任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第五話 真子を取り巻く渦に…

日曜日。
政樹は身支度を整え、真子の部屋へと向かっていく。(隣だが…)
ドアをノックする。

返事が、ない。

あれ?

政樹は時計を見る。
前の日、真子が出掛けると言った時間になっている。
準備はしてるから…とも言っていたのに。
政樹は恐る恐るドアを開けた。

「やっぱり……。お嬢様、時間過ぎてますよ!」

と語りかけながら、ベッドに近づいていく政樹。

「…って、うわっ!!」

いつもの如く………。




「ごめんなさい…」

政樹運転の助手席で、真子が謝り続けていた。

「大丈夫ですから、お嬢様、そのような顔は、もう、
 なさらないで下さい」

真子は潤んだ眼差しをしていた。

「私がお願いしたのに…お寝坊しちゃって…」

お嬢様…。

政樹は、フッと笑みを浮かべた。

「それでは、出発しますが…」

ここは、阿山組本部にある駐車場。
謝り続ける真子をなんとか、車に乗せた政樹。

「どちらに?」
「ぺんこうのマンション」
「……………」

政樹は、何も言えなくなる。

「道、知ってるから、教えるよ?」
「いいえ、その……山本さんは…」
「ぺんこう」
「……ぺ…ぺんこうさんは、お仕事じゃないんですか?」

真子に促されて、真子専用の呼び名に変更する政樹だが、どことなく、ぎこちない…。

「大丈夫。おとといの猫電話で、一日中、家に居るって
 言っていたもん」

なんとなく、真子の表情が、明るい。

「何かご用ですか? ご用が無いと、ぺんこうさんが怒りませんか?」
「どうして? 何も無くても遊びに行っても良いでしょう?」
「余所様にお邪魔する時は、連絡しないと、もしも、お留守の時は…」
「……ずっと家に居るって、言ったのに?」
「はい。それが、マナーです」

政樹の言葉に、真子の表情が一変した。

「あっ、いや、その……お嬢様……」

真子の表情を見て、政樹は焦り出す。

「…突然、お邪魔して、驚かせたいのに…」

真子が呟いた。

「なるほど! それなら、連絡は出来ませんね」

政樹は、その場の雰囲気を変えるかのように、声を張り上げた。

「だから……」
「ぺんこうさんの驚く顔が見たいですね」
「…まさちんも?」
「えぇ」
「じゃぁ、出発!」
「おー!」

真子の楽しい声に釣られて、政樹は勢いづいていた。

「……………」

真子は政樹の仕草に、政樹は自分の行動に驚いたのか、一瞬、間が出来た。

「……で、では、お嬢様」
「はい」
「出発します」

政樹は慣れた感じでサイドブレーキを下ろし、ギアをローに入れて、アクセルを踏んだ。
車は走り出す。
その車を組員達は、さりげなく見送っていた。

「まさちん」

門を出た所で、真子が呼ぶ。

「はい」
「ぺんこうのマンションの場所…知ってるの?」
「いいえ。お嬢様が案内なさると、先程…」
「そっか。行く道はね、学校と同じ。学校の前の道を左に曲がるでしょう」
「はい」
「そこを曲がらずに、真っ直ぐ行って、右に曲がるの」
「はい」
「それからね……」

真子の説明は、とても解りやすいのだが、真子が言う道順は、遠回り…。
なぜ、学校からの道を教えるのか、政樹は不思議に思っていた。





早起きの芯は、珍しく、ゆっくりとした時間に目を覚ました。
髪の毛が跳ねている。
そのまま洗面所へと歩いていった。
身支度を整え、部屋着に着替える。そして、朝ご飯を作り始めた。
今は、一人暮らし。
ほんの数ヶ月前までは、三人で暮らしていた為、朝ご飯の量を時々間違えそうになる。
この日は、ボォッとしていたのか、量を間違えてしまった。

