任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十四話 真子の夏祭り

政樹は車を運転していた。
助手席に座る真子は、先程まで見ていた夏祭りの話に夢中だった。
政樹は、真子の話しに耳を傾け、相づちを打ちながら、とある場所を目指して車を走らせる。

「その…綿菓子って、美味しいの?」

真子が尋ねた。

「美味しいというか…甘いですよ。砂糖菓子ですから」
「そうなの???」
「えぇ。綿のように、ふんわりとした甘いお菓子ですね。
 明日にでも、買ってきましょうか?」
「むかいんに頼んでみる!」
「いや、…あれは、特別な機械が必要ですよ」
「そうなの???」

真子は首を傾げて尋ねてきた。
政樹は、一瞬、ドキッとする。
真子と色々な話をするようになってから、政樹は、真子の仕草や表情に、一瞬、『本来の仕事』を忘れてしまう。

確か、あの場所に。

政樹が目指す場所。そこには……。





閑静な住宅街。その少し小高い場所に、一台の車が停まっていた。
運転席と助手席に、二人の男の姿がある。

「あと五分。…政樹は連れてくるのか?」
「約束は守る男ですからね」
「それにしても、阿山が動くとは…思えんな」

そう呟いて、大きく息を吐いたのは、助手席に座る砂山組組長・砂山だった。

「世間では、冷たい男だという噂ですが、娘のお世話係を
 募集することと、政樹の言葉から考えると、それは、世間の目を
 欺く姿だと、私は思いますよ」

砂山に応えるのは、政樹の兄貴である地島攻。ふと、バックミラーに目をやった。
政樹の車が近づいてくる。

「約束の時間…ぴったりですね」

地島が言うと同時に、政樹の車が側を通り過ぎ、少し離れた場所に停まった。
そこは、展望台に当たる場所。
政樹は辺りを警戒するように様子を伺い、地島の方へちらりと目線を送った。そして、助手席のドアを開け、真子を………。

「……………政樹が蹴られてる…」

地島が呟くように、政樹は、真子を敬う形でドアを開けたものだから、真子から怒りの蹴りをもらっていた。必死に謝る政樹の姿を観て、砂山は、口をあんぐりと開けてしまう。

「喧嘩っぱやい男が、あんな小娘に頭を下げるとはなぁ。
 政樹の演技も徹底してるんだな」

砂山が言った。

「格闘技も出来ない、喧嘩嫌いで通ってるようですね」
「……女性への扱いは、変わらんみたいだな」

砂山が言うように、政樹は、真子の手を引いて、見晴らしの良い場所まで連れて行く。その動きは、女性を優しくエスコートしている雰囲気そのものだった。

「あれは、政樹の天性ですよ」
「それでも、女性にも弱い…を演じてるんだろ」
「え、えぇ…まぁ…」
「それなら、小娘のあの笑顔は?」

政樹に向ける真子の笑顔は、とても輝いていた。

「それは、解りませんが…実行しますか」

そう言って、地島が車を降りた。砂山も車を降り、真子と政樹の方へと歩き出す。




「下の雰囲気とは違って、本当に静かな場所だね、まさちん」
「耳を澄ませると、自然の音が聞こえてきますよ」

政樹は、耳に手を当てて、音を聞く仕草をする。真子も同じように耳に手を当てて……。
人の足音が聞こえてきた。
真子は振り返る。真子と同じように、政樹も振り返った。
砂山と地島が近づいてくる。

「御近所の方…ですか?」

地島が声を掛けてきた。

「いいえ、通りがかった時に、素敵な景色だったので、つい…」

政樹が応えた。

「そうでしたか。実は、この近所で家を探してまして、ここらの
 雰囲気をお聞きしたかったんですよ」
「お役に立てず…すみません」

地島と政樹の会話は自然に始まった。
真子は二人の会話に耳を傾けていた。

あれ? この声は…。

以前、学校の塀越しに耳にした時の声を覚えている真子は、なぜか気になり、気を緩めた。

!!!

