任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第二十二話 春樹が動く!

大阪に着いた栄三と健。真子のことが気がかりだが、それ以上に気になる二人の男を、この大阪で引き留める為にやって来た…というか、戻ってきた理由が、それだった。

「ほな、どうする?」

栄三が健に尋ねる。

「俺は真北さんにしとく」

健が、素っ気なく応えた。それには、健の思いが含まれている。
真子のことが、本当に心配で心配で…。

「健」
「ん?」
「気持ちは解るけど、信じろ」

栄三は、いつになく真剣な眼差しで健に言った。

信じろ。

それは、真子の思いの事。
栄三にだけ打ち明けた真子の、政樹への思い。
健も、その事は知っていた。
しかし、敵の考えることも解るだけに、健は心配で心配で………。
煮え切らない表情をしている健を観て、栄三は大きく息を吐いた。

「けぇぇん〜〜」
「あっ」
「ん?」

健が驚いたように声を挙げたと同時に、健が観ている方に目をやると、そこには、前髪が立った男とその男と言い争うように一緒に歩いている刑事らしき男、そして、その二人を追うように、慌てて後ろを付いてくる二人の若者の姿があった。
周りと違い、なぜか目立っている。

「一つ乗り遅れてたら、すれ違いだったな…」

栄三が呟いた。

「健」
「…はいなぁ」

そう言って、二人は、歩いてくる四人の男の進路を遮るかのように立ちはだかった。

「どけっ!」

どうやら、相手は栄三と健の姿に気付いていたらしい。二人の行動もお見通しだったのか、二人が声を発する前に、怒鳴りつけてきた。

「どきまへんっ!」
「お前らが、停めに来たのは解ってる。だけどな…」

前髪の立った男・八造と刑事らしき男・春樹は、同時に言葉を発していた。

「お嬢様の気持ち…御存知ですか?」

栄三が静かに言った。

「世話係の男の考えを知ってて言うのかっ!」

二人は、どうしても、同時に言葉を発してくる。

「その男の考えを停める為に、お嬢様は……っ!!
 って、暴力反対っ!!!!!!!!」

八造と春樹に胸ぐらを掴み上げられた栄三は、その勢いに負けて、両手を挙げていた。





「はぁぁふぅぅぅぅぅぅうぅ………それでもなぁ」

春樹は、大きく大きく息を吐いて、そして、ため息を長く長く付いて、呆れたように声を発した。

「やはり、私はっ」

そう言って、立ち上がる八造。しかし、襟首を掴まれて、強引に引き留められる。

「離して下さい…真北さん。あなたが、無理ならば、私が…」
「危険極まりないだろがっ」
「だから、私がっ」
「くまはちが危険なんだって」
「お、俺ですかぁ?!??」

突拍子もない声を張り上げる八造に、その場にいる男達は、目が点になる。

「くまはち…?」
「八やん……」
「兄貴……」

誰もが呟くように八造を呼んだ。

「なんですか?」
「……落ち着けって」

栄三が静かに言うと、八造は深く息を吸い、そして、吐き出し、

「落ち着いてられませんよ」

冷静に応えた。

「相手の素性が解り、そして、何をしようとしているのかが
 手に取るように解ってるんですよ? なのに、何もするなと?
 お嬢様の思いを大切に、そして、実行させたいからといって、
 何もしないで居るなんて事……俺には……無理です」
「それが、お嬢様の言葉でもか?」

栄三の言葉に、八造はハッとする。

「お嬢様は、俺の行動を……」
「あぁ。…大丈夫だから、くまはちは、くまはちの事を
 して下さい…頑張りますから。……お嬢様の言葉だ」
「……お嬢様………どうして…」

八造は項垂れた。

「解った。俺は、仕事を終えるまで、戻らない。…だから、
 …栄三」
「みなまで言うなよ」

そう言って栄三は微笑んだ。

「で、真北さん」

と、栄三は隣に座っている春樹に振り返る。

「………………俺は戻る」

静かに応えた。

「はぁぁぁぁぁ……こちらでの仕事……残ってるのでは?」
「昨日、すべて終わらせた」

さらりと応える春樹に、栄三は目が点に。

「……かなり…あると…おととい仰ったじゃありませんか…。
 本部に戻るのは、冬が始まる頃だと……」
「だから、二週間分を昨日のうちに終わらせたんだよ。
 …だから、戻る」
「……駄目ですよ」

