任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十八話 父と娘

栄三は、目を覚ました。

朝…?

枕元の時計をちらりと見る。表示は、午前五時を示している。

いつもより、早起き………。
ん?

自分の腕にしがみつくように、髪の長い誰かが側に居る。

わちゃぁぁ、俺………家には連れ込まないようにと
気をつけてるのに……しまった…親父に……。

と思いながら体を起こすと、体中に激痛が走った。

「……っ!!!!」
「目…覚めたかぁ…って、まだ五時だぞ」
「親父……何してる、そこで」

体の痛みと突然の事で、言葉が可笑しくなる栄三。
ベッドの下に腰を掛けて、手にした本を閉じ、振り返ったのは、隆栄だった。

「痛み止め切れたのか?」
「…えっ? って、なんで………………………あっ!!!」

何か大切なことを忘れていた。それを思い出した途端、栄三は焦り、自分の腕に絡みつく手を離そうとするが、その腕は離れる様子が無い……。

お嬢様、あの…その………。

「お前のことが心配なんだとさ」
「俺が心配?」
「昨夜の言葉。お嬢様な…夜中に目を覚ましたんだよ。
 その時に、俺のことに気付いて…まぁ、不覚にも、俺自身が
 眠っていたらしくてな。体を壊すからと、ベッドを変わる…って
 お嬢様の優しさを感じてだな…」
「…親父…そういうことじゃなくて……その…」
「お前の治療をしてる間も、お嬢様は手を離さなかったから…」
「夜中に起きた話の続きは?」
「あっ、そっか」

隆栄は、思い出したように話し続ける。

「それでだな、俺がお嬢様の体調のことを話して、無理に
 寝かしつけたんだよ。一晩中起きてますから…と言ったら
 この本を貸してくれた」

隆栄は、手にした本を栄三に見せた。

「それは…」
「今日読む予定の本。それで、今読み終えた所で、お前が起きた」
「………話が飛んでますが…」
「ん?」
「お嬢様はどうして、ここに? お袋のベッドの方が良いだろ?」
「だから、お前が心配なんだって」
「傷は痛いけど、これくらいは、いつものこと…」
「心の方。…お前なぁ、眠りながら、何を考えていた?」
「…眠ってる時の考えは、自分でも解らん…」
「ずっと、お嬢様を呼んでいたらしいぞ」
「ほへっ?!」
「お嬢様、ご安心を…もう、大丈夫です。だから、気にしないでください
 お嬢様、これからも、私を頼ってください……ちさとさん………」

隆栄の言葉に、栄三は焦ったように体を起こし、

「いてぇっ!!!!!」

あまりの痛さに叫んでしまった。
その声で、真子が目を覚ましてしまう………。



栄三は、痛み止めを飲み、自分の腕にしがみつくように寝転ぶ真子を見つめた。

「もう、大丈夫ですよ、すみません、ご心配をお掛けして…」
「ごめんなさい…」
「あっ、その、お嬢様は…」
「だって、私の…」
「それは…」
「ごめんなさい…。治るまで側に…」
「あの…それは…。その…お嬢様の熱の方が心配ですよ」
「私は大丈夫…」

栄三は真子に顔を近づけて、額をぴったりとくっつけた。そして、真子の熱を感じ取る。

「まだ、高いです」
「……側に………居て……。……お願い…」

うるうるとした眼差しで栄三を見つめる真子。
いつもの眼差しに、熱のせいもあるのか、更に潤んでいる真子の眼。
栄三は高鳴る鼓動を抑えるので必死。

「お、お嬢様…」

何かを飲み込むような仕草をして、栄三は真子に言った。

「本当に…誘ってるんですか?」
「…って、栄三!! お前、何を言ってるっ!!」
「誘う??」

真子は、栄三の言葉の意味を理解できない。
まだ、その『意味』は、栄三から教わっていなかった。

「何を誘うの? ね、えいぞうさん」
「私を添い寝に誘うことですよ」

…誤魔化したな栄三……。

栄三の言葉を耳にして、隆栄は、思った。

「うん。…だって、傷…」
「お嬢様の熱が下がるまでですよ」
「…うん……あっ、学校…」
「お休みする事を連絡しておきますよ」

隆栄が代わりに応えた。

「なので、お嬢様」
「はい」
「今日は一日、栄三と一緒に寝ておくこと。ここから出ては駄目ですよ」
「はい。おじさん、お世話になります」
「気になさらずに。それと、本…ありがとうございました。楽しいお話ですね。
 何度も何度も読みたくなる内容でした」
「ほんと? 良かったぁ。おじさんが喜ぶか気になっていたの!」

