任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第十四話 不審を抱く

進学校で有名な高校。
朝の登校風景は、いつもと変わらず、生徒達は笑顔で校門を通りすぎていく。その中に、一際輝く三人組が居た。

「それで、芯。やはりあの大学受けるんか?」
「…お前ら、付いてくるつもりか?」

芯と呼ばれた男子生徒は、冷たく応えていた。
教室に向かいながら、三人は話し続けていた。

「そりゃぁ、俺も航も、一生お前と共に過ごすって決めたもんな」

芯の右隣を歩く翔が、芯の肩に手を回しながら応える。

「お前の暴走を止められるのは、俺達だけだろが」

そう言って、芯の頭を撫でる航。
芯は両隣の二人にからかわれている。それでも抵抗しない芯。…怒りを必死で抑えていた。

「ほぉんと我慢強くなったよな、芯は」

翔が安心したように言う。

「そりゃぁ、師範代になってからは、人の手本として
 日頃の態度も改めないとなぁ。それに、教師を目指す
 俺には、一番難しい事だから、頑張ってるんだけど…。
 ……度が過ぎると、許さんぞ…航……」

少し伸びた芯の髪の毛を、小さく三つ編みし始める航。芯のこめかみがピクピクとしていた…。

「それより、芯」
「ん?」

航の呼びかけに短く応える芯。

「髪の毛、いつ染めた? 地毛……見えるぞ」
「髪染めを買う金が無くてさぁ」
「そんなに費用が掛かってるのか?」
「一回に一箱使い切るんだよ…。すぐに染まらなくてな」
「もう高校生なんだから、染めなくてもいいと想うけど…」
「駄目だよ。これ以上、目を付けられると、俺…歯止めが効かん」
「それもそうだよな。まぁ、こうやって触らない限り、解らないけどな」
「だったら、手を放せって…航……」

地を這うような声で芯が言う。それでも航は手を放さなかった。
芯は二人にだけは手を出さない事を知っている為に…。

「それより、今日の午後は??」

翔が話を切り替えるかのように、明るく話しかけた。
三人は自分たちの教室へと入っていく。




阿山組本部・真子の部屋。

春樹は真子の勉強を見ていた。真子の勉強っぷりに感心しながら、春樹は丁寧に教えている。

「真子ちゃん、質問は?」
「…まきたん」
「はい」
「………八造さんは?」

この日、八造の姿を見ていない真子は、気になっていた。

「栄三と一緒に出掛けてるよ」
「どこに??」
「気になる?」

ちょっぴり意地悪っぽく尋ねる春樹。
真子が八造の事を『大嫌い』と怒鳴って以来、八造は真子の前から姿を消していた。毎日のように真子の世話をしていた八造は、ドア越しに挨拶をし、真子の様子を少しだけ伺うと、すぐに去っていく。真子の怒りに、これ以上触れたくない八造の思いだった。
しかし、この日は、挨拶も無く、姿も見せなかった。その代わり、春樹が部屋にやって来た。八造との事を知っている春樹は、敢えて、それには触れず、真子が八造を呼ぶまで、そっとしておくことにしていた。

「真子ちゃん、もう許してあげたら?」

春樹が静かに尋ねた。しかし、真子はふくれっ面になるだけ。

「まきたん、次」
「はいはい。それでは、漢字の勉強に移りますよ」

国語の辞書を片手に、春樹は授業を始めた。



賑やかな繁華街を歩く栄三と八造。少し離れた所を歩くのは、健だった。
険悪なオーラを醸し出しながら、三人は歩いている。側を通る人達が、思わず避けるほどの険悪さ…。

「気分転換にええでぇ〜。なぁ、健」

軽い口調で栄三が言う。

「俺、お奨め」

栄三と同じような口調で健が応えた。
八造のこめかみがピクピクし始める。

「あのなぁ〜。栄三、俺は未成年だっ!」
「八っちゃんと同じ歳で、俺は通ってたけどなぁ」
「俺は帰る!」
「仕事無い癖にぃ〜」
「仕事はある!」

八造が短く怒鳴る。

「お嬢様には見えない場所で見守って、仕事かよ…」
「直ぐに動けるようにしてるだけだっ」
「お嬢様に、『大っ嫌い!!』って言われたのに、まだ側に居るつもりか?」
「それが、俺の…」
「だから、気分転換だって」
「栄三ぅ〜お前なぁ〜」

