任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十八話 危険人物、要注意?!

あの事件から、十日が経った。
真子の夏休みも残すところ、あと三日。
政樹の体調も良くなり……。


阿山組・医務室。
政樹は診察を終え、シャツのボタンを閉め始める。

「もう二度と、四代目の拳と蹴りは受けないように」

美穂は念を押すかのように、政樹に言う。

「以後、気をつけます」
「……今回のような襲撃だと、気をつけても難しいよねぇ。
 栄三に鍛えてもらう?」
「お断りします」
「本当に格闘技や喧嘩…嫌いみたいね」
「えぇ。……痛いですから」

政樹の言葉に納得したように頷く美穂は、カルテを書き終えた。

「真子ちゃんは部屋に居るみたいよ」
「ありがとうございます」

そう応える政樹は、何やら暗い表情をしていた。

「…どうした? まさか、まだ痛むところがある…とか?」

美穂の眼差しが鋭くなる。

「いいえ、…その…。ここ数日、お嬢様の様子が
 いつもと違っているので、気になりまして…」
「そうね…それは、私も感じていたけど、でも…」
「…でも??」
「あの雰囲気は、ちさとちゃんが亡くなった頃に
 見られたものと同じだから、恐らく……」

美穂は、政樹に真子の考えを伝えた。
政樹は真剣な表情で、美穂の話を聞いていた。



その頃、真子は、くつろぎの庭に出て、青々としている桜の木を見上げていた。
八造が大阪に行ってからは、庭木の手入れは、再び修司が行っている。
それは、真子が知らない間に行われている為、真子は気付いていない。
八造が居なくても、心が和む庭木に驚きながらも、その場でくつろいでいた。





向井が、買い物袋を二つ片手に持って、とあるマンションの玄関前にやって来た。
オートロックの鍵は持っている。しかし、なぜか、開ける気が起こらない。
ため息を吐き、壁にもたれ掛かった。
マンションの住民が、何人か行き来する。
顔見知りの人とは、会釈するだけ。
ドアが開いていても、中に入ろうともしない向井は、ふと顔を上げた。

「……………鍵…持ってるだろ?」
「…ん…まぁ、持ってるけどな」
「何も、ここで待たずに、部屋に行っておけば…」
「何となく…ここで待ちたかっただけ」
「……相談に乗るぞ。…っと、その前に、お嬢様の様子は!!」

先程までのんびりと話していたが、真子のことを尋ねた途端、血相が変わる。

「ちゃんと伝えるから、手ぇ離せって、ぺんこうっ!」
「…あっ、すまん……つい」

そう言って、向井の胸ぐらを掴み上げていた手を離し、芯はマンションのオートロックを解除した。



芯と向井は、エレベータに乗る。
何も話さず、上昇する。
芯の部屋がある階に到着し、二人は降りていく。そして、芯の部屋へと入っていった。



向井は、食材を冷蔵庫にしまい込む。その間、芯は飲物を用意していた。
テーブルに二人は向かい合って座る。
カップの音が小さく聞こえる程、沈黙が続いていた。

「お嬢様に、また……守られた…」

向井が小さく呟いた。

「それが、お嬢様だからな」

芯は珈琲を一口飲む。

「例のお世話係が、四代目に滅多打ちされてな…」
「ご愁傷様だな、そりゃ」
「あの場所に、俺も居たのに、俺には何も…」
「まぁ、そうだろ。それこそ、お嬢様の怒りに触れる」
「……お嬢様……また…笑顔を失ってしまった」

向井の言葉に、芯は動きが停まった。

「電話では、いつものように…」
「いつものように、振る舞ってるだけみたいだよ。…俺の……」
「俺の???」
「俺の……料理を口にしても、喜んでくれない……。いつものように
 いただきます、ごちそうさま…そう仰ってくださる。笑顔もある。
 だけど、以前のような喜びを感じなくなった。……それも
 あの事件の後から…。……俺、やはり、あの時に……あの…感情を…」

