任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第五話 それぞれの想い

夜。
慶造は一人で縁側に腰を掛け、夜空に浮かぶ月を眺めていた。
吐き出す煙が、目に染みる。
思わず目を細めた。
そこへ、八造がやって来た。

「失礼します」
「……真子は…どうしてる?」
「笑顔で眠りに就きました」
「………そうか……。今夜は、頼んで良いか?」

静かに言って、煙草を口にくわえる。

「よろしいんでしょうか…」
「俺が見ていない所では、反古してるだろが」

八造は硬直。
ばれていた……。

「八造くんは、真子にとってはお兄さんだからさ、俺は
 全く気にしてないんだが、…修司には違うみたいだな」
「四代目…」
「恐らく、山本先生に対して、恐怖を抱いてるだろうな」

その通りだった。
真子は芯の無表情で冷酷で、それでいて、血に飢えた豹のように、相手を倒していく姿に恐怖を抱いていた。しかし、芯の本来の姿を知っている。
優しくて、周りの者に対して、常に気を配っている。
それを知っていても、あの駐車場で見せた姿が脳裏を過ぎると、躊躇してしまう。
それがかえって、相手に気を遣わせる事になる為、真子は、八造や栄三には笑顔を見せて、眠りに就いた。

「それよりさ…」
「はい」
「闘蛇組の動きは、納まったのか?」
「林は、山本先生の鉄拳で入院です。他の連中は、真北さんによって
 例の所へ。当面、闘蛇組は動けないと考えられます」
「…ということは、再びあの組が出てくるか……」

慶造も勘付いていた様子。
闘蛇組、そして、龍光一門。
この二つの組織が、執拗に阿山組を狙ってくる。
闘蛇組に関しては、真北に狙いを絞っているが、龍光一門は違っていた。
恐らく影で操る組織があるのだろう。
阿山組に休む暇を与えないように……。

慶造は、灰皿で煙草をもみ消し、縁側に大の字に寝転んだ。

「頼んだぞ」
「はっ。それでは、失礼します」

一礼して八造は去っていった。

ふぅ〜〜。

大きく息を吐いた慶造。暫く何も考えずに、月を眺めていた。
誰かの足が視野に入る。

「俺の前に姿を現すなと…何度言えば解る?」

慶造は冷たく言った。

「時々見せないと…お前が無茶しそうでなぁ」

それは修司だった。
慶造の隣に腰を下ろし、月を眺める慶造の顔を覗き込んだ。
慶造は、目だけを修司に向ける。

「今日のことは、すまなかった」

修司が静かに言う。

「…どうせ、撒かれただけだろ」
「あぁ」
「自業自得。真北の悪い癖だな」

真北の出先には、修司が影で見守っている。
それは、自分の息子である八造と行動を共にすることが多い事もあった。そして、真北の行動を伝える為でもある。この日も、真子と出掛ける先々を付けて回った。しかし……。

「八造くんの報告通りか?」
「あぁ」
「ほんと、しっかりしてきたよな、八造くんは。…自慢したいだろ?」

にやりと口元をつり上げた慶造に、修司は、微笑むだけだった。

「知らんぞ」

修司が言った。

「息子のことくらい、信じろよ」
「…俺以上に、手が早いだけに、心配だよ」
「まだまだ先の事だろが」

クッと笑って、慶造は体を起こした。

「で、それだけを言いに、わざわざこんな時間に来たのか?」
「久しぶりに話に来ただけだ」
「何が遭った? 剛一くんの事か?」
「…知ってるのか」
「いいんじゃないか? 剛一君の人生を修司が決める事ないだろ?」
「そうだけどな…。心配でな…」
「海外といっても、今は直ぐに行き来できるようになっただろが。
 ……修司…」
「ん?」
「お前って、意外と寂しがり屋なんだな」
「だから、お前から離れたくないと言ってるんだよ」

修司の言葉に、慶造は、ぽかんと口を開けてしまう。そのあまりにも滑稽な表情に、修司は笑い出してしまった。

「くっくっく……なんて面してんだよ。慶造らしくないなぁ」
「…いや、お前の口から、そんな言葉が出ること自体…異常だ…。
 相当、応えてるんだな…剛一君の海外赴任」
「仕事だから、仕方ないのは解るが、心配だろが」
「立派な大人だ」
「真子お嬢様が、そうなったら、お前だって…」
「そうだろうなぁ。俺は付いていこうとするだろな」
「……その手があったか…」