真子は目を見開き、少し遠くに目をやった。
そこには、一人の男の姿があった。

何もなさらないで下さいね、お嬢様。

真子の耳に一番強く聞こえてきた声と言葉。
それは、真子と政樹の車に付いてきた桂守だった。
政樹は気付いていない。もちろん、砂山と地島も気付いていなかった。

桂守の言葉で、真子は、この二人の男に対して、少し警戒する。
政樹を見上げた。
政樹は、地島と話しを弾ませている。
ちらりと砂山に目をやった。
真子と目が合った途端、砂山が優しく微笑んできた。
その笑みが、何となく怖かったのか、真子は政樹の後ろに身を隠す。

「??? お嬢様、どうされました??」

政樹が真子に振り返る。
真子は政樹の服をしっかりと握りしめ、少し震えていた。

「お嬢さん、すまないね。私の笑顔が怖かったようですね。
 ……ちょっと、ショックだなぁ」

笑いながら砂山が言う。

「大丈夫ですよ、お嬢様。この方々は……」

政樹は言葉を噤んだ。
真子が別の場所を見つめていた。
その場所に目をやると、そこには…。

「ありゃ? こんな所で逢うとは…何してる??」

栄三と健が居た。

!!! ちっ。…付けてたのか。

地島は気まずそうな表情をして、栄三と健の方に背を向けた。
政樹に、ちらりと目をやり、

中止だ。

と目で語る。政樹は目で頷いた。

「おっと、長話をしてしまいましたね。お時間を取ってしまい
 申し訳ありませんでした」

地島が言った。

「いいえ、こちらこそ」

政樹が応えると、

「では」

地島と砂山は、そう言って、車に乗って去っていった。
政樹は、地島の車を見送り、フッと息をつく。
振り返ると、真子は健とはしゃいでいた。

「お嬢様!! お二人はお仕事で…」

と言う口を塞がれた政樹。口を塞ぐ人物に目をやると、それは、栄三だった。栄三は、政樹の耳元で低く、そして、小さく呟いた。

「気をつけろよ…。奴らは砂山組の連中や。恐らく、お嬢様を
 狙ってたんだろうな。…まぁさぁちぃん〜」

なんですかっ!!

政樹は目で訴える。

「お前は格闘技…出来ないんやからなぁ」

栄三は、政樹の口から手を離す。

「どうして、こちらに??」
「仕事」
「???」
「ここ…一応、阿山組系の土地だからなぁ」
「…そうだったんですか……」

情報不足だったな…。

政樹は、少し項垂れる。

「…で、もし、あいつらにお嬢様が拉致されたら、どうするつもりだ?」

栄三が静かに尋ねてくる。

「追いかけます」
「…おや? 逃げるんじゃなかったのか?」
「それは、襲われた時ですよ!」
「追いかけて……逃げられたら?」
「どこまでも探します」
「…………お前には、まだ、探知機が付いてないだろが。
 無茶すんな。…だから、暫くは、遠出をするなよ。こっちが
 疲れるわぃ」
「すみませんでした。…その…」
「お嬢様が夏祭りを気にしてるのは、知ってるがな、
 その寂しさの変わりに遠出は、危険極まりない行動だぞ」
「以後、気をつけます」
「……健〜、お前なぁ…」
「だってぇ、綿菓子ぃ〜」

健は、真子から綿菓子の話を聞いたのか、栄三の言葉に、意味不明な言葉を返してきた。

「はぁ?!??」
「綿菓子、作れたっけ?」
「機械ないやろ」
「どこに売ってる??」
「…おいおいおい…健〜」
「お嬢様が綿菓子を食べたがってて…」

政樹が栄三と健の会話に割り込んできた。

「まさちん、お前……お嬢様に、夏祭りをどう伝えたんだよ」
「どうって…車の中から夏祭りの様子を見ただけですよ!
 祭り客の子供が、持っていた綿のようなものを説明したから
 その話になるんですって!!」
「買ってこいって」
「むかいんに作ってもらうと仰るから、その…どうしようかと…」
「…ったく、しょぉがねぇなぁ」

栄三が言った。
その途端、健の顔色が青ざめた。

「…って、兄貴……??」

栄三が『しょぉがねぇ』と口にした時は、何か想像も付かない事をする前触れ。
本部の裏庭にある池の話の時も、そういう言葉が出ていた。
その後に、池に水が張られ、鯉が泳ぎだした。
その昔。健がまだ、お笑いの世界に居た頃にも、その言葉が発せられたらしい。
遊園地を貸し切りに…。
ということは、栄三が何をしようと思っているのかは、手に取るように解ってしまう。