八造が静かに言った。

「くまはちぃ〜、お前が…」
「まだ、お嬢様にお会いできる状態じゃありませんよ」

春樹の言葉を遮ってまで、八造が言う。

まだ、春樹は、真子の前に出る雰囲気を取り戻していない。
本能のまま行動していた時間が長かったのもある。
日本に戻ってきても、やはり、『まきたん』になれない。
その雰囲気を取り戻すまで、大阪に居ることにしていた。
仕事というのは、実は偽りである。
真子には、一年以上掛かると伝えていた。
その言葉を利用して、春樹は偽っているのだった。

八造の言葉に、春樹の動きが停まった。

「くまはち………それでも、俺は…」
「今の真北さんでは、その男を目の前にした途端、
 殺り兼ねません。だから……」
「……一網打尽にするのが、俺だ…。葉を取っても
 根っこから引き抜かなければ、安全とは言えない…」

八造の言葉を遮ってまで口にした春樹。
その言葉からも解る。
まだ、本能が抑え切れていないことが…。
このままでは、春樹自身、本来の自分を優先にして、阿山組壊滅まで追い込んでしまうかもしれない。
そう思った栄三は、本来の自分を表に出してしまった。

「それは、俺達の仕事だ。あんたは関係ないだろ」

栄三が春樹を睨み上げる。
それに応えるかのように、春樹の眼差しが鋭くなった。

「……お前の仕事だ…? それは、敵の命を奪うことだろ。
 小島家が得意とするやり口だからなぁ。俺は、根っこを
 引き抜くが、枯らせはしない。…それが、俺のやり方だ」
「俺達の世界は、生きるか死ぬかの二つしかない。
 それくらい、あんたも身に染みて解ってるだろがっ!」
「それが嫌で、それをやめさせるために、慶造が翻弄して
 今まで、そして、これからも生きていくんだろうが。
 その慶造を支える男の心の奥底に、未だに、その思いが
 あるとは、呆れてしまうぜ。……いい加減に……」
「いい加減に………やめてくれへんかなぁ」

春樹の言葉と重なるように、地を這うような低い低ぅぅぅい声が辺りを振動させた。
その声に、誰もが口を噤み、そして、振り返る。
目線が集中した所には、拳を振るわせる健の姿があった。
健の体から発せられるオーラは、それは、言葉に出来ない程、恐ろしく、そして、近寄りたくないものだった。

やばい…。

そう思った栄三は、健に手を差し伸べた……っ!!

バシッ…という甲高い音が辺りに響いた。
栄三が、健に差し伸べた手を抱え込んで前のめりになっている。

「健……やめとけ」
「……うるさいっ……どいつもこいつも自分の事ばかりで
 肝心要の事、忘れとるやないか…」

健が顔を上げた。
その表情は、自分たちが知っている「おちゃらけた雰囲気」の健ではない。
極道の世界に長年生きている者には、解る。

怒りが爆発寸前……。

健の本来の姿。
今まで身内には見せたことの無い雰囲気。
ということは、ここに居る男達は、初めて感じるものであり…。
いや、唯一、血の繋がった兄である、栄三は知っている様子。
だからこそ、停める言葉を口にした。
しかし、それは、既に遅し…。
わなわなと震える健の拳。
少しでも体に触れたら、停まることを知らないかのように、暴れ出しそうだった。

「くまはちは、ここに残ると言った。…真北さんは、本能が
 納まるまで、ここに居ると言っていた。しかし、今の言葉から
 感じたことは、…真北さんが言ったように、北島政樹には
 一切手を出さないということ。…それを利用して、相手を…
 砂山組を潰すという作戦……それは解りましたよ。なのに、
 どうして、自分たちの本当の立場を主張しなければ
 ならないんですか? 今、しなければならないことは、
 お嬢様の思いを達成させるために、どうすればいいのかを
 考えることでしょう?」

いつになく、健が長く話す。
その言葉に誰もが、自分を取り戻していく。

「健……」

栄三が呟くように呼んだ。

「どんな危険な事が起こってもいい。まさちんが
 心から落ち着いて過ごせる日々を取り戻して欲しい。
 お嬢様の覚悟は、決まってるんです。ただ、それを
 どうすればいいのか、迷っているだけなんです」
「それでもし、真子ちゃんの命に関わる事が起こったら、
 健……お前はどうするんだよ…」