修司の言葉に、再び、口をぽかんと開ける慶造。

「………まじに考えるな…」
「………まじかと思った…」

そう言って、お互い顔を見合わせて、そして、微笑み合った。
お互いの肩書きを忘れ、その昔、まだ、親友として過ごしていた頃のように…。

「心配なら、小島に言って、霧原に頼んでもらうよ」

慶造は、そう言って煙草に火を付けた。
ゆっくりと立ち上る煙を追うように、顔を上げる修司。
見つめるその先には、月が明るく照っている。

「いつも…悪いな…」

呟くように、修司が言った。




八造は寝る前に、もう一度、真子の様子を伺いに真子の部屋へと向かっていった。
真子の部屋のドアをそっと開ける。そして、真子に目線を移す。

「お嬢様…やはり眠れませんか?」

真子は、ベッドの上で、体を丸くして、壁にもたれかかるように座っていた。

「…くまはちぃ……」

弱々しく名前を呼ぶ。八造の優しい声を耳にして、少し安心した様子。八造は、ベッドの側に歩み寄り、膝を落として真子を見上げた。

!!!

真子が八造に飛びついてくる。しっかりと受け止めた八造は、真子が震えていることに気が付いた。

「今夜は一緒に寝ましょう」

思わず口にする八造。自分に驚いていた。
しかし、真子は八造にしがみつくように腕に力を込めてくる。

私の勇気を…どうぞ。

心で語りかける八造。真子が胸元で頷いたのが解った。


布団に潜る真子と八造。真子は、ちらりと八造を見上げた。

「なんでしょう?」

温かな眼差しで八造が話しかけると、真子は照れたように首を横に振り、八造の胸に顔を埋める。

「お休み…くまはち…」
「お休みなさいませ。良い夢を」

暫くすると真子の寝息が聞こえてきた。
真子は八造にだけは、悩みを打ち明ける。
この日に起こったことに悩んでいる事は、解っていた。しかし、何に悩んでいるのかは解らなかった。
出掛けたい時は、八造か栄三が守る。
学校の送迎も車で行う。
真北は怪我をしたが、命に別状はない。いつも通りに元気だ。
芯も無事に帰宅した。
芯の怒りに驚いていたが、その怒りを鎮めたのは、真子だった。
真子が眠れないほど悩んでいたのは、それらのことではなかったのだ。

明け方まで、八造は起きていた。
もし夜中に真子が…と思うと眠れなかったらしい。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。真子が寝返りを打ち、目を開けた。

「まだ、早いですよ」
「くまはちの…時間だから…」
「今日はお休みにします。なので、起きる時間まで眠って下さいね」
「もう…大丈夫だから…」
「お嬢様……」
「起きる」

真子は体を起こし、背伸びをする。

「では、私はいつものように致します。時間厳守ですよ。
 二度寝は駄目ですからね」
「解ってるよぉ〜もぉ」

と言いながら、真子は顔を洗いに部屋を出て行った。その間、八造は真子の為に学校の用意をする。制服を整え、ランドセルを側に置く。その時、机の上に文具屋の包装紙を見つけた。それが、昨日の事件の発端。八造は、処分した方が…と考えたが、

「大丈夫だもん。……ただ…」

八造の想いに気付いた真子が言った。

「すみません」
「そろそろ出発しないと、時間に間に合わないよ?」
「そうですね。今日は距離を短めにしておきます」
「私に気を遣わないでよぉ」

真子はふくれっ面になった。

「いいえ。栄三が来る前に、終えておきます。では行ってきます」
「いってらっしゃぁい! 気をつけてね!」

真子に見送られ、八造は部屋を出て行く。そして、トレーニングウェアに着替えて、ランニングに出掛けた。
真子は机に向かって立ち、文具屋の包装紙を見つめる。
八造の言葉が脳裏に浮かんだ。

ぺんこうも躊躇うと思いますよ。だから、お嬢様はいつものように。

そう言われても、いつものように出来ないかもしれない。
芯の事を考えると、何故か頭が空っぽになり、心拍が早くなる。
それが、何故なのかは、この時、真子は解らなかった。