「お嬢様」

栄三が優しく呼ぶと、真子が笑顔で振り返る。

「なぁに?」
「明日、良いことがありますよ」
「良いこと??」

真子が首を傾げる。
もちろん、真子の側に居る健、真子を呼んだ栄三、二人のやり取りを観ている政樹は、真子のその仕草に、動悸が激しくなる。

「えぇ。楽しみにしててくださいね」

栄三はウインクをして、真子に言った。
そんな栄三の表情が意味することは、真子には解っていた。
嬉しそうな表情に変わり、そして、真子は大きく頷いた。

「あっ!!! えいぞうさん、健、仕事中なんでしょう!! こんなところで
 油を売ってたら、怒られるよ!!」

真子が促すように言うと、

「そうでした!! では、お嬢様、ドライブ、楽しんでくださいね!」

栄三が応える。

「俺、一緒にぃ〜」

と言う健の襟首を掴んで、栄三は

「では!!」

真子と政樹の前から去っていった。
真子は二人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

「びっくりしたね」

真子が言うと、

「えぇ、本当に、びっくりしました」

偶然とはいえ、まさか、あの二人が姿を現すとは…。

真子と政樹は、それぞれ、違った事で驚いていた。




地島運転の車が街の中を走っていた。

「……あの小娘には、常に誰かが付いてるようだな」

砂山が言った。

「偶然だと思いますよ。確か、あの辺りは阿山組の…」
「地島ぁ。知ってたのか?」
「いいえ。先程、組事務所を見かけましたから」
「もっと調べておけや」
「すみません。…しかし、先月までは違っていたはずですよ」
「……行動も早いんだな…。作戦を練り直すか…」
「そうですね、親分」

車は左に曲がる。

「……政樹……」
「ん?」
「……あいつ…何を考えてるのでしょうか…」

少し寂しげに、地島が呟いた。





真子と政樹は、無事に帰宅する。
そして、その夜、栄三は慶造の部屋に顔を出した。

「桂守さんから一通り報告は入ってる。…で、栄三自身、
 どう考えている?」
「別に何もぉ〜」

軽い口調は隆栄譲り。隆栄で慣れているとはいえ、慶造は、やっぱり項垂れる。

「もぉえぇって。…で、他には?」
「明日、綿菓子の機械が入ります」
「はぁ????」
「お嬢様のご希望です」
「夏祭りの影響だな。……それならな、栄三」

慶造は、指で栄三を招く。

「はい????」

思わず顔を近づける。

「耳」
「はい」

慶造に言われて、耳を向けた栄三。慶造は、何かをこっそりと告げた。





次の日。
真子が目を覚ます。
いつもなら、政樹が真子を起こしに来るのだが、この日は、全く起こしに来ない。
気になる真子は、ベッドから飛び降り、自分の部屋を急いで出て行き、隣の部屋の前に立った。ドアをノックしようと手を伸ばしたら…。

「お嬢様、おはようございます」

声を掛けられた。真子は振り返る。

「まさちん!! おはようございます」

真子が驚いたような声を張り上げた。

「どうされましたか?」
「その…いつもの時間に起こしに来られないので…その…」
「あぁ、すみませんでした。起こしにお伺いしたのですが、
 あまりにも熟睡されていたので…それと、昨日の事も
 ございますから、お疲れだと思い、お嬢様が自然に起きるまで
 …と思ったのですが…」
「もぉぉぉっ!!」

真子がふくれっ面になる。

「す、す、すみませんっ!!!」

政樹は、起こしに来なかった事を怒られたと思い、頭を下げていた。

「違う! まさちんに…何か遭ったのかと…思ったの!」

えっ??

