任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十三話 一大事!!

小島家のリビングに、一人の男が姿を現した。
そこで、くつろいでいる隆栄が、

「ありがとうございました」

そう口にして振り返る。
そこには、桂守が立っていた。
一週間前とは表情が少し違ったように思えた隆栄は、優しく微笑んでしまう。

「私まで、和ませて頂きました」

桂守も笑顔で応えた。

「お嬢様の事だから、滅茶苦茶ゆっくりさせてもらったのでしょう?」
「その通りです。こんなに休暇を満喫したのは、何十年ぶりでしょうか…」
「親父との対戦以来じゃありませんか?」
「そうかもしれませんね」

隆栄が立ち上がり、珈琲を煎れに行く。桂守はソファに腰を掛けた。
目の前にコーヒーが差し出され、桂守がゆっくりと口にする。

「疲れが飛びます」
「珍しく腰を掛けたので、お疲れかと思いましてね」
「長期休暇の後の行動は、難しいですね。やはり、動いてないと
 私は倒れそうですよ」
「いつまでも?」
「そうですね」

隆栄もコーヒーを口にする。

「阿山が……」
「先に本部へ足を運んだんですが……」
「……まさかと思うが……」
「真北さんと言い合い中…」
「そうだろうなぁ。…俺の助言が阿山の行動に拍車を掛けてしまったし」

相変わらず、悪びれた様子を見せない隆栄。それには桂守は苦笑いをするしかなかった。

「あとは、原田が?」
「そうですね。仕事も余裕を持たれたみたいでしたから」
「やはり、お嬢様が訪れる時期以外は、支配人の仕事だけか…」
「えぇ」
「お嬢様は……」
「少しは元気になりましたが、以前のような強さは未だに…」
「余程……ひどかったんだな…。…桂守さんには、何か?」
「何も…。お嬢様の心を和ませるために、物語を語ったくらいですね。
 あとは、頂上で過ごすという日々でした」
「……物語? どんな?」
「江戸末期のお話が主でしたよ」
「………………実際に目にした事を?」
「そうなります」

あっけらかんと言った桂守に、隆栄は項垂れる。

「本当なんですか?」
「本当ですよ」

隆栄は、未だに、桂守の『子供の頃』の話を信じていなかった。

髷を結った人がたくさん…って、時代劇の見過ぎちゃうんかなぁ〜。

と思いながら、コーヒーを飲み干した。




隆栄は、桂守と共に、阿山組本部へとやって来た。
桂守が言った通り、慶造と春樹は言い合っている。その声が玄関先にまで聞こえていた。

「どれくらい続いてる?」

玄関先に居る組員に尋ねると、

「夕べからです」
「ということは、縁側か?」
「はい。恐らく、昼を回った事に気付かれてないかと…」
「しゃぁないなぁ。…っと、栄三の具合は?」
「八造さんが側に付いております」
「二人が言い合っていたら、仕事も無いもんなぁ。ありがと」
「はっ」

隆栄と桂守は、言い合う声が聞こえる方へと向かっていく。
案の定、慶造と春樹は、縁側に腰を掛けたまま、言い合っていた。
隆栄の気配に気付いたのか、二人は同時に振り返り、

「様子はっ!!!」

言い合った勢いのまま、尋ねてきた。

「お伝えしても…よろしいですか?」

桂守が、静かに言うと、二人は、大きく頷いた。




天地山の頂上は、この日も晴れ渡り、青い空が延々と続いていた。その下には、真っ白な景色が広がっている。その景色を一望出来る場所に、真子とまさの姿があった。
二人は、雪の上に腰を下ろし、壮大な景色をただ、見つめているだけだった。

「まささん」
「はい」
「お仕事は……いいの?」

真子が静かに尋ねる。

「少しは、落ち着かれたのですか?」
「少しだけ。…他の人の声が聞こえないから、一人で考えることが
 できて、少しばかり落ち着いた。……誰もが考えることだもん。
 そんなことに、くよくよ悩んでいても仕方ないと思った。でもね、
 どうして…偽るのかな……」