「………しまった……」

取り敢えず、一人分を皿に盛り、テーブルに置いた、その時だった。

チャイムが鳴った。
芯は、ゆっくりと応対する。

「はい」
『山本さん、速達です』
「はぁ…ポストに…」

と言いかけて、その声が女性の声だと気が付いた。

「申し訳ありませんが、お帰り下さいませんか?」

大学生の頃、時々、そうやって遊びに来る同級生が居た。
芯は、その女性だと思い、追い返そうとするが…。

『開けてくれないよぉ』

と、弱々しい声が聞こえてくる。その声に応えるかのように、男性の声が聞こえてきた。

『むかいんさんのお話にあったんですが…。やはり正直に…』
『あの……真子……です』

芯は、部屋を出て行った。



真子は、突然切れた事に驚いていた。

「まさちん……切れたよ?」
「そのようですね。…どうしましょうか」
「もう一回…………」

再び呼び鈴を押そうとした真子は、大きな足音に振り返った。
玄関のドアが開く。

「って、何してるんですかっ、お嬢様っ!!」

息を切らして、驚いたような声で、芯が言った。




「いただきます」
「…いただきます」

芯の部屋。
真子と政樹、そして、芯の三人がテーブルに着き、芯が作りすぎた朝食に箸を運んでいた。

「朝ご飯はしっかりと食べてから行動してください」
「…ごめんなさい」
「むかいんが、怒ってますよ、きっと」
「あっ、今日は朝早くから料亭だって言ってた」
「それでしたら、担当の方が、探してるでしょうね」
「あとで連絡しておきます」

政樹が代わりの応えた。

「…気付けよ…」

芯の口調が、少し強くなる。

「反省してます」

沈黙の中、箸が食器に当たる音が聞こえる。

「ぺんこう」
「はい」
「本当に、家に居たんだね」
「お嬢様と約束しましたから、ゆっくり寝てました」
「疲れたの?」

真子が首を傾げて尋ねてくる。
芯は、真子の仕草に気付いていない…というか、目を反らしていた。
心の準備が、まだ、出来ていない為…。

「元気ですよ。ただ…明け方まで起きてましたから…」

平静を装って、応える。

「お仕事忙しいんだ…」
「今日は、ゆっくりするつもりで、仕上げただけですよ」
「それなら、安心!」
「それより、どうされたんですか? 突然……」
「ぺんこうを驚かせようとしただけ! 驚いた?」
「充分、驚きました」

芯が、やっと微笑んだ。それを見て、真子の表情が一段と輝く。

だ、駄目だ……。

芯と政樹は、同時に真子から目を反らした。



芯は食器を洗い終え、ジュースを用意し始める。

「まさちんは、珈琲でいいのか?」
「お願いします」

芯は食後の珈琲を煎れ始める。

「ねぇ、書斎に入っても良い?」
「えぇ。何か役に立つものを見つけたら、持って帰っても
 構いませんよ」
「お邪魔しますぅ」

真子は、芯の書斎に入っていった。
真子の姿が見えなくなると同時に、芯が政樹に振り返る。
その眼差しは、とても鋭い……。

やば……。

その眼差し。政樹には、『珈琲飲んだら、帰れ』と見えていた。

「四代目には、行き先を伝えたのか?」
「いや、ドライブ…としか言ってない」
「また、どやされるぞ。傷、治ってないんだろ」
「大丈夫だよ、慣れてるし、痛みもない」
「慣れてるって、お前なぁ」
「気にするな。…それよりも…」
「ん?」

芯はカップに珈琲を移した。

「あの時、電話は出来ないと言っておきながら、その夜に…」
「…物語を語ると耳にしたからだな、お嬢様を止める為に
 電話を掛けたんだよ。そうでもしないと、読み続けるだろ?」
「その通りだった。止めるタイミングが難しかったよ」
「だからだよ、ほれ」

