第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十七話 ば、ば、ばれたぁぁ〜っ!!
春樹は車の助手席で何処かと連絡を取っていた。
「一体、誰が先手を打ったんだよっ!」
『今調べてる所です。でも、この手口は、昔に見ましたよ。
恐らく、ボンネットに乗り、フロントガラスを割ってから
ハンドルを切る…。真北さんも御存知かと…』
電話の相手が、突然無言になる。そして、何かを誰かに告げたような言葉が聞こえてきた。
「おい、何か遭ったのか?」
春樹は、突然のことで驚き、声を荒げた。
『…真北さんは引き返して下さい』
「もう、遅い。今、着いたところだ」
そう言いながら、春樹は車を降りた。
「くまはち、暫く待っててくれ」
「はい」
運転をしていたのは、八造だった。 慶造を襲った連中、そして、襲いそうな連中を洗い出し、先手を打とうと向かっていた矢先の事。春樹の電話が鳴り、応対する。春樹と八造が向かおうとしていた組所有の車が、住宅街で大破しているとの連絡。取り敢えず、車を向かわせる。
八造から離れた春樹は、がらりとオーラが変わった。 八造が見つめる背中は、刑事そのもの。 春樹の本来の姿に、八造は感心する。車を隅に停め、エンジンを切る。そして、春樹の行動を見つめていた。
「俺に引き返せとは、どういう意味だぁ、中原ぁ」
「ま、ま、ま、真北さんっ!! 早すぎますっ!」
春樹の電話の相手は、中原だった。電話を切りながら中原は焦ったように春樹に言った。
「だから、その……」
言いにくそうな感じで目を反らす。その途端、春樹の右手が中原の胸ぐらに伸びた!
「……阿山組が関わってるのか?」
「いいえ…その…」
「…中原、俺に隠し事は……まさか、闘蛇組か?」
「違います!」
「それなら、なんだ?」
うっ…言えない……。 知ると、どんな行動に出るか解らない……。
そう思い、中原は目を反らした。その先に、八造の姿を見つけた。
居たっ!
中原は、八造に目で訴える。
助けて下さいぃ〜。
「……って、助けを求められてもなぁ」
八造は中原の言いたいことが解った。しかし、相手は刑事。自分は出る幕では無い……と思ったが、春樹の勢いは止まりそうにない。でも、二人のやり取りを見ておきたい。そんな楽しみもあった。 八造は、春樹から目を反らしたままの中原を、いつまでも見つめていた。その中原の目が訴えてきた。
真北さんに言うと、歯止めが利きませんからっ!!
「ったく……」
八造は、呟きながら車を降りていく。そして、春樹に近づいた。
「お前は来るな」
「現場に同行させておいて、来るなとは…真北さん。
あなたは、いつも、こういう行動なのですか?」
「あん?」
「この方が何を仰ったのかは解りませんが、何も刑事相手に…」
「中原が、俺に来るなと言った事が気になるだけだ」
「真北さんには言えないことなのでしょう?」
「だから、何故、俺に言えない?」
八造は、春樹の手を中原からそっと引き離し、静かに言った。
「あなたが、無茶をなさるからでしょう?」
「…事と次第によっちゃ、そうだろが。それが、俺だっ」
「それを心配なさってるのでしょう?」
「俺のことは心配する必要はないっ」
力強く言い切る春樹に、八造は呆れたように息を吐く。
「こちらは、この方々に任せて、私たちは別の場所に…」
と八造が言った時だった。 別の刑事が駆けつけてきた。
「中原さん、このお嬢さんは、別の男性に連れられたみたいです。
近所の人が集まって来た時に、まるで姿を隠すかのように
屋根を飛び越えていく男性が、この写真の女の子を抱えていた…」
とそこまで言った時だった。 手にした写真は、八造の手に渡っていた。
「………これは、誰が……持っていた?」
地を這うような声で、八造が尋ねる。 そのオーラは、辺りの空気を一変させた。