真子は微笑んだ。
その頬が赤くなっている。隆栄は、真子の額にそっと手を当てた。

「熱が高くなってますよ。氷枕を変えてきますから、それまでに
 眠っておくこと。今は朝の五時ですから。あと二時間は眠ること。
 そうしないと、美穂ちゃんが怒るぞぉ」
「お言葉に甘えます!! お休みなさいませ」

真子は、慌てて目を瞑る。それも、栄三の腕にしがみつきながら…。

お、お嬢様…腕は放して下さいぃ。

栄三は心で語りかける。

「駄目!」

真子は、そう応えて、更に栄三にしがみついてきた。

「えいぞうさんも寝るのっ!」
「は、はいっ!」

真子の言葉に負けたのか、栄三は直ぐに従い、真子の隣に身を沈めた。

「ほな、二時間後、食事持ってくるから」
「よろしく……って、もう眠ってる……」

真子は寝息を立てていた。

「……夜中もこの調子だった。……で、栄三」
「ん?」
「………絶対に気をつけろ。気を引き締めないと…」
「解ってる」
「ほな、ごゆっくり」
「って、その言葉の方が、危ないって、親父っ」

栄三の言葉を後ろに聞きながら、隆栄は氷枕を持って部屋を出て行った。

…と言ったものの、…俺…無意識に動かないよな…。

と思いながら、栄三は、真子から顔を逸らすように壁に向かって目を瞑った。
痛み止めが効いている為、腕だけが後ろに回っていても、痛みは無い(?)。
それでも、無茶な態勢は、傷以外に影響しそうだが……。



真子は目を覚ました。
隣にいると思われる栄三の姿が、そこには無かった。

「お目覚めですか?」

優しく声を掛けてきた人物の手が、真子の額に伸びてくる。

「熱、下がりましたね」

真子は、その手を掴み、

「えいぞうさん、大丈夫なの?」
「えぇ。私は大丈夫ですよ」

と言ったものの、その姿は、痛々しい……。包帯に絆創膏、擦り傷……。

「お嬢様が起きたら、自宅に送ることになってます」
「まだ…ここがいい」
「駄目ですよ。私が怒られます」
「どうして?」
「長い間、留守にすると、とても心配なさる方々がたくさん…」

ちょっぴり困った表情をしながら、真子に言う栄三。

「…解りました…」

と寂しげに真子が応えると、栄三は、真子に顔を近づけ、

「また来て下さいね。いつでも待ってますよぉ」
「えいぞうさぁん」
「はい?」
「それは、彼女に言う言葉でしょう?」
「おや? お嬢様は私の……」

と言おうとした途端、ガツンという音が……。

「えいぞうぅぅぅぅぅぅっ!!!! お嬢様に何をぉっ」
「親父、殴ることないだろがっ! 俺は怪我人!」

どうやら、隆栄からものすごく強い拳骨を頭のてっぺんにいただいた様子。頭を抑えながら、後ろに立つ隆栄に訴える……が、隆栄は怒りの形相。

「おじさん、えいぞうさんに何をしたの??」
「いいえぇ、何も。私も一緒にお送りいたしますから」

二人にさせたら、何処に行くか解らんからなぁ。

疑いの眼差しを栄三に向ける隆栄。栄三は隆栄の言いたいことが解っているのか、ふてくされたような表情をしていた。……が、栄三はその表情のまま、真子を抱きかかえる。そして、小島家を後にした。