目の前に差し出された珈琲から漂う香り。
なぜか、心を和ませた。

「いただきます」
「お嬢様、オレンジジュースですよ」
『はぁい』

真子が書斎から出てきた。手には本を持っている。

「ぺんこう、これぇ〜」
「それになさいますか? しかし、お嬢様には、まだ早いです」
「いいの。読み終わったら、むかいんにお願いするね」
「えぇ」

真子はテーブルに着き、

「いただきます」

芯が用意したオレンジジュースを一口飲んだ。

「ところで、今日は何をしに来たんですか? 驚かすだけじゃないでしょう?」
「遊びに来ただけ。…駄目だった?」

いや、嬉しいんですが…。

「もし、出掛けていたら…」
「出掛けないって言ったから、自信はあった!」

本当に自信があったのか、真子の表情は自信に満ちあふれていた。
真子は笑顔を見せた。
芯が笑顔で応える。
政樹は、珈琲を飲みながら、芯を見つめていた。
その表情に隠された思いを、その時、悟った。

なるほどね…。

「それでは、お嬢様」
「はい」
「学校生活のお話、聞かせてくださいませんか?」
「うん。たくさんあるからね! あのね、あのね…」

無邪気な表情で語り始める真子。
芯は耳を傾ける。
芯の様子をじっくりと観察する政樹。
なんとなく、異様な光景だが、芯と政樹は、真子のお話で、心を和ませていた。




芯が真子の勉強を見ていた。
その傍らには、政樹が、ジッと座っている。芯の教えっぷりを自分の頭に叩き込んでいる様子。
政樹は、静かに立ち上がり、キッチンへと向かっていった。
ふと見つけた茶っ葉。

高級茶……。

政樹の眼差しが、少し変わった。

「それ、真北さん専用だぞ」

真子に教えながらも、政樹の行動を把握している芯。

「お茶を煎れるなら、新しく買っておくから、使っていいぞ。
 真北さんが帰るのは、明後日だし」
「もらうよ」

短く言って、政樹はお茶を煎れる。
芯は、真子の勉強を見ながら、政樹の行動を横目で見ていた。
政樹のお茶の煎れ方は、春樹と似ているようで、違っていた。
慣れた手つき、そして、動き。

砂山組って、余程、厳しかったんだろうな…。

政樹の過去を知ってる芯。
しかし、敢えて言葉にしなかった。
芯の前に政樹が煎れたお茶が差し出される。
真子の前には、オレンジジュース。

「ありがとう」

芯と真子は声を揃えて言った。

「真北さんより、煎れるの上手いな」

芯はそう言って、お茶をすする。
本当においしく、疲れが吹き飛び、心が和む。

「まさちんは、いいのか?」
「俺の分は、向こうにある。邪魔するのは良くないだろ?」
「大丈夫なのにぃ」

真子が応えるが、政樹は優しく微笑んで、キッチンへと戻っていった。
その時だった。
玄関の鍵が開く音が響いた。そして、ドアを開ける音が…。
政樹は身構えた。
もちろん、部屋の主である芯も身構える。
真子を守る体勢に……。
ドアが開き、そこに、一人の男が…。

「……まさちん、どうして、ここに?? お嬢様とドライブ……って、
 お嬢様………それよりも、ぺんこう、出掛ける予定じゃなかったのか?!」

驚いたように声を張り上げる向井の姿が、そこに…………。




「そういうことでしたか。…そりゃぁ、ぺんこうも驚いたでしょうね」
「うん。…でも、むかいん」
「はい」
「今日は朝から料亭でお仕事って聞いたけど…」
「朝早くですが、お昼からは時間がありましたので、
 ぺんこうの食事用に食材を持ってきたんですよ」
「いつも留守の時に持ってきてたの?」

真子が首を傾げて向井に尋ねた。

「えぇ。夜遅くまで仕事でしょう。買い物の時間も無いと思いまして、
 こうして、私の時間があるときに来てますよ。必要な物もメモで
 残しておくように、約束してますから」
「それなら、安心! むかいん、ありがとう」
「どういたしまして」