真子が静かに語る思いに、まさは、優しく応える。

「正直に言う事は、大切です。でも、時には偽ることも大切なんです。
 お嬢様は、他人の心の声を聞いてしまう。でも、私には、そのような
 心の声は聞こえません。他の人もそうです。……お嬢様には
 他の人が持っていない、特殊な能力があるんです」
「解ってる…使ってはいけない……能力…」

消え入るような声で真子が応えた。

「青い光と赤い光。その影響なのかは解りませんが、人が
 聞くことのできない心の声まで聞いてしまう。もし、偽りが無ければ
 …本音を言ってしまうと、お嬢様のように傷つく人が増えてしまう。
 それだと、誰もが啀み合ったり、傷つけ合ったりするかもしれません。
 お互いの思いをぶつけ合う事もありますが、それは、お互いが
 相手を大切にしたいから。深い付き合いというんでしょうか…」
「お父様と真北さんのように?」

真子は、まさの言葉を遮るかのように言った。

「そうですね。でも、クラスメイト全員と深い付き合いというのは、
 お互いの育った環境や性格もありますから、難しいんですよね。
 深くはなくても良いから、相手を傷つけない程度に付き合いたいなら
 少しは偽ることも大切なんです」

まさの言葉を真剣に聞いている真子は、ふと、誰かを思い出した。

「でも……本音をぶつける人も居るよ?」
「そこが、性格の違い、育った環境の違いにあたります。本音を
 ぶつけないと気が済まない人も居ます。でも、そういう人は
 下手をすると、つまみ出される事があります。それでも負けない!
 そういう強さがあれば、本音をぶつけあうことで、お互いを
 理解していく可能性もありますね」
「お父様と真北さんのように?」
「…………そうですね………あの二人は、ぶつかり合いすぎですが…」

まさは、真子のためにと語っているのだが、どうしても、春樹と慶造の二人のイメージが浮かび上がる事に、それ以上語る気が失せてしまった。

「…でも、お嬢様に本音をぶつけると、怖いんでしょうね」
「私が、やくざの娘だから、何かされると思ってるんでしょう?
 みんなの心の声が…そうだから…」
「そうでしたか…」

真子は、コクッと頷いて、ひざに顔をうずめてしまう。

「…お父様が、やくざの親分になった気持ちは知ってる…。
 お父様の思いも知ってる。…その思いが中々伝わらなくて
 色々と悩んでるのも知ってるの。…でも、私は力になれない。
 その世界のこと、あまり解らないもん。…人を傷つける気持ちも
 解らない……命を奪おうと思う気持ちも……解らないっ!!
 話し合えば、お互いの事を理解し合えば、いいことでしょう?
 人が嫌がる事や迷惑を掛けることを、しなければいいのでしょう?
 嫌がることや迷惑を掛けることを平気でするのは、相手の気持ちを
 解ってないから…だから………」

真子は、まさに振り返る。
その目から、涙が流れていた。真子は拭いもせず、話し続ける。

「力を誇示したいから……やくざは、人を傷つける事が
 平気なんでしょう? ……本当の強さを知らないから……。
 力だけが強くても…本当に強いとは言えないのに…」
「お嬢様……」
「どうして、相手を傷つけるの?」
「……それは、自分が生きるためには邪魔だから…」

昔の思いが、ふと蘇る。

「自分の思いが通らないから…邪魔だから……だから、相手を
 傷つけたり、命を奪ったりするの?」
「それが、やくざの世界なんです。……それを変えようと
 慶造さんは、その世界に飛び込んだ。そして、真北さんも。
 その世界は、少しずつ変化してます。観ていて解ります。
 ですが、それは、組織の上層部だけで、下に行けば行くほど
 思いが伝わらず、勘違いをしていまうんです。…それが、
 一月上旬の事件です」
「まささん…知ってたの?」

真子が驚いたように尋ねた。

「お嬢様からご相談を受けた後、すぐに調べました。それで…」
「………まささん……やくざとは関係ないのに…ホテルの
 偉い人なのに……私が、こうして、相談したから…だから、
 だから、まささんが……」

そう言った真子は、突然立ち上がる。

「お嬢様?」
「まささんまで、やくざの世界に入ること……駄目!!」

真子が叫ぶ。

「お嬢様、私は…!!!」

真子が突然駆け出した。しかし、真子が向かって駆けていく場所は…

「お嬢様、そこは、危険です!!!」

雪が積もり、道があるように見えるが、雪の下は崖になっている。
まさは叫んだが、遅かった。

「!!! きゃっ!!」

真子が一歩踏んだ途端、雪が崩れた。崩れた雪と同時に真子の姿も落ちていく。

くそっ!!