真子の言葉に政樹は驚き、何も言えなくなった。


実は、真子を起こしに部屋をノックしようとした時、栄三に呼び止められた。



政樹は、真子の部屋の前に立ち、ノックしようと手を伸ばした。

「地島ぁ」

そう呼ばれて、声の方に振り返る。

「小島さん……はい???」

栄三が指で、招いていた。政樹は、真子を起こす時間なので、どうしようかと思わず躊躇ってしまう。

「お嬢様はお疲れだから、寝かしておけと、四代目から
 言われてるんだよ」
「そうですか。…昨日、連れ回しすぎましたね…反省します」
「それとは別でな、ほら、昨日、健に話してたろ、綿菓子」
「えぇ。確か、機械は今日、納入されるんですよね」
「その予定だったんだがな……それが、その…」
「まさか、キャンセルに?? それだとお嬢様が哀しみます」

…こいつ、いつの間に、そういう考えを持つようになったんだよ…。

栄三の眉間にしわが寄る。

「何か楽しいものを用意しないと…」

政樹は腕を組みながら考え込む。

「だからぁ、そうやなくて…こっちに来いって」
「ほへ?!」

政樹は栄三に腕を引っ張られて、別の部屋に連れて行かれた。




「どうしたの?」

政樹が何かを考え込んでいる事に気付いた真子は、優しく声を掛けた。

「いいえ、何も。それよりも、お嬢様」
「はい」
「ちゃんと顔を洗って、着替えてください」
「だって、まさちんが…」
「私は、大丈夫ですよ。この通り、元気です。お嬢様は、どうですか?」
「私も元気だもん! では、着替えてきます。ご飯…」
「むかいんに伝えてます。お嬢様が起きたら直ぐに御用意できるように
 準備してるそうです」
「では、直ぐに食堂に行きます!!」
「かしこまりました…!!!」
「言葉っ!」
「すみません!!」

どうしても、真子から蹴りをもらってしまう、政樹だった。



真子は朝食を済ませた後、部屋に戻り、少しばかり読書をする。
その間、何やら本部内で組員が忙しく動いていた。真子は気になりながらも、読書に集中する。

忙しさが治まった。それと同時に、祭り囃子が聞こえてきた。
真子は囃子が聞こえる方に目をやった。

祭り……??

その時、真子の部屋に、政樹が尋ねてきた。

『お嬢様、お時間よろしいですか?』

ドア越しに政樹の声が聞こえた。真子は本を置き、ドアを開ける。

「大丈夫だけど…なぁに?」
「こちらへどうぞ」

真子に手を差しだした政樹。それは、女性をエスコートするかのような仕草。
真子には、まだ早いが、そんな事には気付けずに、真子は政樹の手を握りしめた。

「何処に行くの??」
「池の庭ですよ」
「???」

政樹の言葉に首を傾げる真子だが、政樹の巧みな誘いに付いていく。


池のある庭に面した廊下にやって来た。
先程、耳にした祭り囃子が大きく聞こえてきた。
庭に目をやると、そこには、色々な屋台が並んでいた。少し高い場所に、提灯が灯っていた。
昨日、政樹の車の中から観ていた祭りの風景が、そこにあった。

「へい、らっしゃいっ!」

元気よく真子に声を掛けたのは、栄三だった。

「えいぞうさん、どうしたの、その格好!」
「これですか? 綿菓子屋さんですよ」
「あっ! 綿菓子ぃ!! 今日、機械が来るって………それなの!?」
「そうですよ。それだけじゃつまらないと思って、こうして
 屋台も持ってきましたぁ!」

栄三が披露する屋台こそ、夏祭りそのもの。
綿菓子だけでなく、焼きいか、リンゴ飴、金魚すくい、ヨーヨー釣り、当たりくじなど、池の庭をぎっしりと埋め尽くす数々の屋台。真子は驚き立ちつくした。

「少し狭くて、静かですが、夏祭りの雰囲気を味わってください。
 遅れましたが、今年の誕生日プレゼントです」

栄三が優しく微笑んで、言った。

「…まさちん……いいの? 降りて…いいのかな…」
「お嬢様の夏祭りですよ。楽しんでください」
「…うん!」

真子の笑顔が輝いた。
政樹は、思わずドキッとする。
そんな政樹と繋いでいた手を離し、真子は庭に降りていった。
まずは、栄三の綿菓子屋へやって来る。

「お嬢様、おひとつ如何ですか?」
「ください!」
「では、しばしお待ち下さい」

そう言って、栄三は、綿菓子を作り始める。
何やら、大きな音がした。すると、機械の輪の中に、白い物がたくさん出てきた。

「これは??」

真子が興味津々に尋ねる。

「これが、綿菓子ですよ。これを、この割り箸でこのように
 クルクル………っと取っていくんですよ。そして、形を
 作っていきます」

栄三の手さばきに、真子は見とれていた。

「お嬢様、やってみます?」
「いいの?」

真子の眼差しは、爛々と輝いている。
栄三に手渡された割り箸で、真子は綿菓子を作っていく。
更にランランと輝く真子の眼差し。
かなり大きな綿菓子が仕上がった。
真子は、綿菓子に顔を近づけ、一口かじる。真子とは反対側から、栄三が綿菓子をかじった。