阿山組本部。
真子は栄三に抱きかかえられたまま、本部の玄関を通り、そして、真子の部屋へと連れてこられた。
その間、すれ違う組員達の目を気にせずに。

真子は、既に部屋で待っていた美穂に託される。

「それでは、お嬢様。お袋が良いと言うまで、部屋から出ては
 駄目ですからね。元気になってから、学校に行くこと」
「解りました!」

栄三の言葉に、真子は元気よく返事をする。

「はい、よろしい!」

栄三は素敵な笑顔を真子に向けた。真子も、それに負けじと笑顔で応える。

「えいぞうさん、ありがとう!」
「どういたしまして!」

そう言って、栄三は真子の部屋を出て行った。
ドアが閉まると、美穂が

「着替えますよぉ」

と、真子に着替えを差し出した。


一方、真子の部屋を出てきた栄三は、先程まで真子に見せていた表情は違い、深刻な表情に変わっていた。
これから起こる出来事に対する、気合いが…。


本部にある医務室。
もちろん、そこには、起きる許可をもらっていない慶造の姿があった。
隆栄は、真子との『内緒』を話してしまう。
そうしないと、慶造が起き上がりそうな雰囲気だったからだ。
隆栄から真子の行動を全て聞いた慶造は、大きく息を吐いた。そして、

「それでも、俺には伝えろ」
「お嬢様に言わないで欲しいと懇願されたら、相手が阿山でも
 伝えることは出来なかった。…それが、今回の事に繋がるとは
 …本当に申し訳ない…」

隆栄が深々と頭を下げた。

「ったく。俺には内緒でも、真北にだけは伝えておくべきだ。
 あいつに内緒で行動すると、必ずと言って良い程、最悪な事態に
 向かうんだからな……。頭…上げろ…みっともない」
「本当に、悪かった」
「小島らしくないな…本当に、大丈夫なのか?」

慶造が心配するのは、隆栄の心。
隆栄は、慶造に言われても頭を上げようとしなかった。

「小島っ」

慶造が強く言っても頭を上げない。

「はぁ〜…隆栄。何を求めてる? 俺に…何を求めてるんだよ」
「お嬢様の楽しみ…取り上げないで欲しい」
「真子の楽しみ? それは、お前の楽しみじゃないのか?」
「それもある。…お嬢様…、俺に物語を語っている間、そして、
 俺の家に来るとき、帰るとき、…人の心の声は聞こえないと
 そう仰った。だから、少しでも、お嬢様の心が和むなら…」
「…隆栄。俺は何も、駄目だとは言ってないだろ?」
「……そっか……」
「ただ、誰にも内緒でという行動を止めろと言ってるだけだ」

その言葉を聞いた途端、隆栄は顔を上げた。

「いいのか?」
「………」

隆栄を見て、慶造は何も言えないというか、驚いた表情をして、突然笑い出した。

「…???? …阿山?」
「小島ぁ、なんて顔してんだよ…。そんな、いかにも
 『これからも来てくれるんだ』って喜ぶ顔をされたら、
 誰も、反対できないだろが」
「えっ? 俺…そんな顔…してるのか?」

慶造は頷いて、笑いを堪えるように目を反らした。その慶造を見ていた隆栄は、

「阿山ぁ、何もそんなに笑わなくても…」

そこへ、栄三が入ってきた。
医務室内の笑い声に首を傾げている。

「……四代目…?」
「あっはっははは……は………。…ん? 栄三ちゃん、真子は?」
「部屋に。お袋が付いてます」
「それなら、安心だな。熱は大丈夫なのか?」
「微熱程度です。二、三日ゆっくりしておけば、回復するだろうとの
 お袋からの伝言です」
「ありがとな。……で、大丈夫なのか? 栄三ちゃんにしては、珍しい姿だが」
「お嬢様が気になさるので」
「それなら、自宅に戻っておけ」
「ありがとうございます」

深々と頭を下げた栄三は、

「そして、申し訳御座いませんでした」

そう続けた。

「ったく、小島家全員揃って、何を企んでいたのかと思えば…。
 これからは、真北にだけは、伝えておけ」
「四代目…それは…」
「あいつに内緒で行うと、最悪な方向になるだろが。…耳に入れる
 程度で良い。そうすれば、最悪な事態は免れるからな」
「真北さんを利用すると、それこそ、お嬢様が…」
「それなら、今回の事を叱責しようか?」

