任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十三話 真子を連れ出す日々

阿山組本部・慶造の部屋。
そこには、栄三の姿があった。何やら報告をしている様子。
慶造は、軽く頷き、微笑んだ。




映画が終わり、場内が明るくなった。
政樹は、隣に座る真子に振り向いた。真子は、驚いたように目を丸くしていた。

「お嬢様、どうされました?」

政樹は思わず声を掛けた。

「……凄い……凄いね…映画って…すごぉい!!」

真子は感激のあまり、声を張り上げていた。思わず真子の口を塞ぐ政樹だった。




車で帰る真子と政樹。その間も、真子は感激したまま。政樹に感想を語っていた。
それは、小学六年生が語るような感想ではない。
まるで、評論家のような……。
真子の話に耳を傾けながら運転をしてる政樹は、気になる事があった。
政樹の車を追いかけるように、時々、何かがバックミラーに映っていた。
信号で停まった時、政樹は振り返った。
その目線の先に、一人の男の姿があった。

誰だ…? まさか、お嬢様を狙ってる輩…か?

政樹の眼差しが鋭くなった。

「……まさちん」

ふと、真子の声が聞こえた政樹は、我に返り、真子に振り返った。

「はい。すみません、青ですね」

政樹はアクセルを踏んだ。

「大丈夫だよ」
「はい?」
「……大丈夫だから。心配しなくていいから…」
「お嬢様????」

政樹は真子の言葉の意味が解らず、首を傾げた。

「私を守ってくれる人なの。だから、大丈夫だよ」
「えっ?」

真子の言葉に驚き、真子に目をやると、真子は、バックミラーを見ていた。

まさか、お嬢様…気付いていた…?

真子は、コクッと頷いた。

えっ?

真子の反応に、思わず驚く政樹。その途端、真子は、ハッとした表情をして、政樹に振り向いた。

「ねぇ、まさちん」
「はい」
「まさちんは、映画が好きなの?」
「どうしてですか?」
「だって……映画を観てるまさちんの表情がね、いつも観てるのと
 違ってたから」
「あっ…その……趣味なんです…」
「趣味?」
「はい。…実は、今までお嬢様に語っていたお話は、全て映画の話です。
 昔に観た映画のお話だったんです…」
「どれだけ観てるの?」
「数えた事ありませんね…」

政樹はウインカーを左に出して、ハンドルを切る。

「…私のお世話係になってからは、映画を観に行ったの?」
「今日が久しぶりになります。本部に来てからは、
 お嬢様の事ばかりを考えていましたので、映画の事は…」
「観に行きたいとは、思わなかったの?」
「思いませんでした。しかし、今日は、どうしてなのか、
 映画を観ようと思ってしまいました」
「……どうしてなんだろうね…」
「今日観た映画をお嬢様に知って欲しかったのかもしれません」
「素敵なお話だった! まさちん、ありがとう!」

真子の笑顔が輝いた。その笑顔をまともに観たまさちんの心臓が高鳴った。

「お父様にお願いしてみるね」
「な、何をですか?」
「まさちんの外出」
「えっ? でも、それは……」

許可…下りないんじゃ…。

車は本部の前に通じる道路を走り出す。
例の公園の前を通り過ぎ、そして、本部に到着した。
門番が門を開け、政樹の車が本部へと静かに入っていく。そして、玄関先に停まった。真子は降りると、そのまま玄関へ走っていった。

「お嬢様!」

慌てた政樹は、車の中から真子を呼ぶ。しかし、その声は、真子には届いていなかった。
政樹は、そのまま駐車場へと車を走らせ、そして、定位置に停めた。ゆっくりと車から降りたが、急いで真子を追いかけていく。




