を捕まえる為に、情報を
集めようと…私の所に来ただけだよ。だから、この人たちを
責めては駄目だよ」
「…でも、まきたんが轢かれてから十日も経つのに…今頃なの?」
「頭を打ったから、記憶がね…後から戻ってくることもあるから、
こうして、忙しい所を、わざわざ足を運んでくれるんだから…。
感謝しないと…」
「……だって……」
そう言って、真子は、四人の男達をジッと見つめる。
「…刑事……嫌いだもん……。逢いたくないもん……。
…やくざの敵…だもん…」
……栄三ぅ〜、お前なぁ〜〜っ!!!
真子の言葉に、春樹の眼差しが鋭くなる。その眼差しは、そっぽを向いている栄三に、突き刺さっていた。
「だけど、真子ちゃん……」
「…まきたん…??」
急に言葉を失った春樹。
「…って、お袋ぉっ!!!!」
栄三が叫びながら病室を出て行った。 八造は、春樹に駆け寄り、脈を取る。 真子は、春樹を呼び続けていた。 美穂が駆けつける。四人の男によってベッドに寝かしつけられた春樹に気付き、素早く診察をし始める。 八造の腕の中から、真子は不安な表情で春樹を見つめていた。
美穂の事務室。 深刻な表情の美穂と栄三、そして、四人の男が、そこに居た。
「まさか、気を失うほど重傷とは思いませんでしたよ」
一人の男・警視の滝谷が言った。
「真子ちゃんに心配掛けたくない一心で、あのように
振る舞ってるんだから…。本来なら、死んでも可笑しくない
怪我だったんですよ。なのに、滝谷さん達が来たら
いつものように話しかけてるんですよ。知らなかったんですか?」
美穂の言い方は、責めている……。
「すみません…」
恐縮そうに、滝谷が言う。
「お袋ぉ〜、本当に怖い者知らずだな。滝谷さんは警視でしょ?
それに、他の人達は、真北さん関連の任務に就く人ですよ。
いわば刑事は敵なんだけど…」
「私は医者です」
「そうでした」
「医者には敵なんてありません!! むしろ、真北さんの方が敵だわ…」
「言えてる……」
その場に居る誰もが、美穂の言葉に納得した。
「それにしても、真北には、きつい言葉だな」
思い出したように滝谷が口を開く。
「きつい言葉?」
美穂が尋ねた。
「真子お嬢さんの…『刑事、嫌い!』…って言葉」
「真北さんが刑事って知らないから、口にするんでしょうね」
「こりゃぁ、真北の真の姿を知ったら、真北自身が落ち込みそうだな」
「弱点になりますね…」
「………って、あなたたち、悠長に話してていいんですか?
真北さんに伝える事、まだ残ってるんじゃ……」
「………そうでした……どうしようか…」
沈黙が続く。
「もう暫く待ってからの方がよろしいかと」
栄三が言った。
「今は未だ、真子ちゃんとの時間で心も癒してるでしょうから、
帰る時には、ここに寄るように言ってあるので、廊下で待ってますか?」
美穂の言葉に、滝谷達は話し合う。
「そうですね。真北の病室の近くで待機してますよ。失礼しました」
そう言って滝谷たちは、美穂の事務室を出て行った。 ため息が漏れる。
「……で、栄三。今日は午後からにしなさいと言ってあったでしょう!」
「お嬢様に促されたら、断れないって」
「それでも断りなさいっ! 真北さんの傷を悪化させてからにぃ〜もぉ〜」
「……あっ、そうだ」
「……また、いい加減な事を考えたでしょぉ〜」
「あのなぁ、お袋。俺の考えはいつも真面目やっ!」
「世間からみたら、そう思えないの!! …で、何?」
美穂の言い方は冷たい。
「真子お嬢様に頼んでみたらええんちゃう?」
「何を?」
「あのな、…………」
栄三は、美穂の耳元で、こっそりと何かを告げた…。
「じゃぁね! まきたん。また来るね!」
そう言って、真子は八造と春樹の病室を出てきた。ちょっぴり名残惜しそうに真子は手を振って、ドアを閉めた。そして、八造と何かを話しながら去っていく。 二人の姿が見えなくなると同時に滝谷達が、春樹の病室に入っていった。
「真北、本当に大丈夫なのか?」
ベッドに腰を掛けている春樹に、滝谷が尋ねる。
「それほど重くはないんですよ。ご心配掛けました」
「気を失うほどとは聞いてなかっただけに、驚いたぞ」
「すみません。………先程の続き……本当ですか?」
「あぁ」
短く応えた滝谷は、懐に入れていた封筒を春樹に手渡した。