春樹が静かに尋ねると、健は諦めたような笑みを浮かべ、

「あなたのお世話になるような行動に出るのみですよ」

そう言った。

「結局は、慶造の思いも真子ちゃんの思いも踏みにじるんだろが」
「時と場合によりますよ。…あなただって、そうでしょう?」

今度は、健が春樹に質問する。

「……あぁ、そうだな。本来の立場を乗り越えて、相手に
 何をするか解らんなぁ。……俺を停めることが出来るのは
 相手が倒れた時だけだろうなぁ」
「ったく…あなたこそ、厄介な男なんですからっ」

健は、真子がよくする『ふくれっ面』になる。

戻った……。

健らしさを取り戻した事が解った栄三は、ホッと胸をなで下ろした。

「じゃぁ、俺は本部に戻る」

突然、春樹が口にする。

「って、真北さんっ!!」

八造、栄三、そして、健が、同時に言った。

「な、なんだよっ」
「どうして、そうなるんですか。あなたの行動が解るだけに、
 こちらに居ていただかないと……」
「だぁいじょうぶだって。さっきも言っただろが」
「だから、本来の立場を乗り越えてしまうんでしょう?」
「それは、真子ちゃんの身の危険を察知した時だけだ」
「誰が停めるんですか?」
「相手が居なくなったら停まるから、心配するな。…ということで、
 栄三、健」
「はい?」
「はいなぁ」
「後は宜しく。お前らは、続きをするんだろ?」

と言いながら、いそいそと出掛ける準備をする春樹。

「そ、そうですが、今回の目的は、真北さんと八やんを
 ここに引き留めておくことですよ?」
「そう言って、慶造自身、何かを企んでるんだろが」

春樹の言葉に、一同、緊張が走った。
どうやら、慶造の行動を考えていなかったらしい。

「その為にも、俺が必要だろ?」

得意気に言う春樹に、栄三は軽く息を吐いた。

「解りました。本部は真北さんにお願いしますよ。
 私たちは、本部での行動は知らない…ということで
 ほとぼりが冷めるまで、こちらに居ます〜」

いつもの栄三が現れた事が、口調で解る。それに安心したような表情を見せ、春樹は去っていった。


「………ええんか?」

八造が静かに言った。

「………ええやろ」

栄三が応える。

「俺は、調べとくで」

健はそう言って、小型のパソコンを手に取った。

「……健」
「あん?」
「もう…やめとけよ」
「兄貴もな」
「……あぁ」

栄三と健のやり取りに、八造は二人の絆を感じていた。

俺には…無理だな…。





春樹が本部に向かっている頃、真子の病室に政樹がやって来る。

「お嬢様、これならどうですか?」

政樹は、真子に何かを見せた。
それは、子供達が良く遊ぶボードゲームと呼ばれる代物。
真子は初めて目にする物だった。

「…………それ…なぁに?」

首を傾げて尋ねる真子。

だから、その…お嬢様…それは…その…。

真子の仕草に高鳴る鼓動を抑えつつ、政樹は、ボードゲームの説明を始めた。



真子の病室から笑い声が聞こえてきた。
真子の診察に来た美穂は、その笑い声を耳にして、病室に入るに入れない。
なぜ、躊躇っているのか。それは、自分でも解らなかった。

笑ってるなら、大丈夫かな。

そう思った美穂は、踵を返して歩き出す……と、

「親分、また来たんですか?」

目の前に慶造の姿があった。

「……娘の見舞いに毎日来たら駄目なのか?」

ちょっぴり嫌味っぽく慶造が言うと、

「毎日というのは、一日一回。…一日に三回も足を運んで、
 そのうち、一回だけしか様子を見ないんだからぁ」
「ほっとけ。…で?」

ちらりと真子の病室の方に目線を送る慶造。

「さっき、まさちんがゲームを借りていったから、それを楽しんでるわよ」
「ゲーム?」
「真子ちゃん、たいくつだって」
「勉強は?」
「…………こういう時こそ、ゆっくりしてもよろしいんじゃなくて?」
「美穂ちゃぁん〜、あのなぁ」
「…真子ちゃんの作戦かもよ」