八造は、栄三の胸ぐらを掴み上げる。

「八っちゃん、ここでは、それ…あかんって。捕まるっ!」

繁華街で迷惑行為、暴力行為を起こそうものなら、街に住む人達が、すぐに通報してしまう。それ程、犯罪が多い繁華街だった。…もちろん、そういう所には……。
朝なのに、ネオンが輝く店があった。女性の姿が看板になっている。

「あら、栄三ちゃん。足を洗ったんじゃなかったのぉ〜?」

その店から出てきた色気溢れる女性が、栄三の姿に気付き声を掛けてきた。

「あぁらぁん、陽子ねぇさぁん、今日は帰宅するんですかぁ?」
「栄三ちゃんが来るって解ってたら、帰らないわよぉ。……??」

栄三の後ろに背を向けて立っている八造に気付く女性。

「そちらの方は?」
「俺の弟分」

栄三が応えた。

「だぁれが、弟だっ!」

八造の拳が、栄三の腹部に突き刺さる。

「あら、猪熊さんじゃない!! ………若返りました??」
「…………若返ったんだよっ!!!」

八造が怒鳴った。
それには、栄三と健が笑い出す。



八造、栄三、そして健の三人は、陽子と呼ばれる女性に案内されて、店の奥へと入っていった。

「だから、栄三、俺は…」
「黙って付いてこいって」

栄三の言葉は、先程とは違い、深刻な雰囲気だった。思わず口を噤む八造は、栄三の後を静かに付いていく。
店の奥にあるカーテンを開けると、そこには扉があった。陽子は扉の横にある小さな箱を開ける。そこにあるボタンをいくつか押すと、扉が静かに開いた。

「栄三…」
「…朝早くから、女性といちゃつく程、俺は女好きじゃないぞ」

八造の考えていた事が解った栄三が笑いながら言った。

「いや、その……」

焦る八造。

「気分転換っつーのは、たまには組の情報を収集することも
 ええかなぁ〜と想ったからだよ。お嬢様の事ばかり考えてると
 本当に、虜にされちまうぞ」
「う、うるせぇっ!!!」

真っ赤な顔で八造が言う。それを見ていた陽子が八造を抱き寄せる。

「って、ちょ、ちょっと!!!!」
「かわいいぃ〜猪熊さんの息子さんだから、怖いかと想ってたのぉ」
「…やめてくださいっ!」

慌てて離れる八造。

「あら? もしかして…まだなのぉ?」
「……っ!!! 応えませんっ!」
「そういう所も、かわいいぃ〜。今夜…どう?」
「だから、私は未成年ですっ! ここに入ることだって……」
「気にしない気にしない!」

陽子は、八造の肩に手を回したまま、更に奥へと廊下を進んでいった。
奥の扉を開けると、そこには、最新鋭のコンピュータが置かれた部屋が広がっていた。

「ありゃ、栄三ちゃん。…健ちゃんまで、珍しいなぁ」

コンピュータの前に座っていた男性が扉が開くと同時に振り返り、部屋に入ってきた栄三達を見て、驚いたように声を挙げた。

「恵悟さぁん、こないだも来たけどぉ」

栄三が軽い口調で言うと、

「それは、客としてでしょぉ〜がぁ」
「まぁねぇ〜!」

小島家の地下で過ごしていた男達の一人・恵悟が、そこに居た。



恵悟は、慣れた手つきでキーボードを叩く。

「おっしゃる情報は、これですね…」

画面に細かく文字が現れた。栄三は深刻な表情で見つめている。八造は何が何だか解らないというような表情をしているが、栄三と同じように画面を見つめていた。

「変化が早いですね…」

八造が呟くように言った。それには、そこに居る栄三、恵悟が驚いていた。

「…八っちゃん…お前…」
「ん?」

声を掛ける栄三に振り返る八造。

「見ただけで、解るんか?」
「これだけ細かく書いていたら、読めば解るだろ」
「……画面開けてから、一分も経ってませんよ…」
「速読…?!」

恵悟と栄三は、思わず後ずさり…。

「当たり前の事でしょう? これくらいは」

八造が応える。

「俺、勉強の為にと思って連れてきたのに、その必要ないやんかぁ」

項垂れる栄三。

「兄貴ぃ、だから言ったんやって。猪熊のおっちゃんの教育のこと」
「八っちゃん、どこまで教わったんや?」
「格闘技以外は教わってない。独学だよ」
「…中学中退が…」