向井の声が震えた。その途端、向井はテーブルに突っ伏した。

「どうしたら………許してもらえると思う…? なぁ、ぺんこう」

そう言って、顔を上げた向井の目は、潤んでいた。

「…………お嬢様の心配は、それじゃないと思うけどな」

芯が静かに語り出す。

「きっと、誰にも言えない何かを、心に秘めたんだと思う。
 だから、これは、お嬢様ご自身で解決していただくしかない。
 いつものことだろ?」
「…前みたいに、休みの日は、逢ってあげたらどうだよ」

向井の言葉に、芯はグッと口を噤んでしまった。

「いくらお前でも、小学六年生の少女に手は付けないだろ?」

その途端、芯の顔は赤くなり、

「むかいんっ!! お前なぁ、解ってて、それ、口にするのかっ!」

慌てたように怒鳴ってしまう。

「すまん……」

小さく応えて、向井は再び突っ伏してしまった。

「……重症だな……」
「生き甲斐……無くしそうだよぉ〜……」
「ったく。…それとなく、お嬢様に聞いてみようか?」
「応えてくれないって…」
「それなら、久しぶりに会いに行けば、いいだろ?」
「大丈夫なのか?」
「むかいんが一緒なら、大丈夫だって。…と言うものの、
 手を付けそうなら、停めてくれよ」
「自信…ないのか?」
「…ま、まぁ……そうだな…」
「おいおい…」



そして、向井と芯は、阿山組本部へと向かって歩き出した。





阿山組本部。
政樹は、自分の部屋でくつろいでいた。
真子に復帰を伝えようと思ったが、くつろぎの庭に居る真子に、声を掛ける事が出来なかった。
誰も話しかけてはいけない雰囲気が、真子の居る場所に漂っていた。それを感じた政樹は、そっとその場を去り、自分の部屋に入っていった。
真子に心配を掛けさせたくないという思いがあったものの、美穂に言われた期間をきちんと守り、無事に医務室から出てきた。
しかし、映画を観に行くほど、体力は回復していない。
美穂には、大丈夫だと言って、誤魔化していた。
本当は大丈夫ではない。
慶造に蹴りを入れられた場所は、まだ疼く。
真子が日に日に暗い表情になっていくことが、気がかりだった。

政樹は、ベッドに寝転んだ。
ふと視野に飛び込んだ、真子からもらったクッション。
車の後部座席に置いたままだったのに、部屋に置かれていた。

誰が…?

気になったものの、政樹は眠気に襲われ、眠りに就いてしまった。




真子は、人の足音に目を開けた。
しかし、その目を急に何かに塞がれた。

「!!! もぉ、ぺんこうぅ!」
「あれ? ばれましたか?」
「解るもん」

真子が応えた途端、真子の目を塞いでいた手を離す芯。
真子の目に、芯の素敵な笑顔が飛び込んできた。
その途端、真子は急に涙を流し、芯に飛びついた。

「ぺんこうぅ〜っ!!!」
「お嬢様。ったく……また…」

また、心に秘めて、お一人で悩んでましたね?

芯は心で語りかけた。
真子がしがみつく腕に力を入れた事で、真子の思いが伝わってきた。
芯は、真子の頭を優しく撫でる。

「むかいんが、心配してましたから」
「ごめん……な…さい……むかいん…」
「あっ、いや……」

と口にする向井は、芯を思いっきり鋭い眼差しで睨み付けていた。
思わず苦笑いする芯。



庭のテーブルに、オレンジジュースとアイスコーヒーが並ぶ。
真子は、泣きやんでいた。

「事件の事は、耳にしてます。お世話係の人が、怪我をしたのも
 耳にしましたよ。…お嬢様が、何を悩んでいるのか…詳しくは
 解らないので、こうして…思わず…心配になって…」
「ごめんなさい。…忙しいのに…」
「お嬢様の為なら、時間は、たっぷりと用意しますよ」
「ありがとう。…………」