そう言って、美穂は仕事に戻る。

「…勝司」
「はっ」

少し離れた所で待機していた勝司が歩み寄る。

「情勢は変わりません」
「そうか。……北島が何かを仕掛けそうなんだがなぁ」

真子の笑い声が聞こえてきた。そして、政樹が嘆く声も聞こえてくる。
真子の声を耳にした途端、慶造はそっと微笑んだ。

「作戦…か…」
「病院の周りを固めておきましょうか?」
「それは、道院長に怒られる。組事務所を見張った方が……」

そこまで言った途端、慶造の眉間にしわが寄った。

「四代目?」

慶造の表情の変化に敏感な勝司は、そっと尋ねる。

「……栄三…失敗したのか…」
「俺が強引に戻ってきただけだ。…お前を停める為にな」

勝司が、声がした方に振り返ると、そこには、春樹の姿があった。
少し日に焼けた顔、そして、以前よりも近寄りがたいオーラを発している。ちらりと見える腕には、傷跡が生々しい。
慶造は、春樹に振り返らず、背を向けたままだった。

「で、真子ちゃんの様子は? 笑い声が聞こえてたけど…」
「相変わらずの地獄耳。…でも、そのオーラのまま、
 真子の前に出ないで欲しいな」
「栄三にも健にも言われたが、大丈夫だ。真子ちゃんの顔を見たら
 直ぐに戻るって」
「信用ならん」

そう言って、振り返った慶造の目は、少し潤んでいた。

「泣いてるのか?」

その目に気付き、春樹はからかうように言った。

「じゃかましい…。お前の事を小島から聞いてだな……。
 本当に…心配してたんだぞ。…お前が俺の知ってる
 真北に戻りそうにないと……聞いてな……」

声が震えていた。
春樹は、フッと笑みを浮かべ、

「心配掛けた。…もう……突っ走らないから、安心しろ」

そう言った春樹の雰囲気こそ、慶造が知っている『真北春樹』であり、真子が好きな『まきたん』だった。

「……それで、砂山の行動は?」
「今のところは、形を潜めてる。俺の行動を監視してるかもな」
「詳細は、桂守さんに教えてもらった。…その世話係の男は
 真子ちゃんから離れた時は、地島に会ってるらしいな」
「あぁ。連絡は取り合ってる。俺の行動を伝えてるだけだ」
「………知ってるのか?」
「何を?」
「その……砂山組の策略……」
「真子を利用して俺の命を狙う事だが、他に何かあるのか?」

慶造の言葉に、春樹は呆れていた。
知ってるのに、行動に出ていない。
慶造にしては、珍しい事だと、春樹は思った。
そして、栄三の言葉を思い出す。

真子ちゃんの思いを大切にしたい。

「……それで、慶造は、どうするつもりだ? まさか、真子ちゃんの
 行動の方が早いとでも思ってるのか?」
「いいや。どちらにせよ、俺は、真子を信じてる」
「慶造……俺が来るまでも無かったんだな」
「あん?」

慶造は、春樹の言葉の意味が解らず、首を傾げる。

「栄三や健、そして、八造と俺を引き離すような行動に出ていたから
 また、お前が単独で動くのかと思ったんだよ」
「いつもの俺なら、そうしてるよな…。…なぜだろう…」
「………慶造……」
「ん?」
「暫く逢っていない間に、お前……変わったな」
「…………。俺、変わってるのか?」