まさも駆け出す。その速さは、流石。落ちていく真子に追いつく程の速さ。
だが、雪は崩れ、二人の体を崖の下へと連れて行った。

お嬢様っ!!!

雪と共に崖を落ちていく真子とまさ。まさは、真子の体に手を伸ばす。
服を掴んだ。
しかし、落ちる勢いは納まる気配を見せない。
雪にまみれながらも、まさは、態勢を整え、真子の体に向かって飛びついた。
真子の体を両腕に抱えることが出来た。
それでも、崖を落ちていく二人。
まさの視野に、木の枝が見えた。
片手で真子を抱きかかえ、その木の枝に手を伸ばす。
二人の体は、そこで停まった。

「お嬢様……大丈夫ですか?」
「まささん〜」

真子の声は震えていた。
余程怖かったのだろう。寒さだけでなく、怖さで震えている真子に気付き、まさは真子を抱える腕に力を入れた。
……しかし、枝にぶら下がった状態……。
下に目をやる。地面までかなり距離がある。
上を見た。
かなりの距離を滑り落ちたのか、自分たちが居た場所は見えなかった。
その時、体が少し落ちたように感じた。

まさか…。

と思った時は、宙に浮いていた。
掴んだ枝が、二人の重みに耐えきれず、折れてしまった。

ちっ!

まさは、目の前を過ぎる木に向かって足を出す。その木を踏み台にした感じで、別の木に飛び移る。そして、視野に飛び込む安全な場所に向かって、再び飛び移った。
そんな感じで、真子を抱きかかえたまま、木と木の間を飛び移りながら、下へと降りていく。
そして、平らな場所へと降り立った。
そこは、雪の時期には初めて踏み入る場所だった。

しまった……戻れない…。

木々に囲まれ、太陽の光も届きにくい場所。先程までの場所までは、もう戻ることは出来ないだろう。
その時、まさは、体に異変を感じた。

こんな時に…っ!!

「まささん…?」

真子が心配そうに声を掛けてきた。

「あっ、すみません。今、救助を呼びます」

真子の腰に付けたある小型無線機に手を伸ばす。それは、中腹の喫茶店だけでなく、ゲレンデを巡回している男達にも伝わる代物。まさは、連絡を取った。

『お嬢様、どうされましたかぁ』

店長の声が聞こえてきた。

「すまん、店長、救助を頼む」
『支配人、どうされたんですかっ! まさか、お嬢様が…』
「二人して頂上から崖下に落ちてしまった」
『………どれくらいの距離ですか?』
「距離までは解らないが……」