真子は、慶造の部屋の前に居た。
ドアをノックしようと手を挙げ、気合いを入れて、拳を握りしめる。そして、ドアに向けて手を動かした途端、ドアが開いた。

「…!! お嬢様ぁ、私はドアじゃありませんよ!!」

真子がノックをしたのは、栄三の腹部だった。

「ごめんなさいっ!!!」

慌てる真子に、栄三は微笑む。

「映画、楽しかったですか?」
「えいぞうさん、どうして知ってるの!!」
「慶造さんから聞きましたので。…その…ご用でも?」
「その…お父様にお願いが…」
「私が取り次ぎましょうか?」
「自分で…お願いするから、いい!」

真子の言葉に、栄三はガックリ。

「…でも、まさちんが、慌てたように駆けてきますよぉ」

廊下の先に政樹の姿があった。

「お嬢様!! それは、お嬢様がなさることでは!!」
「うるさいっ!」

そう言って、真子は栄三を押し退けて、慶造の部屋に入っていった。

「って、お嬢様っ!」

政樹と栄三が同時に呼んだ時は、ドアが閉まっていた。

「地島ぁ、何が遭った?」
「いや、その…私の映画鑑賞の話が…」
「お嬢様に気付かれたのか?」
「……って、小島さん、それは、組長から?」
「まぁな。四代目も気になさってるよ。…で…どうするんだよ。
 また、どやされるぞ…『気を遣わせるな』って」

栄三の言葉を耳にした途端、政樹の顔色が青くなった。
栄三は、そんな政樹の反応を楽しんでいた。



一方、慶造の部屋では…。

「お父様、お願いがあります」
「………地島のやり方が不満なのか?」
「いえ…違います。その……くまはち……八造さんのように
 地島さんにも、地島さんの時間を与えてくださいませんか?」

真剣な眼差しで真子が言った。

「地島の時間? …駄目だ」

慶造は即答する。

「どうして…ですか? 八造さんには、与えてくださったのに、
 地島さんには、無理なんですか?」
「あぁ」

真子はグッと拳を握りしめる。

「お願いします。…私のことで自由な時間を奪うのは、
 私は嫌です。地島さんにだって、自由に過ごしたい時間が
 あるはずです。それを束縛してまで、私はお世話になりたくない」
「それは、地島の思いなのか?」
「……まだ、お聞きしてません。ですが、私には解ります」
「真子」
「はい」
「映画…楽しかったのか?」

慶造の質問は唐突だった。

「はい。とても素敵な内容でした。その映画…というのを
 観るのが、地島さんの趣味だそうです。私の世話をしてからは
 一つも観ていないと仰ってました。それを奪ってまで、
 私は、世話をしてもらうつもりは御座いません。それに、
 私にお話をしてくださった内容…全て、映画のお話だったそうです。
 とても、素敵なお話ばかりです。…そのようなお話…今まで
 耳にしたことが無かったの……嬉しかった。楽しかった…」
「そうか…」

慶造は静かに言って、お茶に手を伸ばした。そして、一口飲み、真子に目をやった。

「お父様、お願いします!」

真子は深々と頭を下げる。

「真子」
「はい」
「…地島には、もっと、楽しいお話をしてもらいたいのか?」
「はい。私がたいくつしている時、色々なお話をしてくださいます。
 だから……たくさん…もっと、もっとたくさん聞きたい…」
「解った。後で、地島に来るように言っておくこと」