「く、くまはち…おい…」
なぜか春樹も恐れてしまう。
「誰が持っていたかと、っ聞いているっ!」
八造の手が、もう一人の刑事の胸ぐらを掴み上げた。突然の事に、刑事は、
「その大破した車に乗っていた男です!!」
と応えてしまった。
「言うなぁ!!」
中原が叫ぶと同時に、春樹は八造の手から写真を取り上げた。
「真子ちゃん…。…くまはち、手を離せ」
「しかし、真北さん」
「住民の人の話だと、屋根を飛び越えて行ったんだろう?」
「そう言ってましたね」
「真子ちゃんが大人しく抱きかかえられたままということは、
誰がこの状況を招いたのかは、すぐに解る」
「……そうですが……」
「おい、どの方向に去っていったのか解ってるのか?」
もう一人の刑事の胸ぐらから八造の手を離し、春樹は優しく尋ねた。
「あちらの方です」
刑事が示した方向に目をやる春樹と八造。
なるほど…。
見当が付いたのか、八造は落ち着いた様子を見せ、服を整えた。
「中原、後は頼んだぞ。それと、これは伏せておけ」
「はっ」
と頭を下げた中原に、春樹はコツンと軽く拳をぶつける。
俺のことは心配するなと、言ってるだろが。
上にも強く言っておけ。
中原にだけ聞こえるくらいの小さな声で、春樹が言った。
「くまはち、行くぞ」
「はい」
春樹と八造は、車に乗り込み、とある方向へ去っていった。 残された中原と刑事は、去っていく車を見つめていた。
「すみません…先輩」
「気にしなくていい。…大丈夫か?」
「はい。…あの二人は一体…」
「風」
「か、かぜ?!??」
「う〜ん、豆台風…いや、嵐……う〜ん、何が正しいかな…」
「あ、あの……先輩……」
「……! …ほら、早く処理せんか」
「はっ」
刑事は、現場へと戻っていった。 中原は、春樹と八造が去っていった方を見つめ続け、大きく息を吐いた。
「そう仰っても、私には無理ですよ。あなたを守りたい人は
たくさん居ます。そして、失ってはいけない方ですから。
だから、言えなかったんです。…あなたが一番大切にしている
彼女の身に何かが起こったのではと、そう思うと…。
今以上に、無茶をするでしょう……? 真北さん……」
中原の気持ちは、春樹に嫌と言うほど伝わっていた。
「かなりの距離を連れ去られたんですね。登下校の道とは
全く違ってますよ」
運転しながら、八造が言った。
「そうだな…。どこで連れ去られたのか…というよりも
桂守さんが、影で見守っていたのか…」
「いいえ。桂守さんは、四代目の襲撃事件を耳にして
駆けつけてくださったんです。…その…」
「お前を止めるというか、慶造を止める為に…だろ」
「はい。なので、時間的には、難しいかと…」
「帰る途中で見かけたとしか、考えられないな」
「やはり、お嬢様には…」
「…それは、しない」
真子の護衛の話。 真子が必要ないと言った時、誓った事がある。 真子ちゃんが安全に登下校できるように、頑張るから…。
「…あんな約束した手前、再開させるわけにはいかんやろが…」
「真北さん………」
何かが違う。 そう言いたいが、八造は言葉を飲み込んだ。 そして車は、小島家の自宅前に停まった。 二人は車から降り、小島家の玄関に立った。
「………何か、異様な雰囲気…だよな」
春樹が言った。
「はい。…このオーラは………」
八造の言葉に、春樹は身震いする。 そして、感じるオーラに集中した。
「……消えた…」
「…あぁ」
暫く、その場から動かない二人は、意を決したのか、顔を見合わせた。
「小島さんっ!」
「えいぞうっ!!」
そう言って、小島家の玄関を蹴破って、中へと入っていった。 そして、リビングへと飛び込んだ。
「…なっ!!!!」
リビングには、色々な物が散乱していた。そして、小島家の人間が勢揃い。誰もが、飛び込んできた二人の男に振り返った。