八造は、いつものコースを早めに切り上げて、ランニングから戻ってきた。ちょうど、修司が屋敷から出てくるところに出くわした。

「お疲れ様です」

八造は、そう告げるだけで、屋敷の奥へと入っていった。修司は、軽く息を吐いた後、自宅に向かって本部を出て行った。

真子の部屋に向かう八造は、途中の廊下で慶造と会う。

「おはようございます」
「様子は?」
「ぐっすりお休みになられました。今日の送迎は、栄三が致します」
「八造くんも付いていくんだろ?」

という慶造の言葉に対して、八造の眉間にしわが寄る。
思わず吹き出しそうになった慶造だが、八造に話しかける声は震えていた。

「本当に親子揃って、同じ考えを持つんだな」
「誰もが同じと思います」
「小島親子に対しては、そうなるわな。俺もだ」

慶造の言葉に八造は笑みを浮かべた。

「真子の前では…」
「心得てます」
「明日が終業式か」
「はい」
「初めての成績表だな。楽しみにしてるよ」
「お嬢様ですから、大丈夫でしょう」
「あぁ。…山本の夏休みは八月からになるらしいな」
「そうですね」
「……真子が悩んでいるのは、やはり…」
「はい。山本先生がお嬢様を避けるのではないかと心配されております」
「自分の怒りを見せてしまったら、誰もが思うよな…真子に嫌われる…と」
「はい。お嬢様には、いつものようになされば大丈夫だと伝えております」
「少しは落ち着いたってことか……」
「はい」
「……それを気にして、山本が足を運んでくれるのかが心配だな…。
 山本に対しても、やっと警戒を解いたというのにな」

慶造の言葉は、なぜか寂しげに聞こえた。


真子は、栄三の車で学校へ向かった。助手席には八造が座っている。
後部座席に静かに座り、窓の外に流れる景色を見つめていた。真子の様子をルームミラーで伺っている栄三は、信号で止まった時に声を掛ける。

「お嬢様、どうされました? 徒歩での道とは少し違ってますよ?」
「………そうだよね……見慣れた光景じゃないから、びっくりした」

真子の元気な声に、栄三はミラー越しに微笑む。

「だって、えいぞうさんのことだから、学校をさぼって…なぁんて
 言うかと思ったんだもん」
「栄三ぅ〜お前、まさか、お嬢様の送迎の日は、常に…」

八造が拳を振るわせながら言う。

「いいや、何も〜」

と栄三は惚けるが、

「その通りだよ! えいぞうさんは、天気の良い日は、ドライブにぃって
 言うんだもん。それを停めるのが大変なんだからぁ〜」

真子が明るく応えてしまう。

「お、お、お嬢様っ!! それは内緒だと」
「栄三ぅ〜〜」
「冗談やっ!」
「冗談でも、言って良いことと悪い事があるっ! お前の場合は
 なにもかもが悪いっ!」
「って、八やん、お前なぁ〜」
「…信号、青だよ」

今にも言い合いが始まるかに思えた時だった。真子が、二人の言い合いを止めるかのように、言葉を発した。その言葉に素早く応える栄三は、アクセルを踏み、真子の学校へと向かっていく。
車は校門を通り、送迎用のロータリーへとやって来る。他にも何人かの生徒が車で送迎されていた。真子は車から降り、二人に向かって、