「闘蛇組じゃなくて…龍光一門か…。…俺、何かしましたっけ?」
「目一杯な。これから芽生える所を摘まれたってとこだな」
「その方が手っ取り早いと思ったから、俺は慶造と一緒にだな…」
「まぁ、龍光一門の行動よりも、真北の方が上手だっただけだ。
そこが、奴らも気に入らなかったんだろうな」
「だからって、何も俺を狙わなくても……」
春樹は大きく息を吐く。
「………お前を狙うのが妥当だろ」
「……そうですね……」
頭をポリポリと掻く春樹だった。
「ところで、真北」
滝谷は、話を切り替える。
「はい」
「刑事…嫌いみたいだな」
「真子ちゃん……はぁ……ぁ。……そうなんですよ……」
項垂れる春樹。
「やくざも嫌い、医者も嫌い……というより、俺を苛める奴は
大嫌いって事なんだけどな…」
「大変だな…。やくざ嫌いということは、阿山の親分もか?」
「それは違うな。人を平気で傷つける奴らが嫌いなだけだ」
「……真北が刑事だと解ったら、どうするんだよ」
「打ち明けるつもりはない」
「……相当、こたえただろ?」
「あぁ。ショックだったよ…。その言葉、唐突だっただけにな」
春樹の口調は、本当に参っていた。それには、滝谷が笑い出してしまう。
「笑い事じゃないですよ、滝谷警視」
「そう呼ぶな。滝谷でいいと何度言ったら…」
「……あの事件から、もうすぐ一年。未だに、真子ちゃんの心には
残っているんですよ」
「姐さんの事件……か」
「母を狙ったのに、警察は何もしてくれなかった……てな具合でな…」
「だから、嫌いなのか…」
「あぁ」
「お前が抑えたのにな」
「その方が………良かっただろ?」
そう尋ねる春樹の眼差しは、とても寂しげに感じる。
「そうだな。お前が抑えなかったら、更に血で染まっていたよな」
「慶造が一人で黒崎にケリを付けた事が、無駄になる」
「その通りだよ。……真北」
「ん?」
「お前、成長したな」
「???」
滝谷の言葉に、春樹はきょとんとしていた。
「いや…以前のお前なら…。刑事の世界で生きていたお前なら
自分の事しか考えず、突っ走っていただろ。だけど、今は
周りの事も考えている。だから、成長したと言ったんだよ」
滝谷は、優しく微笑んでいた。
「俺は、その事が嬉しいよ」
「滝谷警視……」
「さぁてと。後はお前に任せて、俺達は戻るぞぉ」
「……って、滝谷警視、後って、何ですか??」
「それは自分で考えろ。じゃぁなぁ。お嬢ちゃんに、よろしく」
そう言って、滝谷達は、春樹の病室を出て行った。
「って、あのねっっ!! …ったく。あの人は、何を考えてるのか
本当に解らんっ!」
呆れたように、春樹はベッドに寝転んだが…。
「いてっ……」
自分の体の事を忘れていた。
龍光一門か…。目を光らせるべきだな…これは。
滝谷からもらった書類に目を通す春樹だった。
その後、春樹は、大人しく病室に居た。 そして、美穂の許可が出て、やっと退院した頃は、桜が蕾始めた頃だった。
真子の部屋。 真子は、春樹と一日中、遊んでいた。 春樹が入院している間は、ずっと八造に勉強を見てもらい、春樹が退院したら、遊ぶと決めていた様子。
その夜。
縁側に腰を掛けて、春樹と慶造は、夜空に浮かぶ月を眺めながら、一服していた。 二人は、ただ、月を眺め、煙を吐き出すだけだった。
慶造には、春樹の言いたい事が解っていた。
春樹も慶造の言いたい事が解っている。
敢えて言葉にする必要の無い二人。
慶造が、煙草をもみ消し、縁側に大の字に寝転んだ。春樹の後ろ姿を見つめながら、フッと笑う。
「なんだよ、慶造。急に笑うな」
春樹が冷たく言った。
「すまん。…ただな…」
「ん?」
「この男が、たった一人の少女の言葉に従うと思うとな…。
可笑しくて、笑わずにはいられんぞ」
「ほっとけ」
そう言って、春樹も煙草をもみ消し、大の字に寝転ぶ。
「真子の言う事は、絶対に聞くんだな…お前は」
「………………。………まぁな」
小さく応え、慶造に目をやる春樹。
「真子ちゃんだけだ」
「そうだな…」
短く応える慶造。 フッと笑った二人は、空に浮かぶ月を眺め始めた。
(2005.4.1 第六部 第十一話 UP)
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