まさの語りで、店長は何かに気付く。

『すぐに向かいますから、絶対に動かないで下さいっ!』
「下から来いよ」
『解ってます!』

そう言って、無線は切れた。
まさは、大きく息を吐く。

「少し時間が掛かると思いますが、それまで、ここから
 動きませんよ。お嬢様、我慢してくださいね」
「…ごめんなさい……ごめんなさい…」

真子は泣き始めた。頬を伝う涙を、まさは、そっと拭う。

「泣かないでください。涙が凍りますから」
「でも……でも…」

それでも泣いてしまう真子を、まさはギュッと抱きしめ、真子が寒くないようにと、自分のコート毎、真子の体を包み込んだ。

「寒く…ないですか?」

優しく声を掛けると、真子がそっと頷いた。




中腹の喫茶店に、巡回している男達が集まってくる。それぞれが深刻な表情で、救助方法を話し合っていた。

「その藪からの方が、近いだろが」
「下からの方が安全だ!」
「例の扉は?」
「そこは、冬の間は雪に埋もれてるっ!」

話し合いというより、言い合いに近い……。

「兄貴が下からと言ったんだ。下から行く」

言い合いを留めるかのように、店長が言った。
その強さに参った男達は、

「解ったよ。…下から行く」

渋々承知した。
そして、店長たちは、山を下り、客達には立ち入り禁止となっている森のエリアへと入っていった。



救助を待つ真子とまさ。
かなりの時間が経っていた。

遅いな…。やはり、この場所は見つかりにくい…か。

まさは、店長達が来ると思われる方向を見つめる。その時、真子に服を引っ張られた。

「まささん」
「寒いですか?」

まさは、真子を包み込む手に力を込める。しかし、真子は首を横に振った。

「お嬢様?」
「…私…歩く事出来るから…行こうよ…ここ…見つかりにくいんでしょう?」
「すみません、聞こえてしまいましたか…」
「ごめんなさい……」
「これだけ近いんです。聞こえて当たり前ですよね……」

と言ったまさ。その時、ふと、疑問に思うことがあった。

「お嬢様」
「はい」
「真北さんやぺんこうの添い寝…まだ続いてるんですよね?」
「うん。ぺんこうはお休みの時に。真北さんはぺんこうが居ない時」

そりゃそっか。

「その時、二人の心の声…聞こえないんですか?」
「二人とも…何も考えない、思わない……いつもそうみたいだよ?」
「相手の気持ち…ですか…。眠ってる時は?」
「解らない〜、だって、眠ってるもん」
「………そうでした……」
「まささん」
「はい」
「歩こう」
「そうですね」

そう言って、まさは真子を抱えたまま、立ち上がる。しかし、周りの雪は柔らかく、すぐに体が埋まってしまう。まさは、真子を抱えたまま、雪をかき分けて歩き始めた。
ある事を我慢しながら………。

暫く歩くと、雪が固い場所へと出てきた。そこで一休みするまさ。

「まささん」
「……は…い」
「声がする…」
「声? 誰の声ですか?」
「……店長さん。…近いと思う……あっ!」

真子が振り返った所に、色とりどりの姿があった。
たくさんの男達が居た。それぞれが、個性溢れるスキーウェアを着て……。

「支配人っ!!!」

店長が叫び、駆け寄ってくる。その表情は、もう、滅茶苦茶心配げなもの。それを観て、まさは呆れたような表情になり、

「すまんな、こんなところで」
「そうですよぉ〜。もぉ、びっくりするじゃありませんかっ!」
「店長さん、まささんは悪くないの! 私が悪いのっ!!」

真子が叫ぶと同時に、泣き出した。

「わっ、真子ちゃんっ!!」

慌てる店長。

「ああぁぁ、店長が、お嬢様を泣かした…」
「京介が真子ちゃんを泣かしてるぅ〜」

誰もが口にするほど、和み始める。
先程までは、喧嘩腰だった店長達。真子とまさの姿を発見して、安心したという心の現れだった。
まさが、真子の涙を拭おうと手を差しだした。

「!!! 京介、急いでくれ! お嬢様の熱が高いっ」
「はっ」

まさは、真子を抱きかかえ、そして、早足で歩いていく。店長は自分のコートを脱ぎ、真子の体を包み込む。

「まささん…店長さん……ごめんなさいぃ……」

うわごとのように、真子が言う。

「解りました。だから、お嬢様、謝らないでください」
「……私が…悪い…の……」
「…お嬢様??」

真子は、気を失ったように、スゥッと眠ってしまった。



俺としたことがっ!!

まさは、頭を抱えていた。
無事にホテルに戻った真子達。しかし、真子の熱は、まさの想像を超えるほど高くなっていた。
高熱のため、体にも負担が掛かる。まさは、真子の体調を診て、そして、ベッドの側に腰を下ろした。
何とか安定したものの、まさは自分を責めていた。
真子を落ち着かせようと語った事が、真子を更に傷つけてしまった。
まさの手が、真子の頬にそっと伸びる。