「喧嘩は駄目だからね。行ってきます!」

と元気よく告げて、校舎へと向かって走っていった。
真子の姿が見えなくなるまで見送った二人は、やれやれといった表情で顔を見合わせる。

「俺だって解ってるって。お嬢様を和ませる為の言葉だよ。
 真北さんにばれたら、それこそ厄介だろが」

栄三が先程の言い訳をする。

「言い訳は聞かん。だけどな、お嬢様には悪いことを教えるな」
「誰なら良いんだ?」
「誰でも、良くないっ!」

八造の声は、車の中に響き渡る。思わず耳を塞ぐ栄三だった。





道病院・春樹の病室。
体を起こした春樹は、ベッドに腰を掛け、痛む体に鞭を打つように体を動かし、ベッドから降りた。
窓の外を見る。
とても良い天気だった。

散歩したいなぁ〜。

病院の庭にある木々が、こっちにおいでと誘っているかのように見える。
春樹は靴を履き替え、病室を出て行った。


庭に出た春樹は、青々と茂る木々をゆっくり眺めながら歩き出す。
怪我をしたのは、昨日。駐車場で撃たれた際、銃弾は貫通し、車のドアに突き刺さっていた。銃弾と共に吹き出した血は、車の窓を染めた。それを中で身を潜める二人には見せたくなかったが……。
小さな子供が、庭の隅に設けられた公園で遊んでいた。母親が、優しく見守っている。
その二人の姿が、ちさとと真子に重なった。

ちさとさん…。

懐かしむように目を細めた時だった。
首に誰かの腕が絡みついてきた。
春樹は咄嗟にその腕を掴む。

「重傷が歩き回るなっ」
「……狙われて危険な人物に言われたくねぇな」

その声に対抗するかのように、ドスを利かせて春樹は言った。

「ちっ。本当に不死身な体だな」

そう言って、春樹の首から腕を放したのは、慶造だった。

「これくらいは、日常茶飯事だ」
「そうだった、そうだった」

呆れたように言った慶造は、春樹が見つめていた方向に目をやった。
そこには、母と子が戯れる温かな雰囲気が漂っていた。

「思い出すよ…」

呟くように慶造が言った。

「そうだよな………で、何しに来た?」
「見舞い」
「そう思えないんだが……何か遭ったのか?」

慶造から少し離れた所には、勝司が立っていた。



春樹と慶造は、並んで庭を歩き出す。
慶造も何度か散歩したことのある庭。ほんの数ヶ月前も、そうだった。

「真子ちゃんは、ちゃんと登校したのか?」
「八造の勇気をもらってな」
「それなら、大丈夫だな」
「あぁ」

再び沈黙が続く。二人のゆったりとした足音だけが、聞こえていた。
セミが鳴き出す。

「なぁ、真北」
「あん?」
「本当に、プレゼントするのか?」
「あぁ」
「真子…気にしてるぞ…昨日のこと」
「それは解ってる。あいつも……」
「もしかして…」
「今朝、大学に行く前にやって来た」
「…えらい遠回りだな」

芯の大学は、芯が住むマンションから徒歩十分。そして、道病院は、大学とは反対方向にあり、徒歩でも四十分は掛かる所。

「朝のジョギングのついでだそうだ」
「ジョギングコースも反対だったろが。一応、阿山組を避けてたんじゃなかったか?」
「今は違うよ。真子ちゃんの為だ」
「こっちに変えたのか」
「そうみたいだな」

そう言って、ベンチに腰を掛けた春樹。慶造は、その隣に立ち止まる。

「真子が恐れてるぞ」
「それも大丈夫だろ」
「そうだが……」
「すまんな、慶造。…今回は、俺の失態だ」
「真子が無事なら、多少の失態は咎めん」
「ありがと」

素直にお礼を言った春樹に、慶造は怪訝そうな表情になる。

「本当に大丈夫なのか?」

と尋ねてしまう。春樹が素直な時は、本当に体調が悪い証拠。

「なんとかなぁ。真子ちゃんの誕生日までには退院したいからさ」
「お前抜きでも、大丈夫だぞ。その事を相談しに、来ただけだ」
「誕生日までには退院する。そして、プレゼントするから」
「じゃぁ、小島に逢いに行くかぁ」
「今日は、自宅で最後の仕上げだぞ」
「……それは、邪魔するのは悪いよな……」

と口にした時だった。
何かを思い出した。

「あいつ、無茶して、入院中じゃないのか?!」
「とっくに退院してるよ。そして、動き回ってる」
「くぅ〜っ!!! 小島の野郎、あれ程……」
「慶造の為に動くなとは、俺からも言ってる。だけど、誰もが同じだよな。
 何度言っても、解ってくれない。自分の思いを達成させたい…ってなぁ」
「真北も含めて…だろ?」