と、勝司に尋ねる慶造。

「いつもと変わりませんが…」

そう応える勝司だった。

「さてと。俺は真子ちゃんに会ってくるから。それと、その
 まさちん…という男の様子も伺ってくるとするかぁ」

何やらワクワクした感じで春樹が言った。

「暴れるなよ」
「解ってるって。……慶造は? まだ、逢ってないんだろ?」
「いや、今日はいい」
「来いって」

春樹は強引に、慶造の腕を掴み、そして、真子の病室の前にやって来た。
慶造は真子に会うのを拒む素振りを見せ、少し離れてしまう。

ったく。

と呆れながらも、春樹は、ドアをノックした。

「おっす、真子ちゃん!」

元気よくドアを開けた。

「真北さん!! 生きていたんだぁ〜!!」

突然の見舞客に、真子は驚いたように声を挙げた。

「それはないだろ、真子ちゃん。元気そうだね」
「だけど、退屈なの〜。こんなに元気なのに。早く学校に行きたいよぉ。
 真北さん、お医者さんにお願いしてよぉ」

真子の言葉に、春樹は厳しい眼差しになる。

「真子ちゃん、それはできないよ。もし、後から、んー、大人になって、
 この時の怪我が出る時があるから、きちんと治しておかないと
 駄目なんだよ」
「そうなの?」

ちょっぴり寂しげな表情になる真子だが、

「…じゃあ、お医者さんがいいと言うまでがまんする」

元気よく応えた。

「えらいな」

春樹は、真子に飛びっきりの笑顔を見せた。
いつもなら、真子に近づき、抱き寄せるのに、何故か、それをしない。
廊下で観ていた慶造は、春樹の行動に疑問を抱いていた。

「まきたん、あのね、あのね!」
「なんでしょう?」
「この人が、今のお世話係の地島政樹さん。…まさちんだよ!」
「初めまして。地島政樹です」

立ち上がり、深々と頭を下げる政樹。

この人が……真北春樹…。
そういや、あの時に観た……男…元刑事だったよな。
…刑事って雰囲気……無いよなぁ…。

と思いながら、頭を上げる。

「真北です。よろしく」
「こちらこそ、宜しくお願い申し上げます!」
「じゃ、私は帰るね。慶造のところにいるから」

春樹は話を切り替えた。

「いつまで?」
「しばらくね。それじゃぁ」

そう言って、春樹はドアを閉めた。

「………真北さん…忙しかったのかな……。
 …あれ? いつ帰ってきたんだろう…」

真子は春樹の行動に驚き、そして、首を傾げた。

「確か、長期出張しておられたんですよね?」

政樹が尋ねると、

「一年以上掛かるって言ってたのに、……あれ?
 一年も経ってないよ?」
「お嬢様のことを心配なさって、帰って来られたのでは
 ありませんか?」
「そうなのかな…」
「暫く、慶造さんの所に居ると仰ったでしょう?」
「うん」
「暫く…ということは、また出張なさるという事ですよ」
「…そっか……一時帰国…なのかな??」
「そうでしょうね」
「…ねぇ、まさちん」
「はい」
「真北さんを家に送ってあげて欲しいんだけど…。
 帰国してすぐに、ここに来たなら、疲れてると思うし…」
「そうですね。そういたします。暫くお一人で…」
「大丈夫!」
「かしこまりました……っ!! すみません……」

真子に怒られる前に謝る政樹だった。




春樹は廊下で二人の様子を伺っていた。
その春樹の様子を少し離れた所で慶造と勝司が観ている。

「真北」

慶造が静かに呼ぶと、

「…あぁ」

と言って、歩き出した…ら、政樹が廊下に出てきた。

「では、行ってきますので、起き上がって病室を出ないように」
『はぁい』

政樹はドアを閉め、振り返った。

「!! びっくりした………組長」
「地島、何か遭ったのか?」
「真北さんをお送りするように言われましたので…」
「真北なら、俺と一緒に帰る予定だが…地島も本部に戻るか?」
「……そうですね。その……お嬢様に疑われますから」

政樹の言葉には、『慶造が見舞いに来ている事がばれる』という意味が含まれている。

「…慶造の事、良く解ってるなぁ、地島」
「あっ、その……美穂さんに…」
「なるほど。取り敢えず、戻るとするかぁ」

何故か張り切っている春樹。

「……真北、お前…荷物は?」
「大阪」
「本当に、このためだけに戻ってきたのかよ」
「ほっとけ」
「放っておけないから、言ってるんだっ」
「気にするな」
「気になるわい」
「あのなぁ」
「…あのなぁは、俺の台詞だ」
「慶造、お前…やっぱり、性格変わったぞ!」
「お前に言われたくないな」
「うるさいっ」

と言い合いながら二人はズカズカと歩いていく。
その二人を追いかけるかのように、勝司と政樹が歩いていく。

「……山中さん…組長と真北さんって、どういう関係なのですか?」

静かに尋ねる政樹に、

「観ての通りの関係だ」

と短く応える勝司。

「…仲が悪い…」
「まぁ、そうだろうな。……で、どうする地島」
「はい?」
「真北さんが戻ってきたら、お前の立場が危ういぞ」
「えっ? …あっ…そう言えば、真北さんはお嬢様から離れない存在…」
「四代目自身も困っておられるけどな…」
「そうですか…」