栄三の言葉に、にやりと笑う八造だった。

「栄三」
「あん?」

考え事をしている時の栄三の返事は、本当にいい加減。

「もしかして、いつも動いていたのは、こういう事なのか?」
「ん? まぁな、それが俺の仕事やし」
「お嬢様のボディーガードじゃなかったのか?」
「その通りだぞ」
「なのに栄三……」

そこまで言って、八造は気が付く。
栄三が、何に対して躍起になっているのか。

そっか…そうだったよな…。

「取り敢えず、ここから責めておくか」
「栄三ちゃん、それは室長に任せて、こっちをお願いしてもいいですか?」
「………そっちが嫌だから、こっちにしたのになぁ」
「例の男が動く前に納めておかないと、また四代目に怒られますよ?」
「やだなぁ〜もぉ」

ふてくされる栄三。二人の会話が、さぁっぱり解らない八造は、首を傾げていた。

「ほな、健、行くで」
「はいなぁ」

そう言って、部屋を去ろうとする小島兄弟。

「って、おい、俺は??」

二人の行動に驚く八造は、思わず尋ねたが、栄三は、地面を指さして応えるだけ。

「ここ…って…」
「陽子ねぇさんのお誘いがあっただろがぁ」
「断っただろがっ!」
「それでも駄目ぇ〜」
「栄三っ!」

そう呼ぶ八造を真剣な眼差しで見つける栄三。八造は、その眼差しに含まれる栄三の思いに気付く。

「それは…栄三…お前でもだろ?」

そっと応える八造に、栄三はウインクをして、健と去っていった。
その部屋に一人残された八造は、大きく息を吐いた。

「しっかし、大きくなりましたね、八造くん」
「私を御存知なんですか?」
「その前に、私を見て警戒しないのは??」

反対に質問される八造は、あっけらかんと応える。

「私の人物リストに入ってますから。…小島家の地下で情報を
 主に集めていた男達の一人…通称・恵悟という方でしょう?
 敵味方関係なく付き合いをし、あらゆる情報を流していると…」
「修司さん以上に曲者ですね。…やはり、例の男…真北さんが
 推奨するだけありますね。…その情報は、真北さんからですか?」
「それもありますよ。それを元に独学ですけどね」
「真子お嬢様の側からほとんど離れないのに、どうやって…?」
「企業秘密です」
「さよですか……」

微笑む恵悟だった。

「で…八造くぅん?」

少し離れた所で別の情報を探っていた陽子が、声を掛けてきた。

「は、はいっ」
「私の事も知ってるの?」
「あっ、いいえ、その…存じてません…すみませんっ」
「じゃぁ、自己紹介ね。私は、恵悟のこれぇ〜」

小指を立てる陽子。どうやら、恵悟と関係のある女性の様子。

「こういう仕事にはねぇ〜、女性も必要な時があるのよ」
「そうですか…」
「特に、水商売をしているとね、色々な情報が集まってくるの」
「その事は存じてます」
「…曲者…」
「ほっといて下さいっ!」
「でぇ〜、栄三ちゃんからの依頼なんだけどね」
「断りますよ」
「本来の仕事させてもらえないのにぃ??」
「うっ……そ、そ…それは……」

心に何かが、グサリと刺さった気がした。

「って、陽子、苛めるなよ」
「ごめぇん!」
「話を続けるけど…」

恵悟が陽子の代わりに話を続けた。




阿山組本部・真子の部屋。
この日の勉強を終えた真子は、春樹と楽しい話で盛り上がっていた。真子は、春樹の話を聞きながら、時々笑っている。少しずつ笑顔を取り戻していく事を春樹は嬉しく思っていた。
真子の笑顔。
それは、偽りの笑顔だった。

笑顔…取り戻してくれたら…。

そういう想いが、真子の耳には聞こえていた。
笑顔じゃないと、誰もが心配する…。もうすぐ七歳になる真子だが、いつの間にか、周りの人々に『気遣い』するようになっていた。
その事は、春樹は気が付いている。
心和める笑顔じゃないから…。

春樹は時計を見た。

「真子ちゃん、昼ご飯は、ここで食べるか?」
「お父様は?」
「午後から出掛けると言っていたからなぁ、…そうだ。
 久しぶりに何か作ろうか?」
「まきたんが作るの?」
「そうだよ。何がいい?」
「……オムライス……」
「よっしゃぁ〜。じゃぁ食堂に行こうか」
「はい!」