慶造の言葉に、真子の表情が明るくなった。

「かしこまりました!」

そう言って、真子は慶造の部屋を出て行った。

ったく……俺と同じ事を考えるとは……なぁ……ちさと。

慶造が、フッと笑った。



廊下に出た真子は、そこに居る政樹と栄三に驚いていた。

「びっくりしたぁ。えいぞうさん、まだ居たの?」

真子の言葉は、何となく冷たい…。

「まさちんと話が弾んだだけですよ」
「そうなの? まさちんをいじめてない?」
「いじめてません!! お嬢様と違いますから!!」

真子の蹴りが、栄三の腹部に決まる……。

「…お嬢様っ、それは、まさちんが驚きますから、やめてください!」
「いいの!! …あっ、まさちん。お父様がお呼びですよ!」
「はっ、すぐに」

そう言って、政樹は慶造の部屋に入っていった。

「……お嬢様」
「はい」
「慶造さんに、お願いしたんですか?」
「うん……お父様も同じ事を考えてたみたい。…まさちんの
 趣味を御存知だった…」

真子の言葉に、栄三は、ちょっぴりふくれっ面。

「………ごめんなさいぃ〜〜。気を緩めたから…聞こえてきたの…」
「ったくぅ〜。気をつけてくださいね」
「はぁい」

阿吽の呼吸。
真子が何を思い、そして、行動するのか。栄三には手に取るように伝わってくる。
真子が慶造の心の声を聞いたことも、栄三にはお見通し。
そんな栄三の心の声は、真子には聞こえてくるのだが、敢えて、言わない…というか、聞こうとしなかった。
栄三の心の声は、それは、とてもとても……。

「では、私は一週間ほど大阪ですよぉ」
「またぁ?」
「おや? 駄目ですか? くまはちの様子を見ないと…何をしてるか
 とぉぉぉぉっても心配しておられる方が、ここにぃ」

そう言いながら、栄三は真子の頭をナデナデ……。

「ちゃぁんと、細かく伝えてよぉ!! えいぞうさんは、省きすぎるんだもん」

真子はふくれっ面に。

「お嬢様に伝えないでくれぇって、くまはちに懇願されますからぁ」
「無茶するなぁ!! 強く言っててね!」
「はいなぁ〜」

栄三は微笑んだ。

「えいぞうさん」
「はい」
「気をつけてね。あまり、無茶したら、駄目だからね」
「心得てます。では、行ってきます〜。あまり、まさちんを
 困らせないようにしてくださいね」
「心得てます! 行ってらっしゃぁい」

真子の笑顔に見送られ、栄三は去っていった。
真子は笑顔のまま、自分の部屋に向かって歩き出す。



廊下での真子と栄三のやり取りは、ドアを一つ挟んだ慶造の部屋に聞こえていた。

「…ったく…栄三はぁ」

呆れる慶造に、政樹は苦笑い。

「しかし、小島さんは、本当にお嬢様の心を掴むのが上手いですね」
「あれは、あいつの癖だ」
「癖?」
「あれでも、数知れずの女性を抱いていたクチだ。…それも、
 中学生の頃から、女を泣かしていたからなぁ〜。…地島もだろ?」
「いえ、私は……この世界に入ってからなので…」
「十四だろが」
「そうでした……って、そこまで御存知なのですかっ!!!」
「お前がこの世界に入ってからの情報は、事細かく、ここに入ってる」

慶造は、自分の頭を指さしていた。

「で、今は本当にいいのか?」

慶造が尋ねる内容は、政樹に伝わっている。
今は女性を抱かなくてもいいのか…と。

「はい。女性にも弱いという設定なので、それがばれると…」
「組員から総攻撃だよな…特に……栄三から…」
「…そんなに厄介なんですか? 小島さんは」
「真子の為なら、本当に、あの手を血で染め兼ねん」
「そうですか……。………その……」
「行きたいんだろ?」
「今は…」
「女性じゃなくて、映画だよ」
「あぁ、あっ!! あぁぁぁぁ…そうでした……すみません…その…。
 確かに、行きたいです。しかし、その行動は…」
「真子に物語を語る為に、俺が命令したことにすれば、
 気兼ねなく行けるだろ? どうだ?」
「…本当に、よろしいんですか?」
「あぁ」
「もし、映画館に向かう間に、兄貴と接触したら…」
「それは、難しいこと…今日、知っただろ?」

ニヤリと口元をつり上げて、慶造が言う。それが意味すること…それは、自分たちを付けていた、あの男の事=真子が大丈夫だと言い、自分を守る存在だと言った。政樹は、それを思い出した。