…って、四代目の命令だと知ったら、お嬢様…怒るだろうなぁ。

向井の笑顔は、ちょっぴり引きつっていた。

「それよりも、お嬢様」

向井の口調が、少し厳しくなる。

「……反省してます」

向井が言う前に、真子が言う。向井の言いたいことは、解っていた。

「朝ご飯は、きちんと摂ってくださいね」
「はい」
「むかいん、それ、俺も言ったぞ」
「……そうだったのか……。お嬢様、すみませんでした」

思わず謝る向井だった。

「ということで、昼食……どうする?」

向井の眼差しが輝く瞬間。

「むかいんに任せるっ!」

真子の声が弾む。

「お任せください!」

向井の声も、更に弾んだ。




向井が作った昼食。
……芯の為にと持ってきた食材が、たっぷりと使われていた。
テーブルに並びきらない料理の数々…。呆気に取られる男達だが、

「うわぁ〜すごぉい! まるで、パーティみたい!」

真子だけは、嬉しそうに声を発していた。
真子の声を耳にした途端、男達の表情が変わった。
そして…、

「いただきます」

真子、芯、そして、政樹は、同時に箸を持ち、声を発して食し始めた。

「……で、むかいん」
「あん?」

デザートの用意を始めた向井が振り返る。

「俺の……食材は?」

芯が心配そうに尋ねると、

「食後に、まさちんと買いに行くよ」
「それなら、気にせん」

向井は芯のために、そう言った。

二人っきりが望みだろぉ。

向井は言いたい言葉をグッと堪えて、デザートを盛りつけていた。



食器を洗い終え、片付け終えた向井は手を拭きながら、棚の引き出しを開けた。

「こら、むかいんっ! 俺の金だ」
「いいだろが。お前の食材」
「それでもなぁ…」
「まさちん」
「はいっ」
「食費……駄目?」
「………かしこまりましたぁっつつ…!!」

向井と芯のやり取りを見ていた真子が、政樹に声を掛けた。
真子が言いたい事は解る。
だからこそ、返事をしたのだが、それは、真子が嫌がる行動……。
真子の回し蹴りが、政樹の目の前を過ぎっていた。

「じゃぁ、まさちん、よろしく」

向井が政樹の腕を引っ張って、

「いってきます」
「いってらっしゃぁい」

真子に明るく見送られて、芯のマンションを出て行った。
静かに閉まるドアを、ちょっぴり寂しげに見つめる真子だが、

「お嬢様、お勉強の続き、しましょうか?」

芯が優しく声を掛けた事で、笑顔に戻った。

「お願いします」
「では、先程の続きですが……」

芯の言葉に、しっかりと耳を傾ける真子だった。



芯のマンションから出てきた政樹の車は、迷うことなく商店街へと向かっていった。

「恐らくお嬢様は御存知ないんだろうな。こうして、
 お嬢様が学校の時間は、まさちんに運転を頼んでること」
「お嬢様は、御存知だよ」
「怒ってないのか?」
「その方が安心するってさ」
「ふ〜ん。…やっぱり、俺のこと…心配なのかな…」

向井は昔のことを思い出す。

「いいや、俺が心配なんだとさ」
「まさちんの事が心配?」
「えぇ。…何に心配なのかは解らないらしいけど、
 兎に角、一人にさせておけないらしいよ。…どうしてだろうな…」
「そりゃぁ、まさちんが一人の時のオーラだろ。他の組員に
 威嚇してるとこ、お嬢様、御存知かもな」
「そっか…それがあったのか」
「暴れん坊。それが基で怪我すること、心配してるんじゃないのかなぁ」
「……俺のこと……本当は、記憶にあるのかもしれないな…」

政樹は寂しげに呟いた。

「それは、俺にも解らないよ」

向井が静かに応えた。
車は、商店街の駐車場に停まる。

「何度来ても…」
「嫌な思い出があるよな」

そう言いながら、二人は車を降りた。
この駐車場こそ、あの日、襲撃に遭った場所。
今でも鮮明に記憶に残っている。しかし、真子には記憶は無い。
その真子の驚異的な動きを目の当たりにした日でもあった。