春樹の張り切りっぷりに応えるかのように、真子が返事をする。
そして、二人は、部屋を出て、食堂へと向かっていった。




八造は、店のカウンターに座り、何かを飲んでいた。そのカウンターの向こうには、恵悟が同じようにグラスを傾けていた。

「…栄三に任せていて、大丈夫なのは解ってますが、それは…」

八造が項垂れる。

「危険を承知で動いてますからね」
「…死に…急いでるんでしょう?」
「………。…そうですね…。表には見せませんが、ちさとさんの死を
 一番気にしてますから。…何も出来なかった、守れなかったと…」
「でも、お嬢様は生きてます」
「昔のように、過ごしてないでしょう?」
「そのようですね。…笑顔を中々見せてくれないそうです」

あの時の…笑顔じゃないもんな…。

八造はグラスを空にする。新たなアルコールが注がれた。

「俺だけじゃない…。お嬢様は誰でも傷つく所は見たくないんですよ。
 そんなお嬢様を守るなんて…体を張らずに守るなんて…難しいですね」
「今のところ、狙われる事はありません。しかし、五代目を継ぐとなると…」

恵悟の言葉を聞いた途端、八造の眼差しが変わる。そして、恵悟を睨み上げた。

「それは無いっ。お嬢様は真北さんと…過ごす事になってる。
 俺は、付いていくつもりだ」
「四代目が渋りますよ」
「渋る?」
「お嬢様を手放す…そう考えても、いざ、その時になったら、
 あの時と同じように、止めてくれと…仰るでしょうね…」

恵悟は、空になった八造のグラスにアルコールを注ぎきる。

「お嬢様は、ちさとさんの忘れ形見ですから」

八造は、グラスを見つめ、グッと握りしめる。

「そういうことか…」

呟くと同時に、アルコールを飲み干す八造。勢い良くグラスとカウンターに置いた途端、ふと、何かを思い出す。

「あちゃぁ〜っ!!! 俺…口にしてしまったっ!!」
「えっ?!」
「あぅ、その……恵悟さん!!」
「なんでしょう?」
「このこと……お嬢様には内緒に…お願いします!!!」

天地山でアルコールを口にし、真子に怒られたことを思い出した八造は、慌てていた。

「誰にも言いませんよ。ここの事は、誰にも伝わりませんから」

落ち着いた口調で応える恵悟だった。

「すみませんでしたっっ!!!」

思わず頭を下げる八造。
それは、真子に対してだった。



時刻は午後三時を回った。
春樹は、真子に優しく告げる。

「出掛けます。午後七時には帰りますから、それまで
 今日の復習をしておくこと」
「はい。まきたん、気をつけてね」
「ありがと、真子ちゃん」

真子を抱き上げ、頬に軽く唇を寄せる春樹は、部屋の近くに感じるオーラに安心し、真子を床に降ろした。

「では行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」

真子に見送られ、春樹は真子の部屋を出て行った。廊下を少し歩くと、角の所に八造の姿があった。一礼する八造に、春樹が歩みを停め、怪訝そうに睨み上げた。

「昼間っから、酒か?」
「あっ、すみません……反省してます」
「勧められても断れよ…未成年だろが」
「すみません…」
「七時には帰る。それまで頼んだぞ」
「はっ。お気を付けて」
「栄三と健のような事じゃないから、安全だ」

そう告げて、春樹は出掛けていった。
八造は、気配を消し、無心になって、真子の様子を伺っていた。



春樹の車が本部の門を出て行く。運転をしながら、ちらりと時刻を確認する。

確か、今日は早めに終わるはずだよな…。間に合うかなぁ。

春樹が向かう所。そこは……。



芯の通う高校。
校門には、生徒達の下校風景が広がっていた。その中に一際輝く三人組を見つけた春樹は、静かに車を停め、降りてくる。そして、電柱の影に立ち、三人組を見つめていた。
校門の所で女生徒たちに呼び止められ、話しかけられる三人は、その場で立ち話を始めた。
どうやら、女生徒たちが、遊びに行こうと誘っている様子。三人のうち、一人が嫌な表情をして、去っていこうと一歩踏み出した。それを引き留める他の二人は、何やら一生懸命話している。去ろうとした一人が、渋々振り返り、女生徒と話し始めた。

芯の奴…人気者だなぁ〜。

顔が綻ぶ春樹。
その表情が、一変する。
背後から感じた異様な気配に、春樹は咄嗟にしゃがみ込み、地面に転がった。

…闘蛇組?!