真子は、口を噤んで下を向いてしまった。

「お嬢様。そうしていると、また、周りが心配しますよ?」

少し強めの口調で、芯が言うと、真子は膝の上で拳を握りしめた。
打ち明けるべきか、このまま心に秘めるべきか。真子は悩んでいた。
しかし、芯には打ち明けたい。
そういう思いが強かった。
打ち明けることで、少しでも周りに心配掛けることは無くなる。そう思った途端、真子は意を決したような表情をして、芯を見つめた。

「あのね、ぺんこう……」

真子は心に秘めた思いを、静かに語り出した。





政樹は、フッと目を覚ました。時計を見ると、午後四時を回っている。

しまった…眠っていた…。

勢い良く起き上がり、部屋を出ようとドアノブに手を伸ばすと、ドアがノックされた。

「はい」
『真子です。まさちん、大丈夫?』

政樹はドアを開けた。
そこには、真子が心配そうな表情で立っていた。

「お嬢様…」
「ごめんなさい…寝てた?」
「ちょうど起きた所です。…すみません、部屋に戻ったっきり
 何も…」

真子は首を横に振った。

「大丈夫。ぺんこうがね…来てくれたの」
「…そうですか…」

そういや、ぺんこうって名前、時々出てくるよな。
前の家庭教師だって言ってたっけ。

「あの……まさちん」
「あっ、はい」
「元気の付く料理を、むかいんにお願いしたの。食欲…ある?
 美穂さんから、あまり食べてないって聞いたから…その…、
 胃に優しい料理なのですが……」
「お嬢様、ありがとうございます。その…」
「どうしたの? 何か希望があるの?」

真子は、そっと首を傾げた。

「あっ、いえ、料理の事じゃなくて、その…クッションなんですが…」

真子は政樹の部屋をちらりと覗き込む。部屋の中央に、真子がプレゼントしたクッションが置かれていた。

「車の後部座席に置いたままだったんですが、医務室から戻ると
 あのように、クッションが部屋に置かれていたんです」
「駐車場係の人が持ってきたのかな…」
「駐車場係の人は、ここには足を運ぶ事はございませんよ」
「そうですね……誰だろう。私は違います」
「では、むかいんに尋ねてみます…と、お夕食は…」
「お腹空いたなら、直ぐに出来ると思うよ。むかいんだから」
「そうですね。では、すぐに。行きましょうか」
「はい!」

真子が笑顔で返事をした。

あれ? 元気…無かったのにな…。
気のせいだったのかな…。

そう思っていると、急に手を引っ張られた。

「早くぅ!」

手を引っ張ったのは、真子だった。

「すみません」

政樹は真子に引っ張られて食堂へと向かっていった。



食堂では、夕食の準備で調理担当の組員が忙しく動いていた。その中で、真子達が使うテーブルには、すでに料理が並んでいた。どのおかずも、消化しやすい感じのものばかり。それに見とれていると、向井が新たな料理を運んできた。

「元気になったかぁ?」

向井がテーブルに料理を並べながら尋ねてきた。

「まぁ、少しばかりは……。向井さん、いくらなんでもこの量は…」
「ん? 消化しやすから、たくさん食べそうだと思ったけど、
 本調子じゃないのか?」
「いや、大丈夫だけど…お嬢様も…これ?」
「そうだよ」

そう言って、向井は厨房へ戻っていった。

「お嬢様、別に私と同じ料理じゃなくても…。もしかして、
 調子が悪いのでは?」
「大丈夫! まさちんと同じものを食べたいから、お願いしたの!」
「そうでしたか…すみません」
「食べよう!」
「はい」

二人は席に座り、

「いただきます」

そう言って、箸を運んだ。





午後六時過ぎ。
真子は先に食堂を出て、自分の部屋でくつろいでいた。
政樹は、向井と一緒に後片づけを終えた所。
濡れた手の水分を拭き上げている時、

「向井さん」
「はい」
「実は、私の部屋にあるクッションなんですが、あれは、
 向井さんが置いてくださったんですか?」
「そうだよ。お嬢様からもらったと言ってたろ。その後、あれだったろ」
「えぇ」
「駐車場係の組員が、後部座席の袋を気にしててな、それで」
「そうでしたか。どうもありがとうございます」
「お嬢様からもらったんだから、大切にしろよ」
「言われなくても、そういたしますよ」