「さてと。…先程の量をそのままなのか?」

政樹は財布を手にしながら、向井に尋ねた。

「取り敢えず、今夜の分も」
「夕方には本部に戻る予定だけど、もしかして、夕飯も
 山本さんの家になるのかな…」
「その可能性はあるよな…。その予定にしよう」
「って、向井さんっ」
「むかいんです」
「…いや、その…あのね…。俺が言わなかったら」
「本部のつもりだったよぉ」
「わちゃあ…組長に怒られますよ!」
「真北さんの間違いだよ」
「いや、俺…その…」
「怒られるのは、まさちんだけだって」
「組長になら兎も角、真北さんに怒られるのは、ちょっと…」

なぜか、慌てる政樹。
向井は商店街をツカツカと歩きながら、政樹の行動に笑いを堪えていた。



両手一杯に買い物袋を持った政樹と向井。一体、どれだけ買えば済むのやら…。

「あの、向井さん」
「むかいんです〜。…おじさん、それも!」
「はいよっ。涼ちゃん、いつもありがとなぁ、今日もサービス!」
「ありがとうございます」

また二つ…袋が増えた…。

政樹は項垂れた。

「それから、それも!」
「はいよっ」

向井は、目に留まった食材は直感で購入する。
向井の直感は、本当に凄い物だった。
それは、食材だけでなく、人に対しても…。

ほんと、向井さんは、凄いよなぁ。

慶造や栄三から向井のことを耳にした政樹は、向井の買い物っぷりをいつも感心していた。
料理人は、じっくりと眺めて、じっくりと選ぶ。
そう思っていた政樹だった。

更に増えた買い物袋を手にして、駐車場へと戻ってきた。

「今日もたっぷり!」

向井が嬉しそうに言う。

「みなさん、どうして、ここまでサービスしてくださるんでしょうね」

後部座席に買い物袋を置いた政樹は、ドアを閉めながら言った。

「笹川で使ってると耳にしたら、誰だって買いに来るんだよ。
 宣伝も兼ねてるからさ」
「なるほど。それで、料亭の方には、色々な店の名前が
 あるんですか。有名ですからね、笹川は。兄貴とも
 話していた時がありましたよ。でも、場所が場所だけに、
 ちょっと足を運ぶのは………」

と、そこまで話して、ハッとする政樹。

しまった…。
まぁ、でも…。

「そうやって話せる程になったんだな、まさちん」

向井の声は、とても温かかった。

「ま、まぁ……な。いつまでも、気にしてられないからさ」
「そうだよな」

あの日、天地山の頂上で話した二人。
政樹の思いを知った。
その政樹が、今、こうして、昔の話を口に出来るほど、落ち着いてきた事に、向井は嬉しく思っていた。

「お嬢様の笑顔だけじゃない。…むかいんの料理も
 俺の心を和ませてくれるから……大丈夫さ」
「安心したよ。………だけどさ…」
「ん?」
「……まさちん、知らなかったとは、言わないよな」

向井が話を切り替える。

「えっ……何に…?」

政樹は、何のことだか、解っていないらしい。

「……お前が居た組だって、そういうの、やってただろ
 宣伝を兼ねて…とか、何か遭ったときの為に…とかさ」
「そういや、贔屓にしていた所もあったよな…」
「そういうのって、どこの世界も同じなんだよ。
 勉強になったか?」
「あぁ。ありがとさん」

運転席のドアを開けた時だった。
異様な気配を感じ、動きを止めた。
助手席に乗り込もうとしていた向井も動きが停まっていた。

「…まさちん」
「…ん…」
「撒けるか?」
「得意だ」

短い会話を交わした二人は、なんの合図もしないまま、素早く車に乗り込んだ。
政樹はキーを差し込み、エンジンを掛ける。
向井は、それと同時にシートベルトを締めた。
その途端、政樹の車は急発進。急ハンドルを切った。
政樹の車の側で、何かが弾けた。
猛スピードで商店街の駐車場を飛び出した車は、そのまま、大通りへと出てきた。
その車を追いかけるように、一台の車が走ってくる。
政樹は、バックミラーで追いかけてくる車を確認した。
運転席の人物を凝視する。
そして、自分の記憶にある人物を捜し始める。