「あの男…」
「真子には、常に付いている」
「それなら、何も私が…」
「真子が哀しむ前に…それが、あの男の役目だ」
「そうですか…………!!! って、組長!」

政樹は何かに気付き、思わず声を張り上げた。

「なんだよ」
「車の速さに追いついてるんですよ! あの男は」
「見間違いだろ…」
「いや、絶対に……絶対に、足で…車と併走してますよ!!」
「気のせいだ」
「…………そうなんですか?」

不思議そうに尋ねる政樹に、慶造は、

「そうだ」

と言い切る。その言葉を渋々受け止める政樹だった。



そして、政樹に、自由な時間が与えられた。
真子の世話を終えた後は、自由時間。
映画鑑賞だけでなく、慶造に連れられて、夜のネオンが輝く街へとくりだした。
もちろん、政樹の顔が知れ渡っていない別の場所を選んで…。

映画を観に行った事は、真子は知っているが、夜の街のことは、知られていない。
真子には必要ない世界の話…いや、まだ、早い内容であるために…。




真子の世話を終え、政樹が部屋を出て行った。

「お休み、まさちん!」

それから五分後、真子の部屋に、猫のだみ声が響く……。
真子は嬉しそうに棚にある猫電話の猫の腕を手に取った。

「もしもし!」
『こんばんは、お嬢様。お元気ですか?』

もちろん、その電話の相手は、芯。
忙しいと言いながらも、芯は毎晩、いつもの時間に、猫電話に掛けている。
真子のその日の事を聞きたいために。そして、真子の声を聞いて、明日の活力にする為に…って、誰かさんと同じ行動を、いつの間にかしている、芯だった。

電話の受話器を耳に当てながら、芯は嬉しそうに微笑んでいる。
真子と電話をしている間は、自分のことをせず、電話に集中していた。
その内容に時々出てくるようになった、『まさちん』という人物。
なぜか、芯は気になっていた。
その『まさちん』が、真子に楽しい物語を語っている。それが、映画の内容だったと知った時の真子の声は弾んでいた。芯にも映画の事を話す。しかし、芯自身も、真子の家庭教師になってからは、映画を観に行く機会は皆無だった。
色々な映画は、テレビ放映の分を観るか、流行りだしたレンタル屋に足を運ぶしかない。
レンタル屋は、大学のすぐ側にある。勉強の合間に観る事もある。
だが、芯は、映画よりも、体を動かす方が性に合っていた。

「そのお話なら、私も知ってますよ」

そう言って、真子と話を弾ませ、時が経つのを忘れていく。
気が付くと、電話を掛けてから一時間が過ぎていた。
最近、真子と逢う時間が減った分、電話での会話が長くなっている。
それは、停める人物が、側に居ない事も影響していた。

「今年のパーティーには、顔を出せそうにありません…。
 楽しみにしていたのに、申し訳御座いません」
『寂しいけど…だって、ぺんこうは教師になるんだよ! だから、
 私…我慢する!』
「お嬢様…。ありがとうございます。私、頑張りますから。そして、
 お嬢様を教え子に迎えて……私の教師っぷりを見せたいです」
『教壇に立つぺんこうを、楽しみにしてるからね! 素敵なんだろうなぁ』
「まだ、先になりますが、楽しみに待っててくださいね」
『はい。…その……ぺんこう』
「なんでしょう」
『真北さんから…連絡………あった?』
「お嬢様には連絡をすると言ってませんでしたか? あの人は」
『無いの…』

真子の声が少し暗くなった。

「恐らく、連絡する時間を削ってまで、動いてるんでしょうね」
『それ程、忙しいのかな…』
「忙しくしてるだけでしょう。…早く、お嬢様に会うために
 時間を切りつめてるだけですよ」