政樹は微笑んでいた。

「それと…その…お嬢様が仰ったんですが、前の家庭教師の…
 ぺんこうさんが来られたと…」
「近くまで来たからって、様子を見に来てただけだよ。ほら、
 一応、例の事件のことも耳に入ったらしくてな、気にしてて…」
「そうですか…」
「…気になるのか?」
「まぁ、少しばかりですが…。日に日にお嬢様の元気が無くなっていくので
 凄く気にしていたんですが、先程は、いつもの笑顔だったので、その…
 どんな魔法を使ったのかと思いまして…」
「魔法は使ってないよ。ただ、悩みの相談をしていただけ」
「そうですか…悩みなら、私にも…」

……その悩みの種が、地島だって、言えないよなぁ。
てか、言ったら、どうなるんだろ…。

「まだ、そこまで、心は開いてくださらないのかな…」

って、俺、何を口にしてるんだよ。
あっ、兄貴と連絡してない……。
心配してるだろうな…。

向井と政樹は、それぞれ相手を見つめながら、色々と考え込んでいた。

言ってみようかな…地島に。

兄貴と連絡……どうしようか…。

そんな二人を横目で気にしながら、組員達は夕食を済ませていく……。






政樹は真子の部屋に行き、寝る用意をさせ、そして、寝かしつける。
物語を少しばかり語り、真子が眠ったのを確認してから部屋を出て行った。
自分の部屋に戻ってきた政樹は、ベッドに寝転び、そして、考え込む。

自分が医務室に居た間、地島と連絡を取っていない。
何か遭ったのでは…と心配してるかもしれない。
どのように、連絡を取るか。
それを考えていた。

でも…なぁ…。

時々過ぎる思い。それは、この作戦を実行したくないという思い。
真子が心を開いてからは、その思いが更に強くなっていた。
お礼と言って手渡されたクッションに目をやる。

守りたい…か……。

そう思いながら、政樹は眠りに就いた。





「今日で二週間だぞ。…まさか、何か遭ったんじゃないだろうな」

少し口調を荒げて、地島が砂山組組員に尋ねた。

「何か情報は? 阿山組内で、何か無かったのか?」
「十日前に、商店街の駐車場での事件があったらしいです」
「誰が襲われた?」
「娘のボディーガードの小島ですね」
「…政樹は一緒に行動していたのか?」
「そこまでは…」

組員の言葉に、地島のオーラが変化した。

「調べてこいやっ!!!」
「す、すんません!! 直ぐに調べてきます!!」

組員は慌てて事務所を出て行った。
地島は、大きく息を吐き、ソファにふんぞり返った。
そこへ、砂山が入ってくる。地島は慌てて姿勢を正し立ち上がる。

「政樹から連絡あったのか?」
「いいえ、まだ…」
「まさか、政樹の奴…阿山の娘を守って命を落としたんじゃないだろな」
「えっ?」
「十日前、娘が狙われたらしいな」
「ボディーガードの小島じゃなくて??」
「あぁ。娘を守りに小島が来たという話だ」
「ったく、あいつは…」

先程の組員の情報の悪さに苛立ちを見せる。

「政樹が…どれだけ有能だったのか…解るだけに…」

呆れる地島は砂山は微笑んでいた。

「お前の育て方は、政樹もあいつも同じだろ。本人の資質だな」
「そうですか……しかし、政樹の奴…」

と地島が口にしたときだった。
事務所の電話が鳴り、組員が応対する。そして、

「兄貴、政樹さんからです」

と伝えた途端、地島は受話器を奪い取った。

「こるぅらぁ、政樹っ! 連絡を怠るな!」

地島が怒鳴ると、砂山が呆れたような表情を見せた。

「お前が連絡するなと言ってただろうが…ったく…地島、落ち着け」
「…そうでした。……すまん、政樹。…何が遭った?」
『阿山慶造の鉄拳を受けて、寝込んでました』
「自分一人で殺ろうとするなと言っただろが」
『いえ、そうではなくて…お嬢様が狙われて、その事で
 叱責されただけです』
「政樹に手を挙げるとは……これは、早急に実行するしかないな」