「……桜島……組…」

政樹が呟いた。

「えっ? …桜島組って九州地方を拠点として、今、
 関西の方で厄介な事をしてるんだよな。…なぜ、こっちに?」
「解らん。…その前に、なぜ、俺と向井さんを狙う?」
「向こうに情報が漏れている?」
「…車を調べてるだけかもしれないな…」
「まさちん」
「はい」
「……丁寧にしないと…」
「……なんでしょうか」
「……豆腐が…崩れる…」

車が突然、蛇行する。

「向井さん、心配するところが違います!!!」
「まさちんが、運転荒いんだろがぁ。撒けるか?と
 言ったけど、運転を荒くしろとは言ってないっ!!」
「この場合は、仕方有りませんよ!! 向こうは、銃ですよ!」
「防弾仕様の車だろっ。大丈夫だって」
「それでも、危険ですから!」
「だから、大丈夫だって。撒くだけで」
「…って……!!! そういうことですか」
「そういうこと」
「では、そのように」

そう言った途端、政樹はアクセルを弛めた。
政樹の車のスピードに合わせるかのように、追いかけてくる車もスピードを落とした。
政樹の口元が、つり上がる。
そして、政樹は急ハンドルを切って、反対車線へと飛び出し、走り出した。
もちろん、その運転に驚いた敵は、車を停め、方向変換しようとするが、そこは、大通り。車は途切れることなく…。
敵の男達は、車を降り、反対車線を遠ざかる政樹の車を見送るだけだった。
政樹はバックミラーで男達の行動を確認し、車のスピードを上げた。

「何も、こっちを狙わなくても、本部近くで張ってれば
 いいのになぁ」

向井が呟くように言った。

「しっかし……運転技術…すごいよなぁ、まさちんは」
「えっ?」
「合宿で取ったんじゃなかったっけ…」
「まぁ、免許は…ですけど〜」
「無免許で乗り回していた………質悪ぅ…」
「ほっといてください」

向井の言葉に反抗的に応える政樹だった。

しかし、報告しないと…やばいよな。

向井と政樹は、同時に思い、そして、ため息を吐いた。




そんなことが遭ったにもかかわらず、向井は夕食まで芯のマンションで作り、四人で食した。片付けをしている間、真子は芯と楽しく話し込んでいた。芯の表情は、かなり和らいでいる。そんな二人を見ている政樹は、ふてくされたような表情をしていた。その三人を片付けを終えた向井が見つめ、思わず微笑んだ。

「お嬢様、お話はそのくらいで、そろそろ帰りますよ」

向井が優しく声を掛ける。

「はい」

真子が素直に返事をした。

「ぺんこう、今日はありがとう。たっくさん勉強できたし、
 お話もできて、楽しかった。…また、こうして……
 楽しい時間を過ごす日が増えたら、いいな……」
「暫くは、無理ですね。すみません。だけど、お嬢様」
「はい」
「立派な教師になったら、思う存分、過ごせますので、
 それまで、待っていてください」
「いつかきっと…ぺんこうの生徒になれるかな…」
「お嬢様が卒業するまでに、立派な教師になる自信はありますよ。
 だから、その日も訪れます」
「楽しみにしてる。ぺんこうの教師姿も観たいもん!」

真子は飛びっきりの笑顔を見せた。
それにつられて、芯も笑みを浮かべる。

「時々、遊びに来てもいい?」

真子が言った。

「そうですね。長期休みの時は、大丈夫ですよ。その時は
 私の方から御連絡致します。猫電話に」
「お願いします!」
「今日のような、突然の訪問は、私の心臓に悪いですから、
 やめてくださいね」
「……ぺんこうの驚いた顔…もう一度観たいのになぁ」
「もう見せません」