そうだと、いいんだが…。

真子に話した事とは反対の事を考えている芯。心に思う声は、電話の回線は通っていかない。
だからこそ、心に思えるのだった。

『ったくぅ、真北さんはぁ』

呆れたような真子の声。しかし、それには、喜びを感じられる。

「お嬢様へのプレゼントは、むかいんに預けますので、
 忘れないように受け取ってくださいね」
『むかいんは、忘れないもぉぉん』
「そうですね。…っと、こんな時間になってますよ!!
 お嬢様、就寝時間なのに、すみませんでした」
『私の方こそ、ごめんなさい。ぺんこうの大切な時間を削ってしまって…』
「お嬢様の為に、時間を用意してますから、心配なさらないでくださいね」
『ありがとう、ぺんこう! それじゃぁ、お休みなさい』
「お休みなさいませ。良い夢を」
『明日も、がんばってね!』
「はい。ありがとうございます」

いつもの言葉で締めくくり、芯は、受話器を置いた。
心が温かくなる瞬間。
その瞬間が、今は至福の時。

「さてと」

気合いを入れて、芯は勉学に励む。
一方、真子は、受話器を置いた途端、ベッドに潜り込む。
それは、いつもの行動。
芯の声を子守歌代わりにして、真子は心地よいまま、眠りに就いていた。





某ホテルの一室。
春樹は、ソファでくつろいでいた。
そこへ、隆栄がやって来た。

「どうでした?」

春樹が尋ねると、隆栄は笑みで応えた。

「栄三が守るとは思えなかったけどなぁ」
「お嬢様が絡んでますからね」
「そりゃそっか。……!!!」

ホテルの窓に、和輝が現れた。窓越しに、和輝が下を指さした。
隆栄が頷くと、和輝の姿は消えた。

「………解ってるけど……何度も観てるけど、やっぱり慣れん」

春樹が項垂れる。

「お嬢様を抱きかかえた桂守さんが、目の前に降ってくる方が
 滅茶苦茶驚きますけどね。…慣れてるはずの私でも」
「それは、二階の高さからだろが。……ここ……五階」
「序の口ですって。…って、のんびりしてられませんよ!」
「そうだった」

そして、二人は、素早く部屋を出て行った。


春樹が栄三に何を頼んだのか…。





阿山組本部。
この日、真子が十二歳の誕生日を迎えた。
ということは、恒例の誕生日会が行われている。
笑顔が減ったものの、毎年、変わりなく祝ってくれるみんなのために、真子はこの日ばかりは笑顔で過ごすように心掛けていた。しかし、今年は、見慣れた二つの顔が無い。その代わり、新たな顔がある。

「ありがとう!」

飛鳥から、プレゼントをもらった真子の笑顔が輝く。

「洋子からのプレゼントも一緒に包んでもらいましたよ」
「洋子お姉さんにお礼の手紙、書きますね!」
「しっかりと渡しますよ、お嬢様」
「お願いします」

そこへ、新たな料理を向井が運んでくる。
向井の手には、料理だけでなく、手のひらサイズの箱もあった。

「お待たせいたしました。お嬢様、これは、ぺんこうからですよ」

手のひらサイズの箱を真子に渡す。

「ありがとう!! 猫電話の時に、お礼言わないとね!」
「えぇ。ちゃぁんと、私が渡しました事も伝えてくださいね」
「はい! …今年は、何だろう〜」

真子は嬉しそうな表情で箱を眺めていた。
プレゼントは、パーティーが終わってから。
いつからなのか解らないが、真子は、そうしていた。
そして、次々とプレゼントを受け取る真子。
最後は、政樹だった。