「あぁ、えいぞうさぁん、駄目ぇ、これ、私のぉ!」
「これだけあるんですから、一口くらいぃ〜」
「えいぞうさんの一口は、大きいんだもん!!」
「小さめにしてますよ!」

笑い声が広がった。

「リンゴ飴…?」

凄く甘い香りが漂っていた。

「まさちん、これ、食べた事ある?」

少し離れた場所で真子達を見つめていた政樹に声を掛けると、

「綿菓子以上に甘いですよ」

優しく応えてきた。
真子が政樹を手招きする。少し躊躇ったものの、政樹は真子に近づいていった。

「金魚すくいしてぇ」
「私が…ですか??」
「うん!」

真子に言われて、政樹は金魚すくいを始める。
そんな仕草でもドジっぷりを見せる政樹だった。




池のある庭から、笑い声が絶えずに聞こえてくる。
慶造は、自分の部屋で真子の笑い声を耳にしながら、書類に目を通していた。
側には勝司が座っている。

「勝司も楽しんでこいよ」

慶造が静かに言うと、

「お嬢様の夏祭りですから、私は遠慮致します」
「大勢の方が楽しいだろうが」
「…栄三からのプレゼント…それで、よろしいんですか? 本当は…」
「その方が、真子は遠慮しないだろ?」
「そうですね」

沈黙が続く。

「桂守さんから連絡があった時は驚いたよ」

急に話し出す慶造に、勝司は顔を上げた。

「…真子を拉致して、俺に仕掛けるつもりなのかな…」
「その辺り、調べておきましょうか? …それとも、地島を締め上げましょうか?」
「それだけは、やめておけ。地島政樹の噂は、勝司も耳にしただろが」
「はい。…敵に容赦ない。死寸前まで叩きのめす。目にも止まらぬ早さで
 拳や蹴りを繰り出す。そして、武器は一切使用しない」
「そんな男を締め上げたら、こっちの戦力が落ちる」
「では、徹底的に調べ上げることに致します」
「いいや、それもやめておけ」
「四代目! お嬢様に、もしもの事があったら…」
「…真子の笑顔を失いたくないだけだ」

静かに言った慶造に、勝司は何も言えなくなる。

「真子と過ごしていて、実行できるような男じゃないさ…」

優しい笑みを浮かべて、慶造が言った。

四代目…どうして、そこまで、地島のことを…。

勝司は、慶造の笑みを観て、不安に感じていた。
真子の笑い声が、聞こえてくる。
その声を耳にしながら、慶造は、嫌な事務処理を続けていた。

「勝司ぃ」
「駄目です」
「ちっ…」

慶造が言う前に、言葉を発する勝司。
いつの間にやら、身に付けた。まるで、春樹のような……。




その春樹は……。


栄三が隆栄に伝える、真子のこと。
それをそのまま春樹に告げる隆栄。
少しでも、真子の情報を春樹に言わないと、春樹が想像できない程の行動に出てしまう可能性がある。現に、何度も何度も、危険極まりない行動に出ていた。和輝や霧原が行動に出る前に、春樹の行動がある。それには、二人とも驚いていた。
春樹の素早さに、益々拍車が掛かる。
もう、誰も、春樹を停めることは出来ないだろう。

そこへ、飛び込む情報に、春樹の表情が険しくなった。
探していた情報。
しかし、それは、思いもしない方へと走っていった。

「…真北さん…どうしますか?」

隆栄が、いつになく真剣な眼差しで尋ねてきた。
春樹は、暫く目を瞑り、目を開けたと思ったら、立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせた。
何か深く考えている。
春樹が深く考える時の癖だった。