慶造の言葉に、春樹は笑みを浮かべ、

「……そうかも……な」

と静かに言った。
春樹は立ち上がる。

「病室に戻る気になったか」
「あぁ」

またしても、何も言わずに二人は歩き出す。春樹は病院の駐車場へと、慶造を見送りに歩き出していた。もちろん、慶造は帰るつもりだった。二人は、何も話さなくとも、通じ合っている。
いつの間にやら…。

「真子ちゃんには、見舞いに来ないように言ってくれよ」
「来るのが解ってるのに?」
「あぁ。真子ちゃんが来たら、退院が延びるからさ」
「お前が黙って寝てれば良いことだろ?」
「それが無理だからだよ」
「ふっふっふ…そうかもな」
「それと」

車に乗り込もうとしていた慶造を呼び止める。

「ん?」
「芯も…大丈夫だからさ。…いつもありがとな」

フッと笑みを浮かべて、慶造は車に乗り込んだ。勝司が運転席に座り、そして車を発車させる。去っていく車を見送り、ちょっぴり和んだ気分で、春樹は病室へと戻っていった。
そこには、鬼かと思うほどの形相で怒りを露わにしている医者が居るとは知らずに……。




芯が通う大学。
二時限目の講義を終え、帰路に就く。
歩いていく芯に付いていく翔と航。
この日、一言も口を開かない芯が気がかりでならなかったのだ。声を掛けたくとも、声を掛けがたい雰囲気が背中から醸し出されている。
いつもなら、からかうように声を掛けるのだが、この日は違っていた。
実は芯。前日の事件が尾を引いていた。
春樹を痛めつける人物が許せなかった。
これ以上、傷つけないでくれ!
そう思った時には、すでに、敵を倒していた。
真子の笑顔を知ってから、もう暴れないと決めたのに、
真子に大学へ通うように言われてから、誰も傷つけないと決めたのに。
あの時は、自分の奥底に眠る何かが、抑える自分の殻を破るかのように、飛び出していった。
春樹に停められるまで、そして、真子が身を挺してまで停めた事で、我に返った。
芯は大きく息を吐く。

「……芯…? もしかして、体調が悪いんじゃないのか?」

心配そうに翔が声を掛けてきた。そして、芯の額に手を当てる。
少し熱っぽかった。

「微熱…」
「大丈夫だよ。ただ…」
「昨日のことが気になるのか?」
「…あぁ」
「今朝、お兄さんにも言われて、落ち着いたって言ったのは?」
「俺…だけど…」
「………今日は、家に帰ったら直ぐに眠れ。熱が高くなるかもしれない」
「心配無用…と言いたい所だが、言葉に甘えるよ。…この具合は、
 熱が高くなる前触れだよ」

自分の体の事は、よく解っている。
体を鍛える前から、常に注意するように言われていた事、そして、誰かを心配させたくない為に、身につけたものだった。

「いつも以上に体を動かすからだ」
「充分反省してる…」
「素直だな……」

芯が素直になるときは、本当に体調が悪い証拠。
そういうところまで、兄弟は似ているらしい。
春樹と芯の二人と同じような人物は、もう一人…。



夕方。
生徒達が帰宅する時間帯。
真子は重い足取りで駐車場のロータリーへとやって来た。
そこには、栄三だけが待っていた。

「お疲れ様でしたぁ。あと一日、頑張りましょう」
「…ありがとう! ただいま!」

その声は明るく聞こえたが、栄三には無理をしているのが解る。

「お嬢様、何か御座いましたか? 私には包み隠さず話すようにと
 お願いしておりますよねぇ〜」
「うん…解ってる…」

そう応えた真子の額に、栄三の手が当てられる。
少し高い。

「微熱でしょう。今日は家に帰ったら、すぐにお休み下さい」

と優しく言った栄三だが、真子が首を横に振ったことで、首を傾げる。

「何か…」
「えいぞうさんは、真北さんと一緒に居る時間が、山中さんや
 くまはちよりも多いよね」
「えぇ。お嬢様が生まれた頃からですからねぇ」
「…じゃぁ、桂守って方…知ってるの?」
「えっ? …あっ…」