「お嬢様、おめでとうございます。その…何が良いのか
 解らなかったのですが…これを」

大きなリボンが付いた袋を手渡す政樹。真子は、驚きながらも受け取った。

「まさちん。ありがとう〜。いつ……買いに行ったの?」
「お嬢様を見送った後ですよ」

政樹は素敵な笑顔も真子に贈った。
真子は、一瞬、ドキッとする。

「これ…なぁに? 柔らかいよ?」
「車用の座布団です。お嬢様がお気に召すかは…その…」
「柔らかいぃ〜。ありがとう、まさちん」

真子の笑顔は、政樹よりも素敵に輝く。
今度は、政樹の方が、ドキッとしていた。

「お待たせいたしましたぁ」

またしても、新たな料理が…。

「涼っ、張り切りすぎだぁ」

パーティーでも料理担当は同じ組員。
真子の為にと、いつも以上に張り切る向井に、組員達は付いていけず、とうとう根を上げてしまった。

「だから、お前らも参加しろって言ったのになぁ」
「一人でするつもりかよ」
「当たり前だぁ!!」

と叫びながらも、たっくさんの料理を並べていく向井。
テーブルの上は、料理で埋まってしまった。

「いただきまぁす!!」

それに負けじと、真子の箸は素早く動いていた。




「たっぷりの料理に…たくさんのプレゼント…凄いですね」

真子の部屋まで、真子と一緒に荷物を運んでくる政樹が、驚いたように言った。

「うん」
「これから、お披露目ですか?」
「そうだよぉ。まさちんも一緒にする?」
「よろしいんですか?」
「うん!」

真子の声は弾んでいた。

真子の部屋は、プレゼントの箱に占領されてしまう。

「それにしても、これは…」

最後まで手に残っていた箱を、政樹はテーブルに置いた。

「真北さんからだもん。えいぞうさんが受け取ってたんだ」

真子は、その箱を机の上に置き、他の箱から開け始めた。
丁寧にリボンを外し、そして、たたむ。包装紙も静かに捲って、綺麗にたたむ。
そして、現れた箱を開けた。

「わぁはぁ〜っ!! これ、欲しかったのぉ!! どうして、いつも
 飛鳥さんは私の欲しい物が解るんだろう!! すごい!!」

それらは、猫グッズの食器。

「あとで、むかいんに渡さないとね!」
「明日から、早速、この食器でご飯ですね」
「楽しみぃ〜。さてと」

そして、次の箱に手を伸ばす。
丁寧にリボンを外し、そして、たたむ。包装紙も静かに…。

「お嬢様」
「はい」
「それだと、時間が掛かって、就寝時間を過ぎてしまいますよ」
「残りは明日だもん。あっ、でも、まさちんからのを先にしないと!」

真子は、政樹からプレゼントに手を伸ばした。

「あっ、その、それは、私が居ないときにして下さいっ!!」
「駄目!! 今!」
「は、はぁ……」

真子は丁寧にリボンを外し、そして、たたむ。袋の口を開けて、中から品物を取りだした。
それは、滅茶苦茶可愛い姿の猫が大きく描かれた座布団だった。

「かわいいぃぃぃぃ」

真子は、座布団を抱きかかえ頬ずり。

「柔らかいぃ〜。ねぇ、これ、車の助手席においていいの??」
「えぇ。お嬢様の場所ですから」
「次に乗るとき…って、二学期だね。その時まで、側に置いておく!
 まさちん、ありがとう!!」