既に納まったと思われた闘蛇組の組員が、春樹に向けて刃物を差し出していた。春樹は、組員の腕を掴み、壁に押しつけた。

「貴様……俺に何の用だ?」

地を這うような低い声で春樹が尋ねる。

「それは、俺の台詞だ。……あのガキの様子を伺ってるが…まさか
 真北…てめぇ〜記憶が戻ってるんじゃないのか?」
「意味が解らんな…」

そう言って、春樹は、男の腹部を蹴り上げ、後頭部を殴りつけた。
ばったりと地面に倒れる男の背中を踏みつけ留めを忘れない春樹は、辺りに感じる目線に慌ててサングラスを掛ける。
そこに一台の車が近づいてきた。
警戒するように振り返る春樹は、車から降りてきた男を見て、警戒を解いた。

「…中原さん…」

呆れたような表情で、春樹の姿を隠すように立ちはだかったのは、鈴本の後輩刑事・特殊任務に就く中原だった。常に芯の警護に当たっている中原は、春樹の行動、そして、闘蛇組の動きに気付き、こうしてやって来たのだった……が……。

「遅かったんですね…」
「まぁな」
「怪我は…?」
「大丈夫だよ。…っと、すみません、芯が…」

呟くように言った春樹の眼差しに合わせて振り返ると芯たち高校生が、春樹の方を見つめていた。
どうやら、週に一回に見られる刑事の捕り物に興味をそそられている様子。



「芯……まただな…」

翔が言った。

「まぁ、ほぼ週一だよな」
「やはり、芯…お前、狙われてるって」

航と翔の会話に、芯は首を傾げていた。
常に側で見守っている中原が、誰かをかばうかのように立ちはだかっている。その誰かから感じるオーラは、懐かしいもの。芯は、自然と足を踏み出していた。

「駄目だって、芯!」

それを引き留める翔。どうやら、芯の本能が悪い奴を倒そうとしてると思ったらしい。

「何も…しないって…」

呟くように言う芯。
その時だった。
中原達刑事が、素早い動きを見せ、壁にもたれかかっている男を取り押さえた。




芯の目線から逃れようと、一歩踏み出した春樹は、背中から腹部にかけて、強烈な痛みを感じ、振り返る。
先程倒した男が、銃を片手に持って、引き金を引いていた。男が手にする銃口からは煙が立ち上がっている。

「真北さんっ!!」

中原の言葉と同時に、側で待機していた刑事達が闘蛇組組員を取り押さえ、銃を取り上げた。中原は、今にも暴走しそうな春樹を抑え込む。

「放せっ!」
「駄目です!! ここではっ!」

中原の言葉で、近くに芯が居る事を思い出す春樹。

「…っつー!! くそっ!」

春樹の腹部から、血が溢れ、足下を赤く染め始めた。


春樹達の周りに人が集まり始めた。その人だかりの中に、芯と翔たちの姿もある。

「芯、見ても特にならないみたいだよ…」

翔が言った。

「そうだな。…やくざの…争いか…」

冷たく応える芯は、踵を返して、帰路に向かう。……その足が急に止まった。

「…芯??」

芯の耳に、とある言葉が飛び込んできたのだった。



「真北ぁ…これで済んだと思うなよ………っ!!! ………」

言うやいなや、組員は、顔面が変形した。
中原の靴先が、組員の顔面に突き刺さっていた……。

「さっさと連れて行け。記憶を消しておけよ」
「御意」

刑事達に連行される組員を見送った中原は、春樹の傷を応急手当している刑事に尋ねる。

「どうだ?」
「貫通。出血が酷いですね」
「真北さん、道病院でいいですか?」
「……中原さん…」

春樹が小さく呼ぶ。

「はい」
「……恐ろしいですね……」
「あっ、いや…その……それは……ですね……その…」

日頃大人しい雰囲気しか見せず、頼りなさそうな中原。しかし、先程見せた行為は、春樹が目を覆いたくなるほどだった。

「やはり、親父に…鈴本さんに…と……付く相手を間違ったんでしょうね」

そう言って微笑む春樹は、急に顔を背けた。
芯が、人混みをかき分けて、一番前にやって来ていた。その芯の姿に気付いた春樹は、顔を背ける事で、自分の正体を隠していた。その行動に気付いた中原が、春樹の手当てをしている刑事に、はきはきとした口調で言った。