真子を守った桂守。その事は、桂守からも報告を受けている。

「まぁ、知ってるというより、私の親父と深く関わる人物です」
「そうなの?!???」

真子の驚きは一際。驚いた後は、期待するような爛々と輝く眼差しで栄三を見つめていた。

「あ、あの…お嬢様??」
「その……お礼を…言いたくて…」
「それなら、充分に仰ったのでは?」
「改めて言いたいの。…ねぇ、お逢いできないの?」
「あの人は、常に飛び回ってるので、逢うのは難しいですねぇ。
 手紙にしては、どうですか? 渡しておきますよ」
「お手紙だと、気持ちが見えないから…嫌なの」
「それも、そうですね…御伝言でしたら、私が…」
「聞きたい事があるから…」

呟くように言った真子。栄三は何を尋ねたいのか気になることだが、あまり詮索しようとはしなかった。
どこかへ連絡を入れた栄三は、行き先を小島家へと変更する。


小島家の前に、車が停まった。
栄三は、後部座席に座る真子に振り返る。なぜか、緊張した感じで座っている真子に、栄三は優しく声を掛ける。

「自宅に居るとの事ですので、私の自宅でお話しますか?」

真子は首を横に振る。

「だって、えいぞうさんのお家にお邪魔するのは…その…」
「初めてでしょう? 大丈夫ですよ。慶造さんには許可頂いてます」
「でも……」
「怖くありませんから」
「……それでも……」
「気になさらずに」

素敵な笑顔で言う栄三に、真子は参ったのか、頷いてから車を降りた。
栄三に招かれて、真子はこの日初めて小島家へと入っていく。
ドアを開けると、隆栄が迎えに出てきた。

「って、栄三ぅ〜、直ぐに入ってこいっ……って、お嬢様ぁ!」
「おじさん! お元気そうで!! お邪魔します」

戸惑う隆栄を気にせず、真子は靴を脱いで上がっていく。

「桂守さんは、いつものとこ?」
「あ、いや、俺の部屋。何の用だ?」
「お嬢様がお礼を言いたいってさ。それと聞きたい事もあるって」
「それなら、リビングで。俺が呼んでくるからさ」

何か慌てた様子の隆栄を不思議に思いながら、栄三は真子をリビングへと連れてきた。

ソファに腰を下ろし、リビングを見渡す真子。なんとなく高級感溢れる雰囲気に、真子は不思議なものを感じていた。
栄三は、真子にオレンジジュースを差し出す。

「慶造さんも学生の頃は、よく遊びに来たそうですよ」
「ねぇ、えいぞうさん。おじさんはお父様と高校生の頃に
 知り合ったんだよね」
「席が隣だったそうで、初めは喧嘩腰だったけど、そのうち、
 慶造さんの方が打ち解けてきたらしいですよ」
「ふ〜ん。おじさんとお父様のお話って、あまり知らないから、
 今度話してもらおうかなぁ」
「それは、親父が慶造さんに怒られますから、絶対に話さないでしょうね」
「そっか……」

真子はオレンジジュースを一口飲む。そして、何かを思い出したように栄三に尋ねる。

「…おじさん……何を慌ててたの?」
「お嬢様が突然来られたので、驚いているだけでしょう。
 まさか、来るとは思ってないんでしょうね」
「そうなの?」
「まぁ、そうでしょうねぇ」