「真北さん…八っちゃん。…どうした?」
隆栄が、ゆっくりと尋ねてきた。その表情には、何やら、安堵感を感じる。
「…真子ちゃん…ここに居ませんか?」
「事件…もう伝わったんですね」
「真子ちゃんは無事なんだな」
「……無事……というか…その……栄三が大怪我だけど…」
その言葉を聞いて、春樹は、栄三の姿を見る。隆栄が言うように、体中を血で染めていた。そして、その胸には、真子の姿が…。
「いくら赤い光を発してるからって、手を出さない奴が…」
「真北さんだって……そうでしょう? …出せませんよ……」
「それで、赤い光は…」
「お嬢様ご自身が……」
「真子ちゃん自身が?」
「……赤い光を……押し込めました…」
「えっ? …って、えいぞうっ!」
栄三は、スゥッと眠るように気を失った。
栄三の部屋。 栄三は、治療を終え、ベッドで眠っていた。その隣では、真子が眠っている。
「よろしいんですか?」
美穂が静かに尋ねる。
「真子ちゃんが放すまで…側に居させてあげてください」
春樹は、真子の頭を撫でながら、静かに言った。 その口調は、いつもの春樹ではない。怒りを抑えているというか、真子のことが心配で仕方がないというか、兎に角、真子のことしか考えていないのは解るが…。
「一体、真子ちゃんの身に、何が……桂守さん。…そして、
ここで、真子ちゃんは何を…」
春樹が振り返る。 その眼差しに、誰もが驚いた。 何も感じないもの……。 もし、桂守が真子を助けなかったら、この人は、立場を越えて、この世界を血で染めたかもしれない。 桂守は、春樹に話す言葉を慎重に選んで、自分の行動を全て話した。
「そうでしたか……ありがとうございました。…それと、連中は
重傷で病院へ搬送されてますので、ご安心を」
「ありがとうございます」
「…よく、そこで止めましたね……俺なら、無理だな…」
そう言って、春樹は苦笑い。
「お立場を考えてください」
桂守が優しく言った。
「…それで、えいぞうの怪我……真子ちゃんの赤い光は…?」
「実は、お嬢様は、右手にナイフによる傷を負ってまして、
その傷を治そうとしたときに、青い光が…」
隆栄が静かに語り出す。
「青い光? …それは、あの日に失われたんじゃ…」
「お嬢様は、ちさとちゃんと約束したそうです。その青い光は
使っては駄目だと…約束してね…と。だから、使わないと…」
「…ちさとさん…が……」
「真北さんも御存知のように、傷は、その能力で消えました。
しかし…………」
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真子の右手から青い光が消えた瞬間、真子の左手が、微かに動いた。そして、仄かな赤い光を発し始めた。 それに気付いた隆栄達は、真子から距離を取った。 隆栄は、美穂の前に立ち、手を広げて美穂を守る。 その隆栄を桂守が守るように、立ちはだかった。 しかし、栄三だけは違っていた。 真子を…赤く光る真子を観察するように、その場から動かない………。 徐々に強くなる赤い光。そして、真子が目を開いた。 その目も赤く光っている。 真子が体を起こし、赤く光る目で、ゆっくりと栄三を見つめた。
お嬢様……。
栄三は、赤い光の眼差しに射られたように、動かない。
「栄三ちゃん、離れて! あの光に対抗出来るのは…私だけです」
桂守は、栄三の腕を掴んだ。しかし、栄三はそれを拒む。
「栄三ちゃん?」
「栄三?」
栄三は、動けないのではない。動かないのだ。 それは、なぜなのか…。
真子の体が赤く光り出した。その瞬間、真子の姿が消えた!!
鈍い音がした。その方向を見つめると、桂守が、赤い光の真子の左手を受け止めていた。 かなりの力が入っているのが解る。 滅多に動かない桂守の表情が、歪んでいた。
栄三は?!