どうやら、慶造は、怒りを抑えていたらしい。
それは、真子に影響すると考えていたから。
なのに、そう言った途端、慶造の怒りが爆発する。



激しい物音に、屋敷内の誰もが身構える。そして、物音がした方へと駆けつけていく。

「四代目っ!!」
「えっ!!??」

医務室の近くの廊下に、隆栄が吹き飛ばされたように転がってきた。隆栄に続いて、栄三も同じように転がってくる。二人に続いて姿を現したのは、起き上がるなと言われている慶造だった。
怒りの形相で、二人を見下ろしていた。
栄三の体が赤く染まり始めた。
傷口が開いたらしい。そんな体で、栄三は、隆栄を守るように手を広げていた。

「四代目、怒りは俺一人に。これ以上…」
「重傷の男が、いきがるなっ」
「親父よりはマシですよ!」

その言葉に、隆栄は怒りを覚えた。

「息子のお前の方が、重傷だっ!」
「親父っ!」
「って、こんな時に親子げんかをしてる場合じゃねぇだろっ!」

と声を荒げて、その場に駆けつけたのは、修司だった。

「猪熊…」
「四代目、今回の事を聞きました。…お嬢様の行動…私も存じてました」
「な…に?」
「小島同様、お嬢様に内緒と言われておりましたので、
 お伝えすることは…」
「猪熊、てめぇまで……」

慶造の怒りに更に火が付く。
拳を掲げた慶造は、その拳に勢いを付けた。その瞬間、目の前に現れた小さな影に気付き、振り下ろした拳を途中で止めた。

「やめてっ!!」
「!!!」
「お嬢様っ!!」

隆栄、栄三、そして、修司を守るように、真子が両手を広げて立っていた。
慶造を見上げるその眼差しは、とても力強い。
真子に気付き、止めた拳をゆっくりと弛め、そして、真子を見つめた。

「お父様。ごめんなさい。私が悪かったの。…お二人に…そして、
 えいぞうさんに内緒にしていてと、頼んだから、だから…」
「真子。その事が、何を招いたのか解ってるのか?」
「はい。だから、お二人とえいぞうさんは、悪くありません。私を
 助けて下さっただけです。私が悪いんです。だから…もう
 怒らないで下さい。お願いします」
「真子……」

真子が必死に訴える。
しかし、慶造は怒りが納まらない。
グッと握りしめる拳が、それを物語っていた。
真子を見つめる慶造。
真子は、後ろの三人を守るように立ちはだかっている。
隆栄は栄三に、栄三は修司に、そして、修司は真子に、それぞれ手を伸ばし、自分を守らないようにと訴えるが如く、引っ張っている。しかし、修司は栄三を、栄三は隆栄を、自分の前に出さないようにと腕に力を入れて、相手を抑えていた。
もちろん、真子も、修司を抑えている。

お嬢様、お止め下さい。

修司は、真子の腕を掴み、心で呼びかけた。しかし、真子の腕の力は、修司が驚くほどのもの。動く気配を見せなかった。

「私の言葉に、みんな…何も言えなかっただけなの。
 だから…だから、内緒にしてくれたの!!」
「…真子。小島や修司、そして栄三が、真子の言葉に従うのは
 俺の立場もあるから、その事は怒っていない。だがな……」

グッと握りしめられた慶造の拳が開き、その途端、乾いた甲高い音に変わった。

「慶造っ!」
「四代目っ!!」
「お嬢様ぁっ!」

慶造の手は、真子の頬を叩いていた。
突然の事。その場に居合わせた誰もが目を疑い、息を止めた。
真子に守られている三人の男は、目を見開いている。
しかし、真子は、覚悟をしていたのか、全く動じていなかった。

「親に心配掛ける事は、許せない。解ってるな、真子」
「はい、お父様。申し訳御座いませんでした。二度と、内緒で…
 行動は致しません。小島のおじさんに逢う事…許して頂けませんか」
「暫くは駄目だ。真子の体調と栄三の傷が治るまでは、
 逢うことを許さない。治れば、許可するから。いいな、真子」
「ありがとうございました」

真子は、慶造を見上げ、そして、頭を下げた。
慶造は、真子の言葉、そして、その眼差しに、何かを悟ったのか、その場を去っていった。
沈黙が続く。

「お嬢様…」

修司が呼ぶ。

「猪熊のおじさん。お父様をお願いします…」

真子が静かに言った。
しかし、その言葉に違和感を感じる。だが、その言葉に従うように修司は行動に出た。慶造を追いかけるように駆けていく。
床に、何かが滴る音が聞こえた。栄三は、そこに目をやった。
赤くて丸いもの…………血…。