受話器の向こうが静かになった。

「政樹、どうした? …それよりも、今、何処だ?」
『出先です。…申し訳御座いません、その人が来ましたので』
「あぁ。…政樹」
『はい』
「近々実行に移す」
『かしこまりました。では、こちらから仕掛けますので、
 実行するまで、姿は見せないでください。では、失礼します』

その口調で、何かを嫌がっているのが解る地島は、何かを告げようとしたが、受話器からは一定の音が聞こえてきた。

「政樹…阿山には手を挙げなかったんだな」

砂山が静かに言う。

「そのようですね。いつもなら、敵が手を出す前に、敵を倒していましたから」
「政樹自身も、我慢の限界が来てるんじゃないのか?」
「可能性はありますから、本当に、例のことを早めましょう。
 政樹の奴、何か妙な思いを抱いてそうですよ」

再び電話が鳴った。応対した組員が地島に電話を繋ぐ。相手は、先程、事務所を出て行った組員だった。

『今、阿山組本部の近くにいます』
「馬鹿野郎、そんな危険な場所まで出向くなっ!」
『すんません。その…俺の連れの知り合いが、阿山の下足番で…』
「そんな輩からの情報は当てにするな」
『それが、政樹さん…外出されました』
「そうだろうな。さっき出先から連絡あった。阿山の怒りを買って
 鉄拳を受けて寝込んでいたそうだ。それだけ解ったら、もういい。
 危険だから戻ってこいっ…てか、お前…早すぎる」
『チャリ…飛ばしましたから』

チャリかよ…。

「で、情報掴めたのか?」
『はい。嫌がる娘を連れて、外出したそうです』
「無理矢理外出?」
『えぇ。今、遊園地に居ると思われます』
「遊園地…?」






真子と政樹は、遊園地に来ていた。
夏休み最後の日。
なぜか遊園地に行くことを激しく拒んだ真子を、政樹は優しく声を掛けて、他の阿山組組員達を威嚇してまで、半ば強引に連れ出した。
やっとの思いで外に出た。
その隙に地島に連絡を入れた。
取り敢えず、自分の無事を連絡しなければ。そういう思いからだった。
真子を連れ出したのも、そのチャンスを得るためでもあった。
しかし……。


「ねぇ、まさちん、まさちん!」
「はい!」

あれだけ、外出を嫌がっていた真子は、遊園地に到着した途端、今までに無いはしゃぎっぷりをみせていた。それには、流石の政樹も驚いた。地島に連絡を入れた後に見た、真子の笑顔。それが、政樹の心を変えさせた。
地島の言葉が気になっていた。

近々実行に移す。

政樹はため息を付いた。

「…まさちん、疲れたの? …まだ、来たばかりなのに…」
「すみません。その…お嬢様の変わり様に驚いたのと、
 強引に連れてきたのではなく、お嬢様の作戦だった…とか、
 色々と考えてしまいまして…」

政樹の言葉を聞いた途端、真子は急に暗い表情に変わった。

「わっ!! すみません!! お嬢様、その…そういうことではなくて、
 あの、…その……」
「……何も…ないよね…」
「はい???」
「この間のような事…もう、ないよね。…ここでは、ないよねっ!!」

真剣な眼差しで、真子が尋ねてくる。
その表情は、とても、小学六年生とは思えないものだった。
政樹は、温かく微笑み、真子の頭をそっと撫でる。

「お嬢様。大丈夫ですよ。慶造さんから許可いただきましたから。
 もし、敵が来たら、その時は、お嬢様を安全な所に連れて行き、
 そして、敵を倒しに行きます」
「まさちん。…それでも、もしものとき…」
「ご安心を。私は、そう簡単に倒れませんから」
「……お父様に殴られて…その後、私が抱きしめたら……
 気を失ったのに??」