桂守は、栄三を守るように、もう片方の手を広げていた。
「栄三ちゃん、本当に……死にますよ!」
「………い………んよ……」
「えっ? …!!!」
栄三は、何かを呟いて、桂守の腕を払いのけながら立ち上がった。そして、赤い光の真子を見つめた。 赤い光の真子は、桂守からゆっくりと目線を動かし、栄三を凝視した。 栄三の手が、赤い光の真子を止めている桂守の手に伸びる。そして、真子から手を離した途端、今度は、栄三が桂守を守るように立ちはだかった。
「俺に………恨みがあるんだろ?」
栄三が静かに口を開く。
「あの時、俺が守れなかったからな…。だから俺は、
あなた自身に恨みをぶつけられても、文句は言えない。
親父やお袋、桂守さんは、関係ないだろう?」
栄三の頬を一筋の涙が伝って、床に落ちた。
「そして、お嬢様も関係ない…。だから、もう…止めてくれ…。
これ以上、お嬢様を苦しめないでくれっ!!」
そう言って、栄三は、赤く光る真子を抱きしめた。
「恨みを晴らすなら、俺にはらせ!」
その言葉に、隆栄達は驚いた。 栄三が、あの日から、ずっと心の奥に秘めた思い。 まさか、この為に、今まで生きていたのだろうか…。
「俺は抵抗しない…だから、あなたの好きなように…
すればいい。……もう……これ以上…」
「ならば……その思いに…応えてやろう…」
地を這うような声が、真子の口から聞こえてきた。赤い光が更に強く光り出す。その途端、リビングにある物がゆっくりと宙に浮き始めた。 真子の体から発せられる赤い光は、鋭く尖り、それらが、栄三の体に向かっていく。 栄三は、逃げることなく、ましてや、身構えることもせず、その尖った物が迫ってくるのを見つめていた。 それらが、栄三の体を切りつけていく。 赤い光なのか、栄三の体から飛び散る血なのか…。栄三の体が、徐々に赤く染まっていった。
「栄三!!」
「止めないでくださいっ!!!」
その声に、隆栄達は動けず、ただ、栄三と赤い光の真子を見つめるだけだった。 栄三の足下に血だまりが出来てきた。それでも、栄三は、真子を抱きしめたまま離そうとしない。
「離せ……」
その瞬間、左手の爪が、徐々に伸び始めた。まるで、武器のような感じになった爪が、高く掲げられ、栄三の背中に振り下ろされる瞬間!!!
「やめてぇっ!!!!」
真子の声が聞こえた。
えっ?!
覚悟を決め、目を瞑っていた栄三は、そっと目を開ける。
「……光が……消えた……」
隆栄が呟く。 栄三も、目の前の光景を疑った。 隆栄の言うように、真子の体からは、赤い光が消えていた。そして、いつもの真子の姿が、そこにあった。
「えいぞう………」
「お嬢様……良かった…」
「……そんな風に思っていたとは…知らなかった…。
えいぞう……ごめんなさい…」
「お嬢様は悪くありません。…悪いのは…」
真子は、思いっきり首を横に振る。
「もう……何も言わないで……えいぞう…」
えっ?
驚いたように目を見開く栄三。 真子の腕が、栄三の頭を優しく包み込んでいた。
「…お嬢様……」
温かい……。
栄三は思わず、真子を抱きしめた。
「ありがとうございます…だから、お嬢様……」
「はい」
「私を………」
誘わないでください…。
「えっ?? えっ? …???」
栄三の心の声が聞こえた真子は、その言葉の意味が解らず、首を傾げた。
「あっ、いえ……すみません……」
珍しく、栄三が顔を赤らめていた。
「お嬢様……もしかして…」
「えいぞうの声…聞こえていた。…とてもとても哀しげで…
だけど、すごく力強くて。…だから、私……止めないと…
そう思ったの。そしたら…声が出て、景色が見えた…。
目の前に、えいぞうが居た……嬉しかった……」
「お嬢様……」
栄三は、何かを誤魔化すかのように真子を抱きしめる。その時、ふと、何かを思い出したように、真子を見つめた。
「それよりも……お嬢様」
「なぁに?」
「ナイフを握りしめたんですか?」
「あっ…」
真子は慌てて手を隠す。しかし、その手には痛みを感じない。そっと手を出し見つめると、傷が消えていた。
「…青い光……。それが、傷を…」
栄三の言葉に驚いたような表情をして、真子は目を反らした。
「…青い光……まだ、持っていたんですね」