そんな話をしている所に、

「勝司、車っ」

慶造の言葉が飛んでくる。

「はっ、すぐに」

そして、四人は車に乗り、道病院を去っていった。



真子は、テーブルの上に置きっぱなしになっているボードゲームを片付け始めた。
ふと、寂しさが過ぎる。

まさちん………大丈夫かな…。
真北さんに…ばれてたら……。

真子は心配だった。
春樹と政樹を二人っきりにさせた事を、ちょっぴり後悔していた。
この時ばかりは、真子の頭の中には、政樹のことしかなかった。
久しぶりに逢った春樹の事は、全くといってよいほど、頭の中には、無かったのだった。




慶造の部屋。
春樹と慶造は久しぶりに語り合っていた。
春樹の行動、慶造の行動、そして、世話係としてやって来た政樹の日々。
それらのことを事細かく話す慶造に、春樹は、ただ、耳を傾けるだけ。
お茶を飲み干し、新たにお茶を煎れる。

「……さっきのお前の行動だけどな…」

慶造が静かに言った。

「さっき?」
「真子の病室での行動だよ」
「ん?」
「いつもなら、真子を抱きしめるだろ?」
「まぁ、そうだな」
「なぜ、近づきもせず、ドアの所で話を済ませた? そして、
 直ぐに戻ってきた? 長引くと思ったのにな」

慶造の言葉に、春樹はフッと笑みを浮かべた。

「表面だけじゃ…真子ちゃんにばれるだろが。…俺の行動と
 いまだに眠らない本能……」

寂しげに語る春樹に、慶造は微笑んでしまう。

「自覚あるんだな」
「あぁ」

沈黙が続く。




道病院。
真子はベッドから降り、テーブルの上にあるボードゲームを手に取り、そして、病室を出て行った。
ナースステーションに歩いてきた真子は、

「すみません」

と声を掛けた。

「!! 真子ちゃん! 駄目でしょう。歩き回るのは、まだ
 美穂先生から許可出てないよ!!」

真子の姿に気付いた看護婦が、慌てたように声を発した。

「ゲーム。こちらでお借りしたとお聞きしたので、持ってきました。
 ありがとうございました」
「病室においてても大丈夫なのに。…どうだった? 楽しかった?」

看護婦は、にこやかに真子と話し始める。

「真子ちゃん、初めてのゲームだって地島さんから聞いたけど、
 こういうゲーム…したことなかったの?」
「はい。ずっと勉強と体を鍛える事ばかりだったので」
「…そっか。あの真北さんが側に居たら…ねぇ。…さてと。
 病室に戻ろう」
「一人で大丈夫です。…あの、美穂先生は?」
「緊急手術が入ったので、今、手術中だけど、何か緊急な事でも?」
「…その……いつ、退院なのかなぁと思って…」
「まだよ。見た目には怪我は大丈夫なんだけど、打ち身が
 強かったから、大事を取って一ヶ月は…」

と看護婦が応えた途端、真子の表情が急に暗くなった。

「でも、早めに退院できるように、美穂先生にお願いしておくからね」
「ありがとうございます!」

看護婦の言葉が嬉しかったのか、真子は飛びっきりの笑顔で応えた。

「では、病室に……っ!!」
「!! 真子ちゃんっ!」

突然、真子が胸を押さえて座り込んだ。
看護婦が、真子に駆け寄っていく。





慶造の部屋では、まだ、沈黙が続いていた。
慶造が、フッと息を吐いて、春樹を見つめる。

「………歯止め…利かない人間だったとは、俺自身
 知らなかったよ」

春樹は、慶造の前に置いている煙草の箱に手を伸ばした。
しかし、それは、慶造によって取り上げられる。

「いいだろが」
「禁煙してるんだろ」
「こういう時くらいは…」
「だから、真子と暫く一緒に居た方が良かったんだって」
「…だから、俺自身が……」

そう言って、春樹は湯飲みに手を伸ばし、お茶を飲み干した。

「…北島政樹を殴り倒しそうだったんだろ」

慶造が代わりに言った途端、春樹は苦笑い。

「距離を取っておかないと、真子ちゃんにも知られるだろが」
「まぁ、そうだな。…でもな、北島は、俺に作戦を打ち明けたし
 本来の自分のこと、自分の思いも全て、俺に言ったんだぞ。
 だからこそ、北島は、砂山組の地島に作戦中止を訴えた。
 しかし、相手は、あの地島だ」
「…やると決めた事は、絶対にやる…」
「あぁ。…北島が怪我をする。その北島を狙ったのが、
 砂山組だと俺が知ったら、俺が砂山組に仕掛けるという
 そういう筋書きに変わったらしい」