ちょっぴり意地悪っぽく言う真子に、政樹は項垂れた。

「それは、言わないでくださいぃ〜っ!!!」

その口調が、あまりにも滑稽だったのか、真子は突然笑い出した。

「お、お、お嬢様??」
「ごめんなさい、まさちん。…だって、すごく落ち込んだというか、
 なんというか……面白いんだもん」
「……ひどいですよ、お嬢様…」
「あっ、……ごめんなさい。…でも、本当に……」
「大丈夫ですよ。ご安心を」

政樹の言葉は力強かった。真子は安心したのか、

「うん!」

子供らしい笑みを浮かべて、返事をした。
政樹の心臓が、一瞬、高鳴った。
それをグッと堪えて…。

「何に乗りますか?」

政樹は尋ねた。

「えっとね……メリーゴーアラウンド!」
「かしこまりましたぁ」
「ぐるぐる回すよぉ〜!!」
「…いっ?! …って、ちょっと、お嬢様、それは……目が回りますよ!!」
「大丈夫なんでしょう!」
「その大丈夫じゃないですから!! だから、お嬢様ぁぁ!!」

真子に引っ張られて、政樹は歩き出す。
真子の張り切りように、政樹は自分が付いていけるのか、ちょっぴり不安になっていた。





地島と砂山が、遊園地の入場券を買い、ゲートをくぐっていった。
不似合いな二人。

「……政樹に連絡付けたら、すぐに出るぞ」

それに気付いたのか、砂山が短く、そして、素早く言った。

「解っております」

地島も、解っていたらしい。

「…何も、遊園地の中で連絡取り合わなくてもいいだろが」
「今日は、二人だけらしいですから、チャンスがあるかもしれませんよ。
 そうすれば、即、実行に移せます」
「だから、急いでいたのか、地島」
「えぇ。……ところで、二人はどこに居るんだ?」

地島と砂山は、政樹の姿を探しながら、遊園地内を歩き始めた。
客を一人一人見ながら、奥へと向かっていく。
ジェットコースターのレールの下を通り過ぎる。頭の上をジェットコースターが大きな音を立てて過ぎていった。地島はコースターを目で追った。その視野に、一人の女の子がコースターを指さす姿が映った。その女の子と一緒にいる男性が、ジェットコースター乗り場の入り口で、女の子の身長を測っていた。そして、女の子の手を引いて、中へと入っていく。

「………見つけた」

地島が呟き、指を差す。

「政樹……変わったな…」

笑顔を真子に見せながら階段を昇っていく政樹を見て、砂山がそっと言った。
二人は、政樹と真子の動きを目で追っていた。
政樹は、真子の安全ベルトを装着する。そして、何かを話していた。

「娘が一緒だと、連絡取れないだろが」
「大丈夫ですよ。そういう時のために、以前から、決めてますから」

そう応えて、地島は上昇していくジェットコースターを見上げていた。
少し甲高い口笛を短く吹く。
その音に反応したのか、政樹の表情が少し変わった。
政樹と目が合ったことが解った地島は、軽く指で合図をする。
政樹は軽く頷いた。
そして、コースターは、下り坂へ向かっていった。

「…………政樹、あぁいう乗り物、大丈夫だったのか?」

砂山が不思議そうに尋ねてきた。

「数多く付き合っていた女と一緒に遊びに行ったことは
 あるでしょうが、…小学生とは初めてでしょうね」
「兄妹に見えるよな」
「仲の良い兄妹ですね」
「……寂しいのか?」

地島の返事に寂しさを感じたのか、砂山が少しからかうように言った。

「まぁ、少しは」

そう応える地島だった。
コースターが頭上を通り過ぎた。
政樹と真子が乗ったコースターが乗り場に戻ってきた。そして、客が乗り降りする。コースターを楽しんだ客が、階段を下りてきた。出口から出てくる客の中に、真子と政樹の姿もあった。二人は、兄妹というよりも、歳の離れた恋人同士という雰囲気を醸し出していた。
少し焦ったような政樹を、真子が見上げる。その真子に笑顔を見せる政樹を見て、地島がフッと笑った。