「………使っては駄目…。……ママの言葉だから…」
「ちさとさんの…?」
「あの時、ママに使おうとした…。だって、傷を治すんだもん…。
ママを助けようとしたのに…ママ……その能力は使っては
駄目だからと……そう言って…。言われたら、使えなかった。
どうして、駄目なのか、その時は解らなかったの……でもね」
真子は桂守を見つめた。
「桂守さんに光の話を聞いて、解ったの……。本来…存在しては
いけない能力。……それを使うと、大変な事が起こる……。
相手を傷つけるのが平気になる。…傷ついても平気になる。
だから、無茶をする。命を……粗末にする人達が増えていく。
誰にも知られては駄目な能力……そういうことなんだな…って」
真子は両手を見つめた。
「だけど……使いたかった……あの時……使っていたら…」
そう言って、真子は何かを押し込めたように、グッと拳を握りしめた。
「えいぞうさん……もう…自分を責めないでね…」
「お嬢様……。お嬢様もですよ…」
「えいぞう………えぐっ………。…うわぁ〜ん」
真子は、栄三に飛びついた。 慌てて受け止める栄三は、胸に顔を埋めた泣きじゃくる真子を抱きしめる。
「無茶もしないで下さい。心配ですから。…そして、
お嬢様を任されたんですよ…私は」
「うん……うん!!」
栄三の胸で真子が頷いた。 そんな二人に何も言えない隆栄達は、ただ、見つめているだけだった。 真子は泣き疲れて眠ってしまう。
「眠ったのか…」
「はい」
「まさか、青い光…まだ持っていたとは…」
「そうですね………」
と誰もが安堵のため息を付いた時、二人の男がリビングに飛び込んできた……。
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春樹は、眠る栄三を見つめる。
えいぞう……お前は……。
春樹も同じ思いだった。 大切な人を守れずに、大切な人を失った事で現れた、凶暴な赤い光。 なぜか、罪悪感を覚えていた。 だから、目の前で、赤い光を見た時は、抵抗する気力を失ってしまう。 栄三は、死を覚悟していたのだろうか…。 その事で、赤い光を消すことが出来ると考えたのだろうか…。 そう考えると、春樹は何も言えなくなった。
「真北さん、今夜は無理ですよ」
八造が静かに声を掛ける。
「何がだ?」
「お嬢様を連れて帰るのは、止めた方がよろしいかと」
「慶造の事は、大丈夫なんだろう?」
「いいえ…その……。体質です」
「真子ちゃんの……?」
「桂守さんのお話だと、お嬢様は、抵抗なさったんですよね。
そして、青い光と赤い光を使った。体に負担が掛かってます」
「………熱……」
気付いた春樹は、真子の額に手を当てた。
「美穂さん、お願いしていいですか?」
「準備しておくわ」
「お手数掛けます」
そう言って、春樹は立ち上がる。
「真北さん…程々にして下さいね」
隆栄が、春樹の行動にいち早く気付き、そっと声を掛けた。
「解ってますよ。くまはちが…一緒ですよ」
「もし、よろしければ、桂守さんを…」
「それは、駄目です。守る者が居なくなりますから」
「和輝が居ます」
「それでも、駄目です。抑え込まれた赤い光が、いつ出てくるか…。
それが解らないので…。それに、目撃者も居ましたから、
暫くは動かない方が賢明ですね」
そう言って、春樹は八造に合図をして、栄三の部屋を出て行った。
「…………しかし、少しの情報で、ここに来るかな……」
隆栄が呟くと、
「それが、真北春樹でしょう?」
桂守が応えた。
「そうだな……。八っちゃんも解るとは……桂守さん」
「はい?」
「動き…鈍ってませんか?」
「う〜ん。それは……その………せ…制御しないと…」
「あっ、それで…」
「はい……」
恐縮そうに言う桂守。
昔のように、命を奪わない。
それを守る為には、自分の力を制御しないと難しい。 相手の命を奪うのは、容易いこと。だが、それを制御するのは、長年、奪う方にばかり力を使っていた為、未だに加減が解らないで居るのだった。 なので、一般市民に姿を見られてしまう程、制御してしまった可能性がある。 それに加えて、真子が側に居たことも関係していた。 血に異様なほど反応し、狂乱してしまう真子。 それは、関西との抗争で、更に強くなってしまった。 いつまでも気にする隆栄、そして、修司。 真子には、春樹が術を掛けているが、二人の怪我の事は判っている。
