任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第三話-a 旅立ちへの躊躇い

慶造の部屋を出た八造は、その足で真子の部屋へと向かっていく。
真子の部屋の前に立った。
ドアをノックしようと手を差しだしたが、何かを躊躇うかのように、その手はピタッと止まってしまう。
ゆっくりと降ろされた手が、今の八造の心境を語っていた。

慶造に応えたものの、やはり、真子から離れることは自分自身が許さない。
真子を守ること。それが、猪熊八造の使命。
本当に……。

その時、ドアが静かに開いた。

「お嬢様っ!」
「くまはち……どうしたの?」

真子が首を傾げて、尋ねてくる。
すでに、心の声を読まれたかも知れない。しかし、口にせずには居られないっ!

「慶造さんから…言われました。…その……関西での仕事を
 手伝って欲しいと…」
「えっ? そうなの?」

真子が驚いたように尋ねる。

お嬢様……私…どうしたら…。

八造は、真子の言葉を聞いた途端、言葉を失い、何を言って良いのか解らなくなっていた。
それは、八造にしては珍しい事。
常に的確な判断で、的確な言葉を発する八造。
真子のことが絡むと、こうまで…。

「くまはち……何を悩んでるの?」
「私は……お嬢様のお側に…」

言いたいことが言えない。
八造の躊躇いに気付いている真子は、八造に尋ねる。

「くまはちは、その仕事…どう思うの?」
「どう…と言いますと…」
「お父様の代わりに行くんでしょう?」
「はい」
「初めてなの?」
「いいえ。一度、忙しい慶造さんの代わりに…」

本当は…怪我で動けない…なのだが、真子には内緒…のはず。
八造は敢えて、言葉を選んでいた。

「その時は、どうだったの?」
「やりがいがありました」
「それ以上に、もっとしてみたいと思わなかった?」
「思いました…」
「関西での仕事って、それ以上に、やりがいのある仕事なんでしょう?」
「はい。しかし、私がお嬢様から離れるのは…」

八造が、口にした途端、真子が八造に抱きついてきた。

「お嬢様っ?!」
「もしかして、私が寂しがると思ってる?」
「……はい…」

真子に本音を言われて、八造は素直に応えていた。

「大丈夫。…私には、ぺんこうもむかいんも…えいぞうさんも健も
 そして、真北さんも居るもん。みんなが楽しく遊んでくれる」
「私が……寂しいんです」

思わず口にした八造。その言葉に驚いた真子は顔を上げたが、発した自分がそれ以上に驚いていた。

「くまはち……そうなの?」
「…すみません。…そのような言葉を口にするとは…私…!!」

真子が更にしがみついてくる。

「嬉しい…」
「お嬢様?」
「八造さん…そう思っていたんですね…。私のこと…」
「…お嬢様……」

八造は、思わず真子を抱きしめてしまう。

「お嬢様から離れると…お嬢様をお守りできません。だから…」
「……実はね…」
「はい?」
「まささんから、八造さんの事……あっ、くまはちの事を聞いたの」
「私のことですか?」
「まささんのお仕事…手伝っていたでしょう?」
「えぇ」
「その仕事っぷりは、凄かったって。まささんが驚くほどの力量で
 仕事しやすい意見を言って、新たな発見もしてくれたって」
「え、えぇ。そうでしたが…それは、私の意見ですから…」
「それが、的を射ていたって、感謝してたの」
「そうでしたか…」
「その…だからね…」

真子は、八造を見つめた。

「本当は…私が…真北さんにお願いしていたことなの」
「お願い? …何を…ですか?」
「くまはちには、もっと視野を広げて欲しいって…」
「えっ?」
「そして、色々なことを身に付けて、更に大きくなって欲しいの…」

その言葉は…。

八造は、先程、耳にした言葉を真子の口から聞いて、驚いていた。

「それにね…もっと色々なことを私に教えて欲しいの…」
「お嬢様……」

四代目…もしかして…。

「私のお願いなの。…だって、私、あまり遠くに出掛けるのは
 許されないから。…まささんの所だけだから……」

八造の脳裏に、先程の慶造の言葉が過ぎる。


真子の事を想うなら、真子の為の仕事になる…。


もしかして、四代目…。

八造は真子を見つめた。

「お嬢様…本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。みんなが居るから。それに…」

真子が見つめ返してくる。

「永遠のお別れじゃ…ないでしょう?」

飛びっきりの笑顔を見せた。
その笑顔で、八造の悩みが吹き飛んだ八造は、

「そうですね、お嬢様。いつでもお逢い出来ますから。それに、
 そんなに遠くはありませんから」

そう言って真子に負けじと、素敵な笑顔を向けた。
その表情こそ、女性ならイチコロ……なのだが、真子には違う。
真子にとっては、更に心を軽やかに、晴れやかにする笑顔となる。

「頑張ってね、くまはちっ」
「はい。もっと色々な知識を身に付けて、お嬢様への教育を
 厳しくさせていただきます」
「えぇ〜。厳しいのは嫌だなぁ。…真北さんよりも?」
「はい」
「ぺんこうよりも??」
「そうですね」

と八造が応えた途端、真子がふくれっ面に。
八造は、その頬のふくらみを優しく突っついた。それと同時に、真子の口から空気が漏れる。
それが、一段とその場を和ませていた。