「ったく、ありゃ、天性だな。年齢なんか関係ねぇなぁ」

政樹がちらりと振り向いた。真子も政樹に釣られて振り向いてくる。
政樹は真子に何かを告げ、少し離れた場所にあるベンチに真子を座らせて、ゆっくりと歩いてきた。
政樹は、地島と砂山が立っている場所の近くにある自動販売機の前に立った。

「まるで恋人同士だな」

地島が、さりげなく声を掛けた。しかし、政樹は真子の方を観ている。
政樹は、自動販売機に小銭を投入した。

「政樹、そろそろどうや?」

オレンジジュースのボタンを押した。
取り出し口に、ジュースの缶が出てくる。

「…兄貴、実行するまで、姿を見せないようにと
 申したではありませんか」
「まぁな」

政樹は、珈琲のボタンを押した。

「でも、今日辺り、いいだろ? 今がチャンスだ」

地島が言った。

「駄目です。今日は組の者も、ここに来ていることは知ってます」

それに、夏休み最後の日に…実行はしたくない。

政樹は、取り出し口に出てきた缶を二つ手に取った。

「なら、駄目だな」

地島が呟くように応えた。
政樹は、真子に振り返った。
ちょうど、パレードが始まり、少し離れた道を遊園地のキャラクター達が、園内の客に笑顔を振りまいている。真子は、それを楽しそうに見つめていた。

「ガキだ。簡単に連れ去ること、出来るだろ? 抱えるくらい、容易い」
「そうですが、お嬢様の力は想像以上のものですよ。あぁ見えても、
 かなり体は鍛えられてますよ。一筋縄ではいきません」
「油断大敵…その手しかないってことか。政樹、お前の思うとおりに
 行動しろ。そして、実行する日に、連絡をよこせよ。政樹、頼んだぞ」

政樹は、地島に軽く頭を下げて、真子の所へと駆け戻っていった。
地島と砂山は、すぐにその場を去っていく。
まさちんが振り返った時には、二人の姿はすでにそこになかった。
真子にオレンジジュースを手渡した。

「パレード終わっちゃったよ」
「側で見たかったですか?」
「ここの方が安全だから。ここからでも、楽しく見ることできたからいいよ」

真子がニッコリと微笑んでくる。
しかし、少し暗い表情もあった。
政樹は気になったが、

「あのね…」
「はい?」
「…ううん。何でもない」

真子は、そう言って、オレンジジュースを口にした。

お嬢様…何か御座いましたか…?

政樹は真子の言葉が気になりながらも、珈琲を一口飲む。

実行……か。
兄貴、しびれを切らしてるだろうな。
でも……。

兄貴である地島との約束と真子の笑顔の狭間で、政樹は悩んでしまう。
視野に飛び込んできた園内の時計塔。
時刻は、帰る時間を告げた時刻に迫っていた。

「お嬢様、そろそろ帰りましょうか?」
「嫌だぁ。まだ乗りたい!」

真子が言った。その言葉に喜びを感じた政樹は、

「来て良かったでしょう?」

と尋ねてしまう。

「えへへ。…まさちん。ありがとう!」

真子独特の笑顔が、そこにあった。
政樹は、その笑顔に衝撃を受けた。
真子を騙している。
それが、政樹の心を傷つけ始めた。




遊園地の出口から、地島と砂山が出てきた。

「ありがとうございました!」

係の女性が、元気よく声を掛けてくる。二人は軽く手を挙げて、そして、駐車場へと向かっていった。

「ったく、政樹は自分も楽しんでるな、あれは」

地島が呆れたように言うと、砂山がフッと笑みを浮かべた。

「親分…なんですか?」
「本当に、寂しそうな表情をしてるな…と思ってな」
「そりゃぁ、本当のことを言えば、寂しいですよ。毎晩のように
 一緒に遊び回り、明るいときは、共に行動してましたからね」