「…血…って、お嬢様っ!!!」

栄三は、慌てて真子を振り向かせる。真子は口の端から血を流していた。

「叩かれ…ちゃった」

かわいらしく言ったものの、血を流しながらのその表情は、ちょっと怖い…。

「お嬢様……怖いですよ……。口を開けて下さい」

栄三は、真子の血を拭い、そっと口の中を診ると、切れていた。

「阿山の奴…、娘に手加減なしかよっ!」

隆栄が、怒った口調で言うと、

「私が…私が…悪いのっ!! お父様は悪くないのっ!!!
 ……うわぁぁぁん!!!」

真子が泣き叫んだ。

「わっ、お嬢様っ!」
「親父が泣かしたぁ〜っ!!!」
「って、俺かよぉっ!!」

真子の泣き声は、少し離れた場所にいる慶造の耳に届いていた。
慶造を追いかけてきた修司が、

「緊張の糸が、ぷっつりと切れた……か」

慶造に言った。

「…そうだな」

慶造は静かに応え、煙草に火を付けた。
吐き出す煙に目を細め、立ち上る煙を追いかけるように見上げた。

「まさか、修司まで、内緒にしていたとはな」
「お嬢様の眼差しに負けただけだ。…気にしていたんだよ。
 お前だけでなく、お嬢様も…小島の事をな。お前の心の声が
 聞こえていたのかもしれないな」
「…そうかもな…」
「父親の威厳……初めて見せたな…。驚いた」
「叩くのは、これっきりだ…」
「拳は寸前で止めておいて、平手打ちは、加減無しか?」
「………………修司、真子の様子を…」
「小島親子に任せておけって」
「任せてられん」
「………手加減…忘れてたのかよ…」
「…………あぁ……」

と言ったっきり、慶造は落ち込んだように項垂れた。

「おいおいおいぃ〜。父親の威厳が台無しだぞぉ」
「うるせぇ…」
「はいはい」
「だから、真子の様子…」
「そのお嬢様に、お前のことを頼まれたんだぞ。戻れるかっ」
「…修司、お前なぁ。自分の立場…」
「俺は、お前を守る男だ。忘れるな」

その言葉に、落ち着きを取り戻した慶造は、呆れたような表情で修司に振り向き、

「聞き飽きてる」

そう言った。




美穂は、真子の口の中の治療を終えた。

「暫くは何も口にしては駄目だからね」
「はい……」

静かに応える真子。
慶造と同じように項垂れる。

「びっくりした?」

美穂が優しく尋ねると、真子は頷いた。

「父として、怒ったのは初めてよねぇ」
「でも…怖くなかった。…安心したの……。…こんな気持ちを
 抱いては駄目なのは解ってる…。…お父様に叩かれて…
 嬉しかった。…お父様の気持ちが…伝わってきた。
 これからも…見せて欲しいな……。だって、お父様は私の
 お父様だもん。みんなの親だけど、私にとっては…お父様だから…」
「そうね。いつでも、真子ちゃんのことを考えてるもんねぇ」
「叩いた後…お父様の心の声が……」
「それで、修司くんに頼んだの?」