八造は、出発の準備をしていた。
そこへ芯と向井がやって来る。

「荷物…それだけか?」

芯が尋ねると、八造は少しため息混じりに

「あぁ。あまり荷物は持たない方がいい」

素っ気なく応えた。

「それにしても、急な話だな。猪熊さんも許すとは…」

未だに信じられないのか、芯が言った。

「…お嬢様の思いだと言ったら、許しが出たそうだ」
「お嬢様の…想い?」
「もっと色々なことを知りたい」
「それなら、俺が居るのになぁ」

撒けず嫌いの芯が口を尖らせて言う。

「俺も思った事だけどな」

八造が言った。

「…四代目……お嬢様を跡目と考えておられるから…」
「もしかして、これからの事を考えての言葉なのか?」

驚いたように、芯が言った。

「それは、お嬢様の思いに便乗しただけだと思う」

少し自信がないのか、八造は首を傾げる。

「だからって、何も急に…」

と言った向井。

「俺が暫く離れることになったけど、……ぺんこう、むかいん…」

真剣な眼差しで二人を見つめる。
その眼差しに含まれる意味は解っている。

「みなまで言うな。…でも俺は忙しくなるんだけどなぁ」

芯は頭を掻きながら応えた。

「くまはちが居るから、俺は研修の数や講義の数を増やしたのに」
「…それは、お嬢様の喜ぶ顔を見たいだけだろが…」

八造の言葉に、芯は苦笑い。

「まぁ…な」
「連絡はするんだろ? いつもの猫電話」
「あぁ。となると、むかいん…」

芯と八造は、向井に目をやった。

「料亭の時間もあるからなぁ。お嬢様とは離れないようにと
 気をつけておくよ。…でも、…送迎は?」
「それは、いつものように、真北さん、えいぞう、健、北野だろうな」
「真北さんは、難しいかもしれないぞ」

芯が知ったような口振りで言った。

「ったく…また、無茶してるんかい…」

八造は項垂れた。

「まぁ、それが、あの人…だけどな」

そういう芯は、少し笑みを零していた。

「それで、くまはち……その仕事…大丈夫なのか?
 お前、悩んでいただろが。向こうの連中の扱いに…」

向井が言うと、八造はニヤリと口元をつり上げた。

「それは、大丈夫だ。…まぁ、一応、下っ端からだろうが、
 須藤組長の世話になる事にした」
「ほへ? 須藤組だけか?」
「まぁ、俺が任された仕事は須藤組が主に行ってる事だし、
 それに、なんとなく、その方が身に付くと思ってだなぁ…」
「そうだろうなぁ。あの連中の中では、須藤が一番頭良さそうだったし」

芯が思い出すように口にした。

「…って、おぉぉぃ、ぺんこう〜」

芯の言葉に、八造と向井は、思わず呼び止める。

「あっ、いや…その……むかいんだって思っただろ?」
「まぁなぁ」

ちょっぴり小声になる向井。

「兎に角、さっさと仕上げて戻ってくるからなぁ」

八造の意気込みは凄い。…が、何か間違っている。

「そんなに早く帰ってきたら、知識が身に付かないだろがっ!」

芯と向井が同時に言った。

「その短時間で身に付けることは、容易いことだぜ!」

自信たっぷりに言い放つ八造。
その表情こそ……。

「くまはち…」
「ん?」
「…向こうで、暴れまくるなよ…」
「はぁ?」

妙な言葉に、八造は首を傾げ、芯を見る。
芯の眼差しは下の方に向けられている……ということで、芯の言葉に含まれた意味を知る。

「あぁのぉなぁ〜〜っ!!!」
「その面から、考えられるだろがっ! 女性の方から声を掛けられて
 即…って、そういう行動は慎めっつーことや!」
「それなら、目線を間違えるなっ」

風を切る音。
目にも留まらぬ速さで、八造の拳が芯に向けられる。
もちろん、芯はしっかりと受け止めていた。
その二人の腕を掴む向井。

「狭い部屋で……暴れるな…」
「す、すまん……」

向井のオーラは、二人の怒りを鎮める程。
この二人を止めるのは、向井の役目だった。

「暫く…こういう事が出来なくなるんだな……。そう思うと
 寂しくなるよなぁ」

しみじみと語り出す向井に、二人は、そっと頷いた。




その日の夜、いつものように縁側では、いつもの二人が、いつもの如く……。

「それ…言えよ…」

春樹が呟いた。

「真子の思い……って、言えるかよっ」

慶造は煙を吐き出し、項垂れる。

「そりゃぁ、お前の思いも混じっていれば、言えないわなぁ」

春樹の言葉に慶造は苦笑い。

「本当に……それで良いのか?」
「……真子の跡目…?」
「あぁ。それは…ちさとさんの思いを…」
「その世界での跡目とは思ってないさ…」

慶造は月を見上げ、

「新たな世界の…第一人者。…そう考えての事だ」

そう呟いた。

「新たな世界……か」
「真北ぁ〜」
「あん?」
「頼んだぞ」

そう言った慶造の心に秘められた思いは、今は未だ、誰も知られていない。

「慶造…?」

慶造の言葉に疑問を抱く春樹だが、それ以上は尋ねなかった。
二人が見上げる月は、微笑んでいた。





そして、旅立ちの日。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい!! 気をつけてね、くまはち!」
「はっ」

深々と頭を下げて、八造は大阪へ向けて出発した。
荷物を入れた鞄に、猫の小さなマスコットを付けて……。



(2006.4.18 第八部 第三話-a 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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