「これは、桂守さんの方が詳しいですよね」
「そうですね。経験者と仰ってますから」
「だけど、あまり公にできない」
「誰もが信じないでしょうから」
「……そうですよね……」

春樹は、大きく息を吐く。

「もう少し、深く調べましょうか?」

霧原が言うと、春樹は首を横に振った。

「これ以上は、止めた方が……」
「真北さんが仰るなら、ここで止めておきますよ」
「えぇ。そうしてください。ありがとうございます」

と言ったものの、春樹は、煮え切らない表情をしていた。





たった一日だが、真子の夏祭りが終わった夜。
慶造と栄三が珍しく、一緒に縁側に座り込んでいた。
慶造は煙草をもみ消した。

「真子が喜んで、良かったよ」
「お嬢様…御存知でしたよ。四代目の意見だということを」
「やっぱり…な」
「御一緒なさらなくて、良かったんですか?」
「事務処理がたまる一方でな。真子の笑い声が聞こえてきたから、
 それだけで、和んでいるのが解ったから、……いいんだよ」
「…地島が来てから、お嬢様の笑顔が増えました。…悔しいですよ」
「本音か?」
「えぇ。……ほんの一ヶ月で…」
「どんなことがあっても、真子はお前のことが一番だぞ」
「それは、くまはちでしょう?」
「どうだろうな。……真北の次に…長いだろが」
「えぇ。お嬢様には、嫌われてるようですけどね」

栄三は苦笑い。

「それは、もう一つの真子だろが」
「今年は……」
「…現れなかったけど、赤い光の気持ちは…変わってないだろうな」
「四代目だけでなく、私に対しても……。…お嬢様の隠れた思い…
 怒り……でしょうね」

その言葉には、寂しさが含まれていた。
慶造は、少し項垂れた栄三の頭を思いっきり撫でる。

「ちょ、四代目!! 何をするんですかぁ!」
「たまには、ええやろが」
「俺は、もう、大人ですって!」
「だから、たまには…だ」
「ったく…」

嫌がっていたわりに、慶造の優しさが伝わったのか、栄三は抵抗することを止めた。

「で、真北は歯止め…効いたのか?」
「無理だったようですね」
「今日のこと…伝えてるのか?」
「すでに」
「しかし、小島も、あの体で…」
「俺も不思議なんですよ。四代目になら解りますが、
 なぜ、真北さんなのか。……一応、個人的な思いで
 向こうに行ったでしょう? その手伝いをするとは…」
「それも、真子の為だぞ。…知らないのか?」

栄三は驚いたように目を見開いた。

「知りませんでした…」
「真北に、もしものことがあったら…」
「…お嬢様が悲しみます…それに、…もしかしたら…」
「俺の想像を絶する程の行動に出るかも知れない…。
 俺の血を引いてるだけに、…そこが、怖いんだよ…」
「四代目…」

沈黙が続く。

「地島は?」

慶造が突然口を開く。

「今日はオールナイトの日ですから、映画館ですよ」
「本当に、我慢してたんだな……」
「まさか、趣味だとは…」
「それも、公開している映画を全て観ないと気が済まないって、
 そこまで神髄したら、趣味じゃないだろな」
「体の一部…でしょうね…」
「……で、明日は家でゆっくり、その後は、またドライブか…」
「予定変更も、素早いですね……あれは、絶対、女性の扱いに
 慣れてますよ。…今度、連れて行きます」
「真子には知られるなよぉ」
「心得てます!」

力強く応える栄三だった。




その頃、オールナイトの映画を見終えた政樹が映画館から出てきた。
少し遅れて、地島が映画館を出てくる。
映画を観ながら、これからの作戦を練っていた二人。
果たして、どのような行動に出るのか。
それは、まだ、阿山組には知られていなかった。




栄三の言葉通り、政樹は真子をドライブに連れて行く。
夏休みの間、三日に一度の割合で、ドライブに行く二人。
その先々に見かける砂山組組員の姿と、桂守、栄三、健の姿。

「まるで、えいぞうさんを探してるみたいだね」

夏休みが残り一週間になった時、ドライブ先で出逢った栄三に言った真子。
それらの行動の隠された思いを知らない真子の無邪気さは、
ほんの少しだけ、栄三の心を和ませていた。



(2006.6.25 第八部 第十四話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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