と応えたとき、リビングへ隆栄と共に桂守が入ってきた。
真子は、桂守の姿に気付いた途端、立ち上がり、深々と頭を下げた。

「桂守さん。昨日はありがとうございました」
「真子お嬢様、頭をお上げ下さい。私には、そのような仕草は
 必要ありませんよ」

やんわりと話しかける桂守。真子は顔を上げ、飛びっきりの笑顔を見せた。

だから、お嬢様、それは…。

その場にいる男達が思う。しかし、心で叫ぶと真子に知られてしまう。グッと言葉を堪える男達。しかし、桂守だけは違っていた。

素敵な笑顔ですね。心…和みます。

桂守の心の声は真子に聞こえていた。ちょっぴり照れたように頬を赤らめた。それを観て、栄三は思い出す。

「お嬢様は微熱気味だから、手短に…」

そう告げて、栄三と隆栄は、リビングを出て行った。
暫く沈黙が続く。桂守は、どう接すればいいのか考えていた。真子は立っている。
兎に角、

「お嬢様、どうぞ、お掛けになって」
「ありがとうございます」

真子は腰を下ろす。

「その…私に尋ねたい事があるとか…」
「はい。……昨日、桂守さんの心の声を聞きました。
 …光の…持ち主……という言葉を……」
「あぁ、あれですか」
「私は、傷を治す青い光を持ってます。だけど、今は……。
 その光の事を御存知のようなので、詳しく聞きたいと思いまして…」
「お嬢様が知りたい事は、恐らく、その光を使ったらどうなるのか…。
 そういうことですか?」
「はい。…傷を治す光。それがあれば、この世がどうなるのか
 解ります。良いことに使われるのなら、特に悩みません。しかし、
 それが悪用されることもありますよね」
「えぇ。役に立つ物を発明したのは良いが、それが、人に多大な
 犠牲を与える物に変わることだって、ございますからね」
「相手を傷つけて、自分もその時に傷ついて…。しかし、その光の
 力で傷が治って、そして、また…相手を傷つける…。そういう事が
 起こる可能性もあります。………もし、光の事に詳しいのでしたら
 教えて頂けませんか? …どうすれば、悪用されないか…」

真子の真剣な眼差しに、桂守は驚いていた。

「お嬢様…もしかして…青い光は…」
「もう使えない……」

静かに言った真子を見て、桂守は、どのように話を切り出せば良いのか考え込む。
ところが、真子は、新たな話へと切り替えた。

「それと………私は解るの……もう一つの光があること…。
 心の奥で、私の知らない所で、常に話しかけられるの…。
 本当の気持ちを表せって……」

赤い…光……。

桂守は息を飲んだ。

「憎しみを持ってるんだろうって。相手を同じ目に遭わせたいんだろうって。
 その時は、いつも観てる景色が真っ赤になるの。…そして、
 記憶も遠のいてる…。どうしたら……いいのか解らない…」
「光には、色々な能力があるそうです。恐らく、それは、
 赤い光…。お嬢様は、その赤い光も持っているそうです」
「えっ?」
「それは、あの日…青い光が消えた日から、現れたそうですよ。
 栄三さんからお話を聞いた時は驚きました。…その赤い光は
 人を傷つけることが平気だそうです。だけど、お嬢様は、
 赤い光に出逢っても、人を傷つけたことは無いそうですね」
「本当?」
「えぇ。栄三さんがお嬢様に関することで嘘を言った事は
 ありませんよ」
「……本当に…人を傷つけてないの?」
「ご心配なく。それよりも、私がお嬢様の光が気になったのは、
 その光を持っている人を知ってるからです」
「他にも居るの?」
「居られました」
「居られました?」

真子は首を傾げる。

「かなり昔のお話ですから。人々を助け、そして、自らも
 素敵な日々を送った方ですよ。笑顔が絶えない方でした。
 常に周りのことを考えて、そして優しく接して居りました。
 私も、その方と親しくしていた一人です」

そう語る桂守は、とても温かな表情を醸し出していた。
光のことを語り出した桂守。それは、留まることを知らないかのようだった。
真子は真剣に耳を傾け、桂守の話を聞いていた。
話が進むにつれ、真子の気になっていた事は解決されていく。
小島家を後にしたのは夕方の六時。
桂守の語りは、優に一時間を超えていた。

「ったく…桂守さんが、あんなにお話好きとは思いませんでしたよ」

真子を送る車の中で、栄三が呟いた。

「お嬢様の体調は悪いと言ったのになぁ」
「でも、楽しかったよ」
「それは、良かったです」
「えいぞうさん」
「はい」
「ありがとう!」

ルームミラーに映る映像に向かって、飛びっきりの笑顔を見せる真子。
ちらりとルームミラーに目をやった栄三は、飛びっきりの笑顔を見せる真子と目が合った。

あ、あかんっ!!!!!

慌てて目を反らし、運転に集中する栄三。
高鳴る心臓を落ち着かせるかのように、息を整えていた。


その夜、真子の熱は高くなり、次の日の終業式を休むことになった。
担任の先生が、挨拶代わりに真子の成績表を持ってくる。
やくざの家だが、恐れることなく、案内された応接室で、慶造に成績表を手渡した。
三段階評価のうち、一番良い評価しか、そこには記されていなかった。


そして、真子の夏休みが始まった。



(2005.10.6 第七部 第五話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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