真子の喜びは、手に取るように解る。
政樹は、嬉しさを感じていた。

「次は……」

真子のお披露目は、続く…。


結局、就寝時間を一時間過ぎてしまい、政樹に促されてから、真子はベッドに潜り込んだ。

「お休みなさいませ」
「お休み!」
「お嬢様」

部屋を出ようとドアノブに手を掛けた時、政樹は振り返った。

「はい?」
「今日は、とても楽しかったです。招待していただき、
 ありがとうございました」
「食べ過ぎて、苦しくない?」
「ちょっと苦しいですね」

政樹は微笑んだ。

「今年は、盛大だったよぉ。むかいん、本当に張り切ってた」
「いつにない、向井さんを観て、驚きましたよ」
「まさちんの時もお願いするね!」

真子の言葉に、政樹は何も言えなくなった。

「それでは、お休みなさいませ」
「お休みなさい」

政樹は静かに真子の部屋を出て行った。そして、隣の自分の部屋へと入っていく。
ドアを閉めた途端、その場に座り込んでしまう。

俺……何を楽しんでるんだよ。
それに……俺……。

政樹は頭を抱え込んだ。





夏祭りの囃子が、聞こえていた。
祭りも絶頂期に入る。
真子は囃子を耳にする度に、目を輝かせていた。
政樹から聞いた祭りを思い浮かべながら、自分も参加した気分を味わっていた。

やっぱり行きたいな。

そう思った途端、真子は慶造の部屋に向かっていた。
廊下で慶造に逢う真子。

「真子、どうした?」

慶造は、真子の姿を観て驚いたように尋ねる。

「その……祭りに行きたいのですが……まさちんと一緒に行っても…」

真子が、そこまで言った途端、その言葉を遮るかのように、

「駄目だ」

慶造が応えた。

「まさちんと一緒なら、大丈夫でしょう?」
「あの人混みは、真子の体にも悪い。それに、どこで誰が
 襲ってくるか解らん。そんな場所で真子を守ることが出来るとは
 思えない。…だから、真子が望んでも、それだけは、駄目だ」

真子の思いは解っている。行かせてあげたいのは山々だが、政樹だけだと、不安で仕方がない。

政樹の本来の思いを知っているだけに。

春樹や芯、そして、八造が一緒なら、兄弟喧嘩が起ころうとも、停める奴も居るので、安心して行かせるが、
今は、その三人も居ない。
慶造は、その思いをグッと堪えて、真子を見つめた。
真子は、寂しげな眼差しをして、

「かしこまりました。もう…お願いしません」

静かに言って去っていった。

真子…すまん…。

慶造は、真子の後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。



真子は寂しげな表情で、縁側に腰を掛けていた。
耳に飛び込む祭り囃子。
その囃子に耳を傾けていた所、

「お嬢様」

政樹が声を掛けてきた。

「…まさちん…」
「慶造さんに怒られましたか?」

優しく尋ねる政樹に、真子は頷いた。

「それでは、気分転換に、ドライブ…どうですか?」
「…いいの?」
「はい。慶造さんの許可を頂いております」

政樹の言葉を聞いた途端、真子は笑顔を見せた。

「今から?」
「すぐに準備してください」
「待っててね!!」

弾む声で真子は言った。そして、自分の部屋に入っていく。


五分もしないうちに、真子がやって来た。その手には、政樹がプレゼントした座布団を持っている。

「これ、早速、使えるね!」

真子の笑顔を観て、政樹の心は和み始める。


真子と慶造のやり取りを偶然にも観てしまった政樹。慶造の寂しげな表情を見て、思わず、

お嬢様を連れ出します。

と言ってしまった。
その言葉は、慶造には、『連れ去る』に変換される。
言葉よりも先に、慶造の拳が、政樹の腹部に突き刺さった。

ドライブですよ……組長。
すまん。…お前が連れ去るのかと思った。
言葉…間違えました…すみません。
真子を楽しませることができるのか?
行ってみないと解りませんが、笑顔を取り戻してみせます。

自信たっぷりに言う政樹に、慶造は、

じゃぁ、行ってこい!

と即答していた。

そして……。


真子は助手席に、政樹のプレゼントをしっかりと置き、そこに座る。

「おしりに敷くの、もったいないな…」
「座布団ですから。では、出発しますよ!」
「お願いします!」

政樹の車は、真子を乗せて、本部を出発した。
夏祭りの会場近くを通り、少しだけ祭りの雰囲気を目にした後、政樹は山の上へ向かって車を走らせていた。

とある事を実行するために。



(2006.6.15 第八部 第十三話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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