きっぱりと言い切った芯。しかし、なぜか笑いが起こってしまった。

「お嬢様、帰りますよぉ」

向井が促す。いつの間にか、真子の荷物を手にしている政樹を観て、

「まさちん…早い…」

真子は呟いた。

「あっ、すみません。その…ぺ…ぺんこうさんは
 明日の準備もあると思いまして…」

しどろもどろに政樹が応える。

「そっか。…ぺんこう、明日もお仕事頑張ってね」
「お嬢様も、しっかりと勉強して、成績トップでお願いしますよ」
「大丈夫! ぺんこうに教わったから、自信あるもん!
 ぺんこう、ありがとう!」
「どういたしましてぇ〜」

と言いながら、芯は真子をギュッと抱きしめる。

「気をつけて、お帰り下さい」
「はい。では、またね!」

芯に手を振りながら、真子は政樹と向井を追いかけるように部屋から出てくる。

「ごちそうさん、そして、ありがとな」
「あぁ。お前も無理するなよ」
「解ってるって」

向井と言葉を交わした芯は、政樹を見つめた。

気をつけて帰れよ。

商店街の駐車場での出来事を向井から耳にした芯は、政樹に目で訴えた。

解ってる。

政樹は、芯の眼差しに恐れる事無く、眼差しで応えて、歩き出した。

真子達がエレベータに姿を消す。そして、暫くすると、政樹の車がマンションの駐車場から出て行った。

あの車を直接狙ってくるとは…。
桜島組……もう、終わりだな…。

芯は、いつまでも、真子が乗った政樹の車を見つめていた。
芯は解っていた。
真子を直接狙った者の行く末を。
しかし、桜島組は、一筋縄ではいかない。
その事も、なぜか知っている芯。
その後の阿山組の行動、そして、春樹の動きは、簡単に予測できた。
そんな自分にも驚いている。

まだまだ、俺は、あの世界から離れられないんだな…。

ふぅっと息を吐き、部屋に戻る芯は、棚に隠していた煙草に、火を付けた。





真子達が帰ってきたのは、午後六時。
夕食を済ませて帰ってきた事は、すでに知っていた。
もちろん、政樹の車が襲われた事も知っている。
真子が部屋に入った頃、慶造たちは深刻な表情で、これからの話し合っていた。




真夜中。
月が雲に隠れた。
その雲に向かって、一筋の煙が立ち上る。
いつものように、いつもの二人が、いつもの場所で座り込み…。

「俺は知らん」

春樹が冷たく言った。

「じゃぁ……作戦通りにするぞ」

慶造が吐き出す煙に目を細めながら言うと、

「好きにしろ」

いつにない言葉を、春樹が発した。
それには、慶造も驚いていた。

「…………真北ぁ」
「あん?」

いい加減な返事。
その返事の奥に隠された思いを、この時、慶造は悟った。

「一緒に行きたかった……なら、真子から離れるなっ」
「俺は何も言ってないっ」
「雰囲気で解るわい。…ったく、俺の行動は気にならんのか?」
「気になるさ。……止めても…無駄だろ?」

春樹が静かに言った。
その言葉に含まれる意味。
それは、関西との抗争の事…。
真子を直接狙ったら、どうなるのか。
真子を大切に想う者達は、歯止めが効かない。

「迷惑にならん程度にするから。安心しろ」

静かに言った慶造は、煙草をもみ消した。
そして、春樹に一本勧める。
春樹は遠慮することなく、煙草をくわえ、慶造に火を付けてもらった。
吐き出す煙に目を細める。

「禁煙は?」
「してない。減らしてるだけだ」

慶造の言葉に、素直に応える春樹だった。

「なぁ、慶造」
「あん?」

慶造は、新たな一本をくわえて、火を付ける。

「関係のない者は……もう……巻き込まないでくれよ」

春樹の言葉に、慶造は何も応えなかった。

「…頼んだぞ」

小さく呟いた春樹は、夜空を見上げた。

「……みなまで……言うな……あほ」

慶造が夜空を見上げながら、銜え煙草のまま、そう言った。
月が顔を出し、二人の姿を照らし始めた。
二筋の細い煙が、空に立ち上っていく………。



(2007.1.18 第十部 第五話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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