真子がそっと頷いた。
そして、何かに気付いたように顔を上げた。

「おじさん!」
「あっ、は、はいぃ〜」

突然真子に呼ばれて、返事が裏返る隆栄。

「お父様の許可が出たら、またお邪魔してもいいですか?」
「えぇ。待ってますよぉ」

隆栄が応える。

「えいぞうさん」
「はい」
「学校からの道…一緒に居てもらいたのですが……」
「そうですね。その事も慶造さんに相談しましょう」
「ありがとう!!!」

と、喜びのあまり、真子は治療中の栄三に飛びついた。

「って、うわっ!! お嬢様っ!!」

真子を受け止めたものの、その勢いで、真後ろにバッタリと倒れた栄三。
後頭部を強打……。

「あっ、えいぞうさん、大丈夫??!」
「栄三、生きてるかぁ?」
「ものすごい音だわ……」

真子、隆栄、そして、美穂が同時に声を掛ける。

「あはは……なんとか……ははは」

と応える栄三だが、相当痛かったらしい…乾いた笑いが、暫く続いていた。



真子が眠り、栄三は大事を取って、自宅の部屋で眠っている頃、春樹と八造が帰ってきた。二人は真子の様子を伺った後、それぞれの部屋へと入っていった。しかし、春樹だけは、何かを思い出したように部屋を出て、とある場所へと向かっていく。
医務室に向かおうと歩いている時、いつもの縁側に一筋の煙が立ち上った事に気付いた。
春樹は、そこへ足を運ぶ。

「怪我人が、何をしてる」

その声に振り返る慶造の眼差しは、いつになく寂しげだった。

「まさかと思うが、真子ちゃんの内緒の行動を小島さんに
 問いつめた…とか…。それで、真子ちゃんが反対に怒って
 それに怒りを覚えた慶造は、思わず真子ちゃんを叩いてしまった
 ……それで落ち込んでるのか?」

まるで、その光景を見たかのような口調で春樹が話しているものだから、慶造は、くわえていた煙草を、落っことしてしまった。

「誰に…聞いた?」
「…って、図星かよ…冗談なのに」
「…その通りだよ…悪かったな…。真子の顔を見て、
 そこまで悟ったのか?」

そう語りながら、慶造は落とした煙草をもみ消し、新たな煙草に火を付けた。

「いいや、真子ちゃんの様子を伺っただけで、寝顔はまだ…」
「まだ…って、これから眺めるつもりかよ」
「いつものことだろが」
「そうだな」

慶造は煙を吐き出し、春樹に煙草を勧めた。
春樹は拒むことなく、受け取り火を付けた。

「禁煙は?」
「禁煙してる男に勧めた男が尋ねる言葉かよ」

その口調と行動で解る。
春樹は、怒っている。

「悪かったよ。お前の大切な娘を叩いて、怪我させて」
「…言葉が間違ってるぞ、慶造。…相当、きてるな?」
「あぁ。反省してる」

慶造が静かに言った。

「真子ちゃんの行動…聞いたのか?」
「小島が話したよ」
「何をしに、小島家に行ってたんだ?」
「小島に物語を語りに、毎日、通っていたそうだ」
「物語?」
「小島がたいくつにしてないかが気になっての行動。
 小島の心を少しでも和ませようと、自然に出た行動。
 小島の事を想っての、優しい行動……だ」

慶造の言葉に、何となくとげを感じた春樹は、笑い出す。

「何を拗ねてるんだよ」
「…俺にも……語ってくれてもいいのにな…」

慶造が呟いた。それには、春樹が驚き、思わず慶造の額に手を当てた。
熱が上がっている。

「慶造、怪我のこともある。熱が上がってるぞ」
「いいんだよ…」
「そんなことをしても、真子ちゃんは心配してくれないって」
「そうじゃない。…ただ……」
「ん?」
「真子が気にする事じゃないのにな…と思ってな」
「小島さんの事か?」
「あぁ」
「お前の心が、よっぽど心配していたんだろうな」
「真子に聞こえていたのか……」
「その可能性は、大いにある」

そう言って、春樹は姿勢を崩し、膝を立てて、夜空を見上げた。勢い良く煙を吐き出し、

「父親は、お前だろ」

慶造に優しく言った。

「……父親らしいところは、見せてないがな…」
「親に内緒で…って、叩いたのは?」
「俺……って、真北、お前なぁ、本当は誰に聞いた?」
「桂守さんに」
「……って、その場に居なかったぞ?」
「小島さんか美穂さんが言ったんじゃないのか?」
「その可能性もある…なぁ。…って、小島家に何をしに行った?!」
「その後の処理を伝えに行っただけだぁ。その時に聞いたんだよ」
「そういうことか…」
「そういうことぉ」
「ったく…意地悪な男だな…」
「それが、俺だ」