「兄貴」

二人の様子を見ていた店長が、声を掛ける。

「兄貴と呼ぶなっ」
「……体調……悪くなったはずですよ」
「俺は大丈夫だ」
「無線の時、場所を把握してませんでした。それは、兄貴らしくない。
 兄貴なら……」
「うるさい。…お嬢様のことを考えていただけだ」
「兄貴も休んで下さい。一日中、側に居るじゃありませんか」
「…お嬢様が目を覚まさない」
「高熱なんです。当たり前でしょう?」
「俺のせいだよ」
「…兄貴、落ち着いてください」
「落ち着いてられっかっ!」

まさが怒鳴る。
それには、店長が驚いた。

「…落ちた所を見ましたよ。あの高さからだと、兄貴…まさかと
 思いますが、無理な体勢だったのではありませんか? もしかしたら…」
「大丈夫だと言ってるだろ」

いつになく、まさが頑固になっている。

これ以上は、更に悪化させるかもしれない…。

そう思い店長は、軽く息を吐く。

「私は仕事に戻ります。支配人は、お嬢様の側から離れないで下さい」
「目を覚ますまでは離れない」
「何かありましたら、連絡お願いします」

そう言って、店長は医務室を出て行った。
まさは大きく息を吐く。

お嬢様………。

まさは、心で真子を呼び続けた。



真子が目を覚ましたのは、次の日だった。しかし、熱は下がっていない。
真子の体調が心配だが、支配人としての仕事も心配。
そこで考えた事は…。

まさの仕事部屋。
奥にあるまさの部屋のベッドに真子が眠っていた。まさは、真子の体調を診ながら仕事が出来るようにと、自分の部屋に真子を連れてきていた。仕事の合間に、真子の様子を見る。その日一日、それを繰り返していたまさは、その夜、真子に添い寝をした。
他人の心の声が聞こえないようにするには、どうすればいいのか。
そればかりを考えながら、まさは、深い眠りに就く……。



遠くに声がした。
懐かしい声が聞こえてくる。

あれ? 俺は…。

真子の声も聞こえていた。しかし、体を動かそうとしても、動かない。それどころか、体が凄く重く感じていた。

まささん、目を覚ましてっ!!

真子の声と共に、まさは目を開ける。

「…良かった……」

真子の声が弱々しくなる。

「わっ、真子ちゃんっ!!」

店長の慌てた声がする。
まさは目を凝らした。
真子が隣に倒れ込んでいた。

「お嬢様?」

腕に違和感がある。まさが目をやると、それは、点滴の針。

「……京介…おい、これは…」
「兄貴ぃ〜〜。良かった……」
「支配人。寒い中での急な動きは、心臓に負担が掛かるからと
 何度も何度も…なんどぉぉぉぉぉも注意してますよねぇ〜」
「……院長…………」
「真子ちゃんに添い寝したまま、昼になっても目を覚まさないから
 真子ちゃんが心配して、京介くんに連絡したら、大変な事に
 なってたんですからねぇ。もう少し遅かったら、命に関わってますよ」

少し怒った口調で言ったのは、まさが時々世話になっている天地病院の院長だった。

「無茶しすぎです。京介くんの言葉もちゃんと聞いて下さいね」
「すみません。…お嬢様に心配掛けたくなくて…」
「その結果が心配を掛けることになって…って、真子ちゃんの熱。
 折角下がったのに、ぶり返したじゃありませんかっ。それに、
 支配人も熱が出てますからね。風邪の前兆。暫くは安静に
 しておくこと。……出来ないなら、抑制しますよ」
「それは、止めて下さい」
「真子ちゃんが側に居るなら、少しは安らげるでしょう?」

院長が優しく言うと、まさは、柔らかく微笑み、

「そうですね」

と応えて、再び眠りに就いた。

「兄貴??」
「安心しただけですよ」
「そうですか……本当にありがとうございました」
「支配人に言われたからと、放っておくのも駄目。これからは
 そういう兆候があったら、連絡してくださいね」
「心得ておきます」
「それでは、私はこれで。薬…置いておきますから」
「ありがとうございました」

院長は部屋を出て行った。
店長は、ベッドに振り返る。布団からはみ出したまさの手に気付き、そっと布団の中に入れた。

兄貴、ゆっくり休んでくださいね。

店長も部屋を出て行った。
まさが寝返りを打つ。
自然と真子の方に寝返りを打ったまさは、またしても、自然と真子の体を腕に包み込んでいた。

お嬢様……。

熱のせいなのか、意識は朦朧としている。それでも、真子のことが心配で仕方がない、まさは、浅い眠りのまま、その日を過ごしていた。




まさは目を覚まし、隣に眠る真子を見た。

朝……!!!