「早くお願いします」

その後、春樹に声を掛ける。

「いまきたさん、運びますよ。気を確かに。ではお願いします」

刑事達にそっと抱えられる春樹は、側にある車に乗せられ、その場を去っていった。
芯は、人混みを抑える刑事を押しのけて、中原に歩み寄った。

「中原さんっ!」
「芯くん……駄目ですよ、公の場で…」
「今の人……誰?」

芯の質問に、中原は冷や汗を掻く。

「…まきた…って聞こえた。…まきた…って……」
「芯くんの聞き間違いだよ。あの人は通行人で、壁に倒れていた人に
 人違いで狙われた、『いまきた』さんと言う人」
「…い…ま…きた……」
「それよりも、事件現場に踏み込んでは駄目ですよ、ほら、学生さんは
 早く帰って下さいね」

中原は、芯に対して他人を装っていた。
いつ、どこで、誰が芯を狙っているか解らない。

「すみません…刑事さん…」

少し落ち込んだように応えた芯は、人混みの向こうで待っている翔と航の所に戻っていった。

「芯……帰るよ」

人混みをかき分ける前に、二人に告げた芯。

今、真北って聞こえた…。もしかしたら、兄さんかもしれない。
俺…確かめてくるから……。

あまりにも真剣な眼差しだった為、止める事ができなかった二人。
落ち込んだように戻ってきた芯を見て、人違いだったと悟っていた。

「…兄さん……じゃ…なかった……。でも……でも……」

拳を握りしめる芯を、翔は抱き寄せる。芯が一番気にしてる事が解っていた。
人が傷つく所を見たくない。そして、真っ赤な血も見たくない…。

「気にするなって。怪我した人は、生きてるから」

翔の腕の中で、そっと頷いた芯だった。

兄さん……。

静かに去っていく芯たちを見つめる中原は、春樹の正体がばれていないことを確信し、安堵のため息を付いた。




次の日の朝。
午後七時に帰ると言って出掛けた春樹が、就寝時間になっても帰ってこなかった。
春樹を心配した真子は、部屋の近くで待機していた八造を捕まえて問いただす。
そして……。


道病院の駐車場に停まった高級車から、真子が飛び降りてくる。

「って、お嬢様っ!!!」

運転席に座っていた栄三が、素早く車から降り、真子を追いかけて、腕を掴んだ。

「栄三さん、放してぇ!」
「あれ程、お一人での行動はいけませんと、申したではありませんかっ!」

栄三の言葉に、真子は首をすくめた。

「……ごめんなさい…。少しでも早く…まきたんに…」
「お嬢様のお気持ちは解ります。ですが、こういう場所でも
 危険だから、私か八っちゃんと一緒に歩くと約束したでしょう?」

いつにない栄三の口調に、真子は驚いていた。
栄三の心の叫びも、聞こえてくる…。
真子は、栄三の手を払いのけ、慌てて両耳を塞ぐ。

「…す、すみません、お嬢様……俺……」

両耳を塞ぐ真子の手に、栄三は、そっと手を添えた。
その手から伝わる温もりに、真子は心を落ち着かせていく。

「栄三さん…ごめんなさい。…これからは気をつけます」
「ほんとぉぉぉぉぉぉ〜〜に、気をつけて下さいね!」

ウインクをして、真子に微笑む栄三だった。真子は振り返り、少し離れた所で立ちつくす八造に声を掛けた。

「八造さん、行きますよ」
「はっ」
「…もぉ〜!! それは止めて下さいっ!」
「すみませんっ!」

深々と頭を下げる八造。

「ったく、八っちゃんは、くそ真面目だからなぁ〜。お嬢様、
 気になさらずに。八っちゃんは、あのままが八っちゃんらしいですよ」
「でも、私…お父様のように、偉くないもん…」
「慶造さんの娘ですから、私たちよりは、偉いんですよ?」