二人は車に乗り込んだ。
地島はエンジンを掛ける。

「……なぁ、地島」
「はい」
「もし、政樹の正体が阿山にばれて、政樹が帰って来なかったら、
 お前……どうしてる?」
「…親分、改めてお聞きになりますか?」

地島は、フッと笑みを浮かべた。

「思いは、変わりませんよ。…俺にとって、弟のような存在ですからね。
 あいつに何かあれば、親分の意志に反して、総攻撃かけますよ」

淡々と応えた地島はアクセルを踏み、遊園地の駐車場を出て行った。






とある街。
そこには、大勢の男達が、地面に横たわっていた。
その男達を見渡す四人の男。


霧原は、何処かへ連絡をしていた。
和輝は、何かをチェックしている。
隆栄は、自分の武器の手入れを始めた。
そして、残る一人の男……春樹は、気が抜けたように壁にもたれて座り込んでいた。

「なぁ、真北さん」

隆栄が声を掛けると、

「あん?」

返事は気が抜けていた。

「まだまだ続きますけど、本当に……」
「まぁ…な」
「私は、お奨めしませんよ」

手入れを終えた武器を見えない速さで体に隠し、隆栄が真剣な眼差しで言った。

「……残りは七でしょう? この調子でいけば…」
「真北さんが本能のまま、生きていくことになりますよ」

その言葉に、春樹はハッとする。

「御自分でもお解りでしょう? 敵のアジトを潰していく度に、
 そして、敵を倒していく度に……あなたのオーラが変わっていく。
 御自分でも解っておられるのに、停まらない。それは…」
「…確かに、数が増えていく度に、心の奥にある何かが飛び出しそうな、
 そんな雰囲気ですよ。…それを抑える為に、こうして…」
「それを繰り返してばかりだと、どうなるのか、あなたは、それを
 恐れているのではありませんか?」
「小島さん…」

隆栄は、真剣な眼差しの中に、鋭い何かを秘めていた。

「もう、帰りましょう」
「…それは、できない。…折角、ここまで追いつめて、
 もう少しだというのに……あなたは、辞めろと?」
「えぇ。残り七だけでも、地球規模で考えると、かなり減りましたよ」
「残しておけば、この先更に…」
「他の組織が、あなたを狙います。その組織が狙わないのは、
 闘蛇組と繋がる組織が居るからですよ? これ以上、壊滅すると、
 あなたに矛先が…そして、あなたの大切な者にまで…」
「…それは、栄三の事を仰ってるんですか?」
「そうだ。こっちの行動が、向こうに影響してしまった。それが、
 更にお嬢様の笑顔を奪う結果になったんですよ? だから…」
「それなら、小島さん達が帰ればいい。後は私が…」
「誰が、あなたを停めるんですかっ!!」

隆栄がいつになく怒鳴った。
それには、和輝と霧原が驚いたような表情を見せる。

「一人で暴走して、相手の判別が出来なくなるような人が
 一人で出来ると言わないで下さいっ! あなたは本当に……」
「………このままだと、真子ちゃんが…逢ってくれないよな…」

春樹が寂しげに呟いた。

「そうですよ。あなたのオーラは、今まで以上に危険な状態ですから。
 そのままのオーラで、お嬢様にお会いになると、お嬢様に押し込めた
 赤い光が強烈な反応をしますよ? そうなると、お嬢様を停めるのは
 誰なんですか? それに、あの能力の事だって、詳しく解らない
 状態なんですよ?」
「そうですね。…でも、私は…」
「お嬢様が、待ってます」

隆栄の言葉は、春樹の心を強く縛り付けていた鎖を砕いていった。
春樹の表情が、徐々に変わっていく。

「日本では、九月ですね。お嬢様の夏休みが終わって、
 二学期が始まる時期ですよ。元気に登校されてるのでしょうか…」
「…お世話係の男が居るから、大丈夫だろ。…それにしても…」

真子のことを語り出す春樹。
その表情は、周りの景色とは違い、とても穏やかだった。



(2006.7.15 第八部 第十八話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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