「仕事っ!」

そう言って、まさが起き上がる。しかし、真子に服を引っ張られた。

「まさ…さん…」
「お嬢様。熱はかなり下がりましたね。安心しました」
「…でも……」

真子は、まさの服を更にギュッと掴んできた。その仕草で、真子の心は、未だに和んでいないことを把握する。

「私は隣に居ますから。それでも、駄目ですか?」

優しく語りかけると、真子は手を放した。

「何かありましたら、直ぐに参ります。すみません。仕事が
 気になりますから」
「側で観てていい?」
「熱が下がった所なので、それは無理です。お嬢様のことが
 心配ですから。お医者様の許可が出るまで、寝ていて下さいね」
「……ごめんなさい…」

そう言いながら、真子は眠りに就く。
少し安心したのか、まさは優しく微笑んで、真子の頭を撫でてから、布団を掛け直し、そして、隣の部屋へ。
デスクの上は、整頓されていた。
まさが寝込んでいた間、誰かが変わりに仕事をしたことが解る。
代理の名前は、店長京介と書かれていた。

ったく……京介の野郎…。

店長の思いやりを感じたまさは、取り敢えず、自分が寝込んでいた間の書類に目を通し始めた。

!? ……なぜ……。

書類を見ていた目を、ドアに向けた。それと同時にドアが開き、二人の男が入ってきた。

「支配人っ!!! まだ、起きて良い許可は出てませんっ!」

店長は、まさの姿を観て驚いたように声を挙げた。

「静かにしろ。お嬢様は未だ、寝ておられる。……で、どうして、
 あなたが来てるんですか? 私は、まだ、来て下さいという
 連絡はしてませんが……」
「店長から、今にも泣きそうな声でお前の体調を言われてみろっ。
 誰だって、心配で仕方ないだろがっ!」
「……京介……お前……」
「兄貴…無茶しそうだから…。倒れた後に言われた、院長の言葉を
 覚えておられるんですか?」
「覚えてる」
「その後、熱にうなされて、夢遊病のように仕事をする兄貴を観て
 どうすればいいのか、悩むじゃありませんかぁ〜。大丈夫だと
 言っても、兄貴が兄貴じゃないから…」
「兄貴言うなっ」
「どうすれば良いか…悩んでいた時に、真北さんから連絡があって、
 それで、お伝えしたんですよ…」

今にも泣きそうな顔で、店長が訴える。それには、まさも参ってしまった。

「解った、解った。もう何も言わん。仕事の代理も感謝してるから」
「それよりも、まさ。もう良いのか? 負担が掛かったと院長にも聞いたが…」
「大丈夫だから、こうしてるんです。それよりもお嬢様の方です。
 まだ、心は……」

と言った時、まさの表情が歪み始める。

「まさっ!」
「兄貴っ!!」

まさの体が、デスクの上の書類を辺りに散らかすような感じで、倒れていく。そして、床に座り込んだ。
強く目を瞑り、何かを堪えている。

「店長、医者を呼べっ」
「はいっ」

春樹が、まさに手を差し伸べた。

!!!

その手を思いっきり払われる。

「触れる……な……。俺の……体に……触れる…なっ」

そう言って、顔を上げたまさ。
その眼差しこそ、殺し屋として生きていた頃と同じもの。それには、流石の春樹も、為す術もない。

「兄貴、気を確かに!」
「うるせぇっ!」

そう怒鳴った途端、まさは床に横たわってしまう。
春樹が近寄るが、店長に引き留められた。

「危険です! 兄貴は正気を失っています。…今、近づくと
 真北さんが怪我をします!」
「まさの動きくらいは、解ってる」
「この兄貴に会うのは初めてでしょう? 触る相手を尽く
 狙います。だから……」
「じゃぁ、どうしろと言うんだよっ!」