栄三の言葉に首を傾げる真子。

「……解らないぃ〜〜」

眉間にしわが寄っていた。

「では、真北さんの病室に向けて、出発ぅ〜」
「おー!」

栄三のノリの良い雰囲気に釣られて、真子は拳を掲げた。そして、足取り軽く、道病院の見舞客専用のドアから入っていった。二人に少し遅れて、八造が付いていく。
二人の楽しそうな雰囲気には付いていけない様子だが…。



春樹の病室は、名札が付いていない。もし刺客が来たら、それこそ怪我を悪化させるような行動に出兼ねない為に、道病院の院長が、気を利かせていた。
そこへ真子と栄三、八造の三人がやって来た。
真子は病室のドアの前に立ち止まり、ノックをする。

『はい』
「真子です」
『あっ。その………どうぞ…』

何となく、慌てたような返事が気になりながらも、真子はドアを開ける。

「失礼します。…………」

そう言って春樹の病室に入った真子は、口を噤んだ。
真子の後ろに立っていた栄三は、気まずそうな表情に変わる。同じように真子の後ろで待機していた八造は、警戒態勢に入っていた。
春樹のベッドの側には、滝谷と中原が立っていた。
以前にも、春樹の病室に居た刑事達。真子の記憶は鮮明に残っている。

「真子ちゃん、こっちにおいで」
「でも………。今…駄目だったの?」
「どうして?」
「刑事さんとお話してたんでしょう?」
「もう終わったよ。そろそろ帰ろうとしていた所ですよねぇ〜刑事さん」

何かを促すような口調で、中原に話しかける春樹。

「あっ、うん…はっ……そ、そうですよぉ。真北さん」

あたふたしながらも応える中原に、滝谷は呆れてしまう。

落ち着けって…。

「…まきたん…明日、また来ます…」
「えっ?」

真子の言葉に驚く春樹。

「刑事さん。まきたんを狙った犯人…捕まえてください。
 お願いします。もう、まきたんを狙わないように伝えて下さい。
 まきたん…やくざだけど、悪くないから……だから……。
 お願いします!!!」

真子は深々と頭を下げる。

真子ちゃん……。

「失礼しました」

そう言って、真子は病室を出てドアを閉めた。

「って、ちょ……真子ちゃんっ!!!」

春樹の声は、ドアを背に立ちつくす真子に聞こえていた。

「お嬢様、よろしいんですか?」

栄三の問いかけに、真子はそっと頷くだけだった。

「明日…またお願いしてもいいですか、栄三さん」
「えぇ。…帰りましょうか」
「…はい…」

そう返事した真子は、とても寂しそうな表情をしていた。
真子が静かに歩き出すと、栄三と八造は、付いていく。



「あぁ〜あ、本当に帰ったぞ…」

三人の足音が遠ざかるのを耳にした滝谷が、春樹をからかうように言った。

「あがぁ〜っ!! もぉ〜っ!!!! お前らが帰れぇっ!!」

春樹が嘆く。

「まだ半分も聞いてないっ! 渋らずにさっさと話せっ!」

滝谷が怒鳴る。

「怒鳴るなよぉ〜、傷に響く…」
「すまん。…でも、いきなりの行動には俺達も対処出来ないぞ。
 真北。心当たり…ないのか?」
「無い」
「しかし、大人しくしていると思った闘蛇組が、動いているとなると、
 芯くんが危ない…」
「…中原さんからの報告にあるように…芯は、やくざに対して
 途轍もない行動に出るようだな…」
「私共が遅れを取る事が多くて…」
「それで、あの行動になるんですか……」

闘蛇組の組員の顔面に、蹴りを入れた中原の姿を思い出した春樹は、怖がる素振りを見せていた。

「……真北……そのまま、そっくり、お前に返すぞ、その考え…」

滝谷が冷たく言った。

「私は大人しい方ですけどねぇ〜」
「それはないっ」

空かさず応える滝谷だった。

「……寂しそうだなぁ、真北」

春樹の目線は、ドアに向けられている。
真子が去っていった事が、とても寂しい春樹は、ふてくされながらも、滝谷の質問に応えていた。


春樹が襲われたのは、春樹自身が原因じゃなかったという事が解ったのは、事件から十日後…春樹が退院した直後だった。
退院後、春樹に平謝りする栄三。
栄三のとんでもない行動が、原因となっていた……。

「歯止めを利かせろっ!!!」

春樹の怒鳴り声が、屋敷の窓ガラスを揺らしていた。



(2005.4.24 第六部 第十四話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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