「………ところで、桂守さん」
「ん?」
「内緒のことは、内緒のままですね」
「約束ですから。…絶対に知られては駄目でしょう?」
「まぁ、そうですね」
「隆栄さん」
「はい?」
「後は私が側に居ますから、休まれた方が…」
「心配で、休んでられないよ…」
「しかし、お疲れでしょう?」
「…まぁ、確かにそうだけど、ここに居る方が、心が落ち着くからさ…」
「そうですね」
二人は微笑み合う。
「それでは、飲物…用意してきますよ」
「それよりも、食べ物…」
夕飯の時間は、とっくに過ぎていた。
「かしこまりました」
桂守は、明るく応えて、栄三の部屋を出て行った。 一人残された隆栄は、眠る栄三を見つめる。
栄三…お前…そんな思いを抱いていたとはな。
阿山の言う通り、お前こそ、お嬢様の為に
命を投げ出しかねないな……。
そういう哀しみは、誰にも与えるな。
お嬢様を見ていたら、解るだろが…。
馬鹿野郎。
大きく息を吐き、何かを堪えた隆栄は、そのまま、ベッドに俯せて、眠りに就いた。
お嬢様のお話は、もう…無くなるだろうな…。
そう思いながら……。
桂守が、隆栄の肩に毛布を掛ける。
「ったく…私には何も言わないんだから…」
美穂がふてくされた。
「仕方ありませんよ。一番…心配なさるでしょう?」
「当たり前でしょ! それにしても、いつからなの?」
「体調不良は、今朝ですね。それで、無理に気を張るから、
このように…」
「桂守さんは、解るんだ…」
「私には包み隠さず話すようにと、脅してますからね」
「…………こわっ!」
そう言って、美穂は、真子の頭の下に氷枕を置いた。そっと額に手を当てる。
「熱…上がってきたわ…。解熱剤の方がいいわね」
「本部に連絡しておきましょうか?」
「慶造くんにばれるでしょう?」
「時間の問題ですね」
「それもそっか…」
沈黙が続いた。 二人は何かを考え込んでいた。
そして、何かに気付いたように、顔を上げ、お互いを見つめた。
「やばい!! お嬢様の足取りがばれる!!!」
そう。 二人が気付いたように、春樹と八造は、真子が連れ去られた場所を探し回っていた。聞き込みをしているうち、真子の姿が、学校から阿山組本部への通学路だけではなく、学校から小島家、そして、小島家から阿山組本部までの道のりでも確認されていた。
「ありがとうございました」
春樹は、住民の一人に一礼して車に戻ってきた。
「こちらでも見かけたんですね」
運転席で待機していた八造が言った。
「その通りだ。あの方は、いつも同じ時間に出掛けるから、
同じ時間に真子ちゃんとすれ違っていたそうだ。しかし、
今日は、一度向かった道を引き返して、別の道に
向かっていったらしい。その道が…」
「お嬢様が連れ去れた場所…」
「あの事件現場からは、そう離れてないから、桂守さんは
慶造の事件を知って、真子ちゃんの守りに入ったんだろうな」
「そうでしたか……。俺…そこまで気付かなかったですよ…」
「俺もだ…。慶造の事ばかり考えて……。…くそっ!」
春樹は自分の拳を手のひらに思いっきりぶつけ、怒りを散らした。
「しかし、なぜ、放課後…図書室に居る時間帯に、真子ちゃんは
小島家に向かってるんだ?????」
「それは、小島家の方々に…尋ねる方が賢明でしょう」
「そうだな…。でも、今日は本部に戻る。慶造の方が心配だ」
「お嬢様は…」
「小島さんと桂守さんに任せておけばいい」
「そうですが…一緒に寝ている男が気になります…」
「大丈夫だって。栄三は、あれでも、好きな女には手を出せない…。
あっ……」
言ってはいけない言葉を発したと、春樹は慌てて自分の口を塞いだ。
「それとこれとは、別ですっ!!!!!!」
八造の声が、車から外へと響き渡った。思わず耳を塞ぐ春樹は、
言うんじゃなかった…。
と後悔した。
(2006.3.18 第七部 第二十七話 改訂版2014.12.7 UP)
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