春樹が、怒鳴った時だった。
奥の部屋から真子がやって来た。
真子の姿は、春樹と店長の視野に入っていた。驚き振り返る。
真子は、春樹と店長の姿に気付いていながらも、まさに近づいていった。

「真子ちゃん、危ないっ!」
「お嬢様、駄目です!!」

二人の声は、真子には届いていないのか、真子は、まさに近づき、手を差し伸べた。

「触る…っ!」

自分に近づく手の気配を感じた、まさは、その手を払いのけようと、自分の手を動かした。しかし、その手は、払おうとした手をそっと掴む。

「 …お嬢様……寝ていないと…」

戻った……。

真子の姿を観て、まさは、自分を取り戻す。しかし、その表情は苦しさで歪んでいた。

「まささん、無理しちゃ駄目…」
「私は、大丈夫ですよ…」
「嘘は駄目!! 苦しいって…心臓が…苦しいって言ってるのに…」

真子には、まさの心の声が聞こえていた。

「誰も寄るな。…そんなの無理でしょう? まささんの体が心配だから
 側に居ないと……。…真北さん、店長さん、まささんをお願い…」

真子の頬を、一筋の涙が伝う。

「そうですね。店長、医者を」

店長は、すぐに連絡を取る。春樹は、まさの体を抱きかかえ、そして、寝室へと入っていった。
まさの体をベッドに寝かしつける。

「すみません……俺…」
「気にするな。…まだ、抜けてないのか?」
「さぁ、それは……それより、お嬢様の方が心配です。
 熱が下がったところなので…」
「真子ちゃんの心配より、お前の方が心配だ。真子ちゃんも
 まさの事を心配して、起きてきたんだろうがっ」
「すみません……」
「何も言うな。…真子ちゃんの為に、無茶するからだ。反省しろ」
「そうですね」
「でも、ありがとな」

春樹は優しく微笑んだ。
店長が、真子を抱きかかえて寝室へとやって来た。

「もう大丈夫ぅ〜」

店長の腕の中で真子が言う。

「駄目です。もう少し、支配人と一緒に寝ていてください」
「どうして?」
「二度と逃げ出さないように…です」
「……そっか。……真北さん……いい?」

真子が潤んだ眼差しを春樹に向ける。
その眼差しには、春樹は、どうしても弱い………。

「えぇ。私からもお願いします。真子ちゃんは、完全に
 治るまで、まさと一緒に寝ててくださいね」
「ありがとう、真北さん」

店長は、まさの隣に真子を寝かしつけた。
壁側にまさ、そして、真子はまさがベッドから出ないようにという感じで、寝かしつけられている。

「まささん」

真子が声を掛ける。

「…はい」
「いつまで、一緒なの?」
「お医者さんの許可が出るまで…ですね」
「うん」
「お願いします…」

そう言って、まさは目を瞑った。真子も、まさの真似をするように、目を瞑る。

今度こそ、本当に……気を張らずに…眠れる…。
京介……ありがとな……。

まさの表情が、とても和らいだ。

「兄貴のこんな表情…初めて観る気がする…」
「今まで、気を張りつめていたんだな…。ったく、だから、
 いつまでも抜けないんだよ」
「お嬢様が来られても、気を張りつめていたんですね。
 …俺…知らなかった…。…なんだか、寂しいですよ」
「それが…お前の知ってる原田まさ…なんだろ?」

春樹が言うと、店長は、ちょぴり寂しげに微笑み、

「そうですね。…俺達がいつも、守られてる…」
「これからは、真子ちゃんが、まさを守るんだろうな」
「兄貴が正気に戻ったのには、驚きましたよ」
「俺もだ」
「…真北さん」
「あん?」
「あのまま、兄貴が正気に戻らなかったら、もしかして…」
「病院行き…だな」
「それは、両者ですか?」
「…店長も含まれている」
「なるほど……」

想像したのか、店長は、大きく息を吐き、真子を見つめた。

お嬢様、ありがとうございます。

店長の心の声が聞こえたのか、眠っている真子が微笑んだ。



(2006.2.18 第七部 第二十三話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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