春樹が自慢げに言うと、慶造は呆れたように微笑んだ。
沈黙が続く。
新たに火が付く音が聞こえた。

「明日…行くんだろ?」

慶造が尋ねる。

「あぁ。真子ちゃんの思いを確認するからな。
 慶造、それでもいいのか?」
「真子が望むなら、俺はそれを叶えてあげたい」
「くまはちが拒んでも?」
「俺の命令は従うだろが。修司の言葉もあるからな」
「そりゃぁ、そうだけど。…猪熊さんの説得も…お前の威厳か?」
「その通りだ。だから、後は、お前の意見と八造の決意だな」
「本当に、いいのか?」

春樹は、念を押すかのように尋ねていた。

「真子の思いだからさ…」

慶造は、そう言って煙を吐き出した。
二人は何話すことなく、縁側に座り続ける。
かなり長い間、時を過ごした二人。

「慶造」

春樹が、口を開いた。

「ん?」
「真子ちゃんの行動…これからもいいのか?」

春樹が静かに尋ねてくる。
その口調で解る。
事態は最悪な方向へと向かっている事が…。

「……栄三の怪我が治る頃には、真子も忘れてるだろうが」
「…俺は反対だ」

慶造の言いたいことが解る春樹は、慶造の言葉を遮るように言った。

「俺は、まだ何も言ってない」
「言わんとする事くらい、解ってる。光のこと、そして、小島家への
 行動。そして、今回の事…それらに対して術を掛けようと
 思ってるんだろが。…それは、危険だから、したくない。
 芯の事で解ってるだろがっ! 俺は、何度も言ってる……だろ…」

慶造に怒鳴りつける春樹は、急に口を噤んだ。
慶造の頬を、一筋の涙が伝っている事に気付いたのだ。

「慶造…」
「……これ以上、真子を哀しませたくない」

慶造の声は震えていた。

「失いたくないんだよ……大切な…大切なものを…」
「解ってるよ。…だが、これは…」
「真北…頼むよ……」
「俺は…反対だ」
「…真子のことを聞いて、俺は……自分が抑えきれない事に
 改めて気付いた。…関西に乗り込んだ時のように……。
 いいや、今回は、それ以上に怒りを覚えていた。真子の無事な
 姿を見て、俺は、落ち着きを取り戻した。でもな、真北。
 俺の奥に眠る本能が、月日が経つ毎に強く目覚めようとしてることは
 ありありと解るだろ? それは、何故なのか……」
「守りたいものがあるから」
「俺が目指した世界…こんなものじゃない。…俺の本能が目覚めれば
 それこそ、この世界を真っ赤に染めてしまうかもしれない。
 そのきっかけは、真子のことだと……改めて気付いた。
 だからこそ、真子を守るために……」
「真子ちゃんの小島さんへの思いは、どうするんだよ」
「何かを守るためなら、何かを犠牲にしないと…」
「…真子ちゃんの笑顔を…失ってもか?」

春樹の言葉に、慶造は暫く考え込む。しかし、その思いは強いのか、すぐに結論が出た。

「あぁ。仕方のないことだ。…それも、真子の…為…だからさ…」

その言葉に、揺るぎがないことは、春樹にも伝わっていた。
大きく息を吐き、春樹は、夜空を見上げた。

「…小島さんにも言われたよ。そして、先程…猪熊さんにも…な」
「小島と修司が?」
「お嬢様の優しさは嬉しい。慶造から突き放された俺達を
 いつまでも思って下さる…と。その行動は危険だと解っていた。
 だけど、甘えたくなった………とな」
「あいつら…」
「突き放すばかりが、相手を思う行動じゃないことくらい、
 解ってるだろう? 時々でもいいから、二人を頼れよ」
「…あいつらの体のことは解ってるだろ?」
「解ってるよ。…それでも、お前の側に居たいんだって」
「……ったく………」

慶造は、そう言ったっきり、何も言わなくなった。
春樹は、慶造を促すように医務室へと連れて行く。慶造が眠るのを見届けた後、真子の部屋へと足を運んだ。そして、真子の寝顔を覗き込む。

「本気で叩いたのかよ…慶造はっ!」

真子の頬は少し腫れ、それを冷やすかのように、冷却剤が当てられていた。
春樹は、真子の頭をそっと撫で、額に優しく口づけをする。

「ごめんな…真子ちゃん」

そう言って、春樹は、真子に術を掛けた。



(2006.3.25 第七部 第二十八話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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