慶造の言葉に、春樹の眉間にしわが寄る。

「そこまで、北島は打ち明けたのか?」
「真子に二度も守られたからな」
「…………それが、芝居だとしたら?」

春樹が静かに言った。

「芝居?」
「あぁ。…お前に全てを打ち明ける。そして、お前に打ち明けた
 筋書き通りに事を運ぶ。すると、真子ちゃんの性格から、
 真子ちゃんが絶対に、北島を守る。そして、結局は、お前が
 砂山組に仕掛けてしまう。……という芝居」
「…あの北島が…真子の事しか考えてないような男が?」

まさか、信じられん。…慶造の表情が、そう語っていた。

「慶造は知らんだろうな。砂山組幹部・地島攻の弟分、
 北島政樹という男は、そういう男だ。兄貴である地島の言葉には
 絶対に従う。…俺のここにある情報は、そうだ」

春樹は自分の頭を指さしていた。

「それは………本当のことなのか?」

慶造が深刻な表情で春樹に尋ねると、

「あぁ」

春樹は、静かに応えた。





道病院、ナースステーション前。
真子が急に座り込んだ事で、看護婦達は慌てていた。
真子に声を掛けるが、真子は返事をしない。
しかし、真子は何かを呟いていた。その言葉に耳を傾ける看護婦。

駄目……駄目……。

真子の体が震えた。

「失礼」

その声に振り返る看護婦は、そこに、一人の紳士が立っている事に気が付いた。
紳士は、看護婦達の間をすり抜け、真子の側へと歩み寄る。

「真子ちゃん」

紳士が声を掛けた途端、真子は、俯いたまま、返事をした。

「…助けて……桂守さん……」

真子の言葉は、真子に声を掛けた紳士に見えた桂守にしか聞こえてなかった。




慶造の部屋では、春樹と慶造の話が続いていた。

「俺には解らん」

慶造が言った。

「まぁ、せいぜい、気をつけろよ。俺達も気をつけてるけどな。
 砂山組が頭脳派と言われるのは、そこからきている」
「……俺の……判断ミスか?」
「いいや。慶造の判断は正しい」
「しかし、お前の言うことが本当なら…」
「真子ちゃんが手放さないんだろ? それで察しろ」

春樹の言葉に、慶造は項垂れ、

「俺のことは、どうでもいい」

そう呟いた。

「解ってる。…ただ、心配なのは…」
「真子……だな」
「あぁ。またあの頃のように、笑顔が消えるのではないかと思うと、
 俺は……反対なんだがなぁ」
「そうだな…。…でも、狙うなら、俺一人にして欲しいよ…」
「それだと、更に真子ちゃんが心配するだろが」
「…それでも…これは、真子には関係ない事だ…」
「北島が真子ちゃんと接した時点で、大いに関係あることだろ」
「うっ…」

言葉を詰まらせた慶造。更に肩の力を落としたのは、言うまでもない。



慶造の部屋の前で、政樹が二人の話を立ち聞きしていた。
そろそろ真子の所へ戻ろうと思い、慶造に話をしに来た所、二人の会話が聞こえてきたのだった。
春樹の言葉を耳にした政樹は、一瞬、身を縮めた。

ばれている……。
流石、元刑事だけある男だな…。

政樹は、ゆっくりと目を瞑った。そして、大きく息を吐く。
ガッと見開いた眼差しこそ、砂山組の北島政樹の本来のオーラだった。
暴れ好き、そして、敵には容赦のない男。

そろそろだな……。

政樹は不気味な笑みを口元に浮かべた。



(2006.8.11 第八部 第二十二話 改訂版2014.12.12 UP)







任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第八